第43話:明日を視る者
「初めてだ。 ネヴの名を持つ者と戦うのは」
薙刀を構えたトゥ=レイヴは、天使を真っ直ぐ捉えている。
「だが、我々の目的はお前を連れ帰ることだ。 抵抗しなければ傷つく必要はない」
宇宙の静寂が二人の間を満たす。
天使は何も答えない。
ただ、ゆっくりと首を横に振った。
その仕草だけで十分だった。
トゥ=レイヴは小さく目を閉じる。
「そうか」
失望でも、怒りでもない。
予想していた答えを確認しただけのような声音だった。
「ネヴ=ソス」
トゥ=レイヴの視線が天使の奥を見据える。
まるで澄羽ではなく、その内側にいる存在へ語りかけるように。
「お前ならば理解しているはずだ」
天使の身体が僅かに強張る。
『……』
ネヴ=ソスは何も答えない。
「お前も、候補の一人ではあるのだと」
薙刀の刃が静かに傾く。
天使は双剣を握り直した。
その紅い瞳に迷いはない。
守りたいものが地上にある。
それだけで十分だった。
トゥ=レイヴは小さく息を吐く。
「ならば仕方あるまい」
その瞬間、薙刀の刃先が宇宙をなぞった。
何も起きない。
そう見えた。
だが次の瞬間、天使の本能が警鐘を鳴らす。
理解するより先に、身体が動く。
天使は全力で横へ飛んだ。
その直後、先程までいた空間が、音もなく裂けた。
まるで宇宙そのものが切断されたかのように。
トゥ=レイヴは僅かに眉を上げる。
「避けたか」
感心とも称賛とも取れる一言。
しかしその声に温度はない。
天使は距離を取りながら双剣を構える。
そして理解した。
目の前の男は、グラ=ゼルとは違う。
天使は光速で飛び、トゥ=レイヴの懐へと飛び込む。
双剣を同時に振るう。
微かに肉を裂く感触。
しかし、それ以上は進まない。
双剣はトゥ=レイヴの体内へ食い込む途中で停止していた。
そのままトゥ=レイヴは、薙刀で天使を文字通り薙ぎ払った。
刃が再び宇宙を斬り裂いた。
しかし、斬撃の軌道上に天使はいない。
至近距離であることが一つの救いとなっていた。
吹き飛ばされた天使は小惑星に着地。
同時に小惑星を蹴り砕きながら、再び針のように飛ぶ。
勢いをつけながら、双剣を投擲。
双剣はトゥ=レイヴの体に刺さる。
だが、彼は止まらなかった。
再び薙刀を振るう。
天使の飛翔経路を先読みした一撃だった。
命中する寸前で天使は身を翻し、回避する。
だが、そのすぐ先には先ほどトゥ=レイヴが斬り裂いた空間が存在していた。
その空間は斬り裂かれたまま、時間が止まったかのように留まっていた。
(これってどういうこと……?)
ネヴ=ソスが本能的な危険を察知したと同時に、天使は裂かれた空間へと一直線に飛び込んだ。
その瞬間、天使の体に大きな傷が刻まれた。
(!? いったいどうして……!?)
裂かれた空間を飛び出た天使は、宇宙の流れに身を任せながら回復を待った。
しかし、傷は塞がらない。
『違う』
ネヴ=ソスが呟く。
『あの男は傷を付けたのではない。 傷付いた状態を保っている』
その瞬間、トゥ=レイヴが口を開いた。
まるで思考を読んだかのように。
「その通りだ」
薙刀を肩に担ぎながら、静かに告げる。
「保守者として、現状を維持しただけだ」
天使の傷口から紅い血が宇宙へ散る。
トゥ=レイヴの表情は変わらない。
「傷付いたのなら、傷付いたままであればいい」
その言葉に、天使は初めて理解した。
この男は力で圧倒する存在ではない。
有利な方向へ傾いた戦況そのものを、その状態に固定する存在なのだと。
薄れゆく視界の中、天使は再び双剣を生成し、構えた。
痛みを押し殺しながら光速で飛翔し、トゥ=レイヴへ斬撃を浴びせ続ける。
微かに傷は付く。
だが先ほどよりも浅い。
それどころか、攻撃そのものが外れ始めていた。
どうやら不利な状態ごと、固定されたらしい。
トゥ=レイヴは薙刀を振るう。
刃が通過した軌跡には、裂けた宇宙が残り続ける。
天使はそれらを避けながら接近し、双剣を振るい続けた。
しかし気付けば、周囲は裂かれた空間で埋め尽くされていた。
入り込んだ瞬間、斬られたという結果だけが残る領域。
再び踏み込めば、今度こそ致命傷になるだろう。
「ネヴ=ソス。 力を抑えるな」
トゥ=レイヴは静かに告げる。
まるで天使が限界に近いことなど、理解していないかのように。
あるいは理解した上で、それでも不足だと言わんばかりに。
天使は周囲を見渡した。
ほぼ全方向が裂けた空間に塞がれている。
その中で、わずかな隙間を見つけた。
よく目を凝らさなければ気付けないほどの細い道。
通れるかどうかも分からない。
だが、それ以外に生き残る道はなかった。
天使はその隙間を通り抜けるように飛び立つ。
「そのような手に出るとはな」
トゥ=レイヴも後を追う。
両者は徐々に、地球付近の惑星軌道上に重なる領域から遠ざかる。
トゥ=レイヴの前を飛翔する天使。
その視界に、複数の艦隊が映り始める。
『人類から見れば、澄羽もあの男と同じだ。 油断をするな』
震えているかのように、ネヴ=ソスが静かに告げる。
そんなネヴ=ソスを他所に、両者は更に艦隊へと近づく。
艦内の人間たちも気づいていないわけではなかった。
Lv.6:MalcutとLv.8:Armagedの接近。
今まで無かった現象に、艦内が喧騒に包まれる。
その数秒後、砲台が天使とトゥ=レイヴの二人を捉える。
単なる砲弾を飛ばす物理的な砲台ではない。
位相崩壊弾頭。
宇宙外生命体を屠ることに最適な武装だった。
位相崩壊弾頭を備えたミサイルが連射された。
地球付近で使用すれば、一発だけでも地球自体を容易に破壊しかねない破壊力。
二人は雨のように降り注ぐミサイルの群れを躱していく。
互いに攻撃をしている暇など無かったのだ。
(……こんな中…よく地球まで来れたね…)
『融合前は、今よりも遥かに小さいからな』
天使は素早さを活かし、全弾を躱す。
だが、限界は近い。
トゥ=レイヴは何発かをその身に受ける。
しかし、外殻が僅かに崩落する程度に収まっていた。
「内宇宙の存在がここまで来るとは。 だが、今は邪魔だ」
トゥ=レイヴは勢いよく飛び出す。
そのまま艦隊の方向へ向かい、各艦の推進機に向かって薙刀を振るう。
推進機を破壊された艦艇が次々と減速していく。
艦隊は陣形を崩しながらも砲撃を継続した。
しかし、トゥ=レイヴの視線は既に天使へ向いていた。
僅かに息を乱しながら飛翔するその姿を見つめる。
「限界が近いな」
天使は返答せず、ただ双剣を握り締める。
傷は塞がらない。
体力も削られ続けている。
それでも退くつもりは無かった。
「安心しろ」
トゥ=レイヴは薙刀を構える。
その動作はあまりにも静かだった。
「殺しはしない」
次の瞬間、薙刀が振り抜かれる。
刃は天使へ向いていない。
その周囲の宇宙そのものへ向けられていた。
裂け目が幾重にも走る。
逃げ道を残さぬように、まるで檻を作るかのように。
天使は咄嗟に飛び退く。
しかし、遅かった。
裂け目の一つへ肩が触れた。
瞬間。
肩口から胸元にかけて深い裂傷が走る。
大量の血が宇宙へ散った。
視界が揺らぎ、ネヴ=ソスが警鐘を鳴らした。
『まずい。 避けろ、澄羽――』
しかしトゥ=レイヴは止まらない。
薙刀をゆっくりと引き戻す。
次の一撃。
それが放たれれば、天使は裂け目の檻ごと断ち切られる。
そう確信できるほどの圧力が宇宙を満たしていた。
その時だった。
エンジン音が宇宙の静寂を掻き消した。
聞き覚えのある音。
きっと、バイクのものだ。
そう思った次の瞬間。
宇宙であるにも関わらず、一台のバイクがこちらへ飛び込んできた。
車体に跨るのは、一人の青年。
彼は車体を宇宙に滑らせるように走らせ、周囲に広がる裂け目を次々と轢き潰していく。
裂け目は音もなく崩壊し、消えていった。
それだけのことをしているにも関わらず、車体には傷一つ付いていない。
「どういうことだ、ゼリクス」
トゥ=レイヴは僅かに眉をひそめる。
「今の天使は、お前ほど強くない」
ゼリクスはバイクを停止させながら告げた。
「天使だからといって、力を過信しすぎだ」
黒い外套は、宇宙の真空の中ですら静かに靡いていた。
トゥ=レイヴは薙刀を構えたまま動かない。
ゼリクスもまた、バイクに跨ったまま視線を向ける。
しばしの沈黙。
やがてトゥ=レイヴが口を開いた。
「邪魔をするのか」
「するさ」
即答だった。
ゼリクスは肩を竦める。
「お前は相手を見誤った」
「……何?」
「その天使はまだ未熟だ」
ゼリクスは天使へ一瞥を向ける。
傷だらけの体。
塞がらない裂傷。
今にも崩れそうな姿。
「今ここで倒しても意味がない」
「それに――」
ゼリクスは地球の方角へ目を向けた。
トゥ=レイヴも同じ方向を見る。
しばらくして、薙刀を下ろした。
「……確かにな」
彼も理解していた。
今回の目的は戦闘ではない。
候補の確保。
それが最優先だった。
トゥ=レイヴは天使へ視線を向ける。
「今のお前を連れ帰る価値は無い。 ……もっと強くなれ」
そう言い残し、身を翻した。
その巨体が宇宙の闇へ消えていく。
天使は追えない。
追う力も残されていなかった。
『……助かったな』
ネヴ=ソスの声が響く。
天使は何も答えない。
ただ遠ざかっていくトゥ=レイヴの背中を見つめていた。
そして。
ゼリクスだけが、その様子を静かに眺めていた。
数秒の沈黙の後、ゼリクスは天使に語りかける。
「またな、白鷺澄羽。 お前が選ぶ未来がどんなものか、楽しみだ」
そのままエンジンを吹かし、宇宙の闇の中へと消えていった。
『……澄羽、まずは地球に戻ろう』
大気圏の熱から体を守るため、外殻のみの再生に力を注ぐ。
そして天使は、力を失った流星のように地上へ落ちていった。
「魔神顕装」
ローゼの腕に生成された、鋭い黒刃が振るわれる。
最後の融合体が世界から切り離され、崩れ去った。
「終わった、の……?」
美空を含む生徒たちは、融合体がいなくなったことに対しての束の間の安堵を得ていた。
だが、その空気は長く続かなかった。
崩れ去った融合体のいた場所。
そこに、何かが落ちている。
「……あれ?」
一人の女子生徒が近づく。
地面に落ちていたのは、一枚の写真だった。
正確には、機械から印刷された小さなシール写真。
旅行中に撮影したものだろう。
そこには数人の女子生徒が笑顔で写っていた。
「あっ……」
写真を拾った生徒の顔から血の気が引く。
震える指先が、写真の一人を指した。
「これ……」
「この子……」
周囲の生徒たちも集まり、誰もが言葉を失った。
写真の中には、今朝から行方不明になっていた女子生徒が写っていたのだ。
美空も写真を見る。
間違いない、同じ部屋だった少女だ。
昨夜も少しだけ会話を交わした。
名前も知っている。
だが、今その少女はどこにもいない。
残っているのは、写真だけだった。
「まさか……」
誰かが呟く。
その声は震えていた。
ローゼは写真へ視線を向ける。
そしてゆっくり目を閉じた。
「……そういうことでしたか」
静かな声だった。
だが、その一言が答えになってしまった。
融合体は最初から怪物だったわけではない。
元は人間だった。
その事実だけが、生徒たちの胸へ重く沈んでいく。
重苦しい沈黙の中、生徒たちは旅館へと戻っていた。
誰も大きな声を出さない。
あの写真を見てしまったからだ。
行方不明になった女子生徒たち。
そして融合体。
その二つが結び付いてしまった以上、何も考えずに笑うことなどできなかった。
旅館の自動ドアが開く。
ロビーには他の宿泊客の姿もあった。
フロントで話をする者。
ソファに腰掛ける者。
土産物を眺める者。
だが、どこか重い空気に満ちていた。
その中に、一人の青年がいた。
窓際のソファに腰掛け、本を読んでいる。
どこにでもいそうな光景だった。
だが。
「……え?」
澄羽だけが足を止めた。
青年が静かに顔を上げ、目が合った。
間違いない、葉狩シュウだった。
彼は本を閉じる。
それだけの動作なのに、なぜか全てを見透かされているような感覚があった。
「澄羽?」
隣を歩いていた美空が不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「いや……」
澄羽は言葉を失う。
なぜここにいるのか、どうやって来たのか。
聞きたいことはいくらでもあった。
しかしシュウの表情を見る限り、そんなことは些細な問題なのだろう。
彼は立ち上がる。
まるで澄羽たちがここへ来ることを最初から知っていたかのように。
「……葉狩、さん」
澄羽が呟く。
その声に、美空が反応した。
「知り合いなの?」
「う、うん……」
美空はシュウを見つめる。
年齢はそこまで離れていないように見える。
だが、どこか近寄り難い雰囲気があった。
シュウは二人の前まで歩いてくる。
そして澄羽を真っ直ぐ見た。
「話があります」
短い一言。
それだけで、澄羽は背筋が僅かに強張る。
美空も何かを察したのか、少しだけ澄羽の後ろへ下がった。
ロビーには他の宿泊客もいる。
だが、今だけは周囲の音が遠く感じられた。
「葉狩さん……どうしてここに」
問いかけるが、シュウは答えない。
代わりに、別の言葉を口にした。
「明日」
静かな声だった。
「貴女は、もう一度あの男と戦います」
「……どうしてそんなことが分かるの」
思わず問い返す。
だがシュウは表情を変えない。
まるで、雨が降ることを告げるかのように。
当然の事実を述べるように。
「戦うからです」
その一言だけだった。
「そして今度は、今日とは違う」
澄羽は息を呑む。
シュウは窓の向こう、夜の通仙を見つめながら続けた。
「貴女は負けません」
その言葉が何を意味するのか。
澄羽にはまだ分からなかった。
だが、葉狩シュウの瞳だけは。
既に明日の戦場を見ているようだった。
ゼリクス「作者」
作者「はい」
ゼリクス「一つ聞きたい」
作者「はい」
ゼリクス「しれっと修正したようだが。何故、私が通仙にいるんだ?」(第38話の超特急のシーンにて)
作者「……」
ゼリクス「何故だ?」
作者「……」
ゼリクス「何故だ?」
作者「いや、あの、理を書いてたらゼリクスって書いてしまって……」
ゼリクス「なるほど」
作者「許してくれます?」
ゼリクス「許さん」
作者「そんなぁ」
理「というか作者」
作者「はい」
理「僕がいる場面だったよね?」
作者「そうですね」
理「じゃあ普通は僕の名前を書かない?」
作者「その通りです」
理「ですよね」
ゼリクス「私の記憶では、私はその場にいなかったはずだが」
作者「いませんでした」
ゼリクス「ならば何故だ?」
作者「ゼリクスのこと考えながら書いてたらゼリクスって打ってて……」
理「重症じゃないか」
ゼリクス「投稿前に気づいたか?」
作者「もちろん投稿してから数日後ですけど……」
理&ゼリクス「は?」
作者「危なかったです」
理「いやアウトでしょ」
ゼリクス「次からは気を付けろ」
作者「はい」
理「本当にお願いね」
作者「はい……」




