2-7.スローライフ班
第7の魔法陣。
そこには、奇妙な「停滞」した空気が流れていた。
「……ふあぁ。地面に立つの、だるい……」
No.058 大森 ジン。
気怠げな黒髪の少年は、重力を操作して地面から数センチ浮遊し、半目で欠伸をしていた。
重力に逆らう髪、ダボダボのコート。全身から「やる気なし」のオーラが出ている。
「わかる……。移動とかスティック入力だけで済ませたい……」
No.075 遊戯 レイ。
ボサボサ銀髪のジャージ少女もまた、自律飛行する大型ドローンの上に体育座りで乗っかり、携帯ゲーム機をピコピコと操作していた。
この班、すでに2人が「歩くことすら放棄」している。
「あ、あの……! た、弾薬のチェック済みましたか!? 私はあと5000発しか予備がなくて……不安で……!」
No.011 一ノ瀬 カノン。
巨大な迷彩リュックを背負った栗毛の少女が、ガタガタと震えながら弾倉を数えている。
そのリュックからは、ガトリングガンの銃身やミサイルの弾頭がチラ見えしていた。
「(……アンちゃん、あの子うるさいわね。切り刻んでいいかしら?)」
「(ダメよマオちゃん、お洋服が汚れちゃうわ)」
No.038 絢辻 マオ。
ゴスロリドレスの少女は、抱きかかえた等身大の球体関節人形「アン」に腹話術で喋らせ、一人二役の会話に没頭している。
完全に自分の世界だ。
重力使い、ゲーマー、火薬中毒、人形狂い。
社会不適合者の見本市のような空間で、一人の少年だけが朗らかに笑っていた。
「やあみんな! 今日から同じ班だね! 僕は蓮見育。よろしく!」
No.003 蓮見 育。
泥だらけのツナギを着た彼は、耳の裏から植物の芽を生やし、ポケットから蔦を溢れさせながら、屈託のない笑顔を振りまいた。
「せっかくの異世界だよ! 殺し合いなんて野蛮なことはやめて、みんなで野菜を育てようよ!」
「……パス。土いじりとか爪汚れるし」(レイ)
「……重い。労働は罪だ」(ジン)
「……アンちゃん、野菜は嫌いですって」(マオ)
「……そ、それよりバリケードを作りませんか!? 四方を囲まないと撃たれます!」(カノン)
誰一人としてスローライフに興味を示さない。
だが、育はめげなかった。
「あはは、みんなシャy……おっと」
育がカノンに近づこうとした時、彼女の足元に小さな「花」が咲いているのに気づいた。
「カノンちゃん、ストップ」
「ひっ!? な、何ですか!?」
「そこ、花が咲いてるんだ。……踏んだら、肥料にするよ?」
ニッコリ。
育は満面の笑みのまま言った。
その瞳の奥には、人間に対する慈悲など欠片もなかった。
「あ……は、はい……」
カノンは本能的な恐怖を感じて足を引っ込めた。
この男、平和主義者に見えて、一番ヤバい。
その時、システム音が鳴り響く。
『班分け完了。第7班を転送します』
視界が白く染まる。
彼らが飛ばされた先は――。
せせらぎの音が心地よい、『深緑の秘境エリア』だった。
目の前にはマイナスイオンたっぷりの巨大な滝が流れ、清流が森を潤している。
木漏れ日が差し込む、まさに地上の楽園。
「……ここだ」
育が感極まったように膝をついた。
「こここそが、僕の求めていた約束の地だ……!」
「……悪くない。滝の音で騒音が消える……よく眠れそう……」
ジンが木陰にふわりと漂着する。
「……水冷には困らないな。サーバー冷やし放題じゃん」
レイがドローンの高度を下げる。
「み、水辺!? 水陸両用の魔物が奇襲してくる可能性があります! 魚雷の準備を!」
カノンが一人でパニックになりながら、水中に機雷を撒き始めた。
「よし、みんな! ここに家を建てよう! 文句は言わせないよ!」
育が懐から「種」を取り出し、滝の近くの開けた地面にばら撒いた。
そして、神具『豊穣のシャベル』を一振りする。
「大きくなあれ(強制成長)」
ズゴゴゴゴゴゴ……!!
静かな秘境で、信じられない現象が起きた。
撒かれた種が一瞬で発芽し、数秒で巨木へと成長。
それらが互いに絡み合い、わずか1分足らずで『巨大な樹上の家』が形成されたのだ。
天然のエアコン完備、ハンモック付きの最強物件である。
「えええええ!?」
カノンが絶叫する。
「はい、これなら湿気も防げるし、快適だよ!」
育が完成した「我が家」に招き入れる。
そこへ、森の奥から不快な羽音が響いた。
『ブブブブブブ……!!』
全長1メートルはある『殺人蜂』の大群だ。
甘い樹液の匂いにつられて、数百匹が殺到してくる。
「あーあ。敵湧いたじゃん。羽音がうるさい。ラグの原因」
レイが携帯ゲーム機から手を離さずに呟く。
「……ジンくん。落として」
「……了解。安眠妨害だ」
ジンが指を一本、だらりと下に向ける。
『事象の地平線』。
ズドンッ!!!!
空を飛んでいた蜂の群れが、見えない巨大なハンマーで叩かれたように、一斉に地面へ墜落した。
重力100倍。羽ばたくことすら許されず、地面に縫い付けられる。
「ひぃぃ! 敵襲! 敵襲です! 駆除します!!」
パニックになったカノンが、リュックを展開。
無数の銃口から火炎放射と対空弾幕がばら撒かれる。
『武器複製』・フルバースト。
すでに瀕死の蜂たちは、オーバーキル気味に消し炭にされた。
「あらあら、汚いわねぇ。アンちゃん、掃除よ」
マオが指を動かすと、人形のアンが人間離れした動きで飛び出し、残った敵の毒針をコレクション用に回収した。
戦闘時間、わずか10秒。
第7班は、一歩も動いていない。
「わぁ! すごい肥料がいっぱいだね!」
育は嬉々としてシャベルを振るい、蜂の死骸を植物の根元へ埋めていく。
死骸は瞬く間に養分となり、さらに木々が生い茂り、完璧な要塞となっていく。
「……ここ、Wi-Fi飛んでないの? 自家発電しなきゃ」
「……布団敷いていい? もう動きたくない」
「……タ、タレット設置完了……自動迎撃モード移行……」
「……お茶にしましょうか、アンちゃん」
「あはは! 最高のスローライフの始まりだね!」
世界樹の庭師、重力使い、ドローンゲーマー、武器庫、人形師。
秘境に出現した最強の「引きこもり要塞」。
彼らの平穏を破れる者は、この異世界に存在しないかもしれない。




