第23話:知らないままでは
葉狩シュウと名乗る青年から逃げ出すようにその場を去った澄羽は、いつの間にか高校へと着いていた。
(なんで)
(なんで)
(なんでバレたの)
教室の音が、遠くなる。
誰かが笑っている。
椅子が引かれる音。
全部が、膜を一枚挟んだみたいにぼやける。
(終わりだ)
その言葉だけが、やけにはっきりと浮かんだ。
「おはよ!澄羽!」
以前と比べて、笑顔を取り戻してきた美空。
まるで雲一つ無い空のようにその目は輝いていた。
「……おはよ」
美空以外の存在に天使だとバレた事実は、澄羽の心を静かに蝕んでいた。
「…どうしたの?」
――言えない。
澄羽には、何があったか話せなかった。
――宇宙外生命体から人類を守りたいのなら、立ちはだかる全てを排除しなければならない。
その言葉は、思い出しているわけじゃない。
勝手に、浮かんでくる。
――排除しなければならない
消そうとしても、消えない。
そんな澄羽とは対照的に、美空は変わらず言った。
「何かあったら話してね。私は澄羽の味方だからさ!」
クラスの視線が集まるが、美空は気にも留めていなかった。
「うん…ありがとう」
「それじゃあ、席のところ行くからまた後でね!」
澄羽は美空の背を見送った。
その間、ひそひそと他生徒の会話が響いた。
「あんなのとよく関われるな」
「あの芋女、話せるだけでも光栄に思えよ」
「芋に加えてあの耳、ピアス空けすぎだろイキリ野郎」
「あいつが居るだけで最悪な気分だ」
その言葉は美空に対するものもあれば、澄羽に対するものもあった。
しかし、澄羽の耳には全く入ってこなかった。
(もし、A.E.O.I.と戦うことになったら……燈莉も殺さないといけないの……?)
シュウの言葉の通りにするならば、それは友人の妹を殺さなければいけないことを意味する。
不安はただ澄羽の心を曇らし、憂鬱さを越えた感覚を作り出していた。
担任の先生が入ってくるが、澄羽は彼の言葉すらも遮ってしまっていた。
鈍い音を立て、槍と細身のブレードがぶつかり合う。
訓練室にて、玲司と燈莉は特訓をしていた。
「今更だけど、細い剣に槍って不公平じゃない?」
「言い訳でもするつもりか? 強者は道具に縛られないぞ」
玲司と燈莉は両者共に、手合わせを楽しんでいる様子だった。
模造武器で行われているにも関わらず、見る者に死の恐怖を感じさせる勢いだった。
燈莉は細身のブレードで、幾つもの斬撃をお見舞いする。
玲司は最小限の動きで斬撃を弾くが、時々命中し、体勢を崩した。
玲司はクスリと笑みを浮かべた。
「できてるじゃないか。槍相手でも細い剣は対応できている」
「まだ余裕そうね。なら、その余裕を斬り捨ててあげる」
燈莉は素早く踏み込み、玲司の懐へ模造剣を突き立てようとした。
だがその瞬間、模擬的には玲司を貫いているはずの剣が、弾かれてた。
「やっぱり、燈莉と手合わせして正解だった」
玲司は五感が研ぎ澄まされ、より戦闘に特化した身体に変化していることを感じた。
ゲームで例えるならば、レベルアップと言ったところか。
ただ、どこか様子がおかしい。
「サーベラスが、カイメラと戦いたがっていたんだ」
燈莉は玲司の体を見つめた。
体中に黒い亀裂が広がっていた。
せっかく回復したはずの亀裂が、再び玲司を侵食していた。
「玲司、そろそろ休んだ方が良いんじゃない…?」
玲司の表情が徐々に不敵な笑みに変わる。
やがて、何者かに乗っ取られたかのように笑い出した。
訓練室にその声が響き渡った。
「カイメラ……いや、燈莉。血を見せろ……!」
言い終わるとほぼ同時に、玲司は模造槍を構え、走り出した。
姿勢を低く保ち、槍を軽く床に引きずっていた。
横に斬り裂くことが得意な燈莉は、不利な状況に置かれたことを瞬時に理解した。
身体が槍そのもののように向かってくる玲司を、燈莉はジャンプで避けた。
身体を縦に回転させ天井まで上がり、天井を蹴った。
脚力と重力の相乗効果で勢い良く落下し、燈莉は模造剣を玲司に振るった。
首元にクリーンヒット。
しかし、玲司は笑ったまま左手で燈莉に掴みかかる。
首を掴まれ、燈莉は少し離れた位置へ投げ飛ばされる。
燈莉は咳き込んだ後、すぐさま玲司の居た方向を見た。
玲司はいなかった。
その時、カイメラの能力が一人でに発動し、視界に幾何学的形状を象った様々な情報が浮かび上がる。
上だった。
燈莉が顔を上げた瞬間、玲司は模造槍を燈莉の顔面に向かって投擲した。
投擲された模造槍は燈莉の顔を貫いた――
――かのように思われた。
命中する寸前にカイメラの補助を得た燈莉は、ギリギリのところで模造剣を振り上げ、模造槍を弾いた。
弾かれた模造槍は空を裂き、訓練室の壁の一つを割った。
両者共に再び見つめ合う。
今の玲司は、地獄を彷彿とさせる狂気そのものだ。
いつ能力を使わないという可能性がゼロとも言い切れない。
燈莉はカイメラの能力を最大出力で発動し、玲司の情報を周囲ごと読み取った。
玲司の情報と同時に、訓練室の入り口付近に生体反応を感じ取った。
知っている人物の影だ。
玲司が走り出そうとした瞬間――
ローゼが二人の間に入った。
まるで瞬間移動でも使ったかのようなスピードで、そこに現れた。
急に立ち止まった玲司に、ローゼはビンタした。
「あだっ…!!」
玲司はしばらくの間、気を失った。
玲司が目を覚ました時、そこは医務室だった。
ローゼと燈莉が顔を覗き込んでいた。
「目が覚めたのね」
ローゼは近くの椅子にゆっくりと座った。
どこか気品を感じさせる動きだった。
「俺はいったい…」
「暴走したの。玲司のバカ」
燈莉は少し涙目になりながら、吐き捨てた。
「ローゼ上官がいなければ私、死んでたかもしれない」
そう呟く燈莉を、ローゼは宥めた。
どこか不器用だが、温かい母を彷彿とさせるものだった。
「玲司……」
ローゼは立ち上がり、玲司の頬に手を当てる。
また頬を張られるかもしれない。
玲司は歯を食いしばった。
しかし、ローゼは手を玲司の顎あたりに添えた。
「あなたは……もっと女の子との接し方を考えた方が良いわ」
ローゼの表情はどこか挑発するようでもあったが、その瞳は不安の色を映していた。
「……気をつけます」
ローゼは玲司とは反対方向に振り向いた。
「最初の段階は、もっと抑えめで訓練しなさい。飲まれてしまってからでは、遅いから……」
ローゼは直後、何かを思いついたかのように振り返った。
「それとも、私が協力してもよろしくて? 私の力なら、完璧に使いこなせる所まで連れていけるわ」
少しの間、玲司は思考し答えを出した。
「いえ、お気持ちだけありがたく。 これは自分の力で成し遂げなければ、今後の戦いでも生き延びれません」
「そうね…。なら、自分自身の身を優先して、少しずつ頑張りなさい」
ローゼは微笑む。
「ローゼ上官、一つ質問良いですか?」
燈莉は、ローゼと玲司の間に言葉を静かに放った。
「戦闘時も、訓練時も、同じ現象が起こったことがあるんです。 戦闘に特化した身体に変わる感覚と同時に、五感も全てが向上したようにも感じたんです」
「司令官が言ったことを覚えてる? この世界では力が全て。 その力が上がった証拠よ」
ローゼの返答はどこか違和感が残るものだった。
「…そんなに、あからさまに分かるものなんですか?」
「そう思うのも仕方ないわ。 ただ、宇宙外生命体を取り込んだ者の特徴として、普通の人間よりも戦闘面に関する肉体性能は飛躍的に向上するの。 その成長速度を体感したら、気づかないわけないわ。 反対に、筋トレをする人は日に日に力は上がるけど、その速度はゆっくり。 それなら変化には気づきにくいでしょう?」
ローゼは天井を見上げた。
「玲司はさっき、訓練室の壁を破壊したわね。 あれは本来、丘程度を破壊できる人なら壊せる強度よ。 玲司はもうその域に達した」
ローゼの言葉が本当なら、玲司はこの短期間でかなり成長したことになる。
「その攻撃を防いだ燈莉も、かなり成長してきているわ。 二人とも、これからも特訓を積みなさい」
「「……はい!」」
新しく感じることに違和感を感じない、なんてことはないだろう。
だが、二人は着実にこの環境に適応し始めている。
「あっ…それと、俺たちは何故本部に滞在を許されたままなんですか? 本来は様々な支部に配属されるはずですよね」
玲司はずっと感じていた疑問を、ようやく質問として投げた。
「天使は燈朝市で主に観測されているわ。地理的にも、他の観点からも、その土地出身の者が適している。 本部に配属されている理由は、手に入れた情報をすぐに伝達できるようにするためよ」
ローゼは本棚からマップを取り出した。
「場所は外部に機密だから書かれていないけど、ここが私達がいる本部基地。 燈朝市まで車で一時間半程度。 場所的にも近いの」
「あなた達は、天使を倒すための切り札的存在。 そのように私は感じているわ」
ローゼは、玲司と燈莉を見つめ、静かに言い放った。
その時。
『燈朝市周辺にて、宇宙外生命体の反応を検知した。 本部の者はこれ以降の有事に備えよ』
「……あなたたちは、今日はお休みね」
燈莉は疲弊しきっており、玲司は暴走からの病み上がりだ。
「今は13時だけど…いったいいつから手合わせしてたの?」
「朝の8時からです」
「わかったわ、今日はもう休みなさい」
ローゼはそれだけ言うと、医務室を後にした。
燈莉はその背を見届けた後、思っていたことを口にした。
「この世界って力が全てなんだよね…? 玲司をビンタで気絶させたローゼ上官っていったい…」
「……なんかすごく手加減されてた気はしてたけど、すごく痛かった。 任務より怖いよあれ」
その頃、澄羽の学校では昼休み休憩の時間となっていた。
澄羽は未だに、不安を募らせていた。
その時、担任が入ってきた。
「みんないるな。 これから全校集会だ。 本題だけ伝えておこう」
教室に重い空気が立ち込めるが、澄羽だけは違った。
呼吸が浅く速くなる。
シュウの言葉が思い浮かんだ。
今すぐにでも逃げ出したい。
それでも、現実は淡々と突きつけられた。
「燈朝市で捨てられたゴミ袋の中から、高校生あたりの年齢の死体が発見された。身元はじきに判明する見通しだ」




