3話〜折れる槍〜
ヤリツキは成り上がり貴族の息子だった。
生まれた時から平均の二倍はある体躯の彼は騎士を目指した。
民の安寧を守るために目指したはずだった騎士の願い。
それはいつしか金と権力に汚れた。
勇者のチームに加わったのも手柄を挙げ、金と権力を更に手に入れるためだった。
そんな彼は今、実家に帰るために馬車に乗っていた。
魔王軍への総攻撃に向け、武勲を願ってのパーティーが開かれるのだ。
(全く父上も困ったお方だ……こんな忙しい時に)
そう思いつつもヤリツキの表情は満更ではない。
行けば美味い料理と美しい女が満たしてくれるのだ。
向こうから出向いてくれるのなら満点なのだが贅沢は言っていられない。
そう思いながら実家へと向かう。
「あ〜、おい。まだか?」
「も、もう少しです」
「ちっ……日が暮れちまうぞ」
時は既に夕暮れ時。
夕日が空を朱く染めている。
このまま進めば夜までには着くだろう。
そうヤリツキは思っていた。
その馬車を、彼は見ていました。
しっかりと、目に焼き付けていました。
ヤリツキを乗せた馬車は実家の屋敷まであと少しという所まで来ていました。
「やっと見えて来たな……」
見えて来た屋敷。
ここでゆっくり英気を養い、魔王を討つ。
そして自分は英雄になるのだ。
そう思っていた所に、彼は来た。
ヤリツキの視界は突如反転した。
「いっ……何が……」
気がついた時、彼は馬車から投げ出されていた。
「な、何が……」
馬車を突然激しい揺れが襲った所までは覚えている。
投げ出されたヤリツキは頭を振りながら立ち上がる。
その彼の前に現れたのは黒き獣。
「んだテメェ……初めて見るな」
ちょうど近くに落ちていた槍を手にし、獣に向き合うヤリツキ。
「ちょうど良い、魔王軍戦の前の手柄あげと行こうか!!」
彼は勇猛果敢に獣へと挑みかかったのでした。
馬車の御者はガクガクと、体を震わせながら目の前で起きている光景を眺めていた。
グチャ……グチャ……という湿った音。
バリバリという砕かれる音。
ブチブチと繊維が切れる音。
御者は腰を抜かして眺めていた。
耳を塞いでも、手が震えて意味を成さない。
彼の目の前で、先程まで馬車を引っ張っていたはずの馬が二頭とも食べられていたのだ。
黒い獣は用件を済ませると、まるで仕事帰りに一杯やっていくかとでも言うように馬を仕留め、腹の中に詰めていく。
皮も、肉も、臓物すら残さない。
命をまるごと平らげる。
その光景を見た御者はそう思った。
「グルルル……」
獣は時折顔を上げると周囲の様子を伺うようにグルッと周囲を見渡す。
その度に御者が視界に入るはずだが、獣は御者には興味を示さずに馬を食べる。
御者を敵と思っていないのだろう。
だが御者は次は自分ではないかと思いながら震えた。
逃げたくても足が動かなかった。
(ヤ、ヤリツキ様が……化け物だ)
御者が腰を抜かしたのは、目の前で馬が食われているからではない。
それは数分前の事。
獣に挑みかかったヤリツキが瞬殺されたのだ。
勇ましく槍を突き出したヤリツキ。
だがその槍は体毛に弾かれ、前足の一撃で折れた。
パーン
そんな軽い音を立てて折れた。
それでヤリツキの攻撃手段は無くなった。
そのまま獣はヤリツキをのしかかるように前足で押し倒し、そのまま鋭い爪で襲いかかる。
その度にヤリツキの悲鳴があがる。
助けてくれ、と。
やめてくれ、と。
獣の力は明らかにヤリツキを凌駕していたのだ。
やがてヤリツキは悲鳴をあげるのをやめた。
彼は抵抗する事を諦めたのだ。
敵わないと、察したのだ。
すると獣はヤリツキの頭を噛み、捻った。
ゴキリという嫌な音。
ヤリツキの体が力が抜ける。
首をへし折ったのだ。
「グルオォォォォォオォオォッ!!」
ヤリツキの遺体を踏みつけ、空に向かって獣は吠えた。
腰を抜かしながら御者はその姿を恐ろしいと思うと同時に、悲しい姿に見えたという。
そしてその後、馬を平らげた獣はどこかへと去って行った。
勇者チームは、一日のうちに二人失ったのだった。
「けほっこほっ……」
私は魔獣化の反動から咳き込みながら夜の街に来ていました。
魔獣化中は身体中を満たす力も、ただの猫に戻れば過ぎた力。
小さなカゴに無理やりたくさん詰め込むように、私の体には負担がのしかかっていました。
そして一つ、分かった事があります。
それは、力を使えば使うほど、私の記憶が消えていくのです。
まだ、アルスの事は覚えています。
ですが、村を出てから私を家に入れ、名前をくれたはずの人達がいたという事は分かるのに、その人達からもらった名前が思い出せません。
彼等から温もりをもらったはずなのに、その温もりが思い出せません。
(でも……)
アーリアの敵を私は討たなければなりません。
そのために村を出たのですから。
(あと……二人……)
確実に死は迫っている。
その死に、私が追いつかれる前に……
お読みくださり、ありがとうございます。
もう少し……




