第二話
「クラウディア様ぁ〜! 本日の放課後、一緒に図書室でお茶をしませんかぁ?」
学園の廊下で私に抱きついてきたのは、今学期転入してきた子爵令嬢のマリアちゃんだった。明るく人懐っこい彼女は、私を「頼れるお姉様」として慕ってくれ、無邪気に距離を詰めてくる。
(可愛い……! 癒やされる……!)と私が密かに胸を躍らせたその瞬間、廊下の温度が絶対零度まで下がった。
「「……」」
角の影から現れたのは、第一王女アイリス殿下と、義妹のリリアーナ。
普段なら「お姉様は私のもの!」「いいえ、私のものよ!」と互いに火花を散らすはずの二人が、この時ばかりは完全に同じ目をしていた。光の消えた、死んだ魚のような漆黒の瞳である。
「……リリアーナ」
「……はい、アイリス様」
二人は一瞬だけ視線を交わすと、無言で頷き合った。
「害虫駆除」のための「一時停戦協定」が結ばれた瞬間であった。
その日の放課後。
マリアちゃんと図書室でお茶を飲む約束をしていたはずの私だったが、なぜかサロンの最奥、巨大なソファの真ん中に座らされていた。右隣には微笑みながら私の手を優しく握りしめるアイリス殿下、左隣には私の服の裾を強く握りしめて涙目で睨んでくるリリアーナ。
そしてテーブルを挟んだ対面には、ガタガタと震えるマリアちゃんの姿があった。
「あの……クラウディア様……? この空気は一体……?」
「マ、マリアちゃん、ごめんね……ちょっと雰囲気が重くて……」
私がフォローしようとした瞬間、アイリス殿下がお茶会用のティーカップを静かに置いた。カチャン、という磁器の音がサロンに虚しく響く。
「子爵令嬢。クラウディアに気安く触れていたわね? 彼女の肌に触れて良いのは、将来の伴侶である私だけよ。貴女のその手、明日から文字が書けなくなっても困らないかしら?」
「ひっ……!?」
ヤンデレ王女の圧倒的な国家権力を盾にした脅迫に、マリアちゃんは顔面蒼白になる。さらに追い打ちをかけるように、左側からリリアーナが甘く不気味な声で囁いた。
「マリア様ぁ……。お姉様はとっても優しいから断れないんです。貴女みたいな泥棒猫にまとわりつかれて、お姉様がどれだけ困っているか分かりますか……? もしこれ以上お姉様に近づくなら、私、マリア様の私物を全部燃やして、お部屋の壁一面に私の涙で書いた手紙を貼り付けちゃいますよ……?」
「嫌がらせが具体的すぎる!!」
思わず叫んでしまった私を無視して、二人の執着エネルギーはマリアちゃん一人へと集中していく。
「「さあ……選ぶといいわ/選んでください。今日限りでクラウディアから永遠に離れるか、それとも……?」」
「ご、ごめんなさいぃぃぃ!! もう二度とクラウディア様に近づきませんからぁぁ!!」
マリアちゃんは悲鳴を上げながら、脱兎のごとくサロンから逃げ出していった。ごめんねマリアちゃん、君は何も悪くないのに……!
ライバルを追い払い、満足げに息をつく二人。
「ふふ、これで邪魔者は消えたわね。さてクラウディア……あの女を排除してあげる代わりに、今夜は私と二人きりで王家の離宮にお泊まりしましょう?」
「何言ってるんですかアイリス様! お仕置きが終わったら、お姉様は私と一緒に帰って、朝まで私のお膝で抱っこされる予定なんです!!」
さっきまでの完璧な連携プレイはどこへやら、二人は再びバチバチと火花を散らし始めた。
「クラウディア、私を選ぶわね?」
「お姉様、私を捨てないで……っ!」
ヤンデレの狂気的な微笑みと、メンヘラの必殺・ウルウル瞳攻撃。
ダブルの猛攻を受けながら、私は天地がひっくり返っても逃げられない己の運命を悟り、静かに天を仰ぐのだった。
(……神様、やっぱりこの悪役令嬢、断罪されるより過酷です……!)




