第30話:黒槍の残滓
戦闘予想区域。
そこは都心より低めのビルが集まっている地帯だった。
燈莉と玲司、数人の隊員が到着した頃には、数十人の戦闘員がビル群の一部を囲むように立っている。
Lv7の討伐ともなると、ここまで人数は増えるのか。
「反応はこの中だな」
端末を見た玲司は反応の方向に顔を向ける。
今にも歩き出そうという雰囲気だった。
「ねぇ、本当に私が行くの?」
体を震わせ、燈莉は玲司の腕を掴む。
「司令官もシュウを信じているんだろう。
じゃなきゃ行けなんて言われない」
槍を担いだまま歩き始めた。
「……助け合おうね」
諦めたかのように、燈莉は細身のブレードを抜き歩き始めた。
「ん〜? 誰かと思えば人間じゃん」
軽い口調で話すその存在は、融合体の反応地点と重なっていた。
姿は小学生ほどの年齢の男子だ。
「人間……? いや……」
燈莉の視界に、幾何学的形状の情報が大量に流れ込む。
カイメラは奴が融合体であると告げていた。
「玲司」
「ああ」
二人は武器を構えて歩き始めた。
「初対面なのに物騒だな〜。 まずはこの子たちと遊んであげてよ」
男子は右手をクイッと下に振る。
鳥のような翼が生えた巨大な融合体が空から、触手が口から垂れているカメレオンのような融合体が地下から現れた。
燈莉は融合体に注意しながら、端末を見る。
二体ともLv5.Verseだ。
しかし、燈莉の目に迷いは無かった。
「俺はあの鳥をやる。 カメレオンを任せた。」
「わかった」
二人はそれぞれの融合体を目前に武器を構え、攻撃を仕掛けた。
――――――――――――――――――――――
鳥のような融合体は、羽毛を弾丸のように放った。
玲司は槍を目の前で高速回転させ、すべてを弾き落とす。
軽い。
明らかに、以前より動けている。
燈莉との訓練——その成果だった。
弾かれた羽毛が融合体自身に突き刺さる。
体勢が崩れた一瞬、玲司は地を蹴った。
跳躍し、そのまま槍を突き出す。
鋭い一撃が、翼を裂いた。
だが——
「浅い……!」
手応えが、足りない。
すぐさま横薙ぎ。
切っ先が胴を斬り裂く。
それでも、融合体は苦しむ様子を見せない。
「効いていない……? いや……!」
裂いたはずの部位が、滑らかに分離する。
肉が裂けたのではない。
分かれた。
二体に。
「分裂型か……!」
再び槍を構えた瞬間。
一体が急降下。
鋭い爪を突き出し、蹴りを放つ。
咄嗟に槍を横に構える。
「ぐっ……!」
衝撃が、そのまま体を貫いた。
玲司は後方へ吹き飛ばされ、ビルへ叩きつけられる。
壁面に亀裂が走り、コンクリートが軋む。
全身の骨が悲鳴を上げた。
だが——
「……まだ、いける……!」
崩れかけたビルを背に、融合体の脚を掴んだ。
「虚界穿孔」
次の瞬間、融合体の片足が消滅した。
――通用する。
これ程の地力を持つ融合体と、力が拮抗している。
拘束が外れ、受け身を取りながら着地する。
体制を立て直し、もう一体へ視線を向ける。
槍で足の爪攻撃を防ぎ、突き技を放つ。
すると、融合体はまた分裂を始めた。
「……まだ増えるか!」
しかし今度は違う。
融合体の身体は小さくなっている。
空中の個体も足を再生し終え、合流した。
四体に増えた融合体は同時攻撃を仕掛ける。
(リーチの差で何とか押せてる……。 槍が適正で良かった)
槍を回転させ、突き、切っ先で切り裂く。
間合い、軌道、すべてが噛み合っている。
玲司は燈莉との訓練の経験を、存分に活かしていた。
だが、四体の融合体が一瞬だけ動きを止めた。
視線が交差した次の瞬間。
さらに分裂。
数が、跳ね上がる。
小型化し、群体化。
無数のムクドリの群れへと変貌した。
「……この数は……!」
一斉に突撃。
速度が段違いに上がる。
(防ぎきれない——)
玲司は一瞬、能力の発動を考える。
(ダメだ……自分も巻き込む)
選択を切り捨てる。
だが、その目は諦めていなかった。
その代わりに——
上へ。
槍を横に構え、回転させる。
槍が空気を掴み、空高く舞い上がる。
ムクドリの群れが、一直線に追う。
両者共に、逃げ場はない。
その直後。
玲司の体に、黒い亀裂が走った。
腕が黒い魔獣のように変質する。
槍もまた、黒く染まる。
虚空を宿したような、歪な存在へ。
内側で、サーベラスが吠える。
歓喜のように。
破壊を祝うように。
玲司の目が、深紅に染まる。
空間が、軋む。
「Le Diable boiteux」
黒槍を、投げる。
空間を裂きながら、牙のように軌道を広げていった。
次の瞬間。
群れは、すべて貫かれていた。
抵抗すら許されず、存在ごと消滅した。
地面が、ぬめるように蠢いた。
カメレオンのような融合体。
歪に伸びた四肢と、地面に溶け込むような体表。
口元からは、無数の触手が垂れ下がっていた。
「……適応進化」
燈莉は小さく呟き、ブレードを構える。
視界が変わった。
幾何学的な線、数値、構造。
すべてが見える。
(外殻は擬態構造……中枢は……ここ)
燈莉が踏み込む。
融合体の触手が伸びるが、遅い。
最短距離、最適角度。
燈莉の刃が、正確に融合体を貫いた。
そのはずだった。
次の瞬間には、手応えが崩れていた。
「……え?」
刺したはずの部位が、形を変える。
内部構造が、再編成されていく。
直後。
同じ軌道、同じ速度、同じ一撃が、返ってきた。
「っ……!」
咄嗟に回避する。
頬を、浅く裂かれる。
(今の……私の動き……?)
融合体の体表が揺らぐ。
まるで、こちらを再現するように。
「なるほど……そういうこと……!」
燈莉はここで理解する。
(受けた情報を、そのまま返してる……!)
なら——
燈莉は再び踏み込む。
今度は、別の角度、別のタイミングの連撃。
斬る、突く、ずらす。
だが。
すべて再現される。
「……っ!」
攻撃が、返る。
完全に同じ精度で。
(解析されてる……私の動き……!)
距離を取る。
だが、遅い。
触手が地面から跳ね上がる。
死角だった。
「くっ……!」
肩を掠め、体勢が崩れる。
その瞬間。
視界に情報が流れ込む。
燈莉は歯を食いしばる。
「なら……構造崩壊……!」
対象の情報を暴走させる、内部からの破壊攻撃。
だが——
「……!?」
違和感。
暴走したはずの情報が、そのまま返ってくる。
「ぐっ……!」
頭の奥が焼けるように痛む。
(これ……私の能力まで……!)
理解する。
この敵は戦い方そのものをコピーするのだ。
「……玲司と戦わなくて、正解だったかもね……」
自嘲気味に息を吐く。
玲司の攻撃がコピーされるのなら、状況は今よりも悪化していた。
でも自分は——理解して、勝つしかない。
再び構える。
だが今度は、異なる挙動が同時に襲いかかる。
(同時……!?)
処理が追いつかない。
回避、防御、判断。
すべてが、わずかに遅れる。
「っ……!」
斬撃を受ける。
浅いが、確実に削られる。
(ダメ……この数は……!)
同時攻撃。
この敵の弱点として解析できた策のはずだった。
だが、それを自分で再現している。
「……詰んだ……?」
次の瞬間。
宙を複数の牙が超高速で這い、空気を軋ませた。
だが、実体ではない。
その軌道上の空間ごと削れている。
融合体が、跳ねるように後退する。
牙の一つが地に落ち、地面が消えた。
「……っ!?」
燈莉は目を見開く。
今、何が起きたのか、理解が追いつかない。
融合体も同様だった。
再現しようとした挙動が、止まる。
空を見上げる。
黒い槍が、落ちてくる。
それは重力に従うだけの静かな軌道、そのはずなのに。
誰も、動けなかった。
触れれば終わると、本能が告げている。
槍が、地面に突き刺さる。
その周囲の世界が歪んでいた。
遅れて、玲司が降りてきた。
「へぇ……」
少年の姿をしたそれは、戦場を見下ろしていた。
燈莉の動き、玲司の槍、融合体の分裂。
すべてを、観察している。
「面白いなぁ、人間って」
軽い声。
だが、その目は笑っていない。
「理解して壊すやつと、理解せずに消すやつか」
小さく首を傾げる。
「どっちも正解っぽいけど……」
視線が、燈莉に向く。
「そっちは、ちょっと遅いね」
次に玲司。
「こっちは……雑だけど速い」
どちらにも肩入れしない。
ただ、比べているだけ。
「でもさぁ」
融合体へと視線を戻す。
「それ、ちゃんとやれてる?」
問いかけるように呟く。
次の瞬間。
融合体の動きが、わずかに変わる。
より滑らかに、より正確に、進化した。
「ほら」
くすりと笑う。
「まだ、遊べるでしょ?」
ふわりと浮き、地面へと羽根のように着地する。
無邪気な悪意は二人を目指し、歩き始めた。




