2話〜切れた弦〜
ユミハリは夕食を食べ終え、翌日に迫った魔王軍への攻撃に備えていた。
貴族の家に生まれた彼女には弓の才能があった。
その腕を売り込み、騎士ではなく当時募集中だった勇者の仲間に加わった。
女だからとバカにされないように弓の腕を磨いた。
それでも彼女は嫌いだった。
薄汚れた黒猫を拾い、戦いの時には背後で支援しかしないアーリアが。
聖女と言われた彼女が行けば、何もしなくても民衆は彼女に頭を下げる。
でも彼女の場合は違う。
何か功績をあげなければ感謝されない。
功績を挙げなければ家の恥と言われた。
いつからか彼女はアーリアを憎むようになった。
そしてあの日、彼女は目の前で襲われるアーリアを見殺しにした。
それからは仲間を失った悲劇のヒロインを演じた。
パーティーにはよく出ていた事もあってか、演技は上手かったのだ。
(遂に始まるのね……)
だが彼女はもうそんな事は覚えていないだろう。
今彼女の頭の中にあるのは明日、魔王軍の砦を落としたという手柄を持って帰る事。
そして今まで自分の事を下に見ていた者達を悔しがらせてやる事。
それだけだった。
「失礼します!!」
「どうしたの?」
「明日の攻撃の用意、終わりました!!」
「そう。お疲れ様です。皆さんには明日に備え、ゆっくり休むように伝えて下さい。お酒も許します」
「あ、ありがとうございます!!」
「ただし、明日に響かないように」
「はっ!! 失礼します!!」
騎士を見送るユミハリ。
(はん。くっだらない……どうして男ってあんなバカばっかりなのかしら)
出て行った騎士だけじゃない。
陣にいる男達を見下し、内心吐き捨てるユミハリ。
そんな事をしている彼女は気付かないのです。
すぐそこに、迫っている事に。
「ん、んん……何……」
夜もすっかり更けた頃、ユミハリは目を覚ました。
テントの外がうるさいのだ。
(全く……まだ馬鹿騒ぎしているのかしら……これだから戦う事しかできない男は嫌いなのよ)
そう思いながら彼女は外に出て様子を見ました。
見てしまいました。
「な、なによ……」
表では屈強な騎士達が木の葉のように舞い、頑丈な鎧は踏み潰されていたのです。
(な、ななななによアイツ!!)
並み居る騎士達を跳ね除け放り投げ、踏み潰しているのは真っ黒な獣。
口からは短剣のように鋭い、曲がった犬歯が覗いている。
その首には立派な鬣。
その四肢は丸太のように頑強。
そして全身は筋肉で盛り上がっており、もしかしたら鎧よりも頑丈ではないだろうか。
真っ赤な目はまるで血のように爛々と赤い。
見た事のない獣にユミハリは思わず後退り、テントに潜り込みました。
ただ、それが間違いでした。
「ガルグルル……」
テントに入る際の音を獣に聞かれたのです。
そして獣は見ました。
テントに潜り込む、ユミハリの姿を。
途端に獣は、目当ての相手を見つけたと言うように駆け出したのです。
「ユミハリ様を守れ!!」
獣の前に鎧を着込んだ騎士達が立ちはだかります。
ですが意味はありませんでした。
筋肉の塊という表現がピッタリな獣は騎士達を跳ね飛ばし、テントへと襲いかかります。
布の裂ける音と女性の悲鳴。
そして獣の唸り声が連続します。
「や、やめろー!! 来るな来るな!! 誰か助けろ!!」
そんな悲鳴が聞こえます。
「ユミハリ様!!」
そんな中、彼女は獣の視界がテントの布で塞がれた隙に脱出します。
ですが騎士が名前を呼んだせいでテントから逃げた事に気付いた獣は顔を上げました。
「ひっ……」
赤い目で見られ、騎士達の足がすくみました。
先程まで仲間を襲い、叩きのめした獣に自分は敵わない。
それが分かっていたからです。
ですが
「さっさと助けろぉぉぉ!!」
ユミハリが泣き叫びながら走って来ます。
その背後を
「ガアァァァッ!!」
轟音とも言える咆哮をあげながら迫る獣。
その前足が振り下ろされ、鋭い爪がユミハリの背中を切り裂きました。
「いだっ!? 痛い!? 痛いよぉぉぉっ……うぐっ」
その背中を踏みつけられ、押さえ付けられるユミハリ。
「お、お前らぁ……たす、けろぉ」
助けを求めるユミハリと来るなら来いと言うように騎士達を見る獣。
対する騎士達は、本能が行く事を拒否するかのように足が動きませんでした。
やがて獣は騎士達が向かってこない事を知るとユミハリの首を咥え、林へと向かいます。
「い、嫌だ!! 死にたくない!! 助けろ!! 助けて!! お願いだから助けて!! 助けてくれた奴の言う事聞いてやるから!! なんでもして良いぞ!! わ、私を抱いても良いから!! だからさっさと助けろぉおぉぉ!!」
叫びながら林へと連れ込まれるユミハリ。
命令なのかお願いなのか分からない事を叫びながら連れ込まれるユミハリ。
その姿を騎士達は見送る事しかできませんでした。
「はぁ、はぁ……」
ユミハリは夜の林を駆けていた。
突如現れた黒い獣に襲われた彼女は、死にたくない一心で走っていた。
後ろから聞こえる獣の息。
枝が折れる音。
振り返れば見える。
あの赤い目が。
追いつかれてはいけないと思った。
あの獣に追いつかれるという事は死に追い付かれる事だと。
彼女は確信した。
(くそっ……弓さえあれば……)
そう思うが残念な事に、テントで襲われた際に弓は獣によって踏み折られていた。
(死ぬもんか……)
「死んでたまるか……」
そう呟いた時、彼女の背後には飛びかかる獣の姿がありました。
「……という訳で、俺とお前でユミハリ様を探すぞ」
「は、はぁ……」
翌朝、砦への攻撃は中止となり、ユミハリの捜索が行われていた。
獣の事もあり、二人一組で行われる事となった捜索。
その捜索でユミハリは見つかった。
木に寄りかかるように座り込んで死んでいた。
その周囲は血に塗れていた。
ユミハリの腹は深々と切り裂かれており、そこから引きずり出され、食われた形跡のない臓物が、周囲に撒き散らされている。
「こりゃ……」
「ヒデェな……」
昨晩の獣の仕業に違いないと思いながらもその凄惨さに、本当に獣だろうかと思ってしまう二人。
二人は陣に戻り、ユミハリを見つけた事を伝え、仲間を連れてその遺体を収容するのだった。
酷く、酷く疲れた私は、木の根元で休んでいましたが、遺体を探しに来る騎士と会わないように、気配がする前にその場を離れました。
幸いな事に少し休んだだけでもある程度動けるように回復した私にとって、あの場から逃げるのは造作もない事でした。
そのまま私は、強化された鼻で彼女の匂いを辿る事にしました。
幸いな事に彼女の匂いは消えておらず、辿る事は容易でした。
そんななかで私は、覚えのある匂いを感じとりました。
あの日、アーリアを侮辱した匂い。
(次は……)
今、貴方の元へ死が向かいます。
お読みくださり、ありがとうございます。
最終話まで盛り上がりかけるかも……




