偶然偶然、ホントグウゼン①
「それじゃあ、頑張ってね」
「はい、はなださんも……とは言っても、現実に戻ればすぐ会えますけどね」
少しの名残惜しさと、なんとも元も子もない台詞を残し、怪しげな煙が渦巻く一室に去っていく金髪エルフ姿の御薬袋さんを見送る。
ここはアタノール城下町……ではなく正にアタノール城。その外れにある一室。そう、ついに俺達はアタノール城へと正式なルートから入城を許可されたのだ。
俺の傍にはトリス皇女。俺達に皇族への伝手があるとするならば、彼女しかいないだろう。以前スラムで会った時のような見窄らしいフードにボロ服では無く、煌びやかな真紅のドレスを見に纏いその皇族たる存在感を放っている。
そして彼女の目の前には一際背の低い、最早幼児と言っても過言ではないほどの男性?男の子?が一人。
細長く尖った耳、浅黒い肌、超が付くほどの低身長。皇女から話を聞けば、彼はドワーフとエルフのハーフらしい。仲が宜しくない種族同士の出自であるし、本人もそれ以上身の上話は語る事も無いようで、トリス皇女ですら全容が掴めない人物である。
名を【プシュナー】、アタノール城皇族お抱えの錬金術師NPCである。本日より御薬袋さんのWAO内での上司兼、師匠にもなる御方だ。
◆
と、言うのもだ。
俺が心中様々な蟠りを抱え帰路についたあの日の翌日。御薬袋さんと慰安旅行前の間の金曜日に、本来の予定では社員旅行の準備をするからと一日休日にするつもりでいた。
だがしかし、俺は紫乃との決闘の為に僅かでも時間が惜しい。色々支度で忙しいだろう御薬袋さんには内緒で、一人で出勤、ダイブするつもりでいた。そんな折、昼頃に御薬袋さんから連絡が入ったのだ。
【折行って相談したい事があります。今からでも出勤出来ませんか】と。
そして、今。
休憩室のリビングスペースには先客の砂塚と下野さんが居たので、比較的落ち着いて話が出来そうなダイブルームに移動していた。
御薬袋さんは自らのダイブ機に腰掛け、その側のベンチに俺が座る。一息ついたところで、ぽつりぽつりと今回呼び出した件について語り出す。
「昨日、秋月さんもチラっと話しましたが、私が最近少し疲れている理由は、実家の件が大多数を占めています」
「うん……仕方ないというか、何というか……無理はしないで、ね?」
「……ありがとうございます。ですが、識守くん。時には無理や無茶が必要な場合も有りますので」
少し困ったように笑う御薬袋さんに、胸を鷲掴みにされたような痛みが走る。恋とかキュンとかじゃない。失言、やっちまったってやつかな。
きっと今の御薬袋さんは気を遣って欲しかったわけではなかったのだ。遅れて感じたところで訂正のしようも無い。今慌てて何か余計な一言を足したところで蛇足か、墓穴だ。
「それでですね。家の事は、まぁなんとかします。でもWAOの中でも、思うところがありまして」
「WAO?あ、だからわざわざ此処にしたのか」
「はい。……妹さん、紫乃さんでしたよね。1ヶ月後、頑張らないとですよね」
紫乃、もといヴィオから告げられた1ヶ月(WAO内では3ヶ月だが)。俺の進退や、なんならあれ程恨まれているのだ。過不足なく今後の家族関係や人生にも影響を及ぼすだろう出来事なのは、嫌でも判っている。
だからこそ、そもそも今日は休み返上で一人でもダイブするつもりだったわけだしね。
「そうだね。御薬袋さんの言葉を借りれば、俺もここが無茶や無理のしどきかな」
「ふふ……そうですね。それで、お互い大変な時期なのは重々承知ですが、お願いが有ります」
「お願い?」
それは勿論、出来ることなら叶えてあげたい。ご実家の事に関して俺に出る幕も、策も無いけれどWAOなら別だ。
ゲームの中でなら俺にも御薬袋さんの力になれる可能性がある。いや、パートナーとしてそこだけはなって見せなきゃならんでしょ。
「少しの間……具体的な期間等は見通せませんが、冒険や1ヶ月後の決闘に向けての準備から離れたいと思っています」
「え……そ、そうか。理由は、聞いても?」
俺も、具体的にこの1ヶ月どうするかとプランを練っていた訳ではないが、ある程度考えていた中には、勿論御薬袋さんが居た。
鍛えるにせよ、新たな発見を求めて冒険するにせよ。隣には金髪エルフのまっ白さんがいて、現実では黒の長髪の御薬袋さんが頑張りましょうと励ましてくれるヴィジョンがあった。
隣に居てくれると、思い上がっていた訳ではない筈だが、急に手綱を離されたような感覚を覚える。御薬袋さんもかなり申し訳なさそうだし、愛想を尽かされたとか、そういう理由ではないと思いたい。
「ヴィオさんが、襲ってきた時。私は何が何だかわかりませんでした。姿も見えませんでした……辛うじてキルされる瞬間に、身体に凄い衝撃が走ったのは覚えていますが」
「う、うん……でもさ、それはヴィオとのレベルの差が酷すぎるから仕方ないよ。別に俺も見えていたわけじゃないし!」
「そうなんですね……実は、柴鴨thさんが割って入った時の他のプレイヤーが撮影された動画が、ネットに上がってまして」
まぁそうね、なんなら大体全部上がってるからね。多分名義は本人とは違うが、事の最初から撮影されている動画は猫トォイのものだ。それ以外にもチラホラ別角度から撮影されたものがネットには様々な憶測と共に拡散されている。
トップランカーと一段劣るとはいえ、意外にもハイランカーだった柴鴨thとの戦闘だ。他プレイヤーからの注目度も、ボコボコにされていた俺よりも多かったかもしれない。
「柴鴨thさん、凄いですね。負けてしまいましたが、ちゃんと闘っていました……識守くんはあのレベルに追いつかないといけないんですよね」
「……あー、まぁ、ね。少なくとも倒せないまでも、一撃入れないといけない」
「ですよね。……でも私、きっと役に立たない。それどころか、多分居たら二人の足手纏いになると思うんです」
「そんなこと」
「ありますっ!!」
珍しく、思わずびりりと肌が揺れる様な大きな声で御薬袋さんが俺の薄っぺらいフォローを遮る。周囲に意識のある人が居なくて安心したが……そうだよな、確かにそう思うところが、無いとは言えない。
今までは明確な目的や敵、何かしらの期限も危機も無かった。ただゲームの世界を、まだ初心者である御薬袋さんに知ってもらう為に自由に世界を見て回っていた感じだ。
これからは、柴鴨thに頼んでみっちり対人戦のノウハウやレベリング、使えるアイテムや装備の収集を時間が許す限り行う予定であった。
それを考えた時に、確かに。俺と柴鴨thだけならな、と。考えたに決まっている。
「別に、卑屈になったり、ましてや識守くんとの冒険を辞めるわけではないんです。今までの時間は凄く楽しくて、ゲームとはいえこんなに楽しい事がこの世にはあるんだなと、教えて頂いて嬉しかったんです」
「なら、一緒に行こうよ。別に多少ゆっくりでも、なんとかしてみせる!」
「……ありがとうございます。でも、それで識守くんが手も脚も出ず、力及ば無かった場合は?後悔しませんか?……私は、絶対後悔します」
威勢のいいサムズアップも、冷静な御薬袋さんには敵わない。
確かに、というか今のビジョンでは紫乃、ヴィオに一撃入れる事など到底想像出来ない。何か言い訳は無いかと言い淀む俺を見て、御薬袋さんは意外にもクスクスと笑う。
「相変わらず優しいんですね……時々、一緒に何かしましょう。お菓子作りとか、教えてくれるんですよね?私もずっと一人は寂しいですから」
「うん……わかった。お菓子でもなんでも、一緒に作ろう」
◆
そんなこんながあり、柴鴨thとトリス皇女に御薬袋さんの事情を話すと、トリス皇女はそれならばアタノールで一番の錬金術師に弟子入りしてみると良いと、気前良く紹介してくれた。
一番というのもあながち誇張でもなさそうで、垣間見える錬成品の中には見知ったレアアイテムもチラホラと見える。
「トリス皇女、もう行っても大丈夫でしょうか……何分今も研究室では部下達がてんやわんやでね」
「勿論。まっ白ちろすけをよろしくお願いします」
「謹んで」
深々と頭を下げてはいるが、皇女に対して自分からサッサと退散しようとする辺り、余程皇族に敬意や畏れが無いのか、はたまた錬金術以外に興味がないだけか。
先に入った御薬袋さんがもう確認出来ない程に室内は煙で充満し、見るからに身体に悪そうだ。時折、種族年齢性別てんでバラバラな部下と思われる者たちがドタバタと走り回っているのが見える。
研究室は豪奢な造りのアタノール城の中でもかなりの広さで、皇族からもさぞ優遇されているであろう事が見て取れる。
「さて……まっ白ちろすけも行きましたが、貴方は一人で城から出られますか?」
「あー、大丈夫だと思います。後で柴鴨thと合流するつもりですし」
「そうですか……気をつけてください。焦って功を奏してはいけませんよ。そしてわがままを言って申し訳ないのですが、時にはスラムの支援をよろしくお願いしますね」
それでは、とドレスの裾をフリフリ。終始外で会う時より皇族の佇まいを醸し出していたトリス皇女だったが、その表情は別人のように硬い。
スラムでの聖母のような柔和な振る舞いとは打って変わり、城内では規律や戒律、マナーやプライドを遵守する立派な皇族を演じ、一部の隙もない。
だがこれが、この城で生き残る最低限必要な力、建前との事だ。表には出さないが城内での権力闘争は臣下のみならず、皇族間でも例に漏れない。家族とはいえ気のおけない環境らしい、なんだか少し共感する。
「ありがとうございます、トリス皇女。それでは、私もこれで」
さすれば俺も出来るだけ優雅に、深々と頭を垂らし城の入り口へと向かう。城内のどこに目があるかわからない以上、俺の所作一つでトリス皇女の評価を下げてしまいかねないからな。
本当ならこれを機にもっと普段入れない城内を探検してみたいものだったが、事前にエキシビジョンマッチの会場をファストトラベルポイントにしておく為に、柴鴨thがアタノールのファストトラベル施設で待機してくれている。これ以上待たせるわけにもいかないだろう。
それに、一応城内に入るアドバイスとして必要以上に嗅ぎ回らない方がいいとも事前に言われていた。なんでも探検中に不審者と間違われて投獄寸前まで行ったとかなんとか。
【お待たせ、こっちは終わったよ。今から向かう】
【了解っす】
先に柴鴨thにメッセージを送ると、すぐさま返信が入る。まぁログインしていたのは把握していたし、暇してたんだろうな。
慌ててファストトラベル施設に足を運ぶ。走って10分かからない位かな。豪奢な入り口から城門を抜け、兵達からも見えなくなったあたりで城下町へと猛ダッシュ。
そういえば、一連の事件により元々有名だった柴鴨thは兎も角、俺まで名を馳せてしまったようで、行き道もそうだったのだが写真を撮られるわ話しかけたり勧誘されるわ、下手に街中で止まろうものなら、時間的に死ぬ。
やっほー、またねーと愛想よく最小限手を振りながら急ぎ、漸く施設前に見慣れた茶髪のボブカットが遠目に見える。あ、柴鴨thを見る度に何故か既視感感じてたんだが、明るい場所で改めて見て分かった。実家で昔飼っていた柴犬に似てる!
名前は、ピーチ。まぁ小学生くらいの頃には亡くなったらしくて、薄っすらした記憶がある程度なんだが、雰囲気がそっくりじゃないか。
思わず嬉しくなり、ニヤけながら近づいて行くと露骨に嫌な顔をしながら柴鴨thが手招きしてする。
「どうしたんすか、急にニヤけて」
「いや……なんでもないよ」
「えぇー……気持ち悪いっす。まぁ、なんでも無いならさっさと行くっすよ。さっきから目立って仕方ないんすから」
目先の柴鴨thに目を奪われていたが、確かに辺りには見物の皆様が揃って来ており、そろそろ施設にも邪魔になりそうだ。
元から好感度低めなNPCにこれ以上嫌われたくはないので、ここはサッサとファストトラベルする事にしよう。行き先は、炎と鍛治の国【ヘパイシュタ】。
WAO東部の火山地帯にある休火山。その麓にある鉱山が摺鉢状に窪んでいて、その中央にヘパイシュタは存在する。国というか、勢力に近い。このホームタウンではドワーフかヒューマンが選択可能で、言わずもがなドワーフが治めている。
とは言ってもアタノールのように皇族一族が居るわけではなく、力こそパワー。要は正式な場で力を示したドワーフが、今代の統治者になりえるのだ。
そしてこの統治者達の血気盛んな気風は住民にまで伝播し、遥か昔に摺鉢のど真ん中に巨大なコロシアムが建設された。それはもう、統治者の住まう王城なんかよりも巨大なね。
そこでは毎日昼夜問わず、何かしらの大会やイベントが繰り広げられている。プレイヤーからNPCまで、開催者や種目に制限は無く、面白ければそれで良いと来ている。今回のイベントも例に漏れず、このコロシアムでの開催となるわけだ。
「あ、すいません。二人でヘパイシュタまで」
「あいよ、会計は一緒だね。ではいってらっしゃい!」
非常に見慣れた光に包まれるエフェクトに、一瞬後に訪れる浮遊感。サァッと視界が光に包まれて、再び戻って来た時にはもう既に頬に当たる熱気を感じる。
施設内にまで必要かと思う程大量に設置された松明の熱だ。このホームタウンでは何処に行っても松明が付いて回る。暑い。
「うへぇ、着いたっすね」
「そうだな……暑さ苦手なのか?」
「そうっすねぇ……どうも湿気というか、身体に纏わり付くようなものが苦手、なんです」
パタパタと手で顔を仰ぐ苦手ばっかりガール。まぁ松明というか、炎自体がこの国の名産というか、風習や風土物みたいなものだからな。この国にいる以上は避けては通れないだろう。
勿論、火山や砂漠なんかのフィールドやダンジョンも存在するので、暑さ対策のアイテムや装備も多数存在する。
だが一般的なプレイヤーはわざわざフィールドに合わせた装備を持ち歩いたりはしないし、冷却アイテムもいざ然りだ。今回も柴鴨thと急遽行き先を決めたので用意する時間はなかったようだ。
ファストトラベル施設から退出し、改めてヘパイシュタを一望する。噴水の代わりに火が湧き出る装置や、松明だけでなくお洒落なカンテラなんかも沢山見受けられる。
周囲のプレイヤーもチラホラと暑そうにしていたり、ファストトラベル施設周辺で売られている清涼ドリンクなんかを仰っているプレイヤーも多い。
「とりあえずコロシアムだな」
「ですね、早いとこ用事済ませましょう」
ヘパイシュタに来ただけではファストトラベルポイントの更新とはいかない。元よりヘパイシュタには規制無く通行可能であるので、その中のランドマークであるコロシアムに入場する事で初めて細かい座標の指定が可能になるのだ。
コロシアム自体は先述の通り非常に目立つ。寧ろこのホームタウンでコロシアムが視界に入らない場所を探す方が難しい程だ。迷う心配など毛頭ない。
「で、コロシアムに着いたらどうするっすか?今は……【アンタが料理長〜焔のコックグランプリ】開催中……っすよ、見ます?」
「ネーミングセンスっ‼︎古いというか最早知ってる奴相当そういうの好きだぞ」
「はなださんわかるんすか?」
「一時期、古のテレビ番組にハマっててさ……あの頃のなんでもあり感が好きなのよね」
ふーん、と自分から問いかけておいて気のない返事の柴鴨th。これは絶対興味ないな……まぁ俺もこのイベントにめちゃくちゃ興味があるのかと問われれば怪しいが、このゲームでは以外に料理も甘く見れない。
他の中途半端なフルダイブゲームだと味の再現度がお粗末だったり、恩恵が何もないただ出来るだけの行為だったりする事もあるんだが、WAOは別物だ。味の再現度は現実の8割程、更には料理によるバフ効果も有り、それは魔法やスキル等のバフには被らず両立出来ると来たもんだ。
最早公式が料理しろと言っているようにも思える。最低でも【コック】、【料理長】など細かい分類のある料理ジョブ持ちと一人知り合えればかなりのアドバンテージになると言われている。
何せ料理するのもスキルと材料、更に実際に調理しなくてはならない。中々人を選ぶジョブで選ぶ者が少なく、大きいギルドは凄腕の料理ジョブを囲い込むのもステータスの一種とされている。
「まぁ、今回はコロシアムのランドマーク登録だけにしとくかー……だとしたら、ご予定は?」
「おんぶに抱っこは良くない……とは言える状況でもないっすよね。そうっすねぇ、先ずは装備品やステータスの強化。今のままじゃあ、ヴィオの野郎に攻撃が当たったとしてもダメージにならないでしょ」
「だよなー……色々必殺の流れはあるんだが、上手くいってもアイツの防御を通る気がしないんだよな。最悪アイツ棒立ちでも平気かもしれんね」
現実に近いゲームとはいえ、ゲームはゲーム。数値も重要な世界で、紫乃と俺の天と地ほどの差がある攻防力では、紫乃は避ける事すら必要としないかもしれない。
その状態で一撃入れたところで、認定されるのかはわからない。判断するのは恐らく泥しぃだろうし、不正はしないと思いたいが判断基準が不明なのは頂けない。万全を期す必要があるって事だな。
「後は……対人戦の心得ってやつかな」
「まぁそれも必要っすね。【人型モンスター】と【プレイヤー】は思考も動作も全く別物っすから」
「だよな」
対人戦が、この間戦ったハイゴブリンやアルコンさん等とは一線を画する確たる理由に、人特有の読み辛く繊細な行動にある。
攻撃の緩急、ブラフにスキルやインターバルの管理、AIが考えるパターンの何倍も複雑だ。こういうのは一朝一夕、対人戦の練習をした程度では経験値としては浅い。何度も反復、様々な人物と対峙して初めて自分なりの行動パターンというものが出来てくるわけだ。
「今のはなださんはあれっすから……基本上に飛んで落ちてくるだけっすからね」
「言うねぇ」
「とは言え、パターンを増やす為にも先ずはスキルの手数とステータスっすね」
だよねぇ、一番確実で堅実的な目標だ。柴鴨thの仰る通り飛んで落ちてくるだけしか能の無い今のままでは、一度見られてしまえばセカンドチャンスは無い。
ヴィオこと紫乃は我ながら非の付けようのない完璧な妹で、才色兼備で片付けられるものではない。見た目が麗しい事はさて置いて、特筆すべきは運動のセンスというか、意欲が半端ない。
いつの頃からそうなってしまったのか。始まりは俺と二人で通っていた礼儀作法メインの剣道道場だったと思うが。メキメキと実力を伸ばし、最早師範大ですら手に負えなくなった彼女は大きな道場に移り、その年代の国内大会で電撃優勝を果たす。齢で言えば9つか。
そのまま剣道を続けるのかと思いきや、「違う武術がしたい」と転身。そこからは気づけば違う武術道場に通い成績を残し、の繰り返しだ。母親も毎日送り迎えで中々大変そうだったのを思い出す。
そんな、フィジカルカンストガールが一度見た技を避けれないとは口が裂けても言えない。むしろ合わせてカウンター喰らって消し炭になる未来が容易く想像できる。
「むぅ……あいつ、本当運動出来るからなぁ」
「あ、やっぱり現実でも凄いんすか?」
「凄いなんてもんじゃないけどな、最後見た時は合気道してたかな……これも数年前の記憶だから今は更に何かしら成長してるだろうな」
「やっぱり……私も……」
「ん?どうした柴鴨th」
柴鴨thは急にぶつぶつと俯き呟きながら器用にも真っ直ぐ歩き出す。閃いたような、疼くような笑顔をしているのが余計怖い。
「はなださん……確かリアルで会うのは御法度、なんすよね?」
俺達の事情を柴鴨thやアリさん達に説明する際に空百合から下された条件の一つ。一部とは言え、事情を説明したプレイヤーとの現実世界での接触の禁止。要は俺達の顔バレ防止だな。
その為現実で集合して、今回の対策会議なんかを開いたりは出来ない。壁に耳あり障子に目あり、これだけ大きい会社だし、四六時中ではないとしてもタイミング的には監視役がいてもおかしくないだろうし。
何より時間の流れが違う点においてもWAOの3倍で時間の進む現実世界でわざわざ集まる意味も薄い気もする。それにしても柴鴨thの問いかけの意味がわからない。
「そうだけど……何かあるのか?」
「いや、その……私も何かしら武芸を習おうかと思いまして」
「おぉ……現実で?WAOにもあるだろ、〜〜流、みたいな」
WAO内でも武術武器術の道場は珍しくも無い。なんなら師範代や代表をNPCが行うことがあるほどだ。だからこそ、予想外。
そちらの方がお手軽だし、現実での怪我や疲労の心配もない。メリット尽くしだと思うのだが、柴鴨thは否定的だ。
「WAO内のそういう道場とかって、一部の場所を除いてはある意味辞典みたいなもんなんすよね」
「辞典……ウィッキペディアみたいな?」
最早誰もが知るお手軽電子辞書みたいなサイトだ。書いてないことなんて無いのではないかと思う程、恐ろしい情報量なのだが。だが、道場=辞典に……なるか?
「まぁ、百聞は一見にしかず、っすね」




