偶然偶然、ホントグウゼン②
「「ごめんくださーい」っす」
実際にゲーム内の補正値が働いていても相当重く感じる鋼鉄製のドア、軽く一般の学校の体育館位の広さは余裕でありそうな大きさ、そして何よりも目立つのはその正面玄関にデカデカテカテカと掲げられている看板だ。
ドアが鋼鉄製なら看板も言わずもがなだが、彼方此方にボルトやナット、なんだかわからない刺々しい物や剣の刀身のような物まで看板に取り付けられている。その物々しさと言えば、まるで【オレが考えた最強の看板】だな。
更に物々しい雰囲気を助長しているのは閉め切った室内からも漏れ出す怒号、甲高い叫び、そして湿度も孕む熱気。正に阿鼻叫喚、一体中で何が行われているのやら。
その物理的にも精神的にも重い玄関を威勢よく開き、入場する幼気な美幼女が一人!言わずもがな、魔法隻眼発光刺青触手寄生ツインテ美幼女はなださんだ‼︎
そして、並び立つのはこれまた非の打ち所がない溌剌茶髪のボブ美少女!素材がいいから俺みたいに属性少なくても兎に角可愛い‼︎柴鴨th!
気持ちだけでも張り切ってみたものの。自分達で開いたドアの先には、想像通りというか、WAO内の多種多様な種族が入り乱れてはいるが、一様に同じ道着を着用して技を掛け合って稽古をする門下生がずらり。
そう、道着。俺達がいるヘパイシュタ、そのコロシアム内地下エリアにあるNPCが運営指導する総合格闘技道場【チックアームズ】専用の道着だ。青みがかった白の生地に、胸元にムッキムキの腕のイラストがワンポイントで入っている。
コロシアムに入場した時点で自動でファストトラベルの登録は済んだのだが、柴鴨th曰く。現実で格闘技を習う事とゲーム内で習う事の違いを体験すべき、と先ずはゲーム内の道場に実際に赴いたのだ。
前アバターで遊んでいた際には、そこまでPv Pに拘っていなかったし、ランカーになりたかったわけでもなかった事もあり、こういったチュートリアル的施設は初めて利用する。
「おぉーっす‼︎何用だ!?」
NPCだかプレイヤーだか判別はつかないが、練習中の門下生達の最奥。上座の位置にどっしり胡座をかいて座るドワーフが一人。筋骨隆々、瞳は顔の周りを覆っても余りある白髪で隠され表情は読みづらいが、凄まじい雰囲気を醸し出しているのは肌に感じる。
【プレイヤーはなだに、スキル【威圧】の効果を確認。全能力値が一定時間10%ダウンします】
思わず尻込みしそうになると、そっと後ろから背中を支えられ、強制的に前に押し出される。
「ち、ちょっと柴鴨thっ!」
「大丈夫っすよ、あれは【威圧】のスキルっす……人から向けられるの初めてっすか?」
いや、そんな事はない。レベル差がある場合に一定時間敵の全能力値を10%ダウンさせるスキルだが、このレベルの物ならちょっと下級の街から中級の街へ移る段階位で使用するモンスターやNPC、プレイヤーもいる。至って珍しいわけでもないが、すっかり虚をつかれてしまった。
NPCの開く道場だし、初手から威圧的だと思わないだろ普通!け、決して性根がチキンなわけではないんだから!
コソコソと小声で柴鴨thと会話しつつも、彼女が背中を押す手を緩める事はなく、あれよあれよと言っている間に先程【威圧】スキルを飛ばしてきた、恐らく師範代のドワーフが現れる……いやまぁ正しくは俺達が彼の前に現れたんだけど、どうでもいいよ。
そんな現実逃避地味た脳内ツッコミも虚しく、俺と柴鴨thの両肩にスパァン!とデカい布団をこれまたどデカい布団叩きで殴ったような、音と衝撃が左肩に伸し掛かり、多分1.2センチは地面にめり込んだはず。
「ぐぁぁーっははは‼︎」
「うわ、うるさ」
柴鴨thはいきなりの騒音に瞬時に両手で耳を塞いでいる。すんごい、顎外れるんじゃないかって程にかっ開かれた大口から、スピーカー顔負けの大音量が放たれる。
「…………え?」
これ程のボリュームだ、威勢も良い。絶対直様よく来たなぁ‼︎みたいなコメントでもするのだろうと思い身構えていたのだが、師範代の口はフリーズしたままだ。柴鴨thも恐る恐る手を離す。
「え、どうしたっす…」
「よぉく‼︎よぉく、来たな!開拓者達ぃい‼︎」
やられた、耳がキンキン喚いて一瞬飛ぶ。この野郎、なんて間で話すんだ。おかげで油断した俺達はまともに至近距離で、鍛え抜かれた巨体から放たれた大声量を喰らってしまった。
遠くで稽古をしながらも此方を見守っていた者達が、ニヤニヤと笑みを浮かべているのが見える。洗礼ってか。
「……っぐぅ、一々ライブ会場みたいっす」
「仕方ない、さっさと済ませよう」
「ぁああ?なんて言ったんだぁ!?」
どぉお、と最早衝撃すら感じる程の声量だが来るとわかっているならその瞬間に耳に手を当てるだけで対処出来る。というかこの師範代は自分と話す奴らがみんな耳に手を当てていても、特に気にならないのか……やはりその前髪邪魔なのでは?
兎に角、一文字でも早く会話を切り上げたいので入会したい事を負けじと大声で伝えると脳内に適切な音量でメッセージが届く。
【NPC道場 チックアームズに入会しますか?(所属する団体によってクエストや、その他団体へ影響する可能性があります)】
「何これ柴鴨さん」
「あー、他の道場的な所への入会が出来なくなったりとかっすね。まぁでも、ここは影響無い事は調べてるので大丈夫っすよ」
成る程、現実世界での道場なんかでもあるみたいだからな。紫乃もそういった理由で時々入会を断られた事もあったのを覚えている。能力や技術が高くても、八方美人は未だ前時代の名残のある現実世界では嫌われるからな。
特に怖気付く必要も無さそうなので入会を選択すると、メッセージで道着がインベントリに追加された旨が届く(指導を受ける際には自動で装備されるらしい)。同時にステータスにも所属欄にここに所属している事が追記された。
「よぉぉし‼︎では、何から学びたい!?」
「えぇ!?なんて言ったんですか!?」
「よぉぉおおし‼︎‼︎でぇは‼︎何から学びたいんだ!?」
「…………はぁ!?」
だ、だめだ。声量デカすぎて耳を全力で守ると内容が判らず。聞き返せば更にデカい音で何かしら問いかけられていそうな事は、何となく表情でわかるのだが耳を守らなくてはならない。
ふと、このまま押し問答を繰り返せばどのくらいの声量まで上げてくれるのかと、邪な考えも湧いたがそっと胸の内に閉まっておいた。
見兼ねたのか元からそういう仕様なのか、またもや脳内にメッセージウィンドウが開かれて、習う内容を選択しろと表示された。
えーっと……【片手剣Lv.1】、【拳闘術Lv.1】……は?え、全武器種あるの?
ポカンと、ウィンドウを眺めながら下に下にとスクロールしていると、隣で待つ柴鴨thが苦笑いしながら近づいて来た。
「これがNPC道場の良いところでもあり、悪いところでもあるっす。多種多様なのはいいんすけど、多すぎて選択するのが大変」
「ホントに、しかも大体Lv.1なのか」
「あ、それはここが初期道場だからっすね。高レベルの道場だとそんな事ないっすけど、入会テストとかめんどくさくて」
成る程……いやしかし、探していたものが見つからない!求めていたのは【武道とは?】みたいな、【体術Lv.1】のような、まず基礎をというものだったんだがそのような項目は見当たらない。
「し、柴鴨th……これどの辺りに基礎項目ってあるんだ?」
「それがねぇ……ないっす」
「え?」
「ありません!」
◆
「成る程なぁ、あれが柴鴨thが現実の武術を習いたい理由か」
「っすねぇ、私達はゲーム内で斬ったり殴ったりしますけど実際の武道の技術とかはわかってないっすから。本職の方や道場生なんかにはよっぽどのレベル差が無いと勝てないっすね」
そして、紫乃はその両方を会得済みなわけだな。長年の武術の経験と、レベルや装備の差、後生まれ持ってのフィジカルか。……っかぁ〜、分かってはいたが大丈夫か、これ。
確かに柴鴨thの言う通り、この理屈で言えば俺も何かしらの対人武術を習うべきなのかもしれないが、問題は時間だ。習うとなれば武術に通信教育など無い……通信空手はノーカウントだ。
基本対面で行う。なら自宅なり職場なりから移動しなきゃ行けない=移動時間+稽古時間が必要になる。例えば週3回、3時間ずつ通ったとしてだ。移動は行き帰りで30分ずつ計1時間、合計4時間、週12時間、月48時間だ。
それを、WAO内の時間で直すと3倍だ。144時間、つまり丸6日分は消費することになる。それだけあれば幾らかレベルは上げられるしアイテムやスキルなんかも増やす事が出来るだろう。それを押してまで、碌に数値にもスキルにもならない現実での稽古に費やすべきだろうか、問題はそこだ。
「だがしかしだ、残り現実で29日、WAOなら87日か。その内俺の仕事の都合上明日から現実換算で2日は丸々ログイン出来ないから差し引いて、残り81日」
「難しいっすね……正直ここまでガチで考えてるのは、ランカーでも上位勢くらいだと思うっすよ。実際私も紫電に対するライバル意識が無ければこんな事考えもしなかったっすから」
「だよなぁ……ラ」
ライバルなのか?って口から漏れ掛けたが地雷っぽいのでギリギリ踏み止まる。
「ラ?」
「ら、ラ……ラーメン食べたいなぁ〜」
「はぁ?」
唐突にも程があるってジト目で此方を睨みつける柴鴨さん。そのまま素知らぬ顔を続けると諦めたようで話を進めてくれる。
「兎に角、ここで考えてるのも勿体無いっすからね。通う通わないは別にして、休憩時間にでもお互いネットで道場探してみないっすか」
「それもそうか、どうせWAO内では現実のネットには繋がらないしな。しかし……何から手をつけよう」
レベル、アイテム装備、スキル、クエスト、などなどなど。どれも一定の効果はあるが、あるが故にでパッと選択しかねてしまう。こういう優柔不断なところは本当、自覚はしているんだがどうしたものやら。
柴鴨thもこれには即答しかねるのか考え込む。大まかな目標から細分化するならば、レベリングも兼ねた手当たり次第のエリアボスの攻略。エリアボスは倒せばボス攻略の経験値が入るが、同時にそのエリアの達成ボーナスの経験値なりアイテムなりが手に入からな。
手当たり次第にエリアを攻略し回るのが一つ。
そして装備……実は今回は御薬袋さんの錬金運が良かったことも有ったので、短剣である【白雲】を使っているが元のアカウントでは主に長剣、ロングソードが主軸だった。長さにすれば物にもよるが30〜50センチ程違う。二つを更に使いこなせば戦闘中の武器切り替えで意表を突くのも狙える……かもしれない。
後折角【魔法使い】になったんだし、そっち方面の装備か。今は魔法を補助的に使うばかりで、メイン火力は専ら白雲頼りだ。今後高火力、高出力で魔法を使うつもりならば【杖】や【ロッド】なんかも強めの物を手に入れておきたい。
更に言えば魔法を使う為にはこの、ヴィオにボコボコにされた際に結婚無茶をしたからか、時折話しかけてくる以外無口を貫いている肉塊がしっかりMPは吸い続けている問題だ。これを解決しなければそもそも魔法が使えない。
んがぁぁぁあ、頭がこんがらがるっ!
焦りと混乱と迷いが入り混じって視界まで狭くなった気になってくる。ヴィオは、紫乃はいまどういう気持ちで過ごしているんだろうか。
高笑いでもしているのか、はたまた恨み辛みで澱んでいるのか……。実家に帰るのは……なんとなくリスキーな気がするんだよなぁ。
「はなださん、はなださんって!」
「んぉっ⁉︎ど、どうしまし?」
色んな事を考え耽っていていつの間にやら周りの風景も様変わりしていた。コロシアムははるか後方に遠のき、代わりに汗だくのドワーフ達がねじり鉢巻一丁、腕を振るう飲食街に足を踏み入れていたらしかった。
見れば柴鴨thが余りにも上の空な俺の袖口をちょんちょんと引っ張って呼び止めている。俺の中身が発覚した時以来、態度はまだしも距離感は少し遠のいたのだが俺にとってはむしろ前よりは居心地良く感じる。前なら確実に腕ごと引っ張り込まれてたからな。
「ん?ドワーフの汗光る、漢の塩昆布ラーメン、だと?」
「っすね、食べたかったんでしょ、ラーメン」
「えっ……あ、あぁ、そうそうラーメンラーメン」
「?……まぁ中で食べながらゆっくり考えるっすよ!」
咄嗟に誤魔化した言い訳を、既に忘れていたなんて面にも出さずに更に誤魔化した俺を褒めて欲しい。貝なのか魚介なのか、はたまたドワーフなのか、出汁の効いたラーメンは絶品だった。




