忍び寄る者、忍び寄られる者②
「じゃあ要はその【黄衣の蜥蜴】かその手掛かりを見つけてくればいいって事、かな?」
「そうね……旦那は『見えたって気にしなければいいのさ』と平静を装っているけれど、最近は現実の方でも周囲を見渡す癖みたいになりつつあるのよ」
まぁ、一年もそんな生活が続いたらなぁ……というか旦那さんメンタルカチカチだな。俺ならすぐSAN値無くなっちゃう。
事情は把握したものの、敵が恐らくちょっと強すぎる。幾ら一年前とは言え、当時の上級プレイヤーがこの人数で掛かって苦戦する位なのだから、今の俺たちでは毛ほども勝負にならないのではないか。
「明確な期限はないわ。でも出来るだけ現実の旦那に影響を残したくはないから、早目にお願いします。【黄衣の蜥蜴】の討伐、または情報か、呪いの類を消せるプレイヤーやNPC、アイテムの獲得が依頼になるわ」
ぴーん、と脳内に、【フレンドのアリアーリーよりクエスト依頼が来ています】とアナウンスが入る。どうやらアタノールで国営のギルドや上位ギルドにも正式に依頼を出しているらしく、その募集要項と同じ物が送られて来た。
「どうですか、はなださん」
「うーん……率直な意見、俺達には荷が重い」
「ですよね……私まだこんな蜥蜴さんと戦える気がしないです。それに、アリさんの旦那さん達がなってしまったように私達も」
「可能性大だね……まぁ、相手に手傷を負わせられれば、だけども」
うーんうーんと難色を示したせいか、アリさんもため息混じりに呟く。
「別に、倒さなくてもいいのよ。戦わなくてもいい、ただ何か糸口になるものを見つけたら教えて欲しいの……旦那と心置きなく過ごしたいのよ」
「アリさん……」
いやほんとアリさん……だよ!そんなんもう、この空気感で断れる奴いるぅ⁉︎アリさんは項垂れてるし、御薬袋さんはちょっぴり潤んだ目でこっちを見ているし……あれ、いつの間にか俺が最終決定権を握らされている?
……普通なら割りに合わない。これ以上呪いの類を増やしたくはないし、何より手掛かり少な過ぎて当てがない。……だぁぁぁ‼︎
「やろう!割りに合わないかもだけど、明らかに何かのエクストラクエストの入り口っぽいし、今の俺達に荷が重いなら、頑張って釣り合うようになればいいさ!」
「はなださん!ありがとうございます」
「ありがとう……意外に臭い事言うのね」
やっぱやめよっかなー。
◆
「それでは、現状を整理します」
現在、いつものホテルで作戦会議中。議題は【今後の方針】について。ちょっとする事多くなり過ぎてるからな。
プレイヤーマーケットで購入した、ホワイトボード的な板を部屋の壁に立て掛けて、幾つか今後の行動候補を書いていく。
・グランドクエスト進行
・エクストラクエスト(五使、超人機構、黄衣(仮))
・出店、スラム街関連→上手くいけば皇族と繋がり?
・自己強化(二次職(lv.20)、装備など、モンスターテイム巡り)
書き出してみて改めて、我ながらこの短期間で良くここまでフラグ建設をやり遂げたもんだと思う。思えば色んなことがあったなぁ。
「さて、後なにかあったっけ?」
「えぇと……いや、これくらいだったと思いますよ。個人的には、アリさん達の黄衣クエスト?か、スラム街が気になります」
「そっか、俺は……そうだなぁ。黄衣クエストは確かにリアルのアリさん達の生活も掛かってるし、やるって言ったしな」
「それで言ったら柴鴨thさんやトリス皇女にも威勢よく任せろって言ってましたよ」
言ってたかな?……最近自分のテンションがあっちいったりこっちいったりと情緒不安定で細かい会話まではうろ覚えなんだよな。
非常に怪しいが言ったかもしれない、いや言ってそうだな。
「対人関係を考えたらどっちかですよね」
「だね……黄衣の方はやり方を考えないと難易度バリカタだよ」
「バリカタ……?」
真面目に聞き返さないで!ちょっとボケただけだから、流して!お願い!
無慈悲で無垢な、まっ白の化身こと御薬袋さんは、何か種類があるんですか?と詰め寄ってくる。や、やめてくれっ‼︎
「ん、んんっ‼︎と、兎に角、グランドクエストと五使は後回しで!」
咳払い一つ、無理矢理語気も強めて有耶無耶にする。本当に何にも悪気は無かったのかそのまま了解、と追求するのをやめてくれた。
実際、グランドクエストは上級プレイヤー陣でさえも攻略の糸口を見つけれていない。五使も最近追加されたばかりだろうし、そもそもどこに居るかもわからないしな、あの野郎。
「超人機構と自分磨きはどうですか?」
「いや、まぁ書き出しておいてなんなんだけども一番選択肢としては無いかな。多分モチベーションも続かないし、一応仕事上目立ってナンボ、みたいなところもあるしね」
そう、余りにも真面目に進み過ぎても給料が上がらないどころか下手すればクビも有り得るかもなのだ!順当に行けばレベリングやアタノールの初級クエストの消化なんだろうけど、それでは只のプレイヤーと変わらない。
俺達は紛いなりにも給料が払われて、プレイヤーになっている、デバッグやテストプレイを行っていらっしゃる方とはまた違うが、広告塔にならねばならないのだ。弱くても良いけど、地味なのはNG。
そして空力目当ての八艘跳びは不発だったし、御薬袋さんの錬金スキル達も、今までまぁまぁ使用している気はするのだが、【素材錬金】も【予測】スキルもスキルレベルは上がらない。
つまりこの二つはお手上げ、他の事に関しても人を選ぶ地味で何の面白味もない作業になる。中にはそういった作業ゲーがお好きな人種もいるだろうし、どっちかと言うと俺もそちら側なんだけど、御薬袋さんを巻き込むのは頂けない。
「……っと、なると」
「【黄衣クエスト調査兼開店資金集めツアーinスガナダ大森林】だね」
「いぇーい……また森ですー」
◆
「というわけなので、暫く俺達はスガナダとアタノールを行き来する事にする」
ところ変わってアタノールのスラム街だ。柴鴨thとトリス皇女、近しい子供達を集めて事情を説明しておいた。
アリさんが正式に各所に依頼を出している以上、秘密にしなければいけないような内容でも無いと思うし、全て説明してある。更に言えば手掛かりがあれば嬉しいしね。
「二人で決めた限りでは、凡そ3日に一回程で此方に戻って来ようかと。開店資金はスガナダ大森林のクエストをこなしたり、素材を集めたりで稼ごうと思っています」
「そうですか……暫くは私達で頑張りましょうか、柴鴨th」
「う……ん。そっすね」
トリス皇女は子供達を優しく撫でながら、割と驚かずに聞き入れてくれた。ところが、話の途中から考え込み出した柴鴨さんは、喉に骨でも引っ掛けたかのように唸り続けている。
「なんだ、柴鴨th。行かない方がいいのか?」
「いや、そうじゃないんすけど……なんだっけなー。その、黄衣の蜥蜴でしたっけ、写真か画像とか有ります?」
何か思い出すきっかけになれば良いのだが、生憎アリさんから写真のデータは貰っていない。そういえば貰っておいた方が良いな、こういう事態もあるわけだし。
早速メッセージを送る。後はタイミングさえ合えば、返信が来るだろう。
「今は無い、メッセージ送ったからその内送られてくるよ」
「そっすか……えぇー……いやでも」
「どうしました、柴鴨th。貴女、その蜥蜴と出会ったことでも?」
皇女も心配して問いかけるが、未だに解は降りてこない。
「ま、まぁ兎に角。此方にも顔は出しますし、手伝いもしますので、少しだけご了承下さい」
「ご了承も何も、まっ白さん。私は貴方達がわざわざこうして相談してくださってるだけでも有難いと思っていますよ」
理解も有る、意固地にもならない、良い皇女様で本当良かった。まぁだからこそ、スラム街に手を出してるんだろうけどね。
子供達に不安を覚えさせるかと思ったが、一緒に頑張りましょうねと励ますトリス皇女に、皆笑顔で応えている。この分だとほんとに任せても大丈夫そうだ。せめてお金だけは稼いでこよう。
そんなこんなしていると【フレンドのアリアーリーからメッセージが届きました】とアナウンス。ウィンドウから確かめてみると、例の写真と宜しくねと一言添えてあった。
「柴鴨th、今写真が来た。これだよ」
スッと背後からウィンドウを覗き込むと、蜥蜴を見て、少し待てと言いながら自身のウィンドウを操作し出した。こちらからは見えないので何をしているのかはわからない。
暫くスクロールし続けていたのだが、やがて一箇所で指を止め、こちらに来るように手招きされる。誘われるがまま御薬袋さんと皇女3人で背後から覗き込むと、ウィンドウにはモンスター図鑑の画面が。
あ、因みにこの世界のNPCもウィンドウは神から【探求者】には専用スキルが与えられている、と認識しているそうで普通に受け入れている。
図鑑の画面を柴鴨thが指差す先には【蒼衣の飛蝗】の記載。
「いや、同じモンスターではないんすけど、そっちのフレーバーテキストの記載が【お前が、蒼のものであるか?】で終わっているのが気になっちゃって」
「倒したのか?」
「まぁ一応……それがこいつらすっごい群れで辺りを根こそぎ襲いながら移動するみたいで。出会って一部は私が倒しましたけど、大多数を殲滅したのは広範囲攻撃が出来る、他のパーティーメンバーだったっす。そのおかげか、生息地不明のままっすね」
おー……本当だ。本来大多数のモンスター、なんならボス級のモンスターも討伐したと認定された場合は、モンスター図鑑に自動で生息地情報が記載される仕様だ。
だがこの【蒼衣の飛蝗】の説明欄には生息地は不明。だが討伐数はしっかり【1098匹】と記載されて……1098⁉︎
「えっ⁉︎討伐数凄い数じゃん⁉︎」
「えっ……あっ、本当だ。いや、あの時はもう視界いっぱい青い飛蝗だらけで、気持ち悪いやら訳わからないやらで、やたらめったらに攻撃して回ってたんで」
だが、生息地は不明。
「となると……どういう事でしょう、はなださん」
「俺かい。まぁ……柴鴨thが言う通り群体が元で、その中の一匹一匹が討伐数として書かれているなら、より多く貢献した者にだけ表記される。か、群体自体がランダム発生、または常に移動し続けているから決まった生息地が無い、かな?」
「後もう一つは、柴鴨th達が討伐した群体が唯一のものであり、もう存在しないか」
成る程確かに、皇女の言う事も考えられる。しかしこうなると結局わからん事が増えただけだな。
フレーバーテキストはっと……【這い、染み、溶け行く蒼の一端。与えられているのは飢えた感情。ただ喰らい尽くすまで、黄のものかどうかは必要無い】、か。
「これは、もう確定でしょ!お互い名指しみたいなもんじゃん」
「あ、フレーバーテキスト、ですね。では柴鴨thさん、体にこの飛蝗達の返り血、というか体液を浴びたのでは?」
お、流石御薬袋さん、さすみな。あれだけの討伐数ならどんな攻撃の仕方をしたって、それこそ話に出ていた広範囲攻撃が出来たってその体液は避け切れないだろう。
基本的にフード付きのマントを羽織ったままの柴鴨thは外見からは、そのような目立つ血痕が残ったままのようには見えない。まぁ俺と同じで隠してる場合もあるだろうけどね。
「いや、別に何もないっすよ……え、無いっすよね?」
「いや知らんよ、体調や変なものを見たりは?」
「無い……と思いますっす。……え、ちょっと、怖い事言わないで下さいよ。はなださん見てくださいよ!背中とか、自分じゃ見えないっす!」
そう言って高速でウィンドウを操作し、装備を一つずつ解除して行く柴鴨th。いやいや待て待て待て待て!
このゲーム、対象年齢毎に可能な肌の表現範囲が有る。今柴鴨thがマントの下に着込んでいた軽鎧を取り外し、インナー姿になるのが一瞬見えた。成人版だとインナーまで表現出来るのだが、こいつ、こんな公の場でなんて格好になりやがる⁉︎
「ちょっ⁉︎おま、おまえそう言うのは家でやれ家で!てかみんな見てるんだぞ!」
「何言ってるっすかはなださん。みんなってはなださん達と子供達だけっすよ。その為にわざわざスラム街でもこの人通り少ない拠点で話してたんじゃないですか!」
そう、ここは柴鴨thと皇女達と最初にあったスラム街奥地の小さな広場だ。柴鴨thはそんな事よりほら!と無防備な背中を押し付けてくる……なんだこいつ、皇女や御薬袋さんが居るってのに何で俺に……あ。
おれ、いま、魔眼(隻眼)ツインテ魔法美少女(後なんだっけ)だったわ……。あ、じゃあ、いっか?良いよな?
気が緩み、チラッと眼を正面に向けるとかなり眼前に艶のある肌色が見えた。しかと見えた!
やや明る目な茶髪の生え際辺り、俗に言う綺麗なうなじだな。そこから真っ直ぐ背骨を伝って降りて行くと、WAOの初期装備品である無骨な麻のインナーと違い、瞳の赤色と良く似た色の煌びやかなインナーが目に映える。
後背部だと言うのに、なんたる神々しさか……更にそのまま下に下ると、そこにはセットの伝説の布が。背中をチェックしろと突き出しているが、此方も一緒にやや突き出されて良く見える……桃。
「ど、どうなんすか、黙ってちゃあわかんかいっすよ⁉︎」
「あ、あぁ……凄い、綺麗だよ」
「綺麗?どこにも血痕はないって事っすかね?……なら良かったっす、ふぃ〜……って、ひひっ!くすぐったいっすよ」
安心した柴鴨thが深く息を吐いたせいで、若干此方に身体が傾き俺の指が彼女の背中をなぞる。くすぐったそうに身を捩った彼女に、途端に鳥肌が立ち、息苦しくなる。
ピピっと脳内で警告アラームが鳴ったり、何か目の前で柴鴨thがペラペラと話しているが、何処か遠くで曇ったように聞こえる。
無駄に再現された肌の感触、体温、反応する身体。ぐるぐる、回る。
「うぇ」
そこから先は、よく覚えていない。気づいたらダイブ機の中に戻って来ていた。




