忍び寄る者、忍び寄られる者④
照明角度良し!部屋の片付け良し!えっと、後は……姿見姿見‼︎……よーっし、今日も完璧可愛すぎる私。ヒツゼツに尽くし難い可愛いさ。
カメラから映る位置の部屋の清掃や、自分の身嗜みは完璧にした。配信準備の方も……完了したようだ。私に負けず劣らず……いや、違う種類の無敵の可愛さを携えた私の彼女がゴーサインを出している。いつでも配信オッケーね。
改めて自分のチャンネル内の待機人数を確認する。今日は突然生放送しようと決めたけど、おぉ〜。私の可愛い視聴者達はお行儀良く生放送待機列に並びながら、コメントの嵐を巻き起こしている。
初めは2人で何となく投稿したなりきりコスプレ朗読動画がバズり、今や一旦生放送や動画を投稿すればネットニュースのランキングに取り上げられることもしばしばだ。
動画成績トップの人達には敵わないかも知れないけれど、私達2人が生活する上で有り余る収入にもなっている。早く自立して、家を出る為に貯金は幾らあっても構わないわね……あ、もういっそ20歳記念に家を買うのもありかもしれないわ。
「じゃあ、3.2.1……」
私の彼女、美耶は画面端の絶妙に身体の一部くらいが映る位置で裏方作業に入る。これが匂わせポイントで、普段顔を出している私と違い、憶測が憶測を産み、視聴回数に繋がるのだ。
彼女がタブレットのボタンを押すと、一拍遅れて私の眼前に、私が一番可愛く映る角度で固定した高性能カメラにランプが灯る。
「モイ‼︎モイン‼︎貴方達、待たせたわね☆【ヴィオレ】ちゃんの生放送始めるわよー‼︎」
途端、コメントが湧く。画面横に設置されたコメント欄が怒涛の勢いで「うぉぉぉ」とか「ぶひぃぃぃ」とか、何やらよく分からない叫び声で埋め尽くされて行く。
【ヴィオレ】とは私のネット活動上での名前だ。まだまだコメント欄では視聴者達が沸き踊り続けているので、笑顔でどうどうと宥めるようにジェスチャーすると次第に「…………ふぅ」といった3昔前位に流行った賢者タイム風なコメントが大量に流れ、一旦落ち着きを見せた。
「はーい、皆さんが悟りを開くまでに凡そ30秒かかりましたー☆えぇー、悟りに至るの早すぎー」
ざぁーこざぁーこと罵ってやると、途端に画面は感謝の言葉で埋め尽くされる。我ながら引くわー……。
これも仕事、仕事なのよっと。自身に喝を込めて本日のコンセプトを発表しにかかる。グダグダ管を巻く雑談放送も悪くは無いけど、その分プライベートなネタを振られたり、キャラ作りする時間が増えたりと結構しんどいのよね。
「前から告知とかしてた放送じゃないんだけど、いっぱい集まってくれてありがとうー☆今日はねぇ……じゃじゃーん!」
正面から照らす照明の、下側に作業用の机を設置してある。そこにカメラの位置を変えて、今回の目玉であるものを映す。
カメラの正面には一台のタブレット。勿論マイ・タブレットでゴッテゴテに装飾してある。その過剰な装飾のタブレットに映し出されているのは、【CANINE OF SERVANT】のタイトルロゴと画面一杯に広がる無数のわんこ達。
「最新のフルダイブペット飼育ゲーム。【CANINE OF SERVAMT】でーす♪今回はコチラのゲームをプレイしていっちゃうんだぜぃ!」
くっ……犬達が可愛すぎるっ‼︎
企業案件である以上、PRポイントは全て放送内で紹介しないといけないので、犬好きな私としてはプレイ中に正気を保つのが重要課題だ、犬吸いたい。
「こちらのゲームは、昨今の近代化した世の中的に中々ペット可の物件が見つからない!そんな貴方に!フルダイブで!愛犬との暮らしを実現しました!」
じじゃーんと効果音付きで画面にゲームの紹介文が流れる。事前に美耶が作成してくれた物で、企業さんとは紹介内容も打ち合わせ済みだ。
「なんと!このゲームを作る為に5年間も!スタッフさん達は世界中を飛び廻り!全犬種を触りまくり、リアルとしか思えない質感、匂い、挙動を実現!」
とても細かい事にフードの種類やブリーディングなんかもかなり本格的な仕様で楽しめるそうだ。一度ダイブしてしまったら二度と帰っては来れないかもしれない……。
【んがわぁいい】【俺達という豚がありながら……】なんてコメントが沢山流れて、御満悦な気分なのだが、ゲームを紹介し始めてからチラホラ目立つコメントが目につく。
【ヴィオレ様、時間大丈夫?】【流石ヴィオレ様、1日48時間】【ガチダイブのはしごやん……】等、ちょっと身に覚えのないコメントがチラホラ書き込まれるのだ。
「お?心配?ありがと〜♪ヴィオレは相変わらずまぁまぁ多忙だけど、しっかり睡眠してるし、オフの時は遊びまくってるから大丈夫よ!」
よく分からないコメントに意識を割くより、仕事仕事!タブレットの画面を事前にチラッと撮っておいたゲームの内容に切り替える。実際にダイブをしてのプレイはこれからリアルタイムで行うが、これは事前に撮っておいた紹介用だ。
フルダイブのVRゲームを実況プレイするのは中々に技術が必要で、如何に没入感を伝えられるかが重要になる。
画面の構図や体の動かし方、視線を動かすスピード、どれも下手な奴が行えば一昔前のなんちゃってVRゲームになる。今のニーズでは無い、まぁそれが受ける時もあるといえば、あるんだけれども。
「という事で!これから【ヴィオヴィオチャンネル】恒例の48時間ぶっ通し生放送開幕開幕〜♪」
【おおおぉぉぉ、唐突な通常放送キターー】【ダイブ制限機能とは何処……】等予想していたコメントに味を占めていると、やはりまたもやズレたコメントが目立つ。まぁアンチコメントなんて日常茶飯事だし、放っておいたらその内消えるんだけれど……今回は名前を覚えている位の古参の視聴者からもそのようなコメントがされている。
これは流石に……何かあるのかもしれない。確かめないのも気に障るので、確認してみる。
「んじゃま、レッツだぁ〜いぶ‼︎……と行きたいんだけど、さっきからチョイチョイ【粗粗ママ】とか【ubaちゃん】とかがコメントしてるの別人の事じゃないかな?」
私は、確信がある、別人の事だ。何故なら。
【え?でもさっきまでWAOのアタノールでウロウロしてなかった?】
ホラね、私は、ここ最近【ワールド オブ オーダー】にはログインしていない。
◆
「なん……ですって……」
絶句。正にこれ以上コメントが口から出ない。ここまで20年人生を歩んできて、多少苦労するような場面もあった筈だが……こんなに身の毛がよだったのは初めてだ。
背中をぬるっとしたものが這うような、胃の中に直接冷水をぶち込まれたような、どうしようもない不快感が付き纏う。配信中だという事はすっかり忘れていたが、絶句していたお陰で妙な言動や失言も出せなかった事は賞賛してほしい。
配信画面とは別で、自身のプライベートタブレットで開いているのは【ヴィオヴィオチャンネル】専用オープンチャットだ。こちらは会員しか閲覧出来ない仕様で、先程のコメントはこういう事なのだ、と最古参であるトップオタの【ヴィオ豚】が皆の代表で画像データを送ってきていた。
そこには見慣れたWAO内、アタノール帝国の城下町が写っている。中央には……見慣れた高身長肩幅広めなおじさん、カラフルすぎるアフロを携えシャンパンカラーのスパンコールドレスを纏い、至る所に棘の付いた大剣を背負ったドギツイキャラ。【ヴィオとん子】だ、言わずもがなヴィオ豚のWAO内アバターである。
控えめに言っても直視時間が限られるこの画像の注目すべきはヴィオとん子の脇の下……いやこいつの脇ではなく、脇のスペースに映り込ませた女性アバター。
ヴィオ豚曰く、噂のヴィオレ似の美幼女アバターを見かけて思わず盗撮してしまったらしいが、正直言って盗撮を鑑みても今まで史上一番の働きだ。
【どしま?】【ヴィオたんチャット休憩中ー、詳しくは公式でー】【再開はよ】【ヴィオさまー?】
放送の方のチャット欄から、そろそろ何か動きは無いかと視聴者が焦れ出すコメントが上がり始める。
どうしたもこうしたもない。腑が、胃が、胸が、熱い。痛みなのか胸焼けなのか苦しく、自分が重篤な病気なのではと勘違いするぐらい、鼓動が早まり、体は熱を帯びているのを感じるのに背筋が凍る。
その脇に小さく盗撮されたキャラクターは、見紛う筈もない、私の、最愛の彼女、美耶と瓜二つな外見をしているのだ。
最悪だ。クソ。
◆
「ちょっと、ちょっと待ってってば!」
「五月蝿いっ‼︎離してよ‼︎」
ガァン!と思いがけない激しい音が鳴り、我に帰る。振り上げた右腕を見れば、手の甲の皮が少し切れたのか出血が見られる。
そしてその原因かと思われる、床に散らばったガラスの花瓶。床や壁に染み付いた水。そしてそれらに塗れ、床で蹲る……愛しい人。
「……み、美耶?」
「……しーちゃん……痛いよ」
脳が痛む。
「ご、ご……ごめん。ごめん、ごめんなさぃ……」
ポタポタと、花瓶に残った水滴が床の水溜りに落ちる音が聞こえる。部屋の中は静かだ。配信は私がブチ消し、聞こえるのは水音と啜り泣く美耶の声、荒ぶる呼吸。
「……しーちゃん、待って、ね?」
愛しい人、私が怒りに任せて飛び出して行こうとするのを優しく制してくれる。
ワナワナと座り込む私に、大丈夫、と優しい言葉をかけてくれる。暖かい。こんな優しい彼女に、怒りをぶつけてしまった自分が不甲斐なく、顔を合わせられない。
美耶の胸から心臓の拍動が聴こえる。暖かい、安らかな音。そして私の頬も暖かさを感じる、同時に粘り気も……。
思わず拭う。他人と比べると幾分か肌の白い私の右手には、先程の擦り傷なんかと比べられない血液が付着している。指先から第二関節辺りまで、べったりと貼り付くペンキのように。
「……え?」
自覚してしまったからか、漸く、鉄の臭いがする。良く鼻血とかを出した後、嗅いだ、あれだ……え?
「大丈夫、大丈夫だから……」
目を伏せ、痛みからか汗ばむ彼女の左の頬。そこからフェイスラインを通り、顎の辺りに差し掛かるまであろう程の大きな、大きなガラスの破片が彼女の頬から生えている?
「い、いやぁ‼︎み、美耶‼︎美耶っ‼︎ち、血ぃ‼︎」
この辺りから、記憶が無い。
いつの間にかリビングにいた私の母が救急車を呼び、バタバタと騒がしくしていると思ったら一緒に救急車に乗っていた。
美耶も意識は有ったし、母も救急隊の人も……そして美耶も。誰も私を責める事はなく、只々どうしたのか問うだけだった。
◆
「ありがとう、しーちゃん。叔母さんもびっくりさせてすみ……イテテ」
「美耶ちゃん、あんまり無理して喋らないでも良いからね……お父さん達にも連絡はしたから明日、迎えに来てくださるそうよ」
美耶の傷は幸い、大した事はなかった。ガラスの破片は口内へは貫通しておらず、皮膚内に細かな破片が残ってもいないそうだ。全身麻酔下での処置だった為、念の為一泊入院という事になった。
「ありがとうございます。父に頼んで、帰りにそっちに寄って貰いますね……しーちゃん、また明日ね?」
「………………う、ん」
精一杯だった。さっきよりも輪をかけて美耶の顔が見れない。
頭を縦に一周するように巻かれた包帯も、時折痛そうに顔を歪めるところも、何より今自分がどんな顔をしているかも、わからない。向けられない。
「……じゃあ、叔母さん達は一旦帰るね。一泊だけだし、貴重品とか入った鞄は持って来てあるから」
スーッと、病室のドアが滑らかに開く。子供の時何かで入院した病院は、ガラガラと五月蝿く開くドアだったなぁとか思い出したりもしたが、心底どうでも良い。
母との会話は無く、院内も静かだ。外来棟では無く、入院患者だけの棟なので人の往来が少ない。
静かで、思考が捗る、良くも悪くも。
何度も、何度も目に焼き付いて離れない。
苦しそうな表情、服や手についた血溜まり、飛び散ったガラス。
そして……あの美耶の姿をした黒髪ツインテールに眼帯をつけたふざけた野郎。
アイツだけは……アイツだけは……絶対に。
「絶対に、逃がさないから……クソ野郎が」
母にも、美耶にも聞かれぬ怨みの声は、私の胸の内を破壊した日の夕焼けに溶け去っていく。
必ず、必ず……。




