偶然偶然、ホントグウゼン③
ずずっ、ズルズル。
あの独特の熱気の中に、現実の店舗ではあり得ない甘い匂いも仄かに混じる店内では、麺を啜る音ともう一つ一際大きな音が。
『おぉっーと、ここでぇぇええ⁉︎石焼のヂュンがぁぁあっ⁉︎ホーロー鍋を取り出したぁぁあーっ⁉︎』
店内に設置されているホログラムかテレビか、判別のつきづらい筐体から、やたらとテンションの高い、現在コロシアム内で行われているアンタが料理長なる大会のコメンテーターの実況が五月蝿い位に響き渡っている。というか実況だけ聞いてもどういう状況なのかさっぱりだ……。
「やー……美味いっすねぇ、麻辣魔導苺タン麺」
「……そうか?」
辛さとコクの塩梅が最高なところに、突然鼻腔を突き抜ける甘い香り。【魔導苺】なる、通常の苺栽培に錬金術師達が悪ノリで成長促進魔法を用いた、遺伝子組み換えみたいな苺が、麻辣タン麺にぶち込まれている。
色味も現実世界でよく見る麻辣の紅には程遠く、何やらパステルピンクのよう。ここの店主も何を思って苺なんてぶち込もうと思ったのか……魔導苺のおかげでMPは若干回復するけど(更に言えば、左腕の肉塊に秒で持ってかれるけれど)
『決まったぁぁぁあぁあ‼︎満場一致、最後の決勝戦進出は、ホーロー鍋で大理石を用いた石焼デビルタンクビビンバを披露した石焼のヂュンだぁぁあ‼︎』
いや真面目に、真面目に実況しろよ……してんのか?意味がわからん、結局何鍋でどうしたんだ……。
「……ふぅ、ご馳走様」
「早いっすね、はなださんも気に入った感じっすか?」
いや、ただ余計な事を考えず無心で食べていただけ。とは店主も近くに居る手前公言出来ず、まぁそんなところとお茶を濁す。
気に入った様子で食べていた柴鴨thより早く食べ終わり、手持ち無沙汰になってしまったので徐に実況だけでは意味不明だったテレビ的な筐体に目を向ける。筐体の中では、どうやら先ほどのヂュンさん他、決勝戦進出者達に決勝戦のお料理?バトルのお題を発表する場面のようだ。
へぇー……まぁ当然と言えばそうかもしれないが、料理対決とは言え材料を準備するのも自分でやるんだなぁ。会場ではどでかいルーレットが回され、どうやらそれが止まった欄に書かれている食材が決勝戦の材料となるようだ。
『さぁ、さぁさぁさぁさぁっ⁉︎ルーレットが⁉︎止まるぅぅう?』
いや聞かれても。ルーレットはルーレットらしく、その回転を正に止めようとしている。誰の目にも止まる事は明らかだろうに……。
『決勝戦のお題はぁぁあっ‼︎海っ、宝っ、種っだぁぁあっ‼︎』
「……お?お、お?おぉ!こ、れ、っすよぉおぉぉっ‼︎、のぉっと」
多分、実況者のノリに引っ張られた柴鴨thが勢い余って椅子からずり落ちる。急な大声と奇行に思わず思考停止して目を瞬かせるしかなかった。
これ、とは、どれ?
画面には次回(どうやら決勝戦)の料理対決の食材が海宝種、いわゆる水性モンスターの中でも最高位辺りに位置するモンスターだとまるでそのまま飛び出さんかと思うほど、デカデカとテロップが映し出されている。
決勝戦進出者の4人のプレイヤーは、ピンと来ていない者もいれば、海宝種の素材入手難易度を想像して焦る者、謎にふんぞり返って余裕感を演出している者、そして……。
『海宝種っ‼︎燃えるっ‼︎沸るっ!』
これまた背景に炎でも見えてきそうな、ギラついた瞳をしたコックが1人。何鍋かよく分からない鍋を片手で振り回して暴れ散らかしていた。
◆
「それでっ‼︎俺に用だってなぁあ!」
「ヂュンちゃん、うるさい」
バシン、と先程までモニターの中で叫びまくっていたビビンバ……あれ?石焼か。石焼のヂュンちゃんの頭がお仲間であろう、もう一方に叩かれる。愛のある叩きっぷりだが、音が鈍い。
【石焼のヂュン】ちゃんは先程モニターに映されていた、料理対決参加者のプレイヤーだ。赤髪のヒューマンキャラで、まるでその性格を体現するかのようだ。先程の試合後、参加者の控え室にいる所を出待ちして捕まえた。
因みに通称とかではなくマジで、プレイヤーネームが【石焼のヂュン】だ。
もうお一方は【陽】さん。対照的にシンプルなネームもさることながら、ヂュンちゃんと比べると、ネームとは裏腹なそのダウナー加減も際立つってなもんで。
オーバーサイズの水色耐刃コート型の防具。常に猫背で、アバターだけどしっかり目の下には深い隈。水色ベースに黄色いメッシュが入った長髪を片側に流している様は、まるで海に揺蕩う海月のようだ。
ヂュンや俺達に比べると遥かに低い身長で、初めはドワーフかとも疑ったが自己紹介でヒューマンだと釘を刺された。どうも元の身長が低すぎて、高めに設定すると体を動かすのが慣れないらしい。
「そうっす、ヂュンさんに頼みたい事があって……」
「あれ!?よく見たら今話題の厨二全開幼女じゃないかぁっ‼︎」
頼み事の詳細を語ろうとしていた柴鴨thの口がパクパクと空気を噛み、陽さんはクソデカため息を2連続吐き出すと、またもや思い切りヂュンの頭を殴りつけた。
しかしそうか、ヂュンのようなぱっと見プレイヤーの顔なんて覚えてなさそうな性格の奴らにまで俺の顔は知れ渡ってしまっているわけだな。
ん?厨二全開幼女を受け入れてる?事実だし、なんならまだ属性剃り落として呼んでくれてる方だし、いいよ別に。
「アンタは、人の、話を、聞け!」
「ぎゃっ!?」
あ、たまたまだろうが、水月に拳がクリーンヒット!陽さんの打撃に大した脅威を感じていなかったからか、ノーガードで受け続けていたヂュンの顔が曇る。
しかしまぁ……なんというか。
「「やれやれ」っすね」
話が進まん。
◆
「つまりこう言うこと。貴方達のお仲間が、釣りに関する上級スキルを持っている。そこで、この馬鹿のために次の決勝戦のお題である、海宝種食材調達の手助けをする」
「んでっ!代わりにその食材でお前の分の飯も作れば良いわけだなっ!?」
「まぁ概ね」
控え室に改めて戻り、テーブルを使わせて頂いているのだが……疲れた、ホント疲れた。最近どこぞの道場の師範代といい、人の話を聞く素振りだけして聞かない奴多すぎ。
最早リアクションを取りづらいよ。柴鴨thからいつもの溌剌さが消え失せ、なんかよく知らない親戚と話す子供みたいになってるよ。
まぁ、ともあれ漸く話が2人に伝わった。ヂュンと陽さんが復唱した通り、俺は僅かでも可能性を増やすために最高で最多の種類の、ドーピングアイテムも集めなきゃならない。
その一つに料理アイテムによる一時的なバフ作用がある。普段何気なく口にしている安物アイテムだと、空腹値と僅かなHPの回復位なものだが、レアリティもといクオリティの高い料理アイテムは別だ。
各種ステータスの大幅アップから、レベルアップやスキルを取得できたりするものまで存在する。大手のギルドやチームなんて料理人プレイヤーやNPCを囲うのは当たり前だ。
恐らく紫乃もお抱え料理人のアイテムを使用してくる。俺との間に圧倒的なステータスやレベルの差はあれど、あいつは完膚なきまでに敵を潰す人間だ。手は抜かない。
「そういう事なら納得……正直ちょっと疑ってたから」
「だよな」
隣では?疑う?なんで?みたいな顔して突っ立っているヂュンより、余程陽さんの方がMMO慣れというか社会慣れしてらっしゃる。世の中甘い話には裏があるもんだし、偶然なんてほぼほぼ存在しない。
俺達が偶々通りかかったわけではない事はわかっていただろうけど、いきなり協力するなんて藪から棒も良いところだ。
「それで、その【伝説のフィッシャーウーマン】?」
「【レジェンドオブフィッシャー、ここ大事っす」
一瞬視界に巨大魚貝類に跨った屈強な漁師が浮かぶが、振り解く。柴鴨thも慌てて訂正するが、なんだあのイメージは。
そうそう、何を隠そう、他力本願だ。俺達は仲介業者みたいなもんで、しかも御薬袋さんにはがっつり事後報告だ。しかも今のところ明確に御薬袋さんに対する報酬が思い浮かぶわけでもない、完全なボランティアだな……怒られないかな。
「早速会いに行こうぜ‼︎海宝種をゲットするのに、どれだけかかるかもわかったもんじゃないしなっ!」
ガタっと勢いよく椅子を突き飛ばしながら立ち上がるヂュンに、一瞬顰めっ面を醸し出した陽さんだが、首を振り降参する。
確かに、今までで一番まともな意見だな。善は急げ、早起きは三文の徳ってね。




