ガール・ミーツ・トゥルー①
「見てください、あれ、あれですか?」
「そうそうそう、あれあれあれ」
こそこそと蚊の鳴くような声で会話しているのには理由がある。俺と御薬袋さんが潜伏する茂み、その少し先辺りにいる真っ黒なフサフサの兎ちゃん。
頭部に角こそないが、この個体に目立つのはその眼だ。リアルの兎や、なんならアタノール周辺に生息するホーンラビット等にも見られないが、真っ青な眼をしているのだ。それも眼球に色素がついているというよりは、青く発光しているように見える。
【トゥルエビッツ】という兎型モンスターで、ここ【新緑光の森】限定レアエネミーだ。どうやらトゥルエビッツの素材は魔除けの効果が有るらしく、プレイヤーNPC問わず人気なのだ。
そう、俺達は無事にジ・ラタに到着し、更に次の町……というか今度は集落に近いが、数少ない現地のエルフだけで構成される【ツェンパン】を目指している。
ジ・ラタもツェンパンも特筆すべきは農耕地や魔物使いのモンスター預り所くらいなもので、観光目的のグルメやスポットとも皆無。今の俺たちには立ち寄る場所もない。寧ろ今回の事がうまく運べば、帰りにモンスター預かり所位なら、寄るのも有りかもしれないか。
因みに、ジ・ラタに至るまでのエリアボスである【ハイモッスマン】とかいう苔人間もどきはなんなく覚えたての火属性魔法の練習用にさせて頂いた。よーく燃えた燃えた。
ハイモッスマンに至っては、人型ではあるが今までの2箇所のエリアボスとは違い、人間味が薄いせいか御薬袋さんも割と普通に戦えていた。ボスはテイム出来ないし、火属性を無理矢理纏わしたメイスでホームランスイングしていたな……
まぁその話はなんにせよ、ここでレアエネミーを探して俺達がどれだけ苦労した事か……ゲーム内時間でほぼ半日位はかけたんじゃないか。
「じゃあ、俺が背後から驚かせるから、任せたよ!」
「はい、頑張りますっ!」
意気揚々と敬礼して俺を見送る御薬袋さん。心なしかいつもの彼女よりご機嫌さんに見えるが、それもそのはず。折角持っているのだからと、初のモンスターテイムを試みるのだ。【うさうさペレット】で。
作戦はこうだ!①、俺がこっそり背後に回り込み覚えた土魔法【ストーンウォール】で壁を作る。②、奇声を挙げながら俺登場!奴はびっくりして逃げ道を探すが、正面周囲は壁と敵……からの③‼︎背後に待つ、女神からのうさうさペレットの施しぃっ‼︎
……ドヤァ。我ながら完璧すぎて震えが走るね。ストーンウォールも道中練習したから、大きめの兎位なら素早く囲める。そして俺自身の怪しさ、後左眼の眼帯も外して兎キラーのアピールも忘れない。これはハクトちゃんで実証済みだしね。
脳内シミュレーションもバッチリ。背後に回り込まれているとも気付いておらぬ、真っ黒な兎ちゃんは呑気にその辺の草を齧っておりますわ……げっ、それ毒草だぞ、大丈夫なのか?
【そろそろですか?】
チャットでメッセージが届く。流石に大声で呼びかけるわけにもいかないからな。作戦開始の合図のメッセージを送り、ストーンウォールを展開させる。左右囲んだ所で気づかれたが、遅い。
トゥルエビッツが判断を下すより早くもう一枚壁を作り、これで三方を囲めた。すかさず壁を飛び越える。
「ぁぁぁいぃだぁぁあああああきゃぁぐどこぁぁ‼︎」
自分でも驚いた、どっから出たのか、凡そ人から出ていいギリギリのラインの奇声を挙げながら舞い降りる事に成功!
壁だけでもプチパニックだったものを、明らかにやべえ奴が来たもんで、ろくに周りを把握もせぬまま後方へ跳びずさるトゥルエビッツさん……勿論、しっかり作戦通りなわけでその先には。
「お待ちしておりましたよ……こちらをどうぞ」
そっと、木製の器に入れた【うさうさペレット】を差し出す御薬袋さん。……木製の器?トレントスの素材で作った帽子よ、特に効果も防御力も使えなかったので器になりました。
トゥルエビッツも一瞬新たな敵に身体を強張らせるものの、徐々にペレットの魔力に身体が解されていっているようだ。
鼻をひくつかせ、目が虚になりだした。お、一個齧ったぞ、三個入りだからな。どんどん食べたまえ。
手を出しはしないものの、その様子を優しく見守っている御薬袋さんに対しても、徐々に警戒心を無くしていく。一口食べればあら不思議、身体を器に擦り付けて全身で喜びを表現しているようじゃないか!
続いて二個目のペレットを齧った時点で、御薬袋さんから驚きの声が挙がる。
「や、やりましたよはなださん‼︎【トゥルエビッツがテイム出来ます】ですって!」
「おお、おめでとうー‼︎もうしたの?」
「いや、まだです。じゃあ、行きますね」
言いながら御薬袋さんの指が虚空をなぞる。此方からはしっかり見えないが、恐らくウィンドウを操作しているのだろう。その間も半ば狂ったように蕩け切った様子のトゥルエビッツは、背中を地面に擦り付けている。
まだ前のホーンラビットよりはマシな風に見えるのは、レアエネミー故の意地なのか気のせいなのか。そう言えばあの時はテイムに関するスキルが無かったもんで、蕩け切ったホーンラビットを倒さなきゃいけなかったんだよな。
そして恐らくテイム許可を押した途端、トゥルエビッツの身体が一瞬薄く発光した。テイム成功、なのかな?
「おぉ……名前をつけてくださいですって」
「名前ね、どうするの?」
恐らくテイムされた事だし、もう平気かと思い近寄る。下手に近寄ったら逃げられるかもしれないと、ストーンウォールの側から動けなかったんだよね。
ストーンウォールも解除し、しゃがみ込んでトゥルエビッツを覗き込む。テイムされたからと言っても、見た目は変わらないのだが、相変わらずその瞳は青く吸い込まれそうだ。
見入っていると……。
「あいだぁっ⁉︎」
鼻っ柱を噛まれた、痛い!ひ、ヒリヒリする、絶対鼻削れた‼︎
「あー、こらこら……【トゥルー】ダメですよ、はなださんはペレットじゃありません」
ふんすふんす、鼻息荒く床を蹴りつけるトゥルエビッツのトゥルー君……ちゃん?その不満はもう無くなってしまったペレットに向けてか、はたまた俺に対してなのか。
なんにせよテイミングは上手くいったようで、宥める為に頭を撫でられているトゥルーからは先程までの野性味が抜けた気がする。
「お疲れ様、まっ白さん。トゥルーはどう?ステータスとか見れるの?」
「ありがとうございます、待ってくださいね……はなださんがこのパーティーの所に見えるから……あ、やっぱり自動でパーティーに加入してます」
これこれ、とパーティー画面が表示される。普通はパーティーに加入中のプレイヤーのネームやレベル、ジョブくらいしか表示されないがテイムしたモンスターは別のようだ。
自分のステータスを見るように細部まで表示されている。何々……
テイムモンスター【トゥルー】の現在のステータス
L v11
HP780/780(初期500)
MP154/154(初期120)
AGI 36
ATK57
VIT14
LUK22
INT15
DEX35
装備品
アクセサリー【】
【】
所持スキル
【トゥルエビズム】(以下トゥルエビズム内包スキル)
【ダッシュlv1】【プラススマッシュLv1】【隠密Lv2】【追跡Lv1】【聞き耳Lv2】【グルメLv1】【幸運Lv1】【回復速度アップLv1】【噛みつきLv2】【ヒールLv1】
(以下獲得スキル)
【溜め蹴りLv1】【ジャンプLv1】
【ウィンドLv1】
【睡眠Lv1】【回避Lv3】
ぬぉぉ?オレタチヨリツヨインジャネー?
◆
現実の時刻は夜の19時くらいか……潮時かな。
「まっ白さん、もうそろそろログアウトしない?」
トゥルーをテイムした新緑光の森は24時間、基本的には晴れっぱなし、朝のままだ。どういう設定なのかは解明されていないが、この森から出ると元の(WAO内の)時間に戻る。
その為、ここである程度過ごしていると時間感覚が狂ってしまうことも良くある事だ。このようなエリアは他にも多々あり、特段珍しい場所でも無い。
「えー……あっ、本当ですね。うーん……」
「お、今日はまだやる気?」
「やる気、というより何も目立った成果が出ていないのが気になってまして」
まぁ、確かに。
俺は途中で強制ログアウトしてしまったが、柴鴨th達との話し合いではWAO内の時間経過で【4日に一回】、アタノールに帰還して成果報告だったりスラムでの活動の手伝いをしなくてはいけない。
で、今が2日目を少し過ぎたくらいか。スガナダに到着して、ジ・ラタに着くまでに凡そ半日。現実で食事したり仮眠したりして更に半日費やして、新緑光の森でもトゥルエビッツ探しを、実はトゥルーを仲間にした後もトゥルエビッツの素材目当てに行っていて時間を食ってしまった。
まぁ甲斐あってか、2体目は3.4時間ほどで出会えたものの、冷静になって見れば先に進むのを優先すべきだったかもしれないとも思う。後1日ほどはゲーム内で猶予があるとは言え、現実で一旦帰宅して翌日出社すれば実質タイムオーバーに近い。
「成果……一応目前のエリアまでは進めたし、テイムも出来た。けど、まぁ【瑠璃湖畔】にはまだ辿り着いては無い」
「はい、しかも道中結構モンスターは倒しましたが、レアドロップとかはありませんでしたし」
「そこはでも、錬金してしまえば案外いけるかも」
素材はたっぷり出たからね、初心者向けエリアはアタノールで制覇しているので、ほぼ使わないような物ばかりだ。スガナダでのお使いクエストなんかでは納品ノルマに入ってる物もあるけれど、一度戻ったりするのも面倒なんだよね。
かと言って俺も連日お泊まりコースは中々きついところもあるし……。
「あー、じゃあちょっと早いかも知れないんだけどこのエリアのボス攻略位はしておく?」
「そうですね、もし行けそうなら行きたいと思ってました」
「行けなくはないけど、ちょっとまだボスとのレベル差があるから、単純にステータス負けしないかだけが心配かな」
幾らパパラッチのステータス補正が乗るとはいえ、御薬袋さんはレベルそのままのステータスなわけだし、ゲーム自体の仕様でパーティでボスに挑むとボスの最大HPは上昇する。
そしてこのエリアのボスといえば……。
「【ヴァパ】、大きなキノコのモンスターだよ。状態異常が得意で、対策をしないと厄介なんだ」
「対策」
「まぁ詳しく話すと、使ってくるのは【毒】【睡眠】【麻痺】の三種類の状態異常。まだ初心者向けエリアだからこれでも少ない方だね」
そう言えば、麻痺とか毒は考えやすいのだが、このゲームのみならず、フルダイブゲームにおける【睡眠】の状態異常は肝が冷える。
宿屋やホテルで自発的に休息を取るのとは違い、唐突且つ強制的に意識がシャットアウトされる様な感覚で、視界が消える。眼を開こうにもシステムには抗えず、薄ら周りの音が聞こえる場合も有るが、別にどうすることも出来ない。
睡眠状態になった際に、心の準備が出来ていないと反射的にログアウトと勘違いし、自己認知に異常をきたし、それこそ強制的にログアウトさせられるなんて事が良くあったものだ。
「私達二人とも、状態異常をガードする装備なんかもありませんし、やっぱりアイテムで治しながら戦う感じですかね?」
「今のところはそうなっちゃうかなぁ……後可能性があるとすればボス前に錬金したら、偶然状態異常耐性の装備出来たりしないか祈ってるよ」
一応スガナダに来る前に状態異常回復アイテムは大体揃えてきてある。長期戦可能な程ではないのが些か不安ではあるが、挑戦出来なくはないだろう。
早速セーフティエリアを目指して歩き出す。新緑光の森には現地に住むエルフが狩猟の為に作ったとされる、小さなツリーハウス……というか樹上の猟師小屋がある。
くっっそ……おっと失礼。とてもとても狭く、基本的な1パーティが入れるかどうか位しかないギリギリセーフティゾーン。先客がいれば入場出来ないのだが、今のところ誰もいないようで一安心だ。
「うわぁ、本当〜に極限まで狭いんですね」
「この周りに配置されてる雰囲気用の猟師道具がいい邪魔してるんだよね」
特別なNPC用の場所という訳でも無いだろうに、無駄に大きい罠だったり武器だったりが転がっていて小屋を圧迫している。オマケに破壊不能のオブジェクトの為、どうする事も出来ない。
「まま、狭いですけどどーぞどーぞ」
「ありがとうございます……さて、小芝居もこれくらいにして気が抜けてしまう前に錬金しちゃいましょう」
狭いので仕方ないのだが、膝と膝がくっついてしまうくらいに密着度が増してこちらはドキドキする……いつかセクハラで訴えられないかな。
そして、最早手慣れたものでウィンドウをささっと開き、錬金の準備が終わる。基本錬金はインベントリ内の物しか適応できないので、二人とも装備を取り外して、俺の分は御薬袋さんのインベントリに送っている。
「どれどれ……おー、やっぱり違う地方の素材があるからか、少し幅が広がりましたね」
「ふーん……お、これいいと思うよ、【若苔のマント】」
「おー、VITが今のはなださんのマントより5も上がって、更に追加で【認識阻害(弱)】ですって……認識阻害?」
あー、まぁあんまりこういったゲームや創作物に関わらない人からすれば、馴染みのないワードなのかもしれない。
「認識阻害……上手く説明出来る自信ないんだけど。そこに居るのは事実なんだけど、周りからは見付けづらくなる、って感じかなぁ」
「ふーむ……透明になるわけではないんですよね?あくまでも存在感が薄くなる、みたいな事」
「あー存在感か、そうだね、そんな感じ。勿論物や人にも触れるし、向こうからも触れられる。これは【弱】って書いてあるし、しっかり警戒していたり、勘の鋭い人やモンスターなんかは意味ないかも」
それでもこの最序盤で認識阻害なんて破格のスキルなんだけどね。ハイモッスマンの素材を使うあたり、ギリースーツみたいな位置付けかな。
エリアボスの直接の対策になる訳ではないけれど、助けになることは確実だ。使う素材も初期のマントとハイモッスマンの素材少々だしね。
「じゃあはい、どうぞ」
一回、錬金の光が漏れて出来上がる。早速受け取って装備してみるが、どうだろうか?
「どう、まっ白さん、見える?」
「んんー……まぁ普通に見えますね。パーティーには作用しないとかでしょうか?」
そうか、残念。某マントみたいに被ればすぐに見えなくなるのを期待してなかったとは言えないが、精々【弱】だからね。まだ可能性はある。
「そっか、了解。じゃあ後何かあるかな?」
「んー……【若苔】シリーズはチラホラですが、メイン武器以外は必要ないですよね?」
「そうだねぇ、使わない斧とか槌とかあっても仕方ないか……あ、杖はどうかな?ある?」
御薬袋さんのテイム用の杖は、アリさんの店で調達出来たが俺の魔法使い用の杖は初期装備のままだ。それでも十分通用するとは思うのだが、伸びがあるなら伸ばすべきだろう。
暫く錬金結果を【予測】して見てもらう。一つずつ検証して行かなくてはいけないので、慣れてきたとは言えそれなりに時間はかかる。
「杖、杖ー……っと。【若苔の杖】は【INT+5】【治癒魔法補正(微)】、後今更ですがホーンラビット素材で【ホーンステッキ】が出来ます。【INT+3】【ATK+9】」
ATK9の杖って、ぶん殴り魔法使い専用じゃないか。なんだったら魔法の威力補正のINTより高いし……そしてハイモッスマンの方は(微)ね。
「微、なんて単位あるんですね」
「あるよ、弱の下。もうホントお気持ちだよ。10回復するのを11にする程度じゃないかな」
算出方法もあるが、面倒だし今はする必要ないだろう。使わないしね。あくまでも魔法使いはアタッカーとして考えていたので、ヒーラー用の補正は求めてはいないんだなぁ。
現状、まだHPが低いので最下級のポーションで7割、下級だと全回復だ。ポーションが使えず、回復魔法が必要な程乱戦の予定もないし、冷静にポーションを戦闘中に使う練習をした方が良いだろう。それに、錬金でポーションは買わなくても作ればいいしね。
「杖は無しだね……この辺は?】
【ラッキーラビッツァ】、食べたらゲーム内時間24時間LUKが3倍になる魔法のピッツァ。その美味しさも、勿論3倍。WAO公式アイテム説明。
「へぇ、こういった食事系のアイテムも錬金で作れるんですね……トゥルエビッツの素材を2.3個使いますが良いですか?」
「良いと思う、どちらにしても街で装備にするには素材が足りないからもっと狩らないといけないしね、ちょうど良いね」
という事で早速錬金してしまう。出来上がったラッキーラビッツァは一先ず、そのまま御薬袋さんに保管しておいてもらった。
「っかぁ〜……後は大体似たような感じだねぇ〜」
「そうですね、あわよくばと期待していましたけど出来ませんでしたね」
やはりアイテムの物量作戦で行くしかないか。御薬袋さんと買ってきておいた状態異常回復アイテムは2分割してインベントリにしまっておく。
そう言えばインベントリには数の決まりはないが、種類が多くなると持てないという仕様がある。なんらかのアイテムを1000個持つ事は出来るが、1000種類のアイテムを一つずつは持てない。確か初期は500種類が限界だったはずだ。
御薬袋さんのインベントリを見て思うが、かなり見辛い。俺のインベントリにも多少の素材は入っているものの、ほぼ御薬袋さんに預けてしまうので満杯になる日も近いであろう。何か対策立てないとなぁ。
「さて、では……いけますか?」
「行きましょう‼︎」




