2-1.バランス班
異世界の王城、謁見の間。
スキルと武器を強制付与された直後。豪奢なシャンデリアの下は、依然として阿鼻叫喚の巷と化していた。
「おい、ここどこだよ!?」
「圏外じゃん! どうなってんの!?」
「王様! 説明してくださいよ!」
100人の高校生たちがパニックに陥り、玉座の老人(国王)に詰め寄ろうとする。
だが、その混乱の渦中で、No.005 日下部 慎太郎は冷静に自分の視界に浮かぶ『青いウィンドウ』を操作していた。
【Name:日下部 慎太郎】
【Class:管理者】
【Skill:因果演算】
(……なるほど。「使い方は脳に直接インストール済み」ってわけか)
慎太郎はこめかみを軽く叩いた。
スキルが付与された瞬間、脳髄に焼きごてを当てられたような衝撃と共に、膨大な「仕様書」がねじ込まれたのだ。
不快な感覚だが、おかげで自分が何をすべきかは理解できた。
ただ、脳への負荷が高いのか、鼻からツーっと熱いものが垂れる。
「……チッ、鼻血かよ。燃費の悪い能力だな」
周囲を見渡せば、すでに新しい「力」を試し始めている連中もいる。
さすがは百勇高校の生徒だ。異常事態への順応速度が常人とは違う。
慎太郎は口元だけで笑った。
(さて、ここからが本番だ。このシステムはどう動く?)
その思考に応えるように、脳内に無機質なアラート音が鳴り響いた。
『これより、チュートリアル・プロセスを開始します』
『生存率向上のため、システムによる「5人1組」のチーム結成を強制執行します』
「強制だと……?」
誰かの呟きがかき消される。
床に敷かれた真紅の絨毯の上に、青白く光る魔法陣が20個出現した。
抗う間もなく、100人の体が強制的にそれぞれの「円」へと引きずり込まれていく。
『警告:これより30分間、「自己紹介タイム」を設けます』
『サークル内での会話を拒否、またはサークル外へ出た場合、即座に脳内チップを爆破し「処分」します』
処分。つまり死。
広間の喧騒が一瞬にして凍りつく。
だが、その静寂を破ったのは、この場を取り仕切ろうとする「陽キャ?」の声だった。
「――おーい! 俺たちはここのサークルか! よろしくな!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【第1班】
謁見の間の隅、窓際のサークル。
そこに集められた4人の視線が、鼻血を拭きながら声を上げた少年に集まる。
日下部 慎太郎。
彼はインストールされた情報を瞬時に整理し終えると、不安に包まれるメンバーに向かって、屈託のない笑顔を向けた。
「驚いたね! でもまあ、爆発するのは御免だし、とりあえず自己紹介といこうよ。俺は日下部 慎太郎。能力は『計算』だ。……まあ、ぶっちゃけ戦闘力はないから、みんなのサポートを全力でするよ! よろしく!」
あまりにも場違いなほどの明るさ。
だが、それは彼なりの処世術であり、この場を支配するための布石。
慎太郎の笑顔に釣られるように、一人の少女がポンポンを高く掲げた。
「はーい! 私も賛成っ!」
No.007 神楽坂 舞。
ピンクと水色のツインテール。フリフリのチア衣装。
彼女はプロのチアアイドルとしての仮面を完璧に被り、恐怖を笑顔で塗りつぶしていた。
「私は神楽坂 舞!能力は『共鳴増幅』……私がみんなを応援すれば、みんな強くなれるの!」
「……ケッ。ノーテンキな奴らだな」
吐き捨てるように言ったのは、猫耳パーカーを目深に被った小柄な少年だ。
No.018 遊佐 ナギ。
童顔で整った顔つき。
彼の手には、いつの間にか猛獣使いの鞭が握られている。
「俺はナギ。能力は『野性解放』だ。……チッ。身体が勝手に疼きやがる。獣の臭いがわかるんだよ」
「わぁっ! 可愛い〜! ナギくんって言うの? まるで猫ちゃんみたい!」
「さわんな! シャーッ!!」
舞が目を輝かせて近づくと、ナギは本物の猫のように毛を逆立てて威嚇した。
そのやり取りを、巨大な影が見下ろしている。
「……豪徳寺 巌」
身長2メートル超、全身フルプレートメイルの巨漢、No.012。
彼は言葉少なに、自身の巨大な盾をドンと地面に置いた。
「能力は『絶対防御』。……盾の構え方が、脳に焼き付いている。俺は、みんなの盾になる。指示をくれれば動く」
豪徳寺の視線が、ナギの肩に乗っている小さなリス(たまたま近くにいた小動物をナギが無意識に手懐けたもの)に向けられる。
「……可愛いな」
「あ? ……触るなよ。噛むぞ」
ナギは警戒しつつも、豪徳寺の穏やかな気配には敵意を感じないようだ。
頼もしいタンク、本能で動く獣使い、鋼メンタルのアイドル、そして指揮官の自分。
慎太郎の脳内で、瞬時に計算式が走る。
(近接、タンク、バフ……バランスは完璧だ。全員、適応が早いのは『百勇』の生徒だからか。……問題は)
慎太郎の視線が、最後の一人――レインコートの少女に向けられた。
「……ごめんなさい……」
No.039 雨宮 雫。
彼女は深くフードを被り、地面を見つめて震えていた。
「私なんて……生きててごめんなさい……。こんな選ばれし人たちの中に、私みたいなカビが……もう終わりだ……死のう……」
ズーン。
彼女が深いため息をついた、その直後だ。
ゴロゴロゴロ……ピシャーン!!
王城の天井があるはずの頭上に、突如として暗雲が発生。
局地的な豪雨と冷気が、サークルの中だけに降り注いだ。
「つめたっ!?」
「うわっ、なんだこの雨!?」
「フギャーッ! 水かけんじゃねえよ!!」
ナギが濡れるのを嫌がって逃げ回る。
だが、慎太郎が動くより早く、神楽坂 舞が動いた。
「もうっ! 雫ちゃん! しけった顔してちゃダメだよっ!」
舞はずぶ濡れになることも厭わず、雫の前に飛び出した。
そして、雨粒を弾き飛ばす勢いでポンポンを振る。
「私のステージ(応援)で、その雨雲、吹き飛ばしてあげる! 聴いて! 『サンシャイン・チア』!!」
スキル『共鳴増幅』が発動。
舞の掛け声と共に、ピンク色の温かな光が爆発的に広がり、降り注ぐ雨を蒸発させていく。
豪徳寺が無言で大盾を傘代わりにして二人を守る中、舞は雫の手を強引に取った。
「笑って! 笑えば晴れるから! ねっ?」
「……あ……うぅ……」
雫が恐る恐る顔を上げる。
その瞳に映ったのは、太陽のような舞の笑顔だった。
雫の心に陽が差すと同時に、頭上の暗雲が嘘のように消え去っていく。
(……なるほど。ネガティブをポジティブで相殺できるのか)
慎太郎はニヤリと笑った。
扱いづらい手札だと思っていたが、組み合わせ次第で「最強の環境制御兵器」になる。
その時、システムウィンドウが表示された。
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【自己紹介タイム終了】
【追加ルールを適用します】
1.【初心者保護】
これより「72時間(3日間)」は、勇者間の直接攻撃を無効化します。
2.【グループ・ポイント(GP)】
食料や水は、班に付与される「GP」でのみ購入可能です。
※班を脱退した場合、個人保有のGPは「0」になります。
3.【エリア転送】
各班をランダムなバイオームへ転送します。
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「3日間の猶予か......」
慎太郎がつぶやいた次の瞬間、足元のサークルが激しく発光した。
「うわっ、飛ぶぞ!」
「キャ!」
「……(無言)」
視界がホワイトアウトする。
転移の直前、慎太郎は横目で【他の班】の状況を見た。
隣の班では、パワードスーツのようなインナーを着た男(No.004 鉄)が、スパナを構えて何かを呟いている。
別の班では、ツナギの少年(No.003 蓮見)が、王城の床板を剥がして勝手に耕し始めていた。
(……どいつもこいつも、我が強すぎる)
光が収まると、王城の景色は消え失せていた。
彼ら「第1班」が飛ばされた先は――
風が吹き抜ける、『緑豊かな草原エリア』だった。
「……とりあえず、いきなり即死するような環境じゃなくてよかったな」
慎太郎が安堵の息を吐く。
だが、雫はその場にヘナヘナと座り込んだ。
「広すぎます……。どこに行けばいいかわからない……このまま野垂れ死ぬんだ……」
ゴロゴロゴロ……。
快晴だった空に、再び黒い雲が発生し始めた。
「舞ちゃん! 応援だ! 雨が降るぞ!」
「任せて! 雫ちゃんが前を向くまで何度でもやるよっ!」
頼れる(ふりをした)リーダー(?)、堅牢な盾、人間嫌いのツンデレショタ、鋼メンタルのチアリーダー、そして歩く災害メーカー。
百花繚乱の群像劇。
第1班の旅は、前途多難なスタートを切った。




