1話〜猫怒る〜
『クロミツ〜、ご飯ですよ〜』
『んにゃー♪』
私の名はクロミツ。
どこにでもいるオスの黒猫だった。
飼い主に捨てられ、人間を恨みかけた時、私をある人間が救った。
彼女の名前はアーリア。
目のぱっちりした、とても愛らしい人間だった。
彼女にはある役目があった。
なんでも巷では魔王が復活するので、それを退治するために勇者とやらが立ち上がっていた。
アーリアはそれの仲間だったのだ。
リーダーのグーラット。
槍を担ぐヤリツキ。
腰に剣を下げたサヤナシ。
弓を背負ったユミハリ。
みんな、嫌いだった。
私を見ては汚い猫、死に損ないと言って世話はアーリアに全て押し付けていた。
そのアーリアが、死んだ。
人間の事はよく分からない。
でも、生き死にぐらいは分かる。
アーリアは今、木で作られた箱に入っている。
その箱の前では前に話してくれた恋人という番になる相手が泣いている。
その後ろではグーラット達が俯いている。
『……この度は』
『いえ……ありがとう、ございます』
恋人がグーラット達に頭を下げる。
悲しんだ様子で恋人と話している。
彼等が言うには、拠点を留守にしている間に盗人が入り込み、それと出会ってしまったアーリアが口封じとして殺されたのだという。
彼等が来た時にはもう死んでおり、拠点内は荒らされ、金目の物は盗られていたという。
『犯人は必ず捕まえますので、どうか』
『よろしく、お願いします』
嘘だ。
匂いで分かる。
私が散歩から帰った時、アーリアは既に死んでいた。
でも、知らない匂いは家からしなかった。
アーリアからは、アーリアとグーラット達の匂いしかしなかった。
(アイツらが……)
でも人間達にはスキルという変な力があるとアーリアが以前話していたのを思い出す。
アーリアはその力を使って傷付いた人を治す事ができるのだという。
もしかしたら匂いを消せるスキルもあるのかもしれないと、私は思った。
こうして私はグーラットを疑いながら、アーリアとのお別れを済ませたのです。
『さ、今日からここが君の家だよ』
私は恋人さんの家に引き取られました。
彼はアーリアと同じように、怪我を治す事を仕事にしていました。
ただし、アーリアのようにスキルを使うのではなく、鉄の器具を使ったり、布を当てたりして怪我を直していました。
名前はアルス。
とても優しい青年です。
毛布を使って私にベッドを作ってくれました。
仕事が無い時はよく遊んでくれました。
ご飯も手作り。
アーリアほど美味しくはありませんでしたが、愛情を感じる事ができました。
月に一度、必ずアーリアのお墓参りにも行きました。
グーラット達も年に一度はアーリアのお墓に手を合わせに来てくれました。
それを見て私はアーリアの言葉を思い出しました。
『あの人達は本当は悪い人じゃないんだよ。ただ素直になれないだけって、私は信じているよ』
あの時、言葉の意味は分からなかったけど今ならこれの事なんだなと分かる。
勇者ってのは忙しいらしく、アーリアみたいな女の人がすぐに加わっていた。
どうやら国が用意したらしい。
『可愛い猫ちゃんですね。お名前は?』
『クロミツって言います』
『可愛いお名前ですね。男の子ですか?』
『は、はい』
『じゃあクロミツ君ですね』
そう言って私の頭を撫でる女性。
彼女の名前はモリメと言うらしい。
『クロミツ、散歩して帰るか?』
『んみゃ〜』
『そうか。じゃあ気をつけてな』
『なうっ』
墓参りを終え、私は日課の散歩に向かう。
風がそよそよと気持ち良い草原。
昼寝に最適な木。
程よく冷たくて美味しい水が流れる川。
アーリアとの思い出が詰まった、お気に入りの散歩コース。
そのコースを通って家に帰る途中でした。
聞いてしまったのです。
『いや〜にしてもグーラットも悪い奴だな』
『何年来る気ですか……我々には魔王を倒すと言う崇高な使命があるのですよ?』
『分かってるよ。パフォーマンスさ。パフォーマンス。ほら、最後に体を堪能させてもらったしよ?』
『も〜、グーラットったら〜。イケナイ人♪』
そんな話が聞こえてきたのは村にある小さな宿の一室。
人なら聞こえないと思うけど、猫の耳は良いのです。
気になった私は正面から堂々と中に入りました。
ここの店主さんは顔馴染みなので問題無いのです。
『おやクロミツちゃん。今日も可愛いわね〜。お散歩の休憩かい?』
『んな〜う』
『そうかいそうかい。ゆっくりしていってね』
店主の奥さんと簡単な挨拶をして目当ての部屋へと向かいます。
その部屋は二階でした。
部屋の前で扉に耳を当てて中の声を聞きます。
聞いて、私は裏切られたと思いました。
『なぁにが魔族と和解だよ。笑わせるぜ』
『魔族なんているだけ害悪なのに全く……』
『なんだっけ? 魔族と共に暮らしましょって……全く笑えるよ』
『ま、そんな事言うからグーラット達に殺されちゃったんだけどね〜』
『にしても国の奴等もバカだよなぁ……俺の言う事をホイホイ信じてくれてよ。全く勇者さまさまだぜ』
『モリメも可哀想よね。そんなアンタに憧れ抱いちゃってさ』
『ま、頃合い見計らって頂くさ。アーリアもバカだよなぁ。俺の女になってれば一生安泰だったのになぁ!!』
ゲラゲラと笑いながらそんな事を話す勇者達。
それを聞いて、まさに足元が崩れ落ちるような気がしました。
気付けば私はトボトボと歩いていました。
向かったのは祠でした。
何かあったら、辛い事があったらここの神様に相談しに来るのとアーリアが言っていたのを思い出したのです。
そこで私は吐き出しました。
勇者達の恨みを。
それに気付かない国への恨みを。
復讐したいと叫びました。
ですが所詮は猫の声です。
聞く側にはにゃーにゃーとしか聞こえないでしょう。
神頼みだって同じです。
同じ動物同士なら通じますが、それ以外にはにゃーにゃーとしか聞こえない。
それは神だって……
『珍しい客だな』
そう思っていました。
『ん〜? 猫、か……猫が来るのは初めてだな。何の用だ? 我に言ってみら』
『じ、実は……』
私は聞いた事を話しました。
それを声の主は黙って聞いていました。
『それで……』
話し終えて相手が尋ねます。
『お前はどうしたい?』
簡単な質問でした。
『ここで愚痴るだけじゃ何も変わらんぞ。お前、そいつ等をどうしたい?』
『わ、私は……仇を討ちたいです』
『お前の主人はそれを望んでいないかもしれんぞ?』
『そうかもしれません……でも、それを確かめる術を私は知りません。ですから、もし望んでいないのなら、死んだ後に叱られます』
『……ふむ。良いだろう。お前に我の力、少しだけやろう』
『にゃ!?』
『スキル持ちの猫、か。面白いな』
そう言って声の主は私に力をくれました。
魔獣化という力でした。
『ただそれは使う度にお前の命を削る。それに本来その身はスキルを宿す物ではない。負担が大きい分、乱用はするんじゃないぞ』
『あ、ありがとうございます!!』
『良いさ良いさ』
『ありがとうございま〜す!!』
私は何度もお礼を言いながら帰りました。
『あの嬢ちゃん……死んだのか……そうか』
そんな呟きが風に乗って聞こえた気がしましたが、私は急ぎました。
勇者をこれで、そう思ってまた宿に向かいました。
ですが……
既に彼等は村を発っていました。
彼等は魔王軍との戦争に向かったそうでした。
その日の夜。
アルスさんの寝顔を私は眺めていました。
(ごめんなさい。受けた恩は忘れません……)
最後に一度だけ顔を押し当ててすりすり。
アルスが好きでしたこれでお別れです。
私も勇者を追って村を出ます。
勇者を許せません。
(アーリア。貴女は優しいからこんな事、望んでいないでしょう。ですから、そちらに行った時にいっぱい叱ってください)
そう祈って村を出ます。
その時でした。
『クロミツ!!』
『!!』
この数年間で聴きなれた声に振り返ります。
そこに立っているのは寝巻き姿のアルスでした。
『こんな夜更けにどうした? 夜の、散歩か? ほら、もう帰るぞ』
しゃがみ、私に向かって手を広げます。
おいでのポーズです。
いつもならそれを見た私は彼の胸に飛び込んでいました。
ですが今日はできません。
『ど、どうした? ほら、おいでクロミツ』
彼は不安そうに私を見ています。
ですが、私には彼の胸に戻る事はできません。
戻ってしまえば、決意が鈍ってしまいます。
戻ってしまえば、あの温もりを思い出してしまえば。
だから私は……
『……んにゃ〜ぉ』
『クロミ……』
さようなら。
優しい人。
さようなら。
温かい思い出。
さようなら。
愛してくれた人。
ごめんなさい。
もし許してくれるのでしたら、私が帰って来た時にいっぱい叱ってください。
『待ってクロミツ!! クロミツ!!』
アルスの声が聞こえます。
ですが私は足を止めません。
止めたら、振り返ったら、戻ってしまうから。
(ごめんなさい……アルス……ありがとう)
この時私は知りました。
猫も泣くという事を。
それから半年ほど経ちました。
(長かった……)
猫にとっての半年は人間にとっての数年に近いのです。
勇者達を追って私はあちこちを旅しました。
時には行き倒れかける時もありました。
ですがその度に優しい人が私を助けてくれました。
アルスよりはですけど、皆さんとても優しかったです。
皆さん、思い思いの名前を私につけてくれました。
クロ、ワビサビ、クー、ツキミ……
いろんな名前をもらいました。
名前の数だけ呼び止められました。
その度にお別れをしました。
感謝と恩は忘れません。
(やっと……)
一人目です。
私が立つ崖の下には陣が敷かれています。
魔王軍の砦へ攻め込む支度をしている勇者軍の陣の一つです。
ここに来る途中で知りました。
勇者達は今バラバラになっており、それぞれで指揮を執っていると。
私の眼下の陣にいるのはユミハリ。
勇者チームにいた、女です。
(……上手く、できるだろうか)
不安、という感情が生まれました。
ですがそれを私は、噛み殺します。
不安になるのなら、あの日村を出なければ良かったのです。
覚悟の上で村を出たはず。
そう自分に言い、一歩を踏み出します。
その踏み出した一歩は大きくて、その一歩で作られた足跡も大きかったです。
「グルルルル……」
待っていろ。
今、死が行くぞ。
お読みくださり、ありがとうございます。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。




