Let's work⑦
「では、宜しくお願いします」
「おいよぉ!半日もありゃあ出来上がってるぜぇ」
ガサツだが、景気の良い大声で手を振ってくるオッサン……羊。こいつはWAO内の要所に居を構えるオッサン羊NPC。通称セブン・マトサンズ。
書いて字の如く、世界の7か所に(主要都市5つ、世界樹下の街、後1か所は未だに所在不明だそうだ)活版印刷所やWAO内の随所にある掲示板の管理を行っている7人のオッサン羊達だ。
その事務所に昨夜夜通し集めたトレントスの素材と共に入金をし、印刷をお願いしたのだ。半日が長いのかどうかは分からないが、他の仕事もあるんだろうし、一プレイヤーの依頼なんてこんなもんじゃないだろうか。
生憎、元のアバターではこういった広告活動的な事は一切関わらずに過ごしたもので、噂程度の知識しか持ち合わせていない。
「さて、どうするっすか?」
「どうしよっか……今現実では夜中の2時だって」
2時か、終電はもう無いな。お泊まりは確定したわけですね。WAO内ではお昼から夕方の間位かな、明るい明るい。
「柴鴨thは、寝なくて大丈夫なのか?」
「うぅ〜ん……そうっすねぇ、朝は大丈夫なんですけど、昼からは用事あるんですよ」
何か嫌な用事だったのか、居心地悪そうに頭をボリボリと掻きむしって答える。呆気からんとした性格な分、こういった事はすぐ表情に出ちゃうみたいだな。
しかしまぁ、皆リアルの生活もあるからなぁ。となると睡眠とって、その他諸々身だしなみとか整えるなら余り引き留めるのも悪いのかもしれないな。
俺もこのまま一人で残ってやる事なんて無い……いや、待てよ。
「おっし、じゃあとりあえず今日は解散しよっか。俺とまっ白さんは基本週5くらいでインしてるから、気軽に呼んでよ」
「おぉ、割とガチめなイン率っすね」
「そうか?……そうかも」
おぉ……確かに、あんま意識してなかったけど普通週の5日もインしてるなんて余程そのゲームにのめり込んで、死ぬ気でゲームする時間作ってるやつか、理由は数あれ暇な奴らということだな。要するに、ガチ、だ。
ガチ勢、最前線組、廃人等色々呼び名はあるが、このWAOにおいてもそういった方々は本当に、本当にいつでも居る。いや実際には体のメンテナンスとかもあるから24時間はちょっと盛ってるだろうけど、1日の8割近くインしてるなんてザラだったりする。
俺達は仕事、という事もあり生活への影響なんかもほぼないが、普通のプレイヤーからしたら俺達もそちら側に見えるのだろう。
「じゃあお疲れ様っす、もし居なかったら私は適当にトリスと配給したりしときますよ。さっき言ったみたいに、今日は夜まで用事あるんで印刷された新聞はお任せしていいっすか?」
「うん、任された!子供達に渡して説明するのは柴鴨thも一緒にいる時にするよ。その方がこれからも動き易いしね」
「あざまーっす、っす。じゃー……私はホテルに向かうっすけど、はなださんは?」
俺も正直オフトゥンが恋しくなっては来ているが……思いついた事を試したい気持ちが勝っちゃったんだよなあ。
ぴっ、っと指をカッコよく、あらぬ方向に向けて一言。
「俺を呼ぶ声が、するんだ」
ふっ……決まったな。
◆
「おいし〜〜!ねぇねぇお姉ちゃん、これなあに?」
「シャカリキらむねって言うお菓子だよ、季節でフレーバーが違うから、気に入ったならまた買ってくるよ」
「おい」
俺の隣で美味しそうにラムネを一粒頬張るあどけなさマックスの少女は幽霊NPC改めレムちゃんだ。さっき柴鴨thと別れる時に思いついたのが、この迷いの森。
レムちゃんに美味しいと言って欲しくて、ついついニャートまで買いに行っちゃったぜ。
「うわっ、辛くて濃い〜‼︎」
「お、それは期間限定の辛口カレー味のやつだね」
「おい、はなだ」
ラムネにカレー味とかあの店のNPCの正気を疑うけれど、これが中々、他の甘いフレーバーでもたれてきた口をしょっぱいで一新する。何とも癖になる組み合わせで人気らしい。
ちなみに、前回レムちゃんに頼まれていた踊り鮫の竜田揚げは進行度的にまだ購入出来ないので我慢してもらった。もうちょい先の街なんだよなぁ。
「おい……いい加減にしろよ?人を呼び出しておいてその扱いとは……」
……っち、いよいよ無視され続けて限界を迎えたのか、アルツのやつが何か懐から取り出しやがった。お?やるんか?お?
そもそも、アルツが一人になって呼び出せばすぐ来る、とか言っておいて結局レムちゃんと合流するまで反応無い方が悪いと思うんだ。
「この動画はな、ついさっき入手したんだが、いいのか?拡散してしまうぞ?俺の指先一つだぞ?」
動画?何を言ってるんだこのアルツは。脅すようにアルツと俺の間位に画面を出し、指(翼が手指っぽくなってる、あれはどうなってんだ?)を送信ボタンに掛けている。
何やら画面の中には二人の美少女が映っていて、片方はさっきまで一緒に居た赤い瞳のボブカット。って事はその隣の闇を感じる美少女は俺か、びっくりびっくり。
そしてアルツの手により再生ボタンが押されると、二人はゆっくり歩きながら何やら話している様子……ん、これ本当にさっきの……。
【俺を呼ぶ声が、するんだ】
【あ……はは、そう、っすか】
「俺を呼ぶ声が、するんだ……こんな感じか?」
「だぁぁぁぁぁあ!!申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ、アルツ様ぁぁ!!」
うわぁぁぁぁん、酷いよ酷いよ!何これ、厨痛すぎて見てらんないよ、俺なの⁉︎俺か‼︎
「はっはっは……傑作だな」
「おゎ……お姉ちゃんどうしたの?キャラ違うくない?」
レムちゃぁぁん‼︎違う、違うのよ⁉︎
否定したかったが、あまりの小っ恥ずかしさに口が回らずモゴモゴ言い淀む。
俺のそんな様子を見てお上品に口元を隠しながら高笑いするアルツのあの顔‼︎ぐぅぅ……。
「いや、これは良いな。お前の記録管理など無駄だと思っていたが、エンタメとしては中々……今後もこの路線で行かないか?」
「ぐっ…………ま、……した」
「ん?」
わざとらしい、実にわざとらしく耳をこちらに向けてきやがる。絶対、絶対深夜テンションだっただけだもん!根っからの厨二じゃないもん!
心中の言い訳も虚しく、兎に角今は謝るほかなかった。
「……無視してすみませんでした」
「おぅ、これからはアルツさん、と呼べよ」
「じゃあ!それ消して……」
「いや、ダメだ」
そんなぁ、後生だからやめてくれよ……。しかし神は無慈悲、俺の懇願も通らず、アルツから絶望のお知らせが舞い込む。
「実際、お前達候補者の記録は全て機関で保存するのが決まりなんだ。……まぁ今のところは許してやるが、なんだ。わかるよな?」
……くっ、殺。
◆
「ほぅ早かったな、正解だ」
「よっしゃ!やっぱ空力か」
そう、思いついた事というか答え合わせだ。柴鴨thから空力を見せてもらった時から、殆ど確信には近かったが、なんせヒントもクソもって感じだったからな。教えてくれるかは微妙だったけれど、そこは素直に回答してくれた。
これで目指す目標は決まった。後は空力の獲得条件だな。八艘飛びはグレーだしな、もう少しアルツから聞き出せれば良いんだが。
「空力なのは分かったけど、獲得条件のヒントとか無いの?」
「無い、んですか?」
「あ、はい……無いんですか?」
「はっはっ、良いなぁこれ、清々しい。仕方がないから、一つだけ教えてやろうじゃないか。いいか、スピードだ」
苦虫を潰して丸めて飲み込んだような、苦悶の表情で話す俺に、レムちゃんが見兼ねたのか頭をヨシヨシしてくれる。霊体だから感触は無いけど、あったかいなり。
それにしてもスピードねぇ……AGIが足りないって事か?若しくは八艘飛びのスマートさか……イマイチわからないな。
「アルツ様ぁ、スピード、とは?」
「お?どうした殊勝じゃないか……そうだな。はなだ、お前パウペイ渓谷って知ってるか?」
パウペイ渓谷って確か、今居るミアンの森とは違う、アタノール南側の峡谷地帯にある渓谷だな。確かあそこは。
「なんか、俺達探索者達の間ではビーム渓谷って言われてる、あの光が降ってくる所ですよね?」
「そうだ、正にその光を目安にするといい。あの光より早く、渓谷の端から端まで移動してみせろ」
「はぁ⁉︎あれ、だって、あの光より早くとか無理だろ⁉︎何人の探索者が試したと思ってるんだ」
それこそ最前線組だってチャレンジしていたが、叶わなかった事だ。彼処には俺も行った事はあるし、その光のチャレンジもした事がある。
渓谷は両壁を険しい崖に阻まれ、その間の空中には両壁から伸びた岩性植物が伸びて、天然のドームの様になっているのだが。その隙間から、プレイヤーが入場すると一定機関、渓谷の端から端まで爆速で移動する光が差し込むのだ。
その光が余りにも高速且つ動物的に動き、渓谷の中を端から端まで、必ず同じルートを辿っていくものだからそりゃあもう怪しい。何らかのクエストやらフラグやらの匂いしかせん!と解析班達が必死に検証したもんだ。
結果的に、光に追いつく事は現時点では誰も叶わず、多人数で分担したり、光がゴールする側から入場した際には反応もしなかった。特定のアイテムやスキルも不発続き。まぁこの話も1年程前にはもう使い古された感が漂っている程、皆知ってる話だ。
そう言えばレムちゃんは難しい話わかんなーい、と少し前にふわふわどっかいってしまった。癒しは消えた。無慈悲。
そこで、ふと疑問が湧く。
「アルツさん。空力を得れたということは、あの光に追いついたり何かしらした、ということ?」
「……お前は共にいた柴鴨thの事を言いたいんだろう?」
そうだ。柴鴨thは空力を、まだスキルレベル自体は低いが使えていた。アルツの言う条件か本当なのだとしたら、柴鴨thもパウペイ渓谷の光を攻略した事になる。
隠れて攻略したならまだしも、彼処は景観も綺麗だし、まだまだあの光にチャレンジするプレイヤーも少なくは無い。果たして目撃されずに達成出来るのだろうか?
「あれはな、特別だ。【チャレンジする必要がない】」
「【必要がない】?」
「他人事だからな、余り多くは語れんな。兎に角、あいつの事は気にするな。先ずは自分の出来ることから始めろ」
全くその通りなのだが、気になるな……必要が無いとはどう言う事だろうか。アルツさんもこの件に関してはダンマリを決め込んだようで、先程まで俺を嘲笑って調子の良さそうな様子は治まっていた。
兎に角俺は高速で移動する光を、渓谷内で追いかけれる手段を手にしないとこのエクストラクエストは進行出来ないわけだな。当面はステータス上げかなぁ。
「それにしても、何だお前。折角レベルが10を迎えたというのに、まだジョブを選択しておらんのか……自ら可能性を潰すのか?」
「違うよ、一緒に行動してる探索者がいるの知ってるだろ?あの人と一緒に選びたいからさ」
なんせあんな動画を撮れる位には俺に付きっきりですからね。殆ど行動を共にしている御薬袋さんの事もそりゃあ、ご存知のはずだ。
そして御薬袋さんのレベルも、後1で10を迎えるので一緒に考えたかったのだ。柴鴨thとのトレントス狩りやハイゴブリン戦でちょっと、経験値に差が出ちゃったからね。
「あぁ、あのエルフか……確か担当はハクトだったか」
「あ、ハクトちゃんの事も知ってるんだ」
「ちゃん、とはな」
これまた滑稽、と今度はほくそ笑むアルツ。こいつ喋り方の割には実に狡いというか、陰湿なやつめ。人の不幸は蜜の味、みたいな顔してやがるぜ。
「ハクトちゃんかなりの年齢らしいけど、アルツもそうなの?」
「同期だ……だが色々あって任についたタイミングは違うのだ。あいつとは話したか?」
「少しだけ、宿でね」
「そうか。良く無事だったな」
流石のはなだちゃんのストーカー第一号のアルツさんでも、ハクトちゃんとの宿での会話は傍受出来ていなかった様子。それにしても見た目では全く年齢がわからんね、超人機構の人達って。アルツもハクトも、ヒューマンでは無いにしても若そうに見えるが、ハクトは自称遥か歳上らしいしなぁ。
にしてもあの時戦闘するような要素は無かったが、無事だったとは、どう言う事だろうか。
「お前のその目だ。何よりも同胞を優先するあいつがその目を看過するとは驚いた」
「あぁ……でもこの上無い程好感度は低くかったよ。ボロクソに言われたしね」
「だろうな……なんせあいつは」
お互いそんなじっと見つめ合って話していたわけでは無いが、この薄暗い森の中で俺達程目立つ物もなく、お互いしっかり認識していたのだが、アルツが何かを言いかけた途端、消えた。
すぐ後に風が巻き起こり、何か大きな質量がぶつかったような、ぐしゃりという鈍い音が鳴り、更に遅れてアルツが目の前に降って来た。着地の際、もう一回ぐしゃり。
「おわ⁉︎なん、何?」
落ちてきたアルツは気を失っているだけのようだが、状況が掴めない……良くわからんし、死んではないようだから、さっきの仕返しとパパラッチ強化の為に写真は撮らせてもらおう。
目を回してるのを横目に、はいぴーす!
___プレイヤーはなだの【パパラッチ】スキル下においての撮影を確認。
___写真内に重要確認物を検知しました。
___ステータスに補正が施されます。
___AGI+9
うぉっ!めっちゃレアじゃんアルツさん!
いや、たまたまなのか?アルツが高そうなAGIが上がった手前、被写体とアップする数値の関係もランダムとも言い切れなさそうだなぁ。
しかしなんだって急にアルツは吹っ飛んだんだ?色々ツンツン触って見たりしたが反応は無いし、とてもフサフサだった。
______アンノウンより通話が要請されました。承認しますか?
おわっ⁉︎びっくりしたな……話相手も居なくなって迷いの森本来の静けさが戻ってきていたので、急な脳内アナウンスに心底ビビった。しかもアンノウンって……取り敢えず承認する。
「も、もしもし……?どちら様ですかー?」
「…………はぁ」
は?なんだこいつ、ため息か?初対面でそっちから通話して来といて良い度胸だ……いや待て、あまりの美少女ボイスに感嘆してしまったのか?やはり、そうか。
「僕だよ、はなだ」
「えぇ、僕って……言われて、も……お?もしかしてハクトちゃん?」
「はぁ…………あぁ、そうだよ」
感嘆のため息じゃなかった!今のなんか、昂る感情を落ち着かせるための深呼吸入ってたよ。
てかハクトちゃん、タイムリーだね。タイミングよく話題に出てる時にかけてくるなんて。
「それで、そこにアルツが延びているだろうけども、用事がないなら放置してくれていいよ」
「え、なんでわかるの?」
「…………ちっ、スキルだよ。アルツに仕込んでおいたのさ、機関の情報を流出させそうになったら自動で発動するようにね」
え、すごい便利じゃん。そんな条件指定まで出来るスキル有るのか。そしてアルツ……お前ったら、仲間にまで信用されて無かったんだな……ちょっと同情する。
でもまぁ、特にアルツに用は無いし、レムちゃんはどこ行っちゃったかわからないし、帰るかなー。そろそろ本格的に倦怠感が出始めたから、ログアウト時ってやつですな。
「じゃあお言葉に甘えて、帰りますけど……本当にこのままでいいの?」
「いいよ、後から回収するし、なんなら直ぐに目覚めると思うよ。腐っても機関のメンバーだからね」
その腐ってもなメンバーを一撃で気絶させるハクトちゃんまじ怖なのはさておき、本当にマジで帰ろ。
「じゃっ、失礼しますー……そうだ。ハクトちゃん、うさうさペレットって知ってる?」
「っっ⁉︎な、お、お前⁉︎……い、いや、何でもないシラナイ」
「黒だな」




