side story①
あぁ、すごい浮遊感。まるで自分という存在が肉体を失って、意識だけになってしまったかのように周りには何も感じない。浮遊感と言ったけれど、目を閉じてしまうと浮いているのか沈んでいるのかもよくわからなくなりそう。
そう、私、笹部 美和は今とても高い空の上から自由落下している。これパラシュートとかないけれども着地は大丈夫なのかしら?
先程までは可愛らしい猫型の……あれはスフィンクスがモデル、なのかしら?そのような猫ちゃんに案内されて自分のアバターを作っていた。
つい、なんだか気乗りしてしまい、先立ったあの人の若い姿に近づけて見たけれど……やっぱりあの人顔が良すぎるのよね。幾年も歳を重ねて、テレビや雑誌ですごくカッコいいアイドルや俳優も沢山見たけれど、あの人に勝る人はいないわね。
少し吊り目がちな瞳、鼻は外国の方のようにシュッと通っており、しっかりした輪郭。そして逞しい身体。
あぁ、色々思い出しちゃうわね。この姿で鏡を見るのは控えめにしなきゃ。
とにかく、あの人の姿で私は今落下中……考えてる間に眼下にとても広い森が見えてきた。結構色々世界旅行とかにも出かけたけど、こんなに広大な森に行った記憶はないわね。
結構、近い、このスピードならほんの一瞬で一番高そうな木にはぶつかっちゃいそうね……普通このスピードで落ちたら串刺しにしろ地面にぶつかるにしろ即死は確定。
多分イレギュラーな事態なのでしょうね。アバターを作ってログインする瞬間、不正を検出した、みたいなアナウンスが聞こえたし、きっと【ギフト】が引っかかったんでしょう。
そうこうあれこれ、考えているうちに一番高い木にぶつかる。まぁ串刺しとは行かないまでもあちこちぶつけながら気付けば地面に横たわっていたわ。あー、楽しかった。
HPに損傷はないか、大体のゲームと同じく【ステータス】をイメージしてウィンドウで確認する。特に以上なし。流石に理不尽に落下死なんて事はなくて、少し安心。
ステータスのスキル欄にはまだ初めてばかりなのに【開拓者】の文字。更にイメージを具体的にしたら詳細が確認できるかと思ったけれど、呻き声がして中断する。
見ると、あらまぁ可愛らしい小人が転がっているわ。背丈は小学生位かしら、ただ背丈に見合わないがっしりした身体と、少し尖り気味の耳が私が選んだ種族【ヒューマン】とは異なる事を示している。
「ぐぉっ、い、痛い……衝撃すご」
彼はまだこちらには気づいていないようで、不運にも何もないところに着地した際に打ちつけた腰を摩っている。さぁて、同じように落ちてきたということは、あの中の誰かでしょうね……まぁ順当に行けばペアの【御方】くんかしらね。
ちょっと脅かしてみようかしら。
「わぁ!!」
「ひょぇ!」
ちょっと後ろから小突いただけで、えらく離れた木の前まですっ飛んで行っちゃった……
「な、なんなんだ!いきなり!あ、あんた誰なんですか⁉︎」
「あら可愛い、ごめんなさいね脅かして……違ってたらごめんなさい。貴方、御方くんよね?」
更に言えば、脅かされたことに怒りつつも最後には敬語になる辺り、彼の根っこが優しい人なのがまた可愛らしい。言えば怒ると思うから言わないけども。
私の予想はやはり当たっていたようで、おずおずと彼は答えてくれる。
「……もしかして、関係者、ですか?」
あら、意外にも警戒はするのね……この場合、私の方が浅はかだったのかしらね。一応社外秘の仕事をこなしているわけだし……反省ね。
「そうよ、私。笹ちゃんよ」
「笹ちゃんて……あぁ、笹部さ」
瞬間、音が止まった。別に彼の声以外の音を意識して聴いていたわけではないけれど、明らかに周囲から他の音が消えた。
彼もこの雰囲気には直ぐに気づいたようで、私の名前を言いかけていたのを取りやめ、後ろを振り返る。その先にあるのは、森。巨大な木々が生い茂り、最奥までは到底見ることは出来ない。その、視界の中心。今までは何も居なかったと断言出来る。アレは今この瞬間現れた。
隠しきれない威圧感はあるが、遠目に見たら絶対にわからない。宵闇に紛れる黒い体毛。私のアバターは標準の人間位だけれども、その4.5倍はあるかという巨大な梟だ。光が吸い込まれるような黒い巨体に、一際目立つ、まるで鬼灯のような紙風船のような、かろうじて丸みを感じる大きく真っ赤な眼。その眼に光はなく、しかしアレは真っ直ぐにこちらを凝視していた。
これは間違いなく、ただのモンスターじゃない。色々あって時間とお金だけを持て余していた私は沢山のゲームをした。その経験を経て感じたのは【情報の重要性】。ゲームだろうと現実だろうとそれは、大きな力になるのだ。
咄嗟に、先程落下しながらちゃっかり上空からの写真を撮っていたのを思い出し、カメラ機能をオンにする。多分アレは私達なんて一瞬で始末出来るであろう、ならば早く、出来るだけの情報を収めねばならない。
このゲームでは自分の視界の景色を任意のタイミングでイメージするとシャッターを切れるようだ。もちろん、カメラ機能を立ち上げた私はすぐに連写した。
しばらく、ほんの束の間場が膠着する。3人共動かず、話さず、私達だけでなくアレもこちらの動きを伺うように、見えた。
その膠着も、直ぐに終わる。
「こんにちは、お二方。私は厳格と真理を司る【ミナヴァ】。この世界の管理者より、不正を行う者達への【粛正】を任せられた、【五使】の一員です。貴方達は不正を行いました、これより粛正を行います」
大人のような子供のような、女性でも男性でもあるような、非常に気味の悪い声が静かな森に木霊する。やはり、やはり私達こそがイレギュラーなのだ。イメージするのが難しいと動画機能が実装されていないのが残念だ、粛正に抵抗する気もない私はとにかく少しでも情報が欲しかった。
私はカメラに集中していて、反応が少し遅れたが、アレに集中し、尚且つ私より近かった御方くんは当然取り乱して、捲し上げた。
「な、なんなんだ⁉︎おまえ、粛正⁉︎一体何様の……あっ」
気づいたら、梟なようなアレが目の前にいて、御方くんは空中に浮いていて、口の中に咥えられていた。遅れて突風が吹く、恐らく移動した際のものだ。
私はその風を浴びながらただ、眺める他なかった。後二.三言御方くんは叫んでいたが、体を噛まれているのかへし折られているのか、言葉にはなっていなかった。
やがて梟の口の中で虹色の光が飛び散る……あー、あれがこのゲームの死亡エフェクトね、意外にも綺麗だわ。
「貴方も、理解しましたね?」
先の説明が聞こえていたかの確認だろうか、意外にも律儀かと思ったけれど、多分制約があるのね。了承や返事がないと襲えない、のかしら。
私はとりあえずダンマリを決め込む。何らかの行動がトリガーになっているなら、多少は効果があるだろう。無ければ一瞬で始末される事に変わりはないのでこれが最適解ね。
梟は数回、瞬きのような様子を見せた後、今度はゆっくりこちらに近づいてきた。私の周りをゆっくり周りながら耳元で囁く。
「聞こえていませんか?貴方も、不正を犯しています。粛正します、宜しいですね?」
我慢よ。声は出さない、了承とさせない。
伊達に何年も生きてないわよ。こんなに大きな梟に襲われた経験はないけれど、もっと大きな怪物を狩るゲームなんかもやった、耐えられる。
「はぁ……利口ですね。ならまぁ、いいでしょう。私がここで貴方を見張ります。直接手は出せずとも、上手くすれば貴方に危害は加えられますし」
ホホッと、如何にも梟らしく鳴きながらこちらの顔色を伺っている。確かに私が移動する事も何らかの条件かも知れないが、恐らく後半はこの場から動かす為のハッタリだろう。やるならとっくにやっているはず。
それでも私が微動だにしないでいると、梟は私の正面に陣取り、呆れたようなため息をつく。なんとも人間臭い、不気味な鳥だ。
「……バレているなら、仕方ないですか。貴方、お名前は?」
「……SAIタヅマ、よ」
私のアバターのネーム。色に因んだ名前を、と指示もあったし、私の一番好きな山菜、虎杖の葉の色にした。名乗るくらいならお咎めはないようで、私はまだ生きている。
「SAIタヅマ……何かそちらでは意味のある言葉なのですか?」
「……私の好きな植物の色よ。それよりミナヴァ、【そちら】とは……」
「どういった植物でしょうか?」
あら食い気味。特に悪気や意図があってこちらの発言を遮ったようには思えないが、こちらに質問させる気、というか答える気もないのかもしれない。
「……もう少し、ゆっくり話しましょう。SAIタヅマは痛みを和らげると、昔から使われてきた山菜の一種よ」
「成る程……ゆっくり、とは?はぁなぁすぅ、スピードの事でしょうか?」
態とらしく、まるで機械音声を無理矢理伸ばしたかのような不安定な声で話す梟。何というか……小さい子供を相手に話している気になる、命を掴まれているが。
「そうね、特に急ぐ理由もないでしょう?私は逃げも隠れもしない。もっとお話ししましょ」
どかっと、ワザと男らしく胡座をかいて座ってみる。中々胡座をかく機会が少ないもので、どっちの膝を上にしたものか、迷う。合っているかしらね。
私が座り込んだのを見てか、ミナヴァもその巨体の腹部辺りに両翼と両足を引っ込ませる。あれが落ち着いたポーズ、なんだろうか……現実の図鑑やネットでも見たことのない、奇妙な座り方だ。
「いいでしょう、SAIたづまは先の輩より遥かに賢しいと見受けます。私の質問にも、きっと答えを下さる事でしょう」
「まぁ、伊達に今散ったあの子の何倍も生きてないからね。さて、じゃあ何が知りたい?」
「では……」
こうして、森にとっても余りにも畏怖すべき存在の出現により、静寂さを極めていた中、徐々に楽しげな声だけが響くようになる。
その歓談と言うのも難しい、子供の何故何期のような問答は長く続き、二人の時間は更けていった。
◆
「はー……貴方、次は何?何が知りたいの」
たった今、人生で一番の喜び、について問われたところだ。難しかった。
あの人と出会って共に過ごした日々を一番とするのなら、その中でも例えばどうか。共に背伸びして高級レストランで慣れない食事をした夜か、はたまた初めて唇を奪われたあの瞬間か……考え出したらキリが無い。
私の考えだけでなく、ミナヴァも結構……しつこく細かい。例えばレストランの記憶と答えれば「その食事内容は?」と悩まされ、唇を奪われた記憶と答えれば「その感触は?」と恥じらわせる。歳を考えなさい。
ということで、とてもくたびれた。御方くんが最初に居なくなってからどれだけ経ったか分からない。ウィンドウを開いて確認しても良いが、それがこの休戦の終わりを告げる事になるかもしれない。
あーでも。なんかもう、どうせこの子には勝てないだろうし、それもいいかしらね。
なんて考えると、突然ミナヴァは私にも分かる様に、態と激しく飛翔した。
「SAIタヅマ、感謝します。産まれて間もないこの身には、とても興味深い時間でした。私は貴方達の事が気になります」
「あら、もう終わりなの?粛正は?」
「それはもう、構いません。貴方は不正を悪用しそうに有りませんし、個人的に庇護したいと思います……これを」
飛翔の余波というか、風圧が吹き荒ぶ中、明らかに力の流れを無視した漆黒の羽が一枚、私の目の前に落ちる。
手に取るとウィンドウにアイテム取得のアナウンス。【宵闇の風切り羽根】、ね。
「それは私の一部。庇護と言いましたが、監視も兼ねています。貴方が何を為し、どう感じるのか、その羽根が共に過ごさせて頂きます。もちろん、貴方が不正を悪用する素振りを見せれば、直ぐ翔んで行きましょう」
「そう、気をつけるわ」
「はい。それと、庇護。貴方には私の能力を一部使用出来る様にしておきます。また試して貰えればと思います」
「ありがとう」
まぁ、監視は仕方ないかしらね。あの子もプログラムの一つ、【粛正を先送りにする】というのが精一杯なのだ。あの子の能力も、何か分からないがきっと、これだけ特別扱いのモンスターだし、良いものだろう。
「SAIタヅマ、貴方には期待しています。また逢えるのが今から楽しみですよ」
「そんなに褒めてはいけないわ。鼻が伸びてしまう……貴方も色々見て回りなさい。この世界はきっと、広いわよ」
ミナヴァは徐々に、高度を上げていく。やがて木々より高くなり、見上げてみて森の外は日中だと気付く。本当、暗いわね、この森。
やがて羽ばたく音も遠くなった頃、そのまま音も無く、目視する事も出来ぬスピードで、何処かへ去っていった。
また、静寂が戻ってくる。今は御方くんも居ないし、本当に静かだ……夢のような、水の流れのような時間だった。
私は、私とは何か。改めて感じ、ハッとさせられる事も多かった。結構すごいわね、このゲームのAIは。
余韻をしばらく噛み締め、行き先も分からない私はとりあえず、正面に向かって真っ直ぐ歩き出す。街や建造物も近くに見えないし、前途多難だなーとか思っていたら、一瞬で視界が反転する。
あら、と思ったがもう遅い。私のアバターは衝撃に襲われてひしゃげ、虹のかけらとなって霧散する。
最後に一瞬見えたのは……パサついた立髪を靡かせて、私の体を吹き飛ばした、赤い獅子だった。意識が暗転する。
あぁ、なんと、諸行無常。命なんてこんなものね。ゲームとはとても偉大だと、そう思う理由がこの死の擬似体験にあると私は考える。
死を体験する、身近に感じる事で人は強くなれると私は知っている。私はまだ、ここで、この世界で強くなれる。私にはまだ未来がある。
なんと幸せか。
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あなたは死亡しました。10秒後にホームタウンで復活します。レベルが10未満のためデスペナルティはありません。
称号【有識者】を獲得。
監視者・五使【哲学する女神・ミナヴァ】より、庇護を確認。これより貴方の動向、思考の解析を恒久的に行います。
それに伴い、【ミナヴァの風】、【飛翔】、【想像上手】を仮獲得。庇護下の間、使用する事が可能です。
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監視者・五使がワールドへ開放されます。不正なプレイヤーを対象にランダムに襲撃を開始。
並びにエクストラクエスト【監視者】が追加されます。
エクストラクエスト【監視者】を強制的に開始します。第一段階【邂逅】クリア。第二段階【襲撃】を開始します。
エクストラクエスト【知性と野生】を開始します。
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復活まで……3.2.1、プレイヤー【SAIタヅマ】をリスポーン。良い旅を……
ちょっと別の視点のお話を。




