34-2 偽りの急報
そう書いたところで、最初の使いが戻った。
「薬師から返答です。西区の施療院からの急報は届いておりません。むしろ今朝、定期診察で訪れた際には、産後の女性に急変はなかったとのことです」
続けて、近隣商人からの返答も届いた。
「施療院には本日、布の納品済み。白い花の箱の在庫も規定数を満たしていたとのことです」
セシリアは目を閉じた。安堵より先に、膝から力が抜けそうになる。偽の急報だった。けれど、その偽のためにこちらは馬車と人を動かしかけた。もし確認手順がなければ、今頃本邸の物資は西区へ向かっていたかもしれない。
その隙に、本当に必要な別の場所が空になっていたかもしれない。
「偽報と判断します。ですが、施療院には確認の手紙を送ってください。誰かが施療院の印を模した可能性があります」
その夜、セシリアはいつもより短い手紙を書いた。
『リディア様。今日は、偽の急報が届きました。西区の施療院で産後の女性が急変したとの内容でしたが、薬師と近隣商人への同報確認により、事実ではないと分かりました』
『急報には施療院の印がありました。ですが、紙質が通常の報告書と異なり、薬師にも近隣商人にも同じ知らせが届いていませんでした。物資の準備は進めましたが、二方向の確認が取れるまで出発は止めました』
『もし赤字の規則がなければ、私はすぐに馬車を出していたと思います。人を疑うのが怖いのではありません。疑っている間に本当に誰かが苦しんでいるかもしれないことが怖いのです』
『けれど、確認は冷たさではないのですね。本当に必要な場所へ届くものを守るための手順なのですね』
『今後は、急報そのものにも確認段階を設けるべきだと思います。未確認の急報、同報確認中の急報、二方向で確認済みの急報。この三つを分ければ、準備と出発の判断を誤りにくくなるのではないでしょうか』
『リディア様。今回、私はすぐに動きたい気持ちを抑えました。正しかったのだと思います。けれど、それでも怖かったです。急がないことが、時には急ぐことより難しいのだと知りました』
別邸でその手紙を読んだリディアは、しばらく動かなかった。偽の急報。善意を急がせ、恐怖を利用し、手順を飛ばさせるための罠だった。
「急ぐことと、確かめないことは違います」
リディアは赤いインク壺を引き寄せ、新しい紙の上に大きく題を書いた。
【 急報確認手順 】
一:急報は三段階に分けること。未確認急報、同報確認中急報、二方向確認済み急報。名称を分ければ、動かす範囲も分けられます。
二:未確認急報を受けた場合でも、準備は止めないこと。ただし、本邸の主要物資と馬車をすぐ空にしないこと。準備と出発は別の判断です。
三:同報確認中は、現地近くの薬師、近隣商人、施設責任者のうち二方向へ確認を飛ばすこと。遠い本邸から全てを動かす前に、近くにいる者を先に動かしてください。
四:二方向で確認済みとなった急報は、生命に近いものから最優先で動くこと。発熱、出血、呼吸の異常、赤子の衰弱は即時対応。物資不足のみの場合は、現地調達も含めて判断すること。
五:偽報と判明した場合でも、最初に伝令や受け取った者を責めないこと。紙質、印、経路、同報の有無、確認先の返答を記録し、偽報として保存してください。偽りもまた、次に備えるための材料です。
六:急報を疑うことは、生命を軽んじることではありません。誤った急報に全てを奪われれば、本当に必要な場所へ届くものが失われます。確認は冷たさではなく、届けるための手順です。
そこまで書いて、リディアはペンを置いた。手紙の最後にあった、急がないことが怖かったというセシリアの言葉が胸に残っている。
『セシリア様。あなたが怖かったのは、動かなかったからではありません。生命を選ぶ重さを知ったからです。すぐ走ることだけが優しさではありません。間違った場所へ走らないこともまた、守るための優しさです』
『ただし、迷い続ける人を一人にしないこと。急報確認手順には、最終判断者と補佐役を必ず置いてください。判断する人にも、支える人が必要です』
リディアは封を閉じる前に、もう一文を書き足した。
『どうか今日は、確認表を作る前に眠ってください。急報は明日も来ます。けれど、眠らない人の判断は、明日の急報に耐えられません』




