忍び寄る者、忍び寄られる者⑤
「あー、あの最近有名な子だよね。今日は見かけてないなー……てか、えっ!もしかして……」
「あっあっ‼︎お、おはようございます⁉︎いやリアルでは今晩?えっえっ嘘、本物?……えっ、人探し?……い、いやぁ見てないっすねぇ、ごめんなさい」
なんだ本当使えない、まだ私の信者達の方がマシなレベルだ。その信者達には見かけたらチャンネルに連絡するようにしておいてあるが、未だに連絡は無い。
絶対にあの野郎を逃がさない。愛しの美耶の姿を着た、別の誰か……恐らくはあの【野郎】だ。だからこそタチが悪い。
込み上げる悪寒と苛立ちが隠しきれていないようで、普段はワラワラと寄ってくる一般プレイヤー達も今日は遠巻きに見守る奴らが多い。どうせ大した情報など持っていないだろうし、全員に聞いて回るようなことはしないから良いんだけど。
野次馬の集団に目星をつけ、私のホームタウンでもあるアタノールで情報屋紛いなことを生業にしているプレイヤーを見つける。逃がさない。
当然相手は情報屋、私が久々にログインした事で様子を見に来たのだろう。私の事は認識済みだったようで、目があった途端コソコソと人混みに消えるような素振りを見せる。
だが甘い。AGIとSTRを爆発させ、周りから見れば瞬間移動さながらのスピードで、情報屋の背後に回り込む。
「気配の消し方が雑だよ、猫トォイ」
「お、ほほっ……これはこれは、ヴィオさんどうもどうも」
低い身長は元来の姿勢の悪さも有り更に小柄に見え、燻んだオレンジ色のボサついた髪、瞳が見えないゴーグルで覆われた顔部分。なんて事の無い、しょっぱい装備品の弱そうなプレイヤーに見える。が、それこそがコイツの技術なのだろう。
彼は猫トォイ、中国ではフクロウを意味するらしく、基本的に自国籍のサーバーに自動で接続されるWAOにおいて、日本サーバー内にわざわざあちらから移籍して来た変わり者だ。
装備している、よれたシャツの首元を引っ捕まえて母猫のように持ち上げて見せると、早々と抵抗する気配も無くなり、浮かんだまま器用に此方に向き直る。こういう仕草が何処か不気味で好きにはなれないが、良く利用するのも事実だ。
「そ、それで?何か情報がいるんじゃ?」
「そうだよ。こいつ、知ってるよね。場所は?」
用意していた例のプレイヤーの画像を見せる。猫トォイはアタノール界隈限定だが、ほぼ全ての情報に通じていると思われる。私の信者達が知っている事を、こいつが知らないわけもない。
思っていた通り、「知ってる知ってる」と回答が来たが、同時に下卑たにやけ顔も付属して来た。
「ヴィオの旦那……何をそんなに焦ってるんで?」
「……焦る?私が?……いいから居場所は?」
「焦ってるでしょうに。いいんですかい、いつもの爽やかイケメン風な話し方は」
……くそっ、頑張れ私!顔に出すな。私はこのWAO内では【ヴィオ】という男性キャラクターで通っている。この男にリアルの性別やプライベートな話をした覚えは無いが、薄々気付かれていたのか?……はたまた今の会話からか?何にせよ不快だけど頼るほかない。
出来るだけ、表情を作りそのままスルーする。報酬を渡そうとウィンドウからプレイヤー間のドンの譲渡を選択する。
「幾らかな?」
「おやぁ、スルーですか……そうですねぇ……私とヴィオさんの仲、というのもありますし」
勿体ぶるな、苛つく様子を隠しながら襟を揺すると猫トォイも一緒にガクガク揺れる。いいから早く言え!
「おわわわわ、わかりました!わかりましたよ、今回のお題はタダ!タダにします、無料ですよ、わーいやったねー」
「……何が狙い?」
「……もうちょい素直に喜べないもんですかねぇ。まぁ良いか、同行させてくださいよ、それが条件です」
「……断る。金ではダメ?」
「ダメです。金は余裕があるので、私にとって価値のあるものでしか」
「……ならこの中ならどれでも良いから、選んで」
アイテムウィンドウを開き、猫トォイに見えるように表示する。必須アイテムは装備しているか預けてあるので、インベントリ内の物は無くなっても大丈夫な物しかない。しかし他のプレイヤーよりはレアリティが高い物が揃っている自負はある。
大多数のプレイヤーなら喜んで頷くような物ばかりだけど……。
「いーや、別にいらないですね」
「……ちっ」
「おーやおやぁ?あの爽やかイケメン騎士様も舌打たれるんですね!」
「五月蝿い」
コイツには通用しない。分かっていた、この手の輩は弱みを見せたら離さない。最初に焦った私の負けだという事も。
このまま押し問答を続けても、私がボロを出したりストレスが溜まり続けるだけなので、渋々同行を許可し、あのプレイヤーの居場所を特定する。実は何度か交流を持った事があるそうで、プレイヤーネームまで判明したのは僥倖だった。
プレイヤー【はなだ】……名前の由来はイマイチピンと来ないが、そこは関係なく、あのアバターの見た目上中身は絞られてくる。このゲームは廃課金でもしない限りはある程度元の見た目が適応される。
恐らく、十中八九、私の兄だ。クソ兄貴、漸く顔を見なくなって清々したと思っていたら、どのツラ下げて帰ってきたんだ。よりにもよって美耶の皮を被って現れるとは思わなかった。
私の価値観を捻じ曲げ、苦しめ、更には愛する恋人にまで手を掛けたあの兄貴を、私は、私はどうしても。
「スガナダか、さっさと行くわよ」
「おやおや、最早隠す気も……余程のことですねぇこりゃ」
要らぬ荷物が増えたが仕方ない。邪魔になれば……考えよう。
運ぶ足取りは軽い。愉快からな訳もなく、煮えたぎる血潮が身体を支配している。ちらりと、脳裏に美耶の傷ついた姿が浮かぶ。
愛する者の傷ついた姿に止まりかけた脚に、それよりも更に過去の記憶がアクセルをかける。
自宅の私の部屋、無惨に破り捨てられた大好きなキャラクターのポスター。妙に派手派手しい桃色のグッズが散乱した、ベッドの上で勝ち誇る兄の姿。
【お、紫乃!見てくれ!俺が女の子らしい部屋にしといてやったぞ!】
待っていろ、クソ兄貴。
◆
______体の先を開く。ポトリと小型のふさふさとしたモノが落ちてくる。これは美味いやつで、偶に見かけるな。只、量が少ないのが玉に瑕か。
______少し満たされたな。先を広げるとする。広げておけば先からは色々な事がわかるからな。どうやらつるっとした中くらいの、良く話し、良く増えるイキモノは、今日も上で騒がしい。
______お。非常に気持ち悪い反応が一つ。蒼い、深い底の気配だ。
______注意深く先を巡らせる。おぉ、何という……あの節操無しか。蠢く奴らのなんとも気味の悪いことよ。
______思考する。先に集中する際は感じる方に割いているため、次第に意識がハッキリとしてくる。
______私は、私が選んだ森の大樹の虚より這い出し、着地する。適度な湿り気と、芳醇な栄養が染み込んだこの地は、立っているだけでも気分が良い。先程の不快感は吹き飛びそうだ。吹き飛ぶ前に思考する。
______先程垣間見たのは【蒼の蟲】の気配。我らの宿敵であり、我らの糧であり、天敵でもある【蒼の者】の一部だ。
______受け取った感覚は非常に僅か。つるっとしたモノ……二足歩行する彼らに付随して移動していた。【蒼】があの生き物達に迎合した事は無いと記憶しているが、前例が無いからと言って可能性も無いわけでは無い。
______思考を進める。辺りには静寂しかない。当たり前だ。大樹から出る瞬間、伸ばした【先】から周囲に敵対する生き物が居ないことは確認済みだ。思考思考。
______我は非力だ。【蒼の蟲】が本当に向かって来ているのであれば勝ち目はない。大人しく逃げ去るか、後続のために情報を残しておく他ない。
______しかし、しかしだ。先程の気配、不快感はどうだ。あの微弱さ、我らに悟られぬよう押し殺した気配というには余りに無防備。だが、隠す気もないのであれば余りにも微弱。
______これは、好機か。
______兎に角、思考はこれ以上進みそうもない。また意識を拡散させて、【蒼の蟲】の動向を探る事にする。再度身体を大樹に潜り込ませ、思考を手放して行く。
______見つけた、この、つるっとしたイキモノだ。




