16.子爵家への問い
ラングフォード子爵夫妻のもとへ届いた招待状は、驚くほど礼儀正しいものだった。
ヴァレリー伯爵夫人主催の昼餐会。王都に滞在する小貴族同士の親睦を深めたいという名目で、そこにラングフォード子爵夫妻の名があった。だが、子爵は封蝋を見た時点で、これが単なる親睦でないことを悟っていた。
「セシリアのことだな」
子爵夫人は手紙を読み返し、静かに頷いた。娘が侯爵家本邸でどのような立場にいるのか、世間には詳しく知られていない。だからこそ、好奇心と悪意の入り混じった視線が集まる。
「行きましょう。逃げれば、娘が後ろ暗い立場にいるように見えてしまいます」
「だが、あの家は言葉で人を傷つけることに慣れている」
「だからこそ、私たちが先に答えを決めておくのです。セシリアは恥じるようなことをしていない。あの子は、自分で選んだ務めを果たしている。それだけです」
数日後、昼餐会の席で、ヴァレリー伯爵夫人は優雅に微笑んだ。食卓には季節の料理が並び、会話は穏やかに始まった。だが、主菜が下げられた頃、伯爵夫人は何気ない調子で切り出した。
「お嬢様は、ずいぶん侯爵家で重く用いられているようですわね。子爵家のご令嬢としては、大変なご出世ですこと」
子爵夫人の指先が一瞬だけ止まった。けれど、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「娘は出世のために侯爵家へ上がったわけではございません。任された務めに、精一杯お応えしているだけです」
「まあ。ですが、侯爵夫人ご本人より目立ってしまえば、周囲は色々と申しますでしょう?」
子爵は静かにナイフを置いた。
「目立つかどうかは、見る者の心次第でございます。娘は侯爵夫人の名を奪っているのではなく、体調を崩されがちな奥様を支えているのです。支える者を疑うより、支えられる方が穏やかであることを喜ぶべきでしょう」
その言葉に、食卓の空気がわずかに変わった。ヴァレリー伯爵夫人は微笑んだままだったが、目元にかすかな苛立ちが走る。
「ご両親は、娘御がご自分より高い家に仕えることに、不安はございませんの?」
「不安がないと言えば嘘になります」
子爵夫人は正直に答えた。その声は柔らかいが、揺らいではいない。
「けれど、不安だからといって娘の選択を恥とは呼びません。セシリアは、誰かに拾われたのではなく、自分の意思で侯爵家を支える道を選びました。親として、その覚悟を軽んじることはできません」
昼餐会が終わるまで、ヴァレリー伯爵家は何度か話題を変えながら探りを入れた。セシリアがいつから侯爵家に出入りしていたのか。侯爵夫人との関係はどれほど親しいのか。エリアスとはどの程度言葉を交わしているのか。ラングフォード夫妻は、そのすべてに余計な色をつけず、しかし娘の尊厳だけは決して削らせなかった。
「娘は侯爵家で学び、務め、信頼を得ています。それ以上でも、それ以下でもございません」
帰宅した子爵夫妻は、すぐにセシリアとグランヴィル侯爵家へ報告を送った。文面は簡潔だったが、最後に父から娘への言葉が添えられていた。
『セシリア。おまえは恥じるような場所にいるのではない。自分で選んだ場所に立っている。もし誰かがそれを貶めようとするなら、父も母も、おまえの選択を守る』
本邸でその手紙を読んだセシリアは、しばらく声を出せなかった。胸の奥に溜まっていた不安が、熱いものに変わって目元へ込み上げてくる。
「私は、恥ずかしい場所にいるのではないのですね」
「もちろんだ」
エリアスは迷わず答えた。
「君がここにいることを、私も、リディア嬢も、君のご両親も望んでいる。誰かに恥じる必要などない」
その夜、セシリアはリディアへ手紙を書いた。両親が自分を守ってくれたこと。自分がまだ揺らぐこと。それでも、もう少し胸を張って立てそうだということ。
『リディア様。私はまだ強くありません。けれど、私の後ろにも守ってくれる人がいるのだと知りました。だから、代理という言葉を、少しだけ好きになれそうです』
別邸でその手紙を読んだリディアは、暖炉の前で目を細めた。セシリアが自分の足で立とうとしている。それは、リディアが望んだ契約の形が少しずつ血を通わせ始めた証のように思えた。
「代理は、偽物という意味ではありません。任されたものを守る人のことです。そう書いておきましょう」
一方、ヴァレリー伯爵はラングフォード夫妻からも手がかりを得られず、苛立ちを深めていた。本人、実家、代理、代理の家族。どこを突いても、不自然なほど同じ答えが返ってくる。
「ならば、次は答え合わせの場を作るしかない」
伯爵は王宮主催の冬の夜会の招待者名簿を取り寄せた。そこには、グランヴィル侯爵家の名も、エルフォード伯爵家の名も、ラングフォード子爵家の名もある。
「一つの場所に集めれば、誰かが必ず綻びを見せる」
そうして、静かな契約は初めて、王宮という最も人目の多い場所へ引きずり出されようとしていた。




