34-1 偽りの急報
リディアの赤字返書が本邸へ届いてから、セシリアは緊急連絡表の作り直しに追われていた。
通行止めは二か所で確認する。急ぎの知らせは三方向へ分ける。遅れた伝令を責めず、どこで道を選ばされたのかを記録する。紙の上に並べれば簡単に見えるが、実際に運用するには細かな手間がいくつも必要だった。
施設ごとに、最寄りの薬師、薪商人、水場、夜間に走れる伝令、馬車が通れる大通り、徒歩で抜けられる裏道を記していく。セシリアは地図の上に赤、青、白の糸を置き、何度も経路を確かめた。
「本邸宛て、薬師宛て、近隣商人宛て。同じ知らせを三方向へ。通行止めの知らせは、橋守か正式な札で確認……」
声に出して確認していると、エリアスが書類の山から顔を上げた。
「休んだ方がいい」
「あと少しです」
「その『あと少し』を、君もリディア嬢も何度繰り返すつもりだ」
言い返そうとして、セシリアは口を閉じた。リディアからの追伸が頭をよぎったからだ。疲れた目は、親切そうな嘘を見落とします。
「……では、この一枚を書き終えたら休みます」
「一枚だけだ」
「はい。一枚だけ」
そう約束したところへ、扉が叩かれた。入ってきた家令の顔は硬い。
「セシリア様。西区の施療院から急報です」
セシリアの背筋が伸びた。
「内容は?」
「産後の女性が急変。薬師が不在。清潔な布も不足。至急、本邸から人と物資を送ってほしいとのことです」
部屋の空気が、一瞬で張りつめた。
西区の施療院。三十日の記録を経て、白い花の箱を置いたばかりの施設。三十一日目に綻びを隠さず記録できた、あの場所。
セシリアは立ち上がりかけた。だが、机の上の赤字が視界に入る。急ぎの知らせは一本にしないこと。
彼女は息を吸い、座り直した。
「その急報は、どの経路で届きましたか」
「本邸宛ての伝令です。施療院の印があります」
「薬師宛ての同報は?」
「まだ届いておりません」
「近隣商人宛ては?」
「確認中です」
セシリアは封筒を受け取り、蝋印を見た。確かに施療院の印に見える。だが、紙の質がいつもと違った。施療院から届く報告書は、端の粗い安価な紙を使っている。今渡された急報は、妙に白く、薄く、王都の文具店で買う上質な紙だった。
「エリアス様」
「ああ。おかしいな」
エリアスも同じことに気づいたらしい。急報には【急げ】と書かれている。だが、【急げ】と書かれているからこそ、確かめなければならない。
「西区の施療院へ馬で確認を。薬師にも別便を。近隣商人には、施療院へ今日納品した者がいるかを聞いてください。物資の準備は進めます。ただし、出発は二方向からの確認が取れてからです」
「もし本当に急変であれば、遅れます」
「分かっています。だから準備は止めません。けれど、偽の急報で本邸の馬車を空にすれば、本当に必要な場所へ送るものがなくなります」
言いながら、セシリアの手は震えていた。もし本当だったら。もし確認を待つ間に、誰かが苦しんでいたら。その恐怖は消えない。だが、恐怖だけで動けば、相手の思う壺になる。
「準備は今すぐ。出発は確認後。確認が遅れる場合は、最寄りの薬師へ先に動いてもらいます」
「承知いたしました」
家令が去ると、セシリアは椅子に座り直した。胸元の白い花の刺繍布を握りしめたい衝動を抑え、代わりに報告用紙を引き寄せる。
偽りかもしれない急報。だが、偽りと決めつけてもいけない。どちらにも倒れないためには、記録するしかない。
『急報受領。西区施療院。産後急変との記載。施療院印あり。ただし紙質が通常報告と異なる。同報未確認。物資準備開始。確認二方向待ち』




