第47話:近づく影
袋に包まれた槍を担ぎ、玲司は宿舎を出た。
すると、目の前に建つもう一棟の宿舎から燈莉が姿を現す。
「玲司、おはよう」
「あぁ。 おはよう、燈莉」
短いやり取り。
だが燈莉はすぐに違和感を覚えた。
玲司の様子が、どこかおかしい。
疲れているようにも見えるし、何か考え込んでいるようにも見える。
「……何かあった?」
「別に」
即答だった。
だからこそ怪しい。
燈莉は小さくため息を吐く。
「それで、これからどこ行くの?」
「少し燈朝に戻る」
玲司はそう答えた。
「確認したいことができたんだ」
燈朝市。
自分達が生まれ育った街。
そこで確認したいことがあるというなら――。
燈莉には、何を調べようとしているのか大体の見当がついていた。
(まさか白鷺さんのこと――)
「それなら、一つお願いしても良い?」
燈莉は少しだけ視線を落とした。
そして意を決したように顔を上げる。
「もし天使と会ったら、聞いてほしいの」
「何をだ?」
「あなたは味方なの? って」
予想外の頼みに、玲司はしばらく考え込む。
そして。
「……わかった。 もし遭遇したら、まずは対話を試みる」
玲司はそう答えると、背を向けて歩き出した。
「あっ……それともう一つ! 病み上がりなんだから無理しないでね」
燈莉は慌てて付け足した。
玲司は振り返ると、少し笑ってみせた。
「ありがとうな」
玲司は再び歩き出す。
燈莉は遠ざかっていく玲司の背を見つめ続けていた。
(お願いだから、話を聞いてあげて。 きっと、あの人は敵じゃないから)
目が覚める。
久しぶりの、自室の天井。
ただし、人間から離れていく感覚は、いつまでも自分に付き纏っていた。
布団をめくる。
そこには剥がれ落ちた皮膚や肉片が散らばっていた。
以前にも増して、その量は増え続けている。
どれだけ入れ替わったのだろう。
もう、自分でも分からない。
ネヴ=ソスと融合してから、戦うたび、傷を負うたび、修復のために肉体が入れ替わっていく。
人の肉体から、人ならざる者の肉体に。
『宇宙内での戦闘も原因だろう』
ネヴ=ソスが答える。
『人間という器では耐えきれない。 変化は当然だ』
澄羽は腕を見る。
随分前には、ズタズタだったこの腕。
あれほど傷だらけだったはずなのに。
今は跡形も残っていない。
ナイフを探す。
だがすぐに、これも隠されていたことを思い出した。
「もう、いいや」
皮膚や肉片を、以前買った猫砂に埋める。
この方法なら気づかれにくい。
どこかの掲示板で見かけた方法だった。
血に塗れた寝具は乾燥機で強引に乾かすしかない。
いつまで続くかわからない状況。
その度に布団を替える余裕などない。
変化が訪れなくなった時、布団を使って眠れるかはわからないけれど。
机に仕舞ってある煙草を取り出す。
……最後の一本だ。
火をつけ、煙を吸い込む。
以前とは違う。
咳き込むことはなかった。
慣れたのか、それとも――。
煙草を咥えながら、制服に袖を通す。
鏡を見ながら、髪の毛を梳かす。
向こう側の自分は、肌が少し白く見えた。
人種としての意味ではない。
まるで、人ではない存在へ近づいているかのような白。
鏡の中の自分と目が合う。
だが、その違和感もすぐに消えた。
気づけば、高校は視界の中へ入っていた。
一見、いつもと変わらないように見える。
だが、以前と同じではない。
旅行学習で命を落とした者もいる。
教室の席も、少しは空いているはずだった。
校門が近づく。
その時、スマホに通知が届いた。
『燈莉』
表示された名前に、澄羽は足を止める。
メッセージを開いた。
『玲司がそちらへ行くそうです。 会うかどうかは任せますが……』
そこまで読んだ時だった。
空気が変わる。
澄羽は顔を上げ、スマホから視線を外す。
そこには玲司がいた。
袋に包まれた長い棒を肩に担ぎながら、こちらへ歩いてくる。
迷いのない足取り。
以前よりもずっと力強い。
A.E.O.I.へ入る前とは、まるで別人だった。
以前に比べて、逞しくなった。
澄羽はそう感じた。
「久しぶりだな」
「うん。 久しぶり」
一見、普通のやり取りにも見える。
しかし、玲司の声色はどこか探りを入れているようにも聞こえた。
「通仙は楽しかったか?」
「……いろいろあったよ」
澄羽は苦笑する。
楽しかったこともあった。
だが、それ以上に忘れられない出来事が多すぎた。
「そうか」
玲司は短く答える。
そして少しだけ空を見上げた。
「ニュースは見た」
澄羽の肩が僅かに強張る。
「宇宙外生命体が現れたんだってな」
「うん」
「怖くなかったのか?」
玲司の視線が向けられる。
まるで答えを測るような目だった。
「怖かったよ」
澄羽は正直に答えた。
嘘ではない。
実際、恐怖を感じなかったわけではないのだから。
「そうか」
玲司は再び短く返す。
その反応に、澄羽は違和感を覚えた。
何かを聞きたいのに、聞けずにいる。
そんな雰囲気だった。
「玲司?」
澄羽が呼びかける。
玲司は少し考えるように黙り込んだ。
そして、口を開いた。
「……白鷺は、自分のことをどう思う?」
予想外の問いだった。
「……どういう意味?」
「そのままの意味だ」
玲司は視線を逸らさない。
「お前は、自分が普通の人間だと思うか?」
風が吹く。
校門の前を、数人の生徒が通り過ぎていった。
澄羽は答えられない。
玲司の言葉は、胸の奥に沈んでいた不安を直接掻き回していた。
「私は……」
言葉が出ない。
その沈黙を見て、玲司は何かを考えるように目を細めた。
その時だった。
近くで誰かが立ち止まる。
「澄羽」
聞き覚えのある声だった。
振り返ると、そこにいたのは天城理だった。
相変わらず、どこか他の生徒とは違う空気を纏っている。
理は澄羽を見る。
そして次に玲司へ視線を向けた。
玲司もまた理を見返した。
一瞬、言葉にならない違和感が胸をよぎる。
初対面のはずだ。
それなのに、まるで何か巨大な存在と向き合っているような感覚。
だが、その感覚はすぐに消えた。
「もうすぐホームルームか」
玲司が先に口を開く。
「引き留めてしまってすまない」
そう言うと、一歩後ろへ下がった。
「また今度話そう」
澄羽は小さく頷く。
玲司はそのまま校門から離れていった。
理は去っていく背中を見つめる。
何かを考えるように。
そして。
「知り合い?」
何気ない調子で尋ねた。
「うん」
澄羽は答える。
「結構前から、名前を覚えていてくれたんだ」
理は静かに頷いた。
「そう」
短い返事。
だがその目だけは、玲司が去っていった方向を見続けていた。
――――――――――――――――――――――
玲司、燈莉、そして知らない人が数人。
みんなが澄羽を取り囲んでいる。
いったいどうして?
澄羽が何をしたっていうの……?
美空はボロボロになった体で立ち上がる。
澄羽のところへ行こうとする。
だが、前へ進めない。
「待って!」
美空は叫ぶ。
「澄羽は……!」
声は届かない。
誰も振り向かない。
ただ澄羽だけがこちらを見た。
寂しそうな目だった。
助けを求めているようにも見えた。
その瞬間。
一人だけが、少女が美空を見た。
白い髪、紅い瞳。
彼女は微笑んでいた。
まるで全てが思い通りだと言わんばかりに。
「やめて――」
美空が手を伸ばす。
次の瞬間、世界が砕け散った。
――――――――――――――――――――――
目を開く。
薄暗い天井が視界に映った。
「……夢?」
荒い呼吸を繰り返す。
胸が苦しい。
心臓が嫌な音を立てていた。
枕元のスマホへ手を伸ばす。
画面に表示された時刻を見て、美空は飛び起きた。
「えっ!?」
寝坊だった。
慌てて布団から飛び出す。
顔を洗い、制服へ着替え、朝食も採らずに鞄を掴む。
急いで玄関を飛び出した。
軋む階段を駆け下りる。
住宅街をなるべく走り続ける。
その時だった。
交差点の向こうを、一台の黒い車が走っていく。
見覚えのある車体。
側面に刻まれたマーク。
A.E.O.I.の車両だった。
美空は思わず足を止める。
車はそのまま、高校がある方向へ走り去っていった。
嫌な予感がする。
理由はわからない。
だが、胸の奥がざわついて仕方なかった。
美空は鞄を握り直す。
そして再び走り出した。




