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哭き裂く天使  作者: Norn
第三章:観測者の選択
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第22話:疑念の輪郭

 夜が更ける頃、燈朝市第一高校で澄羽の偵察をしていた燈莉は、A.E.O.I.のラウンジで纏めた資料を広げていた。


 天使の戦闘方法、出現場所。

そして、天使である可能性がある澄羽と美空の特徴をまとめた資料が広がっている。


 (白鷺さんが天使だったら…お姉ちゃんを助けてくれたように感じたあの安心感は…?)

 燈莉は、姉の写真付き資料に目を移した。

 それは幼少期、家族のみんなで撮った写真から切り抜かれたものだった。


 (もしお姉ちゃんが天使だったら…私は)

 燈莉は俯いた。

 目の前の現実から目を逸らすために、俯くしかなかった。


 その時だった。


 「花守妹…いや、燈莉。どうしたんだ?」

 青年の声。

 燈莉が顔を上げると、訓練用槍を背負った桜庭玲司が立っていた。


 「玲司…」

 呟く燈莉を横目に、玲司は資料へと視線を落とす。

 その目は澄羽の写真を見つめた。


 「美空は天使じゃない。ほぼ、そう言い切れる」

 玲司は燈莉を見つめ、安心させるように言った。

 玲司は資料を見ながら続けた。


 「一度、天使と戦ったことがある。天使が逃げた直後、美空は俺のとこに来た」

 その場に置かれていた燈莉の端末では、戦闘直後の天使が縮小していく動画が再生されていた。


 「縮む時間も考えると、美空ではないと言える」

 燈莉はどこか安心したように息を吐いた。

 「ということは天使の正体は白鷺…」

 「と、言いたいところだが」


 玲司は燈莉の言葉を遮る。

 「あの姿が純粋な宇宙外生命体としてのもの、である可能性も捨てきれない」


 「どういうこと…?」

 玲司は机に槍を立てかけ、燈莉の向かいの席に座る。

 「組織外には機密としてる情報を、ローゼから聞いた。Lv.9《Angel(アング=エル)》の存在のことを」


 玲司は持参していた水を飲んでから続けた。

 「かつて現れた天使(アング=エル)は、どの存在とも融合せず、人の形を保っていた。もし、同じパターンならば」

 「白鷺さんが天使でない可能性も…」


 玲司は静かに頷いた。

 「ああ。だが、全ての可能性を考慮しておいたほうが良いと思う」

 「そうだよね。ありがとう、少し救われたよ」


 「よかった。実を言うと…白鷺はクラスメイトなんだ。そこまで思い出は無くても、信じたい」

 玲司は立ち上がり、槍を手に取ると燈莉を見つめた。


 「でも、白鷺が天使だったその時は……」

 何かを言いかけると、そのまま歩き始めた。

 その背中はどこか小さく見えた。


 「ところで、なんで槍なの?」

 燈莉の質問は突然かつ率直なものだった。

 「ローゼから指摘された。物理部門なのに武器がまだ無いことを」


 「扱いが難しいけども、適性検査の結果だと槍適性なんだ」

 玲司は疲れたように微笑むと、再び歩き出した。




 澄羽は夢を見ていた。

 それは幼い頃の記憶だった。



 寝静まった時間帯に、幼い頃の澄羽は目を覚ました。

 近くのベッドでは夜美が丸くなって寝ている。

 布団で頭から足まで覆い、殻に閉じこもった生き物のように眠っていた。


 澄羽は起き上がると、勉強机の引き出しを開けた。

 その机は澄羽の物ではなく、夜美の机だった。

 中には、くしゃくしゃになった紙が何枚も押し込められていた。


 夜美は毎晩毎晩、仕事から帰ってくる父母に手紙を書いていた。

 澄羽はその様子を、いつも布団から見ていた。

 内容は読んだことが無いが、澄羽はずっと興味を持っていた。


 澄羽は一枚の丸まった紙を手に取ると、そっと広げた。



ママへ


いつもごめんなさい


よみが

ちゃんとできないから

ママはおこるんですよね


よみはいいこになります


だから

すてないでください


ママがわらってくれると

よみはうれしいです


よみは

ママのことが

だいすきです


きらいに

ならないでください


よみ



 幼い澄羽は内容をあまり理解していないようだった。

 別の紙も手に取り、開いてみた。



パパへ


きょうは

おこらせてしまって

ごめんなさい


よみが

いいこじゃないからですよね


つぎからは

パパがおさけをのんでるとき

ちかくにいきません


しずかにします


パパがしたいことも

いやがりません


いいこになります


だから

すてないでください


パパのこと

すきです


よみ



 くしゃくしゃになった手紙はまだたくさんあったが、澄羽は引き出しを閉じた。

 その時、部屋の中に声がかすかに響いた。


 声の方向に目をやると、夜美が被っている布団が蠢いている。

 中から唸るような声が漏れている。

 澄羽は覚悟を決め、布団をめくった。


 そこには夜美が蹲った姿勢のまま、魘されていた。

 その顔は苦しそうで、眠っているはずなのに涙が流れていて、助けないといけないと、幼い澄羽にも分かる状況だった。


 「おねえちゃん! おねえちゃん!」

 澄羽は夜美を揺さぶるが、目覚めない。

 だが、少しずつ様子がもとに戻っていくようだった。


 数十分後、夜美は大人しくなった。

 静かな寝息を立て、苦痛の表情も収まっていった。


 澄羽は安心し、布団へと戻る。

 夜美の顔に、身体に痣が増えていることにも気づかずに。





 澄羽は夢の中から目を覚ました。

 その瞬間、喉の奥がひきつる。

 胃の中身が逆流しかけ、慌てて口を押さえた。


 「……っ、ぁ……」

 息が上手く吸えない。

 胸が詰まる。


 頭の中に、あの文字が焼き付いている。


 ――すてないでください


 ――すてないでください


 ――すてないでください


 「……やめて……」

 誰に向けたのかも分からない声が、漏れた。


 ただの夢か。

 本当の内容なのか。

 澄羽は知る由もないが、不快感が今までにないほど込み上げているのは間違いなかった。


 澄羽は気分が悪いまま体を起こし、制服を持ちながら階段を静かに降りた。

 階段を降り、玄関に最も近い部屋が夜美の部屋だ。


 澄羽は、夢で見た手紙が無いか気になり、夜美の部屋に近づく。

 ドアノブに手を近づけ、結局離した。


 澄羽は夢の内容からか、食欲が抜け落ちていた。

 その場で澄羽は制服に着替えた。

 部屋着を脱衣所の洗濯機に放り込み、玄関で靴を履く。


 澄羽は振り返るが、夜美が起きてくる気配は無い。

 そっと扉を開け、陽の光を浴びながら澄羽は学校へと歩き出した。





 普段とさほど変化が無い通学路に、この日は変化があった。

 高校生と大学生の中間辺りの年齢に見える青年が通学路の脇に立っていた。

 通り過ぎる学生には見向きもせず、ただコンクリート塀に寄りかかり、何かを待っていた。


 澄羽は嫌な予感を感じつつも、青年の目の前を通り過ぎようとした。

 「止まってください」

 案の定、彼は話しかけてきた。


 「…はい、何でしょうか」

 警戒する澄羽を、青年は真っ直ぐな瞳で見つめる。

 その瞳には、感情がなかった。

 まるで「答えを知っている存在」が、確認のためだけに話しかけているようだった。


 「はじめまして。俺は葉狩シュウと申します。白鷺澄羽さん、あなたに伝えなければならないことがあって来ました」

 シュウと名乗る青年は少しだけ澄羽に近づくと、そのまま続けた。


 「天使の正体があなただと、俺は知っています。そのうえで頼みがあります」

 シュウの言葉に背筋が凍りついた澄羽は、すぐさま歩いて逃げ出そうとした。


 …しかし。


 「あなたが何をするかは、全て俺に筒抜けです」

 指先が動かない。

 足に力を入れているはずなのに、地面に縫い付けられたように動かない。

 呼吸だけが、やけに大きく聞こえる。


 「シュウさん…あなたは何者ですか…?」

 「A.E.O.I.の者です。ただし、天使の正体があなただと報告するつもりはありません」

 あまりに予想外な言葉に、澄羽は息を呑んだ。


 「今から伝えたいことを話します。

もし、生きることを望むなら。

宇宙外生命体から人類を守りたいのなら。

立ちはだかる全てを排除しなければなりません」


 シュウは一息つき、付け加えた。

 「たとえそれが、大切な友人であっても。話したいことは以上です」

 その瞬間に硬直が治り、澄羽は解放された。


 「あなたが話すことは、全て信じられません…。でも…」

 澄羽は続けた。

 「もし排除をしなければ、どうなるんですか?」


 シュウは少し考え込んだ。

 そして、口を開いた。

 「きっと、知らない方が幸せでしょう。今は違うとしても、そのうちあなたは…」


 「やっぱり、信じられないです。……私、もう行きますね」

 逃げるように立ち去る澄羽へ、シュウは告げた。


 「あなたの学校で全校集会があるでしょう。腐敗した女性の死体が発見された、と」

 澄羽は、ゴミ袋に入れて収集所へ置いた自身の残骸のことを思い出した。


 それでも、澄羽は歩き続けた。

 予定調和のレールの上を。

 ただ一直線に、自身の破滅に向かって。

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