第31話:交差する戦場
融合体の動きが、変わる。
ぬめるようだった動きが、消える。
代わりに——
正確になった。
触手が伸びる。
その軌道は無駄がない。
「……速い……!」
燈莉は後退する。
回避はできる。
だが——
(読めてるのに、間に合わない……!)
理解はしている。
最適解も出ている。
それでも、体が追いつかない。
「燈莉、下がれ」
玲司の声だ。
次の瞬間、虚界穿孔が走る。
触手の一部が、音もなく消えた。
だが、融合体は止まらない。
消えたはずの動きすら、再現するように。
「……コピーの精度が上がってる……!」
燈莉が歯を食いしばる。
(このままじゃ……玲司の動きまで……)
その考えに至った瞬間。
理解する。
「……ダメ」
小さく呟く。
「これ以上、見せたら……全部使われる」
玲司は一瞬だけ燈莉を見る。
「なら、どうする」
問いは短い。
燈莉は融合体を睨む。
情報が流れ込む。
構造、流れ、変化。
その中で——
歪みを見つけた。
(分裂のたびに……中枢が、僅かにズレる……)
完全じゃない。
進化しても、まだ綻びがある。
「……一瞬でいい」
燈莉が言う。
「止める。だから——」
玲司は、頷いた。
それだけで十分だった。
融合体が動く。
今度は——同時。
触手、擬態、突進、すべてが重なる。
「今——!」
燈莉の目が見開かれる。
「構造崩壊」
内部情報を暴走させ、自己崩壊を起こさせる。
だが今回は、違う。
全体ではない。
ズレた一点だけ。
その瞬間。
融合体の動きが、止まった。
完全ではないが——
確実に、遅れた。
その一瞬、玲司はすでに踏み込んでいた。
腕を突き出し、何かを潰すように手を握る。
「――虚界牙断」
牙が空間を裂き、噛み砕くように閉じる。
融合体を、逃がさない。
コピーも、再現も、間に合わない。
触れた瞬間——
抵抗も悲鳴もなく、存在ごと、歴史ごと消滅した。
何も、残っていない。
燈莉は息を吐いた。
「……やっと、終わった……」
玲司は槍を肩に担ぐ。
その黒は、すでに消えていた。
「いや」
短く、否定する。
燈莉が顔を上げた。
「終わってない」
玲司の言葉の意味を理解する直前、視線を感じた。
感じた視線を辿ると、そこにはあの少年が立っていた。
燈莉の喉がわずかに震える。
玲司も、無言で槍を構えた。
だが。
少年は気にした様子もなく、ただ——
燈莉を見ていた。
まるで、中身を覗き込むように。
「……なに……?」
視線が、逸らせない。
その目は、見ているのに、どこも見ていないようで——
「……ああ」
ぽつりと呟く。
何かに納得したように。
「な〜んだ。 ……メルグだったんだ」
知らない名前。
それなのに、心臓が大きく跳ねた。
「……?」
空気が凍り、胸の奥がざわつく。
まるで——
内側の何かが反応しているように。
「アルク=ディアたちが探してるよ」
軽い口調。
まるで、世間話のように。
「……その名前、夢で……」
理解してしまった。
それが、自分とは無関係じゃないことを。
リクス=ヴァイアは、少し首を傾げる。
「知らないの?」
面白そうに、笑う。
「まあ、いいや」
興味が薄れたように、視線を外す。
「どっちにしても——」
軽く一歩、後ろへ下がる。
「みんな待ってる。 いくよ」
燈莉を見る。
その目は——
ほんの少しだけ、楽しそうだった。
次の瞬間、少年の片腕が融合体に形状に変化を始めた。
「……それは…っ!」
少年の体躯に合わない巨腕が、燈莉を掴んだ。
逃げられない。力の差がはっきりとわかる。
その後、玲司に振り向いた。
「あ、追ってこないでね〜。 みんなが探してるのはメルグだから」
少年は向き直り、歩み始める。
「ふざけてるのか」
瞬間、少年の腕の指が全て消滅した。
燈莉はそのまま落ちるかと思いきや、鏡面のような穴に吸い込まれる。
直後、鏡面が玲司の上へ生成され、燈莉が降ってきた。
未来断絶と鏡界侵入を併用することで燈莉を助け出した。
「へ〜。 逃がしてあげようと思ったのに、冒険が好きだねぇ」
少年は指の無くなった豪腕を切り落とし、ゆっくりと振り向く。
すぐに腕が再生され始め、少年は向かってくる。
「燈莉、逃げろ」
玲司は耳元で小さく告げる。
「えっ……玲司は…?」
「お前が逃げる時間ぐらいは稼いでやる」
槍を構え、少年に歩み寄る。
その様子を見て少年は何かに気づく。
「あれ、君はあの端くれじゃん。 まさか地球まで来れるなんて思わなかったよ」
瞳に少しばかしの興味が灯る。
「漂って位相を崩すことしか能が無い君だったのにね」
玲司と少年は立ち止まる。
「でも、みんなは必要無いって思うだろうし」
少し首を傾ける。
「ここで消えてよね?」
少年の瞳が赤く染まる。
玲司の身体には黒い亀裂が走る。
両者の戦いは始まろうとしていた。
息が苦しい。
でも、走れないわけじゃない。
身体はずっと動き続けていた。
『最短距離で進め。 あのビルを飛び越えながら変身するべきだ』
五百メートルほど離れたビルだった。
「そんなのっ……できないって……」
走る様子に対し、息切れを起こしている。
喋ることは困難だ。
『できるはずだ』
「……」
話すことを断念した。
余計なことに力を使えない。
気づいた頃にはビル群に近づいていた。
『今だ』
「やるしかない、か」
澄羽は思い切りコンクリートを蹴る。
直後、地上が降下していく。
否、そう見えるほどの勢いで澄羽が飛び上がっていた。
ビルを飛び越し、頭から下に落下していく。
視界には見覚えのある青年と少女、そして不気味な少年が立っていた。
「……変身」
静かに呟く。
風も重力も、意味を失う。
肉体がねじれ巨大化し、顔の半分に複数の目が生じる。
刃状の手甲や双剣、翼のような突起が生成される。
十数を越える目が同時に開く。
天使が姿を現した。
剣を交差して構え急降下。
眼前には少年が迫っていた。
剣が届く寸前――
少年はこちらに気づいた。
少年は腕を融合体化させ、天使の一撃を受け止める。
分散する余波がコンクリートを砕き空気を切り裂き、吹き飛ばした。
「燈莉! 離脱するぞ!」
玲司は燈莉の元へ走った。
手を取り、そのまま反対側へ。
「もしかして頼りになる奴って……」
「あぁ。 その通りだ」
燈莉は走りながら振り返る。
その瞳は揺れていた。
「鏡界侵入」
二人は鏡面に吸い込まれ、姿を消した。
一方で、天使と少年の戦いは拮抗していた。
だが、微々たる差で天使が押し勝った。
天使の力に少年は吹き飛ばされる。
力比べは得意ではないようだ。
「急に入ってきて……誰?」
少年は不機嫌そうに尋ねる。
しかし直後、表情はもとに戻った。
「あ〜……まさか君が来るなんてね」
「誰だ」
天使は思考の波を少年へ流す。
「ん? 覚えてないの?」
目を丸くする。
「リクス=ヴァイアだよ。 覚えてないの?」
「知らない」
静寂が辺りを包む。
「……それは残念。 でも、本来の目的はソティアだからね」
(……ソティア? 誰?)
不思議に思う澄羽だが、体の内側が震えている。
震えているのは……ネヴ=ソス?
刹那、世界そのものを引き裂くような一撃が、静寂ごと戦場を切り裂いた。
その瞬間、戦場の理は人の手を離れた。




