14.白い花の肩掛け
実家へ送る肩掛けを編み始めたリディアは、思っていたよりも何度も手を止めることになった。
糸は村の女性たちが染めた淡い生成り色を選んだ。縁には、いつもの白い花と蔦の模様を小さく入れる。派手な贈り物ではない。だが、父が執務室で膝に掛けても、母が読書の合間に肩へ羽織っても、兄が冗談を言いながら使ってもおかしくないように、柔らかく、軽く、暖かく仕上げたかった。
「口止め料にしては、ずいぶん心がこもっていますね」
メイにそう言われ、リディアは針を持つ手を止めた。
「口止めしてほしいのは本当よ。けれど、心配をかけたお詫びも本当です」
前世の記憶を持っていること。出産が怖いこと。恋愛にも結婚生活にも興味がないこと。家族にはすべてを話したわけではない。それでも、彼らはリディアが選んだ道を否定しなかった。侯爵家との契約を知ってなお、娘を責めず、妹を笑わず、ただ守る側に立ってくれた。
「家族って、厄介ね。離れて暮らしても、ちゃんと心配してくれるんだもの」
「それを幸せと言うのではありませんか」
「そうね。少し困るくらいには、幸せなのかもしれないわ」
数日かけて仕上げた肩掛けは、リディアの手紙とともにエルフォード伯爵家へ送られた。手紙には、ヴァレリー伯爵への対応への礼、心配をかけたことへの詫び、そして最後にいつもの調子で一文が添えられていた。
『これはお礼兼口止め料です。寒い日に使ってください。なお、口止め料なので返品は受け付けません』
その手紙を読んだアルバートは、声を上げて笑った。伯爵夫人は肩掛けを抱きしめ、目元を押さえる。エルフォード伯爵は何も言わず、ただ丁寧に折り畳まれた縁の蔦模様の刺繍を指でなぞった。
「まったく、あの子は」
呆れたような声だったが、誰もそれを咎めなかった。リディアらしい手紙だった。遠く離れても、彼女は泣き言の代わりに冗談を添え、感謝の代わりに実用品を送ってくる。
「父上。グランヴィル侯爵家とも、情報のやり取りを定期化しましょう。こちらに来た招待や探りも、あちらへすぐ伝える。リディアを守るなら、家同士で足並みを揃えるべきです」
「そうだな。娘が作った契約に、親の協力条項を書き足す時が来たようだ」
その日のうちに、エルフォード伯爵家からグランヴィル侯爵家へ正式な書状が送られた。内容は簡潔だった。今後、リディアに関する問い合わせ、招待、噂、商人の接触があった場合、三家で共有すること。伯爵家は侯爵家の体面を守り、侯爵家はリディアの生活と名誉を守る。ラングフォード家へも、セシリアの名誉に関わる情報は必ず伝える。
それは、契約書には書かれていない新しい約束だった。
本邸でその書状を読んだエリアスは、静かに頷いた。セシリアは肩掛けの話を聞き、柔らかく微笑む。
「リディア様の白い花は、いろいろな場所を繋いでいきますね」
「本人は、ただ暖かいものを送っただけだと言うだろう」
「ええ。でも、それで救われる人がいるのなら、リディア様らしいと思います」
一方、ヴァレリー伯爵のもとにも、別の形で肩掛けの噂が届いていた。エルフォード伯爵家へ、侯爵夫人から手編みの品が送られたらしい。実家との関係は良好。家族は娘を守る姿勢を崩さない。つまり、伯爵家から崩すことも容易ではない。
「家族も、侯爵家も、領地の者も。ずいぶん守りが固い」
伯爵は机上の手紙を指で弾いた。だが、守りが固いからといって、攻め口がないわけではない。
「ならば、本人ではなく、代理を揺らせばよい」
彼の目が向けられた先にあるのは、侯爵夫人代理の名で社交界に立つ一人の令嬢。セシリア・ラングフォードだった。




