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哭き裂く天使  作者: Norn
第六章:天使の残骸
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第46話:死者の名前

 誰もいない夕暮れの帰り道を歩く澄羽。

 ボストンバッグを手に、自宅付近の坂を上がる。

 振り返ると、そこには見慣れた街の景色が広がっていた。


 「……帰ってきちゃったな」

 見慣れた街並みを眺めながら呟く。


 通仙で起きた出来事は、まだ頭の中から離れなかった。

 宇宙外生命体に追われたこと。

 同級生が犠牲になったこと。


 そして、夜美との過去を思い出してしまったこと。

 どれも胸の奥に沈んだまま、消えてくれない。


 自宅はもう目の前にある。

 澄羽は静かに息を吐くと、玄関まで進み、ドアを開ける。


 「ただいま」


 返事は返ってこない。

 廊下も部屋も電気が点いていない。


 リビングに入り、荷物を降ろす。

 その時、庭に続く大きな窓が開いていることに気づく。

 差し込む夕陽が、窓を天界に続く門のように照らしていた。


 澄羽は光に向かって歩き出す。

 レースのカーテンをめくり、サンダルを履いて庭へ降りる。


 正面を見る。

 庭の柵に両腕を預ける人影があった。

 夕陽を背に受けた夜美が、街を見下ろしている。


 「お姉ちゃん、ただいま」

 澄羽が声をかけると、夜美はすぐに振り向いた。

 指には火の灯ったタバコが挟まれている。


 「おかえり。 楽しかった?」

 夜美は柔らかに微笑む。

 その笑顔が、どこか恐ろしくも感じる。


 「うん。 でも……途中から危なかった、っていうか……」

 「ニュースで見たよ。 通仙にも現れたんでしょ?」


 夜美はタバコをもう一吸いすると、燃えている先端を指で潰すように火を消した。


 「本当に、心配だったんだよ。 戻ってこなかったら、どうしようって……」


 視界がわずかに揺らぐ。

 その言葉が嘘であることくらい、分かっている。

 少なくとも、自分が知っている昔の姉ではない。

 それでも、そう言ってくれることが嬉しいと思ってしまった。


 「……まぁ、無事に戻ってきたから良いじゃん」

 夜美は少しだけ目を細めた。

 「そうだね」


 そして澄羽の顔を見る。


 「……また少し元気になった?」


 澄羽は首を傾げる。


 「そうかな」

 「そうだよ」

 夜美は笑った。


 「最近の澄羽、前より表情あるもん」

 「そんなことないって」

 「あるある」


 即答だった。

 実際、澄羽の瞳には以前よりも、光が戻り始めていた。


 「前はもっと無愛想だったし」

 「ひどくない?」

 「事実だし」

 夜美は肩を竦める。


 「なんていうか……ちゃんと高校生っぽくなった」

 その言葉に、澄羽は少しだけ目を伏せた。


 高校生。

 そんな風に言われることは、最近あまりなかった気がする。


 宇宙外生命体、天使。

 そんなものばかりだった。


 「美空ちゃんのおかげかな?」

 夜美が何気なく言う。


 「え? 知ってるの?」

 「前に会ったんだよね」

 「……確かに、美空もそう言ってた」

 「友達できて良かったね」


 澄羽は苦笑した。

 少し前の自分なら、そんな言葉も素直に受け取れなかった気がする。


 けれど今は、否定する気にはなれなかった。


 「澄羽、お腹空いてない?」

 「……ちょっと」

 「じゃあ入ろっか」

 夜美はそう言って家の方へ歩き出した。


 澄羽は夕焼けの街をもう一度だけ見つめる。

 そして姉の後を追った。





 とある廃墟。

 アルク=ディアはソファに腰掛けていた。

 腕を組み、目を閉じている。

 まるで瞑想でもしているかのようだった。


 グラ=ゼルは壁に凭れ掛かっている。

 首筋のタトゥーを指でなぞりながら、どこか遠くを見つめていた。


 イシュ=ノクスはナイフを弄んでいる。

 刃の上を指が滑る。

 だが、その動きはどこか雑だった。


 そして、リクス=ヴァイア。

 いつもの明るい様子は消え失せ、涙を流している。


 「トゥ=レイヴ……」

 リクスは震える声で呟く。

 「よく遊んでくれてたのに……」


 リクスはそのまま俯く。

 グラ=ゼルはリクスの背を優しく叩き、何とか落ち着かせようとしていた。


 沈黙が続く。

 風が吹き抜け、崩れた建物の隙間から乾いた音が響いた。


 リクスのすすり泣きだけが、廃墟の中に残っている。

 やがて、アルク=ディアがゆっくりと目を開いた。


 「……泣きたいだけ泣け」

 低い声だった。

 アルク=ディアは前を見たまま続けた。


 「トゥ=レイヴは、それだけの存在だった」

 誰も言葉を返さない。


 グラ=ゼルは静かに目を伏せる。

 イシュ=ノクスもナイフを弄る手を止めた。


 「強かった」

 アルク=ディアが言う。


 「覚悟も、誇りもあった。 そして、最後まで戦った」

 その声には感情らしい感情はない。

 だが、不思議と冷たくは聞こえなかった。


 リクスは拳を握る。


 「でも……死んだんだよ……!?」

 絞り出すような声だった。


 アルク=ディアは否定も肯定もしない。

 ただ静かに答えた。


 「そうだ」

 それだけの返事。

 だからこそ重かった。


 再び沈黙が落ちる。

 しばらくして、アルク=ディアはゆっくりと立ち上がった。

 その動きに、三人の視線が集まる。


 「トゥ=レイヴの死は無駄ではない。 奴は奴の役目を果たした。 俺達も果たすだけだ」


 アルク=ディアは崩れた壁の向こうを見る。

 その視線は、遥か遠くを見据えていた。


 「状況が変わり始めている」


 グラ=ゼルが眉をひそめる。


 「……何か掴んだのか?」

 「掴んだわけではない」

 アルク=ディアは首を横に振る。


 「だが感じる」

 その言葉に、イシュ=ノクスの目が細められる。

 「……何を?」


 少しの間、アルク=ディアは答えなかった。

 そして。


 「嫌な気配だ」

 そう呟いた。


 「外宇宙が騒がしい」

 より一層、静寂が空気を支配した。

 アルク=ディアがこういう言葉を口にする時は、本当に何かが起きているからだ。


 「近いうちに動く。 俺達ではない、もっと古く、もっと巨大な何かが」

 廃墟の空気が変わる。


 リクスですら涙を止めていた。

 アルク=ディアは空を見上げる。


 夕焼けの向こう。

 遥か彼方の闇を見つめるように。


 「備えろ。 次は、これまでの戦いとは違う」






 A.E.O.I.中央基地の管制室。

 先日の出来事からか、休む暇も与えられぬまま職員は働いている。


 「通仙の上空にいた宇宙外生命体は、全て死滅した。 これで良いですよね」

 若い職員の声が聞こえる。

 実際、天使の戦闘により、通仙府上空に漂っていた宇宙外生命体は全て消え失せた。


 「そうだ。 そして、その日以降通仙には宇宙外生命体は発生していない」

 壮年の職員が、モニターを操作する。


 宇宙外生命体の個体数と発生エリアが映る。


 「今は燈朝市上空だけのようだ。 新たに地球に向かってきている個体には迎撃を行なっている。

しばらくの間、増えることはないだろう」


 その声を、管制室にいた桜庭玲司は聞き取った。

 A.E.O.I.に加入するため、中退した高校が、旅行学習中に宇宙外生命体の影響を受けた。

 それを聞いて、何もせずにはいられなかったのだ。

 しかし、常に緊迫した管制室の様子から、玲司はただ見ていることしかできなかった。


 その時、管制室の扉が開いた。

 調査を行う部署の男だった。


 「失礼します。 天使が現れた日、通仙に旅行学習に来ていたのは、燈朝市の高校で間違いありません」


 職員は資料を広げる。

 燈朝市で発見された、腐敗した人間の残骸について、警察と合同で調査を進めている資料だった。


 「遺棄された死体は女子高生のものだと、調査の結果でわかりました」

 「あとは身元の特定さえできれば、だな」


 その時、一人の職員が入ってくる。

 そのまま、資料の方へ向かってくる。


 「失礼します。 身元の特定が完了したようです」


 資料が新たに広げられる。


 「指先の組織から指紋を採取できました。

腐敗は進んでいましたが、幸い一部が原形を留めていました」


 玲司はゆっくり近づく。

 燈朝市の女子高生に、自分の知り合いが当てはまらないことを望みながら。


 そして、職員は資料に記された名前を読み上げた。


 「遺体は、白鷺澄羽という女子高生のものと判明しました」


 それを聞き、玲司は足を止める。

 様々な思考が脳内を支配する。


 (白鷺が……!?)

 玲司は息を呑む。

 だが、すぐに首を振った。


 あり得ない。

 白鷺澄羽は生きているはずだ。

 ……それとも、本当に死んでしまったのか。


 管制室に重苦しい沈黙が落ちる。

 その時だった。


 「俺……」

 一人の職員が恐る恐る口を開く。

 その顔は青ざめていた。


 「俺、あの事件の後に高校へ行ってたんです」

 職員は唾を飲み込む。

 「例の腐敗死体の件で、生徒全員から指紋を採取することになって」


 誰も口を挟まない。

 職員は資料へ目を落とした。


 「その時、白鷺澄羽という女子生徒にも会いました」


 玲司が反応する。


 「会ったのか?」

 「はい」

 職員はゆっくり頷いた。


 「でも……おかしかったんです」

 その言葉に管制室の空気が変わる。


 「指紋が採取できなかったんですよ」

 「採取できなかった?」

 「ええ。指先に指紋そのものが存在しなかったんです」


 何人かの職員が顔を見合わせる。

 そんなことがあるのか。


 玲司も眉をひそめた。

 職員は続ける。


 「指紋が無いことについて、先輩は先天性の性質の可能性かも、って話していました。 でも、そういう感じじゃなかった」


 「まるで……最初から、そこに指紋なんて無かったみたいだったんです」


 誰も何も言わない。

 モニターの電子音だけが微かに響いている。

 やがて壮年の職員が口を開く。


 「待て。 今回発見された遺体の一部からは指紋が採取されているんだぞ」

 「はい……」

 「なら矛盾している」


 職員は首を振った。


 「俺にも分かりません」


 その時、玲司の脳裏に一つの記憶がよぎった。


 A.E.O.I.に加入する前。

 融合体に連れ去られた澄羽を追い、そこで対峙した異形の天使。


 本当に全て、偶然なのだろうか。

 玲司は資料に記された名前を見つめる。


 白鷺澄羽。

 その文字が、今までとはまるで違う意味を持ち始めていた。

作者「ここまで読んでいただき、ありがとうございます。第六章、物語も折り返し地点へと突入しました。今後も『哭き裂く天使』をよろしくお願いします」

ローゼ「……」

作者「あっ」

ローゼ「随分と長かったわね」

作者「申し訳ございません」

ローゼ「読者を待たせたことについて何か言うことは?」

作者「本当にすみませんでした……」

ローゼ「謝罪だけで済むとお思いで?」

作者「えっ」

アルク「その辺にしておけ」

作者「アルク=ディア!?」

アルク=ディア「更新はされた」

ローゼ「甘すぎるのではなくて?」

アルク=ディア「殺しては次の話が書けん」

作者「物騒なんですよ」

ローゼ「安心なさい」

作者「え?」

ローゼ「まだ殺さないわ」

作者「『まだ』って何ですか」

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