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哭き裂く天使  作者: Norn
第三章:観測者の選択
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第25話:逃れられない座標

 澄羽が走り出した頃、まだ被害は確認されていなかった。

 ——それが、逆に異様だった。


 燈朝市南方面。

 学校とは別方向だが、そのうち融合体はこちらに来ることを澄羽は理解していた。


 今まで出会った融合体の全てが、澄羽に向かっていた。

 融合体となっていたクラスメイトも、美空を狙っていた融合体も。


 そうなれば、自分が行かない理由など、どこにも無かった。


 澄羽はしばらくの間走り続け、やがて少し広めの道路へと出る。

 以前の澄羽ならその五分の一の距離でもバテていたが、今はそれが一切無い。

 だが、この時の澄羽にはそのような考えは浮かばなかった。


 真っ直ぐ続く大通りの向こう側に、人ならざる者が立っていた。

 それは人の形をねじ曲げ、昆虫と接合したかのような形をとっていた。

 普通の生物と比べるならば異様な形状だが、澄羽が対峙してきた融合体の中では比較的整った形だった。


 数百メートルも離れた位置の融合体は、一歩も動かずに澄羽を見定めた。

 「譛?蛻昴°繧牙、ゥ菴ソ縺ォ莨壹≧縺ィ縺ッ縲」


 以前の融合体と同じ、人間には聞き取れない言語。

 だが、澄羽は言葉の意味が脳内で変換されていった。

 (最初か□□使□出□□とは。……? やっぱり……違わない。 全部、私を狙ってる)


 澄羽はそれにより罪悪感を感じ始めた。

 融合体が澄羽を狙っているのならば、結局のところ自分がこの街にいる限り、奴らは何度でも現れる。

 臓物が込み上げる感覚を抑え、澄羽は変身を行おうとした。


 だが。


 (そういえば……こんな場所じゃ変身できない……!)

 今までは寝静まった夜の街や、人の気配が無くなった住宅街での戦闘だったものの、今は白昼の市街地。

 変身すれば一気に正体が広まってしまう恐れがあった。


 (いったいどうすれば……!)

 思考を巡らせる中、融合体はコンクリートを砕きながら、一気に距離を詰めてきた。


 間に合わない。

 融合体は、辛うじて人間の形を保っている片手で澄羽の首を掴む。


 「……かはっ…!」

 首の骨が軋み、意識が朦朧としてくる。

 腕を掴むが、一向に動く気配すら無い。


 「莉翫?∝勧縺大?縺励※繧?k」

 融合体はそう言い放ち、鋭い腕を澄羽の胸に突き立てる。

 人間の胸など、簡単に貫通する。

 危機的状況だが、澄羽は別のことに思考を巡らせていた。


 (今、助け出してやる。……だって? どういうこと……?)

 澄羽は融合体の言葉を人間の言語として聞き取った。

 視界の端が暗く欠けていき、呼吸の仕方が分からない。

 そんな死を体感する直前であったにも関わらず、生存本能などどこにも無かった。


 融合体が澄羽の胸を貫こうとした瞬間――


 大きな音と共に首を掴む手が離された。


 「はっ……!」

 澄羽は急激に地面に叩きつけられ、目眩が意識を蝕む。


 見上げると、そこには武装した戦闘員の隊が輸送車を背に立っていた。

 一人の隊員の銃から気が立っている。


 融合体を見ると、横腹あたりが抉られ、熱で焼かれたかのように爛れていた。

 その特徴から、隊員が装備しているのはビームライフルのようだ。


 「逃げ遅れた住民を確認! 融合体との距離が離れ次第保護に向かう!」

 一人の隊員が無線機を片手に報告をし、同時に別の隊員が融合体へビームを浴びせる。

 ビームが命中する。

 ——それでも、倒れない。


 だが、融合体は運良く澄羽から距離を取った。

 一人の隊員が澄羽へと駆け寄る。


 「大丈夫ですか!? 安全地帯までお連れします!」

 特殊な装甲に身を包んだ隊員は、澄羽を抱きかかえると反対方向に走り始めた。

 澄羽は咄嗟に反応した。


 「駄目です……あいつは私を狙って……」

 それを聞いた隊員が後ろを振り返る。

 その瞬間、高く跳躍した融合体が口から蟻酸を吐き出す。


 「……! 危ない!!」

 隊員は澄羽を庇い、蟻酸を浴びる。

 装甲が一気に劣化し、蟻酸が流れ込んだ。


 「……ぎっ、ぐあぁぁぁぁ!!」

 その場で悶え苦しむ隊員を背に、残りの隊員のもとへ澄羽は走り出した。

 変身できなければ、融合体へ立ち向かうことはできない。

 残りの隊員が走って向かってくる。


 その時――


 気づいた時には、一人倒れていた。

 ——何も見えなかった。


 他の隊員が駆け寄ろうとした時にも、一人、また一人とその身を切り裂かれていった。


 「な、なにが起こって……、……!」

 咄嗟に体を伏せた。

 頭上を何かが通り過ぎた後に、風が来た。


 音が過ぎ去った方向を見ると、背から腕が生えた黒い融合体が俯いていた。

 ゆっくりと振り向くその顔に、目や鼻は無い。

 口のように裂けた溝と、その横から伸びる刃があるだけだった。


 黒い融合体は目にも留まらぬ速度で周囲を飛び回り、澄羽へとその刃を構えた。

 刃が澄羽に届く直前、先ほどの融合体が黒い融合体を蹴り飛ばした。

 バッタを彷彿とさせる脚の力は凄まじく、近くにあった建物の一部を破壊した。


 融合体は黒い融合体へと向かった。

 その隙を見て、澄羽は破壊された建物の瓦礫の陰へと身を潜めた。


 二体の融合体の声が響く。


 「邪魔しやがって……何のつもりだ?」

 「人間の状態で損傷を増やすと、《あれ》の生命活動にも関わる。 話されただろう?」

 「だが、《あれ》が我々の故郷に戻ったとしても結局のところ、皇帝の候補は妹の方から変わらない。 そうだろ?」

 「その通りだが、任務は任務だ」


 融合体の声は本来、人間には聞き取れない。

 それでも、澄羽には人間の言葉として認識できていた。


 (故郷? 妹? 任務? 何のこと……?)


 融合体が睨み合う中、近くに転がっていた無線が鳴る。

 先ほどの隊員の物だったのだろう。


 「偵察隊。 聞こえるか?

周辺の住民は避難が完了しているそうだ。

これより近くの戦闘員がそちらへ向かう。

逃げ遅れた住民は無事に避難したか?

……偵察隊?」


 (戦闘に向いてなさそうのは、あくまで偵察隊だったからか……)

 澄羽は静かに無線を拾い、応答した。


 「了解した。 融合体は二体確認できている。

……後は任せてほしい」

 無線機からはしばらくの間沈黙が流れる。


 「……誰だ?」

 それには答えず、澄羽は無線を地面に置いた。

 澄羽は立ち上がる。

 運良く建物の瓦礫が遮蔽物となっている。


 ——もう、隠す必要はない。


 澄羽の瞳が紅に染まり始める。

 体中の骨や筋繊維が変形し、強度が増していく。

 腕に刃状の手甲、背には翼のような突起が生成された。


 体躯は融合体を軽く越えるほどの巨大さに変化していった。

 瓦礫の大きさを越す頃に、顔の半分に紅の目が一つ、二つと増えていく。


 変身が終わり、地面に亀裂が走り、空間と音が歪む。

 高温の熱波が天使を中心に広がり、建物や倒れた偵察隊、融合体を容赦なく焼き尽くす。


 融合体の体表は赤黒く焼け爛れたが、それでも天使を睨みつける。

 天使はその二体を深紅の瞳で見下ろす。


 両手に双剣が生成されると、天使は走り出した。

 そのまま片手の剣を振り上げ、その一斬で昆虫のような形状の融合体を斬り裂いた。

 融合体の身体はいとも容易く切断され、修復されることはない。


 (軽い……)

 一撃のもとに融合体を屠った天使は、自身の力を呑み込めずにいた。


 「よくも……!! 俺が相手だ!!」

 黒い融合体の姿が、消えた。


 ——否。

 最初から見えていなかったのだと、天使は遅れて理解する。


 次の瞬間、左肩に浅い裂傷が刻まれていた。

 音は、後から来た。

 空気が裂ける音と、風が頬を叩く感触。


 (……速い)

 そう思った時には、すでに二撃目が入っていた。

 右脇腹。浅い。だが確実に削られていく。


 視界の端で、何かが跳ねる。

 ——違う。自分の血だ。


 「……っ」

 踏み込み、剣を振るう。

 だが、その軌道には何もいない。

 空を斬った感触だけが、腕に残る。


 背後だ。

 そう思った瞬間には、背中が裂かれていた。


 (見えない……!)

 違う。

 見えているのに、間に合っていない。


 黒い融合体は地面を蹴っているはずだった。

 だが、その痕跡はあまりにも浅い。


 (こんな速度で動いているのに……。

衝撃が、軽すぎる)

 再び、何かが通り過ぎる。

 今度は回避した——はずだった。


 だが、頬に熱が走る。

 触れると、指先が赤く染まった。


 (ズレてる……)

 認識と、現実が。

 わずかに、だが致命的に。


 黒い融合体の軌道を目で追う。

 壁、地面、瓦礫——その全てに、かすかな痕跡。

 だが、それは速さの証明としては弱すぎた。


 (何かが、おかしい)

 呼吸が乱れる。

 傷は深くないが、確実に削られている。

 このままではいずれ、確実に届く。


 ——その時だった。


 記憶の奥底に、焼き付いた映像が蘇る。


 幼い頃、夢中で見ていたヒーロー番組。

 高速で動く敵に対し、主人公が取ったある行動を。

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