13.実家への招待状
ヴァレリー伯爵家からの招待状がエルフォード伯爵家へ届いたのは、薄曇りの午後だった。
封蝋を見た瞬間、執事の眉がわずかに動いた。王都の貴族であれば、ヴァレリー伯爵家の名を知らぬ者はいない。社交界での影響力は小さくないが、その分、他家の失点を見つけて利用することにも長けた家だった。
書斎で招待状を読んだエルフォード伯爵は、しばらく黙っていた。伯爵夫人は夫の向かいで手を組み、兄アルバートは暖炉のそばに立ったまま、父の表情をうかがっている。
「茶会への招き、か。ずいぶん丁寧な文面だな」
「丁寧すぎる文面ほど、裏があるものです」
アルバートは招待状を受け取り、文面に目を通した。茶会という名目ではあるが、招かれているのは伯爵夫妻ではなくアルバートだった。若い当主候補同士の親交を深めたい、というもっともらしい理由が添えられている。
「私が行きます。父上や母上が出向けば、かえってリディアのことを重く見せる。兄である私が、妹の近況を語る程度が自然でしょう」
「アルバート」
伯爵夫人が心配そうに名を呼ぶ。アルバートは苦笑した。
「大丈夫です。リディアほどではありませんが、私もそれなりに口は回ります」
その日のうちに、三人はリディアの幼い頃からの記録を改めて確認した。病弱という建前は、まったくの嘘ではないよう整えられている。季節の変わり目には部屋で過ごすことが多かった。社交のマナーを学ぶより読書を好んだ。大勢の前に出ると疲れやすい。どれも事実の一部であり、だからこそ崩れにくい。
「嘘は少ない方がいい。リディアがよく言っていたことです」
エルフォード伯爵は、娘の残していった刺繍枠を見つめた。あの子は自分の弱さを隠すためではなく、自分の生き方を選ぶために病弱という外套をまとったのだ。ならば、親である自分たちがそれを軽々しく剥がすわけにはいかない。
数日後、アルバートはヴァレリー伯爵家の茶会へ向かった。広い応接室には香り高い茶と菓子が用意され、伯爵は終始穏やかな笑みを浮かべていた。
「妹君は、侯爵領でご静養中とうかがっております。幼い頃からお身体が弱かったとか」
「弱いというより、無理を嫌う子でした。人混みに長くいるより、窓辺で本を読む方が性に合っていたのでしょう」
「それはまた、侯爵夫人としては珍しいご気質だ」
「珍しいからこそ、侯爵領には向いているのかもしれません。王都で飾られる花より、土地に根を張る草の方が長持ちすることもあります」
ヴァレリー伯爵の目が細くなる。アルバートは微笑んだまま、茶碗を置いた。妹ほど大胆な契約書は書けないが、妹が守りたいものくらいは分かっている。
「では、婚姻式でお顔を隠されていたのも、体調への配慮ですかな」
「ええ。妹は昔から、注目されると顔色を悪くするところがありまして。侯爵家にもご配慮いただき、家族としてはありがたく思っております」
嘘は言っていない。リディアは本当に注目されることを好まないし、嫌な場所に長くいれば顔色も悪くなる。真実の形を少し整えれば、それは崩れにくい盾になる。
伯爵はさらにいくつか問いを重ねた。リディアの幼少期、家庭教師、社交界デビューをしなかった理由、侯爵家との縁談を受けた経緯。アルバートはそのすべてに、過不足なく答えた。詳しすぎず、曖昧すぎず、相手が疑念を膨らませる余白だけを減らしていく。
茶会が終わる頃、ヴァレリー伯爵は静かに笑った。
「エルフォード家は、よほど妹君を大切にしておいでなのですな」
「もちろんです。大切な妹ですから」
アルバートは柔らかく答えた。その声には、社交辞令ではない確かな温度があった。
帰宅したアルバートは、すぐに父へ報告した。ヴァレリー伯爵は明確な証拠を得られなかったが、諦めた様子でもなかった。探りはこれで終わりではない。そう判断した伯爵家は、その日のうちにリディアとグランヴィル侯爵家へ同じ内容の手紙を送った。
『ヴァレリー伯爵は、あなたの過去を探ろうとしていました。こちらでは問題なく対応しましたが、今後はエルフォード家へも同様の探りが来る可能性があります。リディア、心配はいりません。私たちは、あなたが選んだ生活を守ります』
別邸でその手紙を読んだリディアは、しばらく目を閉じた。胸の奥が、少しだけ痛む。自分の選択に家族を巻き込んでいる。その事実は、契約書のどこにも書かれていなかった。
「今度、刺繍入りの肩掛けを実家にも送りましょう」
「お礼ですか?」
「ええ。あと、口止め料です」




