第三話
「……えっと、ここ、開かないんだけど……?」
学園の放課後。
最上階にある資料室で、私は絶望的な音とともにドアノブをガチャガチャと回していた。重厚な鉄製のドアは内側からも外側からもびくともしない。鍵が完全に降ろされている。
窓の外はすっかり日が落ち、夕闇が室内を濃い影で満たしていく。
「ふふ……当たり前でしょう? 私が鍵をかけたのだから」
「……アイリス様だけじゃないです。私が内側から魔法の鎖で補強しておきましたから。絶対に、外からは開かないし、中からも壊せません……♪」
暗がりの中から立ち現れたのは、第一王女アイリス殿下と、我が義妹のリリアーナ。
部屋を密室にした犯人たちが、揃って妖しく、そして狂おしいほど甘い微笑みを浮かべて私に歩み寄ってくる。
(嘘でしょ……二人で示し合わせて私を閉じ込めたの!?)
「クラウディア……もう邪魔者は誰もいないわ。貴女がいくら叫んでも、この塔の叫び声は誰にも届かない」
「お姉様……私、ずっと待ってたんです。お姉様が私だけのものになってくれる日を……。でも、もう我慢の限界です」
二人は私を挟み込むように近づき、私は壁際まで後退するものの、すぐに背中が冷たい石壁にぶつかってしまった。逃げ場、ゼロ。
「クラウディア、私の瞳を見て」
アイリス殿下が私の顎を細い指でくいっと持ち上げる。その深い紫色の瞳には、私への底知れない執着と愛が爛々と揺らめいていた。
「私は王女よ。この国の全てを手に入れられる立場にいる。けれど……私が本当に欲しいのは、この国の領土でも王冠でもない。貴女の心と、身体と、未来の全てだけ。……私を愛して、クラウディア。貴女が『はい』と言ってくれるなら、私は貴女を世界で一番幸せな存在にしてみせる。……でも、もし拒むなら、貴女を私の手で殺して、永久に私の腕の中で腐らせてあげるわ」
本気だ。この王女様、冗談抜きで愛の重さで殺しに来ている……!
「アイリス様、ずるいです……! お姉様を脅すなんて!」
リリアーナが私の左手に抱きつき、その細い指を私の指と強く絡めてきた。いわゆる恋人繋ぎだ。そのまま私の手首に自分の頬をすり寄せ、ボロボロと大きな涙をこぼし始める。
「お姉様……聞いてください。私、お姉様がいない世界なんて、一秒だって生きていけません……。お姉様が私を選んでくれないなら、私、今この場で自分の首をこのナイフで切ります……っ! お姉様の目の前で死んで、永遠にお姉様のトラウマになって、一生私を忘れられないようにしてあげます……!」
「持ち物が物騒すぎるよリリアーナ!?」
右からは「選ばなければ殺す」という王家の絶対権力。
左からは「選ばなければ目の前で死ぬ」という命がけの罪悪感攻撃。
究極の二択……というか、どちらを選んでも地獄、拒絶しても地獄という完封勝利の詰み盤面である。
「さあ、クラウディア。答えて? 私の妃になるか……」
「お姉様、私を選んで……? 私のお嫁さん(仮)になってくれるか……」
「「今すぐここで、ハッキリと選んで!!!!」」
二人の顔が呼吸がかかるほどの距離まで近づいてくる。
アイリス殿下の美しい微笑みと、リリアーナの涙に濡れた必死な眼差し。二人の重すぎる愛の圧力が、密室の空気を押し潰さんばかりに膨らんでいく。
(ど、どうすればいいの……!? 『二人とも大好き』なんて言ったら、真っ二つに引き裂かれて分重されちゃうし、『誰も選べない』なんて言ったら二人同時に自爆と殺戮に走る……!!)
「……クラウディア? 迷う余地なんて、ないはずよ?」
「お姉様……手が震えてますよ? 大丈夫、私を選べば、すぐに楽にしてあげますからね……」
背中の壁は冷たく、目の前の二人の愛は熱すぎて焼き尽くされそうだった。
悪役令嬢としての断罪回避ルートを完璧にこなしてきたはずの私の人生。その最終局面は、乙女ゲームのどの攻略ルートよりも絶望的な「告白という名の処刑台」の上だった。
「……あの、二人とも……一度、深呼吸しよ……?」
私の情けない声だけが、開かずの時計塔の中に虚しく響き渡るのだった。
(誰か……誰でもいいから、この密室の鍵を破って助けに来てぇぇぇーーーっ!!)




