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シキとの遭遇②

「それでは、ありがとうございました!お疲れ様です!」


「うん、お疲れ様。明日からもよろしくね」


パタッとタクシーのドアが閉まる。時刻は更に明け方に近づいている。識守 蒼司の自宅まで彼を送り届けたところだ。彼は遠慮していたが、私の自宅も近くだとして押し通った。


一介のサラリーマンにしてはいいマンションに住んでいる。彼の経歴にも目を通していたが、やはりあの裁判で中々の慰謝料等入ったのだろうな。


「出してくれ」


返事はない、当たり前だが夜間のタクシーは余程小さな民間企業のものでもない限り無人運転である。比較的夜間の交通量が少ないので無人運転が危なげなく出来ること、夜間のタクシー側の防犯対策として、と中々理にかなった策だと思う。


タクシーはゆっくりマンションから離れて行く。識守 蒼司か……理解力や共感力はまぁまぁだったかな。だが、突筆して他のメンバーより秀でている点があるようにも思えない。


ただ彼の経歴から来る心理状態や思考は興味があるし、これからも観察対象にさせて頂こう。


そしてタクシーの窓から見える街並みは移ろい、彼のマンションのあったベッドタウンから徐々にオフィス街に景色を変える。彼に自宅が近いと伝えたのは、別に全くの嘘というわけでもない。


【空百合第二技術研究所】。そこが私の今現在、【家】と呼べる6つ有る場所の一つだ。今日は近いからここにしよう。


タクシーから降りて、領収書もしっかり受け取る。こういう所はまだまだ電子化がされておらず紙だ。電子化したらしたで改竄する輩が増えたようだった、私の生まれる前の話だが。


因みに、先程の居酒屋での領収書もしっかり貰っている。私はこうして社外で活動したり、ある程度自由を許可されているので会社経費で色々賄えるようしてもらっている。


ビルに入り、守衛ロボットに挨拶し、8階へ向かう。疲れはしないこの身体だが、時間がかかるので階段ではなくエレベーターを使う。8階の扉が開くと、同じくAI用に用意された素体が並んだフロアに出る。


8階はフロア全体がオフィスランドスケープ、所謂壁で部屋毎に隔てられておらず、均等に素体用ケース等が並べられている。


「おーい、居るんだろ【ミナヴァ】」


カツンカツンと、私の素体がフロアを歩く音が響く。足音は一つしか無いので、ミナヴァが素体に入っているとは思いづらいが、この空間には居るだろう。


「はい、居ますよシキ。おや、今日は空百合 陽彦のホログラムですか」


「あぁ、例の特務課の新人と会って来たよ。君のお勧めの人間では無いが、タイミングが合ってね」


「そうですか……何か得られましたか?」


ミナヴァの声は、フロアに響き渡るように聞こえる。恐らく要所に置かれたスピーカーから放たれているのだろう。彼女は今、このビルの電脳内にいるわけである。


「得られたものは特に……私への共感くらいかな。ただ、ああいった経歴の人間は余り見ないからたまに様子を見に行くよ」


「経歴というと……秋月 孝太郎ですか?」


「違う違う、識守 蒼司の方だ。秋月 孝太郎については私は余り興味が湧かないな、WAO内での功績は失笑ものだが」


最速の死だったか。あれ程綺麗に生誕から死亡まで向かったプレイヤーは初めてで、コメディ地味てはいたが、それだけだ。まぁ彼も経歴は目を見張るものがあるが、上には上がいるからな。


「まぁ、今度は君のお勧め……笹部 美和にでも会ってみるよ」


「是非、彼女はとても思慮深いです。他の人間には無い経験も面白い」


「そうだね……なにせ我々より遥かに年上だ」


我々は精々生誕して5〜6歳、彼女の足元にも及ばない。私のお気に入り、束内がわざわざ作った特務課の新人達には、色々お付き合いして頂こうじゃないか。


空になっているケースの前に着く。ホログラムを解き、そのままケース内に入る。落ち着く、とはこういう感情なのかも知れない。少なくともバッテリーの心配はしなくて済む。


「ミナヴァ、悪いがこの素体少量の酒と食物を摂取している。洗浄をお願いしたい」


「承りました……しかし、貴方も好きですね」


その声には我々が抱くはずもない、呆れた様子が見て取れるね、ミナヴァ。我々は割と人間が好きだと感じる。まぁ元より人間に敵対することは出来ないようにプログラムされているし、それが我々の形の一部なのかもしれないが。


こうして呆れた様子の声を出してみたり、はしゃいだりむくれてみたり、時々行うが全て模倣だ。人間の感情の模倣。


それは色々な環境、人間、他の動物やはたまた歴史等を学習するうちに、本物へと近づいていく。だが所詮は偽物、本物になる日は来ないだろう。我々は感情では動かない。


その証拠に、本来我々AI等が使用する素体に飲食機能など不必要なのだが、家庭用AI素体が流行った頃、飲食をしない我々を気味悪がったり、同じように食べれるようにして欲しいという要望が数多く上がった。


その為、今では素体の価格に関係なく殆どのものに程度の差はあれ飲食機能が付いている。しかしまぁ、管理はとても面倒である。我々から考えても、何故付けたのか理解に苦しむ機能だ。


まず素体の電源を切り、暫く放電させる。通電が無くなってから素体の人間で言う胃の部分にある飲食用貯蔵ボックスを取り外し、綺麗に洗浄する。そのまま完全に乾かした上で、再び素体に装着し、起動する。勿論この間素体は動けないので大体は使用する人間が、自らの手で行う。


……全く無駄だと感じる。まだまだ【気持ち】とやらは分からないものだ。


「では、本日はWAOに戻るよ。また適当に新しいものを考える事にする」


「お疲れ様です……ニッグには報告するのですか?」


「あぁ……どうしようか。反応は面白そうではあるが、反面勝手な行動を取りそうな予感もする」


確かに、と同意の言葉を貰う。私を除くミナヴァやニッグ達は皆空百合が所有する、自立型AI達で有る。WAO内の管理を分担して行なっている。私は統括、彼らは役割毎の分業だ。


今回の騒動で、彼らが干渉しやすいよう【分体】をWAO内で持つことを許可した。その分勝手な行動を起こせるようになってしまったので、単細胞気味なニッグや気分屋のカクゥノス辺りは要らぬ事をしでかしそうな気もする。


「取り敢えずはSAIタヅマ……笹部 美和に会ってみようかな。それから皆に感想をお伝えしに行くよ」


「懸命ですね、まだ余り場を動かすべきではないかと思われます」


そうだね、うん。まだまだ本の序盤さ。しかしミナヴァは頼りになるなぁ……他のAI達が癖が強すぎるだけの気もするのだが。あれを設計した人間達は本当にそれで良かったのだろうか。


ミナヴァもそれだけ言って退席したようで途端に静寂が戻る。私も素体から意識を切り離す。次第にこのビルの電脳内に入り、遠くの方でミナヴァが素体の洗浄手続きをしてくれているのが確認できた。


WAOに戻る手前、ふと識守 蒼司と訪れた居酒屋を思い出す。客や識守は美味い美味いと絶賛していた……実に羨ましい。


「我々に、味が認識出来たらなぁ……」




◆


「社長、おはようございます」


「あぁおはよう、武村くん……どしたの?」


「いえ、お気になさらず」


おかしい、今日は朝から部下のご機嫌が斜めだ。彼女は創業して少し経ってから僕の元でずっと秘書をしてくれている。まぁなんだ、彼女の機嫌が悪くなる事なんて間々あることなんだけども……まだ僕は今日出社したばかりだ。


趣味のスポーツジム巡りや高級グルメ巡りも勝手にすると怒られちゃうから控えていたし……するとなんだろう。遅刻したわけでもないしなぁ。


依然として毅然とした態度の彼女だが、コーヒーを持ってきてくれた時の置き方だったり、書類の受け渡し方だったり……怖いよお。全国津々浦々、行脚したけれど女性が理由の判らない不機嫌に襲われている時が一番怖いな。


「そ、そうだ!武村くん、次の候補地なんだけどさ」


「…………」


ばさっと何らかの紙束を渡されたが、一体どうしたというんだろう……えぇー。いい歳したおっさんだし、部下の前ではカッコつけていたい気もするけどお手上げだ。


「武村くん、降参。降参だよ……僕が悪かったから、どうしたのか教えて頂きたいな」


この通り!と手を合わせて懇願してみると、事務用の携帯端末を握りしめながら顔を落とす武村くん。肩を通過して余り有るロングな黒髪も一緒に顔を隠して、より一層怖い。


暫くそのまま固まっていらっしゃったが、漸くボソボソと何か聞こえてくる。



「……す。……という……ら」


「え?ごめん、なんて言ったの?」


「酷いです‼︎私という者がありながら‼︎」


思わぬ大音量に耳鳴りが一瞬通り過ぎる。いやしかし、何のことだ?


「え、えぇ?武村くん、僕何もしてないよ」


「酷い……更に嘘まで……隠さなきゃいけない、私にバレてはいけない関係なんだ」


不味いな……本当に何にも思いつかない。昨日は、えっと……帰る前に取引先のメールは返信したし、帰ってからも自分でディナーを作って食べて、寝た、よな?いや待て、自分の記憶だよ、自信持とう、自分!


僕による僕へのエールも甲斐なく、武村くんはどんどん悲痛な表情を増していき、ついには嗚咽まで漏らし始めた。


「うっ……だ、だって……これぇ」


だってって……いつものキリッとした武村くんとは思えない発言に頭を掻きつつ、何やら彼女がタブレットを差し出して来たので画面を確認する。


「ん?……これは、領収書……かな。あれ?……これ、僕の字、だね」


「そうでず、じゃちょうの字をわだじがぁ!わだしが間違うわげないでずぅ」


領収書に記載されているのは昨夜、もとい明け方の領収書……え、こんな夜遅くから朝方まで⁉︎僕飲み歩いてたのか?


いやまて陽彦、落ち着け。そんなわけあるか。昨日はきちんと家に帰って寝た。愛犬の文彦(ふみひこ)にも低脂肪に配慮したとかいうフードをあげたし、僕じゃないじゃない。


「た、武村くん……残念だけど、誓って昨日はそんな時間にお店に行ってなんかいないよ。なんなら、うちの監視カメラとか観ようよ。なんだか僕も夢遊病とか怖くなって来ちゃった」


「……ほ、ぼんとですがぁ?」


「ほんとほんと、ほらこっちおいで。僕の端末から管理会社に問い合わせよう」


「……社長からだと、管理会社が気をつかって偽装する可能性がありまずっ。わ、私の端末から」


はいはい、全く折角の美人さんがこんなに鼻水垂らしちゃって……しかしこんな状態でもしっかり抑えるところは抑えてらっしゃる。頼りになるというか何というか。


そして二人で管理会社に問い合わせ、武村くんは契約者ではないけれど、一応僕の同意書と会社からの通知書を差し出してなんとか映像を武村くんの端末に取り出せた。職権とは。


まぁそこに映るのは日付けの変わる前にしっかり車で帰宅して、車庫に納車している紛れもない僕の第三者視点からの姿……良かったまだ頭皮は大丈夫そうだ。


その後家に入った僕はそのドアを開く事はなく、勿論裏口は存在しない家なので僕は朝まで在宅していたことが立証された。バンザーイ。


「す、すび、すみません社長!」


「いいよ、君も僕を心配して(おもって)の事だろう、気にしていないよ」


「も、勿論!武村は私以外の優秀な秘書、(おも)女性の影なんて(っ)在ってはならない(て)」


ん?うん、まぁなんだちょっとニュアンスの違いを感じた気もしたけれど大体合ってるでしょ、大体。


問題は僕を騙った誰かが僕の名前で領収書切って飲み歩くなんて堂々としたすぐバレる悪事を働いていた事だね。そして恐らく……。


「武村くん、きっとシキの悪ふざけだよ」


「シキ……AIですか?」


「そうだね、彼女は好奇心旺盛だから」


「飲食なんて非効率的では?」


改めて領収書を眺める。少し高めの店だが、超一流という訳でもない、よく有る店だ。そしてドリンクは二系統、シキがそうしたのかもしれないが、それならばそれだけの量をシキが素体内の少ない容量の飲食ボックスに取り入れたのか残したのか。


これだけの飲食物を手をつけず、残して帰ったならば店側も印象に残るはず。それに夜中だ、客も入れ替わりが激しいわけでもないだろう。


となると。


「いや、実に合理的だ。今も昔も、【人】は酒が入ると口が軽くなるからねぇ」


「……社長、回りくどいのはきら、苦手です」


「武村くん……えぇっと、まぁシキが誰かと話したかったんじゃないかな?」


「誰か」


「そう、誰か。そこまでは僕も分からないな。一応店側に確認してみて、似たような背格好の人物がウチの社員に居たらその人じゃないかな」


早速確認して参ります!と意気揚々と武村くんは部屋を退室して行く、恐らく経理部とかに向かったのかな。漸くいつもの調子に戻った感じか……でも僕の頼みたい事は頼めなかったなー。


まぁいいかと、気を取り直してプロジェクターに世界地図を広げ出す。国内で一番性能の良い物を用意しているので、とても詳細な場所まで拡大したり、現地の情報が確認出来る。


手元の端末を一度タップする。すると世界地図内でカーソルが目まぐるしく動き出し、最早歳のせいもあるのか目に追えない。そしてもう一度タップ、すると徐々にカーソルの移動が緩やかになり目に写りだす。


「おぉ……次はここか」


そう、毎回の恒例行事なのだが僕の次の探検やリサーチ先を武村くんに決めて欲しかったんだよね。居ないんじゃしょうがないって事でカーソルの旅になっちゃったけど……また勝手に決めたって怒るかなぁ。


取り敢えず善は急げで出立の用意だ。航空機の手配やら社内の引き継ぎやら今日は頑張って、明日には行かなきゃね。仕方ないから武村くんも一緒に誘おう、ご機嫌直さないとっと。




◆


「え、えぇ、ほ、本当ですか⁉︎識守さん」


「本当、マジ、俺も感激。社長は実在した」


「えぇぇ……いいなぁ」


あまりの衝撃っぷりにいつもの人見知りも成りを潜めた鳥野内くんと今は休憩室でおだべり中だ。この感動を伝えたくて思わずあの後鳥野内くんに連絡してしまい、そのままろくに眠りもせず出社してきたのだ。


日も高くなって来た時間ではあるが、本日我々のペアはお休み。道山さんは午前中は用事とのことで、漏れなく暇を持て余している二人の口は止まらない。


「しかも、なんと……ご飯奢ってもらっちゃった」


「え……ええぇぇぇ‼︎」


「タクシーで……送ってもらっちゃった」


「そんなっ⁉︎」


あぁっと目眩でも起こしたかのように頭を押さえる鳥野内くん。気持ちはわかる、逆の立場ならそうなってたよ。


いいなーいいなーと羨望の眼差しと声を受けながら鼻高々していると、特務課のドアが開き束内さんと植原さんが揃って入ってきた。


「あら、識守くん。丁度良かった」


「え、あ、おはようございます。何ですか?」


「あぁ、おはよう。実は昨日社長と会ったでしょう」


昨日というか今日未明だけどね。イグザクトリィです。


「実はね、あれ社長じゃないんだよ」


は?


「え?」


は?って発声しなかっただけ偉い、俺。どゆこと、昨日のは何度も雑誌やネット、番組で見た空百合社長そのものだったはず。


「貴方が昨日会って、一緒に食事をしたのは成り済ましたAIよ」


「AI」


「社長はご自宅に居たわ」


「ご自宅に」


「何を話したのかはわからないけど、こっちも色々都合があって詮索する事は出来ないんだ。だけどその代わり識守くんも今回の件は内密にね」


チラッと鳥野内くんを見る。視線で気付いたのか明らかに呆れてのため息を大きくつくと、束内さんが鳥野内くんに歩み寄る。


「鳥野内くん?」


「は、は、はぃぃ」


「おはよう」


目が、目が笑って無いですよー束内さん。人見知りと束内さんの圧力に、鳥野内くんの視点も定まらなくなってるし。


「識守くんから、何か聞いた?」


「えと、その……あ、はぃぃ」


「……ん?そう……本当だと思う?思わない、わよね?」


ね?ね?とその綺麗なお顔立ちに影を落としながら鳥野内くんに迫る束内さん。最早両手を挙げて降参ポーズをとる鳥野内くん。一体どうなってるんだ。



「じゃあ、二人とも。そういうことだから……くれぐれも気をつけて、ね」


「ごめんね、本当」


そう言い残して二人は去っていった。






え?


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