ガール・ミーツ・トゥルー②
ふわっふわっと、目の前を白い毛玉のようなものが通り過ぎる。それは風に乗って前方から飛来し、俺達のすぐ側も通過する。よくよく見れば周囲一帯、大小様々なそれが浮遊している。
胞子だ。キノコの胞子。
「うわぁ……可愛い」
此方は内心嗚咽を漏らすところだったが、白い胞子の恐怖をまだ知らない御薬袋さんは、呑気につんつんしている可愛い。
これだけ胞子が溢れているという事は、つまりはそういう事だ。
「まっ白さん、そろそろトゥルー出しておいて。もう、すぐそこだよ」
「あっ、わかりました!おいで、トゥルー!」
御薬袋さんの掛け声に、キューっと愛くるしい鳴き声で返事をしながら虚空を飛び出してきたのは、ご存知トゥルーだ。
テイムしたモンスターはそのまま同伴するか、テイムした者のモンスターインベントリに収納出来る。その後は任意のフレーズを決めておけばいつでも召喚出来るわけだ。
「トゥルー、いいか?今からボス戦だ、気を引き締めてな」
キャウー、とまたも上機嫌に返事?をされる。一体どこまでトゥルーに人語が理解出来ているのかは定かではないのだが、気合い十分なのかシャドーボクシングしている。この兎……出来るっ‼︎
さぁ、準備万端だ。未だ胞子が飛ぶばかりで、新緑光の森のエリアボス【ヴァパ】の姿は見えない。それもそのはず、コイツは初めての後出型ボスで、ボスの待つエリアに入って初めて出現するのだ。
今までのハイオークやハイモッスマンは元からフィールドに存在していて、なんなら遠距離攻撃手段があれば狙撃することも可能だった。だがヴァパは違う、エリアにプレイヤーが足を踏み入れるまではそもそもそこに存在しないのだ。どうしようもない。
此方は覚悟を決めて突入するのみ。
「では、先頭は……任せましたよ、トゥルー」
ダンダン!と脚で地面を踏み鳴らし、まるで付いて来いとでも言うようだ。兎ってよくこの動作するよね、小さい頃家で飼っていた兎もしょっちゅうしてたっけなぁ。
足音が植物を踏み鳴らす音から、薄く積もった雪を踏むような、ザクザクしたものに変わる。足元が森特有の短めの植物から一転し、胞子が積もり積もった木の根が立ち並ぶ空間に変わる。
「……あれ?出てきませんね」
「いや、油断しないで」
ゆらりと、先頭を歩くトゥルーの右手側の木が揺らめいた気がした。視線を向けるより早く、トゥルーはその場から更に奥側に跳び退いていた。
ガチンッと、まるで金属同士が噛み合ったかのような鈍い音が鳴り、音の主が姿を現す。
赤と、少しばかりオレンジを足したようなコーラルピンクの傘。大きさは俺達の膝丈位までの高さ程だろうか。獲物が獲れず悔しがっているのか、身を捩って甲高い音をその口から吐き出している。
「トゥルー⁉︎……あれが」
「いや……ボスではないよ、あれは【ヴァパキッド】、子分というか幼体。本体は、あの奥だ」
トゥルーから離れて更に森の奥側に、腰の高さくらいに育った最早擬態などかなぐり捨てて、その口から涎を撒き散らし、此方を威嚇するヴァパが見えた。
奴は最初の奇襲に失敗したのを見届けると、直様次の行動に移る。なんとこの茸達、移動が出来るのだ。白く細長い菌糸というのか、糸状のものが何本も連なり足の役目を果たす。
地中から足を出したヴァパは、力強く大地を蹴り飛び上がる。トゥルーに飛び掛かったヴァパは中々の瞬発力で、トゥルーのステータスでもギリギリ躱せるかどうか。
「「【ファイアーボール】!」」
思わず反射的に、御薬袋さんと二人して放つ。ギリギリトゥルーの身体に牙が届く前にヴァパに一発当たり、その体を弾く。恐らく大したダメージにはならない、ヴァパは火耐性があるんだよなぁ、茸のくせに。
「まっ白さん、炎は効かないから物理か他で!後は作戦通りに」
「り、了解です!」
なんとか奇襲の一撃を躱したトゥルーが前線で戦っている。走り難い木の根と積もった胞子が鬱陶しい地面を蹴り上げ、ヴァパに向け疾走するが、左右から幼体が飛び交ってくる。
小さいが、数が多い。俺と御薬袋さん両方に4.5匹程ずつ飛び交って来た。内2.3匹は躱すまでもなく見当はずれな場所に飛んで行ったが、お互い1.2匹程直撃コースだ。
「くっそ……んんん、【ウィンド】!」
道中Lv2になったウィンドで、噛みつかれる直前に風の壁を作り、躱す。躱せたのはいいが、思わず発動場所を意識するために腕を前に突き出してしまい、足が止まる。
少し時間をロスして、また走り出したものの前方では立ったまま1匹の幼体に頭から齧り付かれている御薬袋さんが……まぁ「きゃー‼︎」とか叫びながら思いっきりメイスの方でぶん殴ってたからね。
このヴァパだけなのか、他の茸型モンスター皆そうなのかは不明だが、兎に角ヴァパは物理攻撃に対してカウンターで胞子を更に撒き散らす。
それは幼体も同様で、反射的に1匹殴り飛ばした御薬袋さんは、漏れなく胞子を大量に浴びたようで麻痺していた。
「とりあえず……【ファイアーボール】」
ボンっと幼体が弾け散り、虹のエフェクトとなる。幼体にはまだ火耐性は備わっていない。幼体は居なくなったものの、未だ麻痺中の御薬袋さんに麻痺解除ポーションを使う。フレンド同士や、視界に入っているプレイヤーにならイメージでも効果はあるし、直接飲ませたり散布しても大丈夫だ。
「っぷはぁ‼︎こ、これが麻痺‼︎」
「おお、何か喋ってたの?麻痺中は口も動かせないからね……っと、それよりトゥルーだ!」
「そうでした、っトゥルー⁉︎」
見ればヴァパと、少しの幼体相手に大立ち回りしている。フォローしないとと焦ってはいたが、流石のステータスか、今のところダメージを受けた様子は見られなかった。
が、逆に胞子が舞う事を本能的に理解しているからか、ダメージを与えるのには手こずっているようだ。しっかり避けれるタイミングだけ、幼体やヴァパに大きめの一撃を入れては直様距離を取っている。
「な、なんか……凄いですね。私達必要ですかね」
「ま、まぁねぇ……ほら、一応トゥルーもスタミナとか集中力とかあるだろうし、武器は装備してないからさ。加勢は頑張ろ、ね」
正直ちょっと思ったよ。理屈だけならあの戦い方でミスがなければ勝てるからね。幼体は絶命時、ヴァパは大きなダメージ毎に胞子を撒くだろうから、ああやって大幅に回避できる時に一撃ずつ入れていけば大丈夫だ。
まぁなんにせよ加勢して損はない。
「じゃあ改めて気をつけて行こう、基本中・遠距離攻撃で。お互い直ぐにフォロー出来るタイミングや、重い一撃入れれそうなタイミングなら直接攻撃しよう」
「わかりました!」
「よし……じゃあそれが今だから、フォローよろしくぅぅぅ」
「えっ⁉︎あっ、しきっ、はなださん⁉︎」
今でしょ?こちらの幼体は散らしたし、ヴァパは戦闘に夢中で此方へのヘイトは薄そうだ。呪胎の影響がある以上、一撃でも与えたら基本は俺にしかヘイト向かなさそうだし、自由に攻撃組み立てられるのは今しかない。
因みに魔眼はこの戦闘では封印中。まだ開いた状態での目まぐるしい戦闘に慣れず、酔うのだ。訓練して使えたら便利なんだけどねぇ、隠れてる幼体とか見えただろうし。
戸惑う御薬袋さんを残し、チャンスを逃さないよう走り出す。さぁどうするか、重たい一撃入れれそうだけども、どんな感じにするか……。
まぁボス戦だし、いいだろ。武器を普段使いの【一角兎の短剣】から【白雲】に持ち替えて、【隠密】を起動する。正直見つかってる状態から意味があるのかはわからないが、試す価値はある。
そのまま走り、距離は後2.30メートル程か。ファイアーボール等の遠距離魔法なら当たる距離だが、大したダメージにはならないので却下。ここはもう、直接攻撃しかないっしょ。
道中のレベルアップで、【ナイトスマッシュ】がLv2に上がった。のだが、今回のヴァパは目がないので多分【フラッシュレイ】での目潰しは出来ない。隠密も効いてるか確証は無いので今回はパス。
(レールスライドォ!)
ちょっと距離あるし、今回は切迫してないのでイメージで発動する練習。体が前方に引っ張られるイメージをしつつ、一応脳内では叫んでおく。
しっかりスキルは発動し、体が強制的に前方方向へ急速にスライド移動する。もうヴァパは眼前に迫り、俺の急接近にギョアとかグヤァとかなんとも言えない驚愕の呻き声を漏らす。
「【溜め切り】……かーらーのー、【ダブルスラッシュ‼︎】」
驚愕した隙を逃さず、トゥルーを追い回していたヴァパに回避できないタイミングでバッチリ合わせられた。白雲を溜め切りの大きなモーションで横薙ぎに振るえば、元の剣筋に追加でもう一閃。ダブルスラッシュによる追加攻撃だ、直前の攻撃がややタイミングがずれてもう一度発生する。
補正やスキルなども合算したまま発動してくれるので、しっかり2発とも溜め切りのスキル込みだ。まさかこの一撃で落としきれるとは微塵も思わないが、看過できないダメージにより一瞬でヘイトがこちらに移行した。
ヴァパのヘイトがこっち向くのと同時に、パッシブスキルであろう、カウンターの胞子がこちらに散布される。が、ここまで織り込まずみよ!
此方には【回避Lv1】がついている!いやまぁこの程度で避けれるものなのかは賭けなんだが、レールスライドもクールタイムで使えない、同じくウィンドもギリギリまだ間に合わない。
「うぉらぁぁ‼︎」
回避スキルが一体何に補正が乗るんだかは忘れてしまったな、距離なのかタイミングなのか。とりあえず全力の後ろっ飛びで距離を稼ぐ。先程まで顔があった場所に胞子が舞い込み、また霧散する。
「ぅおっしゃあ!回避ぃひぃ‼︎」
あ、いででで‼︎し、舌が、舌が痺れる‼︎あ、これアカン。叫んで胞子を吸い込んだからか、御薬袋さんと同じく麻痺を浴びてしまった。
その場で後ろ飛びの着地の為、片足をついた辺りで動けなくなる。勿論着地は失敗し、そのまま無様に後ろに転倒する。
「お、おひー。へへー」
舌だけじゃなく全身痺れて来た。何というか、昔行った銭湯にあった電気風呂なるものも、大層体が痺れたものだが、あれの数倍はそういった電気的な痺れを感じる。痛みはないが、体の感覚も無い。
眼球も、若干は動く事を許されているようでチラと視界を眼下に向けると、丁度追いかけて来ていたヴァパが大口開けて飛びついて来ていた。お、あれなんかのスキルだな、牙がすっごい発光してるな、痛そー。
南無三、左膝から下側にかけて思いっきり噛みつかれる。痺れているから分かりづらいが、大型犬でものしかかって来たような急な負荷を体に感じ、追ってHPゲージが1/3くらい吹っ飛ぶ。
勿論、幼体も忘れてはいけない。両腕の方にも体重を感じるので、噛まれていそうだ……どうしよ、お?
突如、掌が動いた。試しに腹筋に力を込めればしっかり上半身が起き上がる。次いで、眼前を大きな質量が風切りながら通り過ぎ、足元から体重が消え去った。
見れば少し離れたところでヴァパが体制を整えているのが見える。
「まっ白さん!サンキュー」
「もう!間に合うわけないですよ、早すぎです……あーほら、ファイアーボール!」
ピギィ、と右腕の幼体2体が吹っ飛ぶ。空いた右腕で俺もファイアーボールを放ち左腕の幼体を弾き飛ばす。魔法を使えば胞子は撒き散らかさないのだ。
「ごめんごめん、チャンスだと思って……それより、ヴァパは大分吹っ飛んだけど胞子大丈夫だったの?」
「そこは、もう慌ててたんですが……今度は毒だったみたいで助かりました。これなら自力でポーション飲めますしね」
毒は当たりだね。晴れて五体自由になったので立ち上がる。まだヘイトが俺に向いたままのヴァパを、ある程度回復まで足止めしていたのは言わずもがな、トゥルーだ。
要領がわかってきたのか、木の幹を足場にしてヴァパより常に上の空間を移動しつつ、俺に向かって移動しようとすれば、近くにある木の枝や石を中々の速度で投げつけて注意を逸らしていた。
「ナイストゥルー……さて」
「さて、また突っ込むんですか?」
「いやいや、まだもうちょいダメだから突っ込みはしないけど……トゥルー、もういい!」
しっかり俺の声にも反応し、トゥルーはちょっかいかけるのをやめて、ヴァパのヘイトを此方に任せる。
対するヴァパは幼体を数匹、樹上のトゥルーの近くに配置して、必死の形相で(まぁ口しかないからわかりづらいが)此方に迫る。
割と素早く、しっかり軌道を左右に逸らしながら此方に向かって来たヴァパは、俺達から直接噛みつきにくるにはやや距離のある位置で、一際高く飛び上がった。
見上げ口元には、小さな火が漏れる。
「ですよね!まっ白さん、ブレス来る‼︎」
「は、はぃぃ!」
攻略情報や、前回のアカウントでここを通った際にも見た予備動作。ヴァパの胞子と噛みつき以外の唯一のスキル。【フレイムブレス】、ドラゴンなんかの上位モンスター程ではないが、広範囲に広がるそこそこのダメージ量のブレスはこの序盤、十分脅威だ。
事前に伝えていた事も幸いし、御薬袋さんは道中覚えていた極短時間の間、劇的に移動速度を高めるスキル、【ダッシュ】でトゥルー側に飛び込んで退避成功。
俺も覚えてはいたが、同じ方向に避ければ巻き込んでしまうかもしれないし、ここはクールタイムが終わったウィンドを使う。
風の壁を、自分の正面に展開して身構える。1.2秒遅れて壁越しに圧を感じ、じわりじわりと周囲の温度が上がるのがわかる。更に遅れて、恐らくブレスのものであろう畝る風の音が届く。
ウィンドは防御にも攻撃にも使えるが、そんなに強力でもない。何秒か耐えてくれたものの、その内霧散、というか燃焼し、体に熱が走る。
あっっつ‼︎馬鹿じゃないの運営、本当に熱いんだもんな!現実世界で火傷する程とは言わないが、肌に触れたら思わず引っ込めるくらいには熱い温度に、全身包まれる。
あれだな、もう限界寸前のサウナに似ているかも……違うか。
「ぐっっ……はぁぁ、酸素おかえりー!」
漸く、ブレスが終わり何となく止めていた呼吸を再開。空気が美味い。そのまま直撃は免れたものの、HPゲージは残り3割ほど。相手がボスモンスターである以上、ただの噛みつきだとしても次食らったらヤバいかもしれない。
だがしかし!何故避ける努力をせずに敢えてブレスを受け止めたのか。答えはこの瞬間にある‼︎
ブレスを吐きながらその圧で、空中に留まっていたヴァパがその体を地につける。更にブレスに巻き込まれないよう幼体達は大方トゥルーとまっ白さんの方に向かっていっている、はず。
眼前にはブレスを吐き終わり、着地後の硬直モーションのヴァパ。千載一遇のチャンスでしょ!
必勝パターン入ります!ヴァパの直上に向けてレールスライドし、静止。反転。眼はないとは言え、こちらを【察知】して【認識】している以上、突如眼前から消えればそれは一瞬の【スニーク】状態になる。
「【ナイトスマッシュ】‼︎×2‼︎」
しっかり2連撃を意識してナイトスマッシュを繰り出す。白雲の刀身が黒く染まり、ダブルスラッシュも今度はイメージで使用し、重い二撃がヴァパを唐竹割りにする。
おー、オーバーキルモーションだ。中々ボス戦で見られるもんじゃないなぁ……ん?体が動かんぞ?
次いで視界が真っ暗になり、なんだか頭が重くなる。えー……これ、いやー……眠い。
しまったなぁ、カウンターの胞子……最後も出んのかぁ……最近寝落ちおお、い……。




