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こんな家族の姿があってもいいんじゃない?  作者: アーエル
第三章:慈善事業『白い花の箱』

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29-2 整いすぎた施設


 封をする前に、セシリアはもう一度だけ申請書へ目を落とした。整った文字、整った項目、整った約束。美しいほどの書類だった。だからこそ、その奥に人の声が聞こえないことが、ひどく気になった。


 リディアからの返事は、予想よりも短かった。


『現地を見てください。見るべきところは、整っている場所ではなく、整えるために誰が疲れているかです。案内された部屋だけで判断せず、水場、洗濯場、食事を作る場所、記録を書く人の手元を見てください。書類と違うことがあっても責めないこと。責めれば、次から隠されます』


 手紙を読み終えたセシリアは、静かに頷いた。疑うためではなく、守れるかどうかを確かめるために行く。その違いを間違えてはいけない。


 現地確認は、三日後の午前に行われた。申請書に名のあった施設は、王都の西区にある小さな施療院だった。表通りから少し入った場所にあり、外壁は白く塗られ、門には新しい看板が掲げられている。掃き清められた石畳、窓辺に飾られた花、きちんと揃えられた洗濯籠。見えるところは、申請書と同じく整っていた。


「ようこそお越しくださいました。すべて申請書の通りに準備しております」


 院長を名乗る男は、過剰なほど丁寧に頭を下げた。隣には記録係だという若い女が立っている。彼女は帳面を胸に抱え、セシリアと目が合うとすぐに視線を伏せた。


 最初に案内されたのは、清潔な保管室だった。棚には白い布が畳まれ、薬草の束が吊るされ、箱には用途ごとの札がついている。だが、セシリアはその布を見て、かすかに眉を動かした。畳み目がすべて同じで、使われた形跡がほとんどない。まるで今日のために新たに並べられた展示品のようだった。


「こちらの布は、普段からこの場所で管理されているのですか」


「もちろんでございます。出産用の布は、すべてこちらで」


 答えは早かった。早すぎるほどだった。セシリアは頷き、次に洗濯場を見せてほしいと頼んだ。院長の口元が、ほんの一瞬だけ固まる。


 洗濯場は建物の裏手にあった。そこには申請書に記されていた乾燥棚も、専用の煮洗い鍋もあった。けれど、鍋の底には煤がほとんどついていない。乾燥棚の縄は新しく、まだ水を吸った布の重みで伸びた跡もなかった。


 セシリアは記録係の女へ視線を向けた。


「普段、布が足りない日はありますか」


「ございません」


「では、帳面を拝見してもよろしいでしょうか」


 記録係の女の指が、帳面の表紙を握りしめた。院長が一瞬だけ彼女へ視線を向ける。その目配せの短さを、セシリアは見逃さなかった。


「もちろんでございます。こちらが、当院の管理記録でございます」


 差し出された帳面は、表紙こそ少し古びていたが、中の紙は妙に新しかった。セシリアは表情を変えず、最初の頁からゆっくりと目を通す。


 日付は三月の初めから欠かさず並んでいる。布の数、煮洗いの回数、乾燥確認、食事の記録、産後の休養者数。どの欄もきれいに埋まり、どの日も不足なし、異常なし、対応済みと記されていた。


 完璧すぎた。


 救貧院の記録には、ところどころ紙の端に急いで書いたような乱れがあった。インクが薄い日も、筆跡が違う日もあった。人が忙しい現場で書く記録とは、そういうものだ。だが、この帳面は最初の頁から最後の頁まで、同じ濃さのインクで、同じ角度の文字が続いている。


 セシリアは帳面を閉じず、指先で一つの欄を示した。


「三月六日、煮洗い二回。三月七日も二回。三月八日も二回。ですが、先ほど拝見した鍋には、何日も続けて火にかけた跡がほとんどありませんでした」


 院長の笑みが、わずかに薄くなった。


「侯爵家の方がいらっしゃると聞いて、新しい鍋に替えたばかりでして」


「それなら、古い鍋の記録もあるはずです。破損した日、替えた日、古い鍋を処分した日。白い花の箱では、使ったものも替えたものも記録します」


 記録係の女は、唇を噛んだ。院長が何か言おうとしたが、セシリアは先に静かな声をかけた。


「あなたを責めたいのではありません。知りたいのです。この帳面は、いつ書かれたものですか」


 問いは柔らかかった。だからこそ、記録係の肩が小さく震えた。


「……三日前です」


 院長が鋭く彼女を見た。だが、セシリアはその視線を遮るように半歩だけ位置を変えた。


「三日前から、三ヶ月分をまとめて書いたのですね」


「はい。院長先生に、申請には記録が必要だと言われました。今まで、そのような帳面はつけていませんでしたので……」


 声は消え入りそうだった。だが、一度言葉がこぼれると、彼女は堰を切ったように続けた。


「布が足りない日はあります。粥を出せない日もあります。洗濯場の者が足りず、乾かない布を翌朝まで干し続けることもあります。でも、申請書にそんなことを書いたら、箱を置いていただけないと言われて……」


 セシリアは胸の奥が痛むのを感じた。やはり、整いすぎた書類の下には、隠された不足があった。だが、それは怠慢ではなく、支援を失うことへの恐れから生まれたものだった。


「本当のことを書いたら、責められると思いましたか」


「はい。役に立たない施設だと見なされると思いました。だから、できていることにしろと……申し訳ございません」


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