シキとの遭遇①
時刻は丁度日付を跨いだくらいだろうか?最近は昼夜問わず現実とWAO内を監視しているので、時間の感覚に無頓着になっているな。いけないね、日本を誇るものとして恥ずかしい。
気を引き締め直しているとぽーん、と心地良い電子音が鳴り、彼の帰還を報せる。よしよし、5号機君お疲れ様でした。
自分も意識を素体に集中する。人間で言えば部屋の移動みたいなもので、鍵や手続き等がない場所なら難なくこなせる。
さーて今日は誰にしようか。別に素体剥き出しのまま向かっても此方は一向に構わないのだが。人間はこの素体のみのままは気味が悪いらしい。
適当な架空の人物でも構わないが一から考えるのが面倒。しかし……束内には植原への変装はバレてしまった。それを鑑みると親しい人物に化けるというのは諸刃の剣だな。そうなると……適任がいるじゃないか。
社内データから人物データを読み込みホログラム投影する。じゃーん!完成!……おっとコイツはそんな性格じゃないな。
よし、準備は完璧。それじゃあ、我が社のニューホープに話をしに行こうじゃないか!
◆
______ログアウト完了、お疲れ様でした。長時間ログインにつき、3時間以上の休息後よりログイン出来ます。
へいへい、もう流石にログインし直しませんよー。こんな感じで、長時間ログインの後はダイブ機に健康管理される機種も有る。大体最新機種に限るけどね。勿論、我が社は最新鋭!
ダイブ用のヘッドギアを取り、辺りを見渡すが当たり前というか、誰もダイブしている人は居ない。ま、日付も変わってますしね。
今日はほぼ1日ダイブしてたのもあり、身体がバッキバキだわ。大きく伸びをしながら、そういえば朝起き抜けに伸びをしたら1日程身長がやや伸びるとか、そんな眉唾な知恵袋みたいな事を思い出す。
とぼとぼとダイブルームから出るが、勿論休憩室の電気も真っ暗。ちょっと怖い。人感知センサーが付いているので、ドアを開いた瞬間電気は明々と灯ったけれど、普段の賑わいと違い、自分から発する音以外は何も無い。
電気が灯り、多少安心したからか小腹が空いたな……一応、御薬袋さんにお泊まりかもとは言ったものの、会社から退勤する事自体は出来る。ただまぁ、終電やバスなどはとっくに有りはしない。
働き方改革だの、治安回復だので何年も前から終電や終バスは22時だ。企業なんかはそれに間に合うように社員に仕事をさせ、世の不良やアウトロー達は夜に移動する自由が無くなりつつある。
でもまぁ、警察にめんどくさい職質を受ける恐れがある程度で、善良な市民である以上ゆっくり徒歩で家に向かう位は造作もない。
だがしかし、お腹空いた!もう自覚した瞬間一気に来たね。腹の虫がコロコロコロコロ鳴り響いていて、なんかちょっと恥ずかしい。誰もいないけど。
帰っても何も無いし、社食も開いてない。夜営業の店も有るがそこまでがっつり食べたい訳でも無いしな、休憩室に植原さんが置いて行ってくれた物資から、カップ麺を一つ取り出しお湯を沸かす。
ぼーっと椅子に座って虚空を見つめながらお湯が沸くのを待っていると……。
コンコンっと、確かに音が鳴る。
思わずうひぃっと悲鳴をあげてしまい、立ち上がる。休憩室のドアから見える廊下は電気が点いておらず真っ暗……なのだが、人影が薄っすら見える。
え……ここの廊下とかも、人感知センサーだよ、な……?え……?
「あれ?特務課の誰か、居るよね?入るよー?」
豪快、というよりは軽快且つ明快な声の主は声かけもそこそこにドアを開いてくる。思わず嫌な汗がじわりと湧いてくる。ドアを開きかけてもまだ電気点いてないし……。
恐怖からの緊張か、呼吸が荒れる。吸ってるのか吐いてるのか、落ち着け……。
真っ暗なドアの向こうから、ヒョイっと日本人らしい黒髪に、やや白髪、いやグレーに近いか、渋みを感じる頭髪の、ちょっと日焼け気味な掘り深めな男性が顔を出す。
「やぁやぁ……おっと、怖がらせちゃったかな?ごめんね、入ってもいいかな?」
「おっ……、ど、どうぞ」
こ、この人は⁉︎見た事あるぞ、てかこの会社、むしろこのゲームをやってる奴なら皆知ってる!
「か、空百合社長⁉︎」
「お、知られてますね。そうだよ〜、特務課の……あー、識守くんだったよね。遅くまでご苦労様です」
空百合 陽彦社長、社長だー‼︎しかも畏れ多い事にこんなヒラ社員に頭まで下げて……頭!そうだ、頭!下げさせてはいけないっ!
「し、社長、俺、あいや、僕は大丈夫なんで頭上げて下さい!」
「どうもありがとう、いやびっくりするかなとは思ったんだけどね。僕も仕事を片付けて帰ろうかなぁと社長室からふと窓を見たら、明々と電気が点いてたもんだから」
「あ、す、すいません!残業、あんまりしない方がいいですよね!以後気をつけます!」
そうだよな、幾らフレキシブルとは言え、会社の外から見たら残業。この働き方改革社会からしたら異端に見えよう。
「いやぁ、違う違う。君らが夜中も居るかもしれないのは束内君達からも連絡されてるし、なんなら開発やサポートメンバーは夜中専門の方もいるしね。ただ、特務課の新人の顔を見にくるのに丁度良かったのさ」
くっ……なんと慮り&フランク、且つそんな言動なのに気品が溢れ出るそのオーラ。これが社長か。
空百合社長といえば、この空百合の創設メンバーの一人。社長の大学時代の友人何名かからWAOを引っ提げて一気にのし上がった話で超有名人だ。テレビでドキュメンタリー番組が組まれたりなんかもして、WAOを知らない人でも顔くらいは知ってるんじゃないか。
「そ、そうでしたか……えっと、あ。すみません!先日入社しました、識守 蒼司です」
「うん、よろしくね……あ、お湯沸いてるよ?」
うぉっ⁉︎本当だ、ケトルがピピピピ電子音を鳴らしてる。社長で精一杯胸いっぱいで気づかなかったぜ。
慌ててカップ麺の用意をしようとするが、よくよく考えたら社長の目の前だった事に気づいてピタッと止まる。傍目から見たらカップ麺片手にロボットダンスする怪しい輩に見えるのだろう。
これには思わず社長も苦笑いだ。
「はっはっは、いや、ごめんね。お夜食だったかな……それ、まだ作ってないかい?」
「え、はい。今からお湯入れるとこでした」
「それはいい!」
パン!と静まった夜中の社内にはとても響き渡る勢いで手を打った社長は、ちょっと恥ずかしそうに周りを見渡すと。
「丁度君から色々聞きたいなと思い始めていたんだ。どうかな、夜中でもやっている店を知ってるんだけど、ご一緒に?」
お……おぉぉ?
◆
「それでは、乾杯!」
「か、かんぱぁい、です」
かん、とグラスを打ち鳴らしビールを一気に飲み干す。良い飲みっぷりだねぇと社長も良い笑顔だった。というか会ってからこの方ずっと笑顔だな。
社長はお酒を美味しくは飲めるけど、量が飲めないようでチビチビと日本酒を呑んでいらっしゃる。
連れて来てもらったお店は夜中開いている店自体が少なくなって来たからか、少しお高めの値段設定の場所だが人はかなり入っている。
「あ、遠慮なく注文してね、奢りだし」
「あ、有難う御座います。社長は何か食べますか?」
「あ、いや……そうだね。冷やしトマトとか胡瓜とか。そんなのがいいかな。識守くんは本当、好きなの食べてね。その代わりにお話し聞かせてよ」
お話しってさっきから社長は言うけど、一介のヒラ社員である俺の話なんてそんな聞く価値あるのだろうか……まぁそこで悩んでも仕方ないか。何かしらの足しにはなると信じておこう。
取り敢えず景気付けにもう一杯ビールを煽って、おかわりとメニューを幾つか注文する。
「じゃあそうだね……基本WAOの話になるんだけど……君達がプレイし始めた時に【五使】が追加されたんだけど、五使やそのペナルティについてはどう思う?」
「どう……取り敢えずニッグは腹立ちますね。アイツ絶対一発鼻の頭殴ってやらなきゃ」
「ははっ、ニッグはね、元からああいう性格で考えられたからねぇ……【呪胎】についてはどうかな?厳しすぎる?」
流石社長というか、流石に社長と言うべきなのか。最近WAO内で起きたアレコレも大体把握しているみたいだし、この聴き方だと制作にも手を加えているのだろうか。
「そうですね……受けている身としては辛いものがありますけど。ただ、多分本来は不正なアクセスとかチート対策ですよね?」
「そうだね。リリース当初は何回かそういう行為を試みるプレイヤーもいたんだけど……そこはほら、僕達天才だからね!完膚なきまでに弾き続けていたら、いつの間にか誰も試みなくなってしまってね。誰も成功する奴なんていないと、つい油断していたよ」
まぁ身内に裏切られたようなものだからな、痛いところも知っていたからこそ出来たわけだ。そこまでは流石に想定外だったと。
「なら、全然有りだと思います。どの口がって感じですけども、不正チート絶対ダメっ!です」
「……はっはっは、そうだね。フェアじゃないし、それでは面白くないよね」
うんうん、やっぱりゲームは正々堂々だよな。いやまぁ搦手とかは良いと思うけどね、後システムの穴を突くとか。でもわざわざデータ弄ったりするのはアウトだと思っている。
「じゃあ次だ。識守くんにとって、この仕事を始める前のWAOはどういう印象だった?」
「どういう……うーん……」
パッと思いつくのは、世界樹、入れ込んでいたコンテンツ(カジノとか)、後は……凄いフィールドとかばっか出てくるな。
「フィールドが、いつも綺麗というか壮大だなぁと感じてましたね。後、同じ場所がないな、とも」
「お、嬉しいねぇ!正にそれなんだよ」
さっきまでも笑顔だったが、どうやらお望みの答えだったようで今日一のはにかみを見せて頂ける。
「僕はね、学生の頃から……いやもっと、前からだね。幼少期に父親とゲームを色々とプレイしたんだけども。どのゲームもさ、悲しい事に終盤になるとキャラが同じ事しか話さなくなったりするの、わかるかい?」
「はい、まぁ仕方ないのかもしれないですけど。もうあの世界観での何気ない会話とかは聞けないのかとか、これ以上新しいフィールドやダンジョンが無いのか……ラスボス前で急に萎えるってやつですね」
うんうん、とやはり嬉しそうに頷く社長。これはもう、いろんな会社の制作陣にお伝えしたい。基本的に無限に会話や敵が増えるゲームなんてあるわけが……それか?
「もしかして社長は、ゲームを終わらせる気がないんですか?」
「……いやぁ、凄いねぇ識守くん。今まで色んな人にWAOや会社なんかの質問されたけども、核心だねぇ」
この間もちびりちびりとコップに口をつけてらっしゃるが、余り酒の量は変わっていない。もしかしたら下戸だったのかなー、だとしたら申し訳ない気もする。
そして社長は何やら考え込むようにグラスを揺らしながら暫く押し黙る。そんな横顔も渋かっこいい……こんなイケおじになりたい。
「僕はね、常々【終わらないゲーム】ってのを作りたかったんだ」
「【終わらないゲーム】」
「そう、例え勇者が魔王を倒しても。例え世界が崩壊しても、世の中って続くんだよ。そういうのを作りたい」
そう語る社長の瞳はとてもキラキラしていて、無邪気で無垢な子供のようにも見える。しかしまるでもう一つの現実、みたいな話だな。
「ま、WAOは今のところ順調だよ、おかげ様でね。あ、グラス空だね、まだ飲むかい?」
ふと手元を見るともうあれから2時間ほども経っていて、丑三つ時かを過ぎたあたりだ。
「もうそろそろ酒はやめときます、料理も社長も追加は大丈夫そうですよね?」
「うん、大丈夫。ありがとうね……話は変わるけど、特務課はどうかな?」
社長はさっきからあんまり箸が進んでなかったからね。きっと俺がお腹空いてると思って合わせてくれたんだろうなぁ。優しい、こんな優しい社長も世の中にはいるんだなぁ。
さて、特務課がと言われても内部事情なんかは分からないしなぁ。在籍してる体感で言うと……。
「ちゃんこ、みたいな」
「ちゃんこ……あ、あぁ。お相撲さんが食べるやつか、寄せ鍋って解釈でいい?」
「あ、あぁ合ってます、すいません。や、なんかこう、年代もタイプも、経歴もバラバラで絶対合わないだろうと思ってたんですけどね。なんか、意外と噛み合って来てるというか……まぁまだ働き出して半月位なんですけどね」
「いやぁ、重要な意見だよ、ちゃんこ。そうか、そっちは概ね束内君の期待通りだね」
まぁ、ですよね。最初からそれを狙ってたんだろうなって言うのは感じていた。そもそもそうでなければ、不和を生みそうな環境にするはずもないし。
「特務課って、WAO内でなんか目立ってくれって事で出来たんですよね?」
「んー、まぁそうかな。もっと正確に言えば、プレイヤー目線での意見が欲しかったんだよ。ほら、社の開発やデバッガーなんかじゃどうしても専門家から見て、になっちゃうじゃない」
「はぁ、でもそれは普通のプレイヤーのレビューとかではダメなんですか?」
「ダメ……では無いんだけど、一部コアなファンからのさくら地味た過剰な高評価とか、逆もだね。やっかみとか炎上目的の他会社からのいちゃもんで、今や純然なプレイヤーからの意見は砂漠の中から一粒見つけ出すようなもんさ」
成る程、レビューや社会的な評価が当てにならないから、と。まぁ一社員の身としてはかなり壮大な話なんだが、分かる気もする。
好きなアーティストの意見はなんでも神!だし。嫌いなニュースキャスターの読み上げるニュースは何故か真実味に欠けるとか。人間生きてりゃ誰だってそういう感情も有るかもしれないけれど、社長が欲しいのはもっと純粋な。
【ゲームのレビュー】なんだ。会社や社長についての評価は抜きにして、実際に遊んだ人から自分の理想の世界の評価を聞きたいわけだ。
「というわけさ、これからも時々お願いするかもしれないから、よろしくお願いしますね」
「い、いやそんな!此方こそよろしくお願いします!」
「うん、よっし……じゃあ、そろそろ帰ろうか。明日も頑張らないとだしね」
「はい!ご馳走様でした!」




