第42話:星喰らいの群れ
大量の鳥居が立ち並ぶ山道。
そこを澄羽、美空、理の三人は歩いている。
「写真じゃなくて、実際に見るとこんなにすごいなんて……!」
目を輝かせる美空。
この場所を提案したのは理ではないが、彼もこの光景には良い意味で衝撃を受けたようだ。
「……こういう場所があるなんて、面白いな」
「でしょ? ここ、結構有名なんだ~」
美空の笑顔に反応するように、理の顔にも少しばかしの微笑みが浮かぶ。
そんな二人の後ろを澄羽は歩く。
……なんだか嫌な予感がする。
「……ネヴ=ソス」
『わかっている』
二人は脳内で言葉を交わす。
鳥居に挟まれた石の階段を上る中、彼女は二人の間から先を見つめる。
そこには一人の観光客が歩いていた。
どこにでもいそうな雰囲気だった。
しかし、次の瞬間。
鳥居の隙間から、何かが飛び出す。
生き物のようにも見えるそれは、観光客の叫び事飲み込み、反対の鳥居の隙間に消えた。
「……!? なに、今の……」
理は反射的に前へ出る。
だがその表情に恐怖は無かった。
澄羽も後を追う。
怯える美空を背に、二人は鳥居の隙間から向こう側を覗く。
そこには、口を不気味に動かし、全身が脈打つ融合体がいた。
常人ならとっくに気絶しているであろう光景だが、澄羽はもう慣れていた。
(ネヴ=ソス……融合体って、人を食べるの……?)
『強化のためだ。 以前、美空が融合体に狙われていたのも、同じ理由だ』
実際、傍らの美空もあの日の記憶を呼び覚ましていた。
融合体はこちらに気づき、顔を向ける。
澄羽を一直線に見つめている。
「みんな、逃げよう」
澄羽の一言と共に、階段を駆け下りる。
美空と二人ならば、変身を躊躇う必要は無い。
だが理がいる以上、ここでの変身は正体を晒すことに繋がる。
理を先頭に、美空を挟みながら澄羽が後ろへ。
背後から肉が地面を叩く音が響く。
振り返らなくてもわかる。
奴は追ってきている。
しかし、幸いここは階段を登り始めてから10分も経たない位置だ。
麓にはすぐにたどり着ける場所だった。
三人は麓へたどり着く。
しかし、広場には数体の融合体が集まっていた。
中には巨大な個体もいた。
生徒たちが身を寄せ合う中、融合体は一歩ずつ迫る。
「ネヴ=ソス。 ……私」
澄羽は正体を晒す覚悟で変身を試みた。
……しかし。
『命が惜しければ、やめておけ』
ネヴ=ソスの一言と共に、澄羽も理解する。
融合体を狩り尽くさんとする、誰かの気が流れ込んでいると。
「深淵灼流」
声が聞こえたその瞬間、一際巨大な融合体が、プランク温度を超え続ける赤黒い水と、絶対零度を下回り続ける青黒い炎に囲まれた。
その瞬間。
凍結、焼却、枯死。
本来なら決して両立しない現象が同時に起きていた。
生徒たちが唖然とする中、ローゼが歩いてきた。
「皆様には指一本触れさせないわ」
ローゼは微笑む。
その笑顔を見た瞬間、融合体たちが一斉に後退した。
「今のうちに避難を」
ローゼの指示に、その場にいた教員と生徒たちは融合体がいない方向へと走り始めた。
しかし、澄羽はローゼを見つめていた。
『……澄羽。 何をしている』
ネヴ=ソスの呼びかけは届かない。
(ローゼさんは……きっと味方じゃない)
澄羽は、言葉にできない不安に侵食されていた。
その時、澄羽の後ろにいた融合体が大爪を振るい、澄羽の背に大きな裂傷を刻みつけた。
ようやく澄羽は我に返った。
本来なら死ぬ深さ。
だが、澄羽の命を奪うには至らなかった。
そして、融合体が追撃を試みたその時。
融合体の姿が消えた。
塵すら残さず文字通り、元から存在しないかのように姿を消していた。
「白鷺さん!」
ローゼが一直線に駆け寄ってくる。
「……大丈夫そうですね。 でも、念のため」
そう言うと、手を向ける。
すると、澄羽に付けられた裂傷が瞬時に癒えていく。
再生する間は、生命力の向上すら感じた。
「今のは……?」
「さっき放った深淵灼流です。
あれは凍らせたり焼いたりと同時に、生命力を奪います。
奪った生命力は、こうして別の命を癒やすこともできます」
つまり、融合体の生命力により澄羽は完治した。
忌むべき存在の生命力で命を繋ぐ。
その状況に、澄羽は一種の不快感を感じていた。
「それにしても、不思議ですね。 融合体の攻撃を受けても即死しないだなんて」
ローゼは澄羽の周りをゆっくり歩く。
その目は真紅だった。
澄羽が天使化した時と同じような、深い紅。
「でも死ななかったことが、何よりも良かったです」
ローゼは融合体に向き直る。
「行ってください。 あなたも避難するべきです」
澄羽は少し距離を取り、
「……ありがとうございます」
そう言って、走り出した。
教員たちの誘導に従い、生徒たちは山道から離れた広場へと集められていた。
誰もが怯えている。
泣き出す者、友人の名前を呼び続ける者、状況が理解できず立ち尽くす者。
澄羽もその輪の中にいた。
しかし、その胸中だけは別の場所にあった。
(ローゼさんがいるから大丈夫……?)
そう思おうとしても、心が否定する。
あの人は危険だ。
理由はわからない。
だが、本能がそう告げていた。
その時だった。
「きゃあああっ!」
誰かが悲鳴を上げる。
全員が振り向く。
そこでは、木々の隙間から、融合体が這い出してきていた。
「う、嘘だろ……!」
教師が後ずさる。
融合体はゆっくりと人々へ顔を向ける。
逃げなければ。
だが逃げても意味がない。
ここには美空がいる。
何も知らない生徒たちがいる。
守らなければならない。
澄羽は拳を握った。
「美空」
「え?」
「ごめん。 少しだけ離れる」
そう言い残し、人混みから抜け出す。
建物の陰。
誰の視線も届かない場所。
澄羽は目を閉じた。
『覚悟は決まったか』
ネヴ=ソスの声。
澄羽は頷く。
「変身」
体の奥で何かが脈打つ。
骨が軋み、肉が変質していく。
視界が紅に染まった。
世界が変わった。
人間の少女は消え、そこに立っていたのは、紅い瞳を持つ異形。
天使は空を見上げ、そして地面を蹴った。
次の瞬間には広場の中央へと降り立つ。
土煙が舞い、生徒たちが息を呑む。
融合体も動きを止める。
誰もが、その存在を見つめていた。
天使はゆっくりと融合体へ向き直る。
その背中が、人々を守る壁のように見えた。
そして。
静かに一歩を踏み出した。
瞬時に双剣を生成し、突き立てる。
そのまま全力で押し込み、山腹まで叩き飛ばした。
真後ろの山肌が砕ける。
衝撃は止まらず、さらに奥の山々へと連鎖していった。
(これで倒れない、ということは……)
融合体が頭突きを繰り出す。
天使の体が後ろへ吹き飛ばされた。
後ろにあった建物が崩壊する。
(このままじゃ、やがてはみんなに……!)
剣が刺さったまま、融合体は向かってきている。
考える時間は残されていなかった。
一か八か、天使は融合体を真上へ蹴り上げる。
融合体の体が山の上まで浮く。
追撃を加えるように、天使は全力で地を蹴り、下から融合体を更に蹴り上げる。
融合体はとてつもない速度で打ち上げられる。
天使もそれを追うように、もう一度地を蹴り飛び上がる。
両者は大気圏を突破し、宇宙へ飛び出した。
地上で戦えば、被害は広がり続ける。
宇宙ならば、少なくとも人間を巻き込むことはない。
天使は宇宙の流れへ体を乗せ、浮遊する。
すると、融合体の体に変化が見られた。
融合体の中から、現象そのものとも見て取れる光が飛び出す。
融合体の肉体は抜け殻のように、宇宙の闇へ消えていった。
光は天使に向き合い、一直線に向かってきた。
宇宙外生命体。
天使は初めて戦った日のことを思い出す。
その日も、空から降ってきた光を斬り裂いたことを。
その時、地球から多くの光がこちらに向かって上がってくる。
通仙の上空にいた群れだ。
天使は双剣をもう一度生成し、大量の宇宙外生命体を目掛けて飛ぶ。
宇宙外生命体は次々に剣で斬り裂かれていく。
しかし、その個体ごとが持つ高温により、天使の肉体は焼失していく。
再生を試みるが、このままではギリギリ勝利できるといったところだろう。
天使は高速移動の能力を使用する。
天使の姿が掻き消える。
次の瞬間には、遥か先の宇宙外生命体が両断されていた。
光速へと至り、次々に宇宙外生命体を斬り裂き続ける。
瞬時に通り抜けることにより、高温によるダメージを最小限に留めていた。
宇宙外生命体は一体、また一体と続けて消えていく。
残るは、融合体から抜け出した宇宙外生命体だけだ。
天使は双剣を構え直す。
宇宙外生命体もまた、光を収束させる。
次の一撃で終わる。
そう確信した時だった。
突如、宇宙外生命体の進行方向が変わる。
まるで何かを恐れるように。
天使は視線を動かした。
そこには一人の男が立っていた。
宇宙空間。
本来なら生存できるはずもない場所。
しかし男は平然とそこにいる。
壮年の男。
澄羽が昨夜、自動販売機の前で出会った男だった。
男は宇宙外生命体を見上げる。
その目に驚きはない。
ただ、少しだけ面倒そうな色があった。
「……やれやれ、もう宇宙に適応したとは」
男は小さく息を吐く。
その瞬間。
宇宙外生命体の身体が縦に裂けた。
何が起きたのか分からない。
斬撃もない。
衝撃もない。
光の生命体は断末魔すら上げられず、宇宙の闇へと消えていく。
天使は目を見開く。
男は天使の方へ視線を向けた。
「また会ったな」
その声は穏やかだった。
だが。
ネヴ=ソスと澄羽は知っていた。
今、目の前に現れた存在の危険性を。
男の右手が持ち上がる。
その掌の上に黒い粒子が集まり始めた。
闇、重力、空間。
それらを無理やり圧縮したかのような漆黒。
粒子は長く伸びていく。
柄となり。
刃となり。
やがて一本の武器へ変貌した。
黒銀の薙刀。
刃の周囲では空間そのものが歪んでいる。
まるで宇宙が切り取られ続けているかのようだった。
『……』
ネヴ=ソスが沈黙する。
天使は気付く。
ネヴ=ソスですら警戒していることに。
男は薙刀を肩へ担ぐ。
その瞬間。
肉体が変質を始めた。
皮膚は黒へ。
血管は白銀の光となって浮かび上がる。
背後には無数の光輪。
だがそれは神々しいものではない。
銀河そのものを押し潰して作ったような、圧倒的な質量感を持っていた。
変身は一瞬で完了する。
異形と呼ぶにはあまりにも整い過ぎた姿。
神と呼ぶにはあまりにも冷たい存在。
それがトゥ=レイヴの本来の姿だった。
男は薙刀をゆっくり構える。
その動作だけで周囲の空間が軋んだ。
「初めてだ」
低い声が宇宙へ響く。
「ネヴの名を持つ者と戦うのは」
戦いが始まろうとしていた。




