9.慈善市の評判
王都の慈善市は、秋の深まりとともに開かれた。
大神殿前の広場には色とりどりの天幕が並び、貴族家から寄せられた品々が飾られている。宝石をあしらった扇、名工の銀細工、上等な絹のショール。どれも高価で美しいが、日々の暮らしに使うには少し遠いものばかりだった。
その一角に、グランヴィル侯爵家の小さな卓があった。華美な飾りはない。生成りの布を敷いた上に、刺繍入りの布巾、匂い袋、子ども用の上着、小さな肩掛けが丁寧に並べられている。添え札には、侯爵領の村名と、作り手が望んだ場合のみ名前が記されていた。
「まあ、これは可愛らしいわ。補修の跡を鳥の模様にしているの?」
最初に足を止めたのは、若い男爵夫人だった。彼女は子ども用の上着を手に取り、縫い目をじっと見つめる。隣にいた婦人も身を寄せ、感心したように頷いた。
「破れを隠すのではなく、模様に変えているのです。領地の女性たちが普段の暮らしの中で工夫してきたものを、少し整えて出品いたしました」
そう説明したセシリアの声は、以前よりも落ち着いていた。今日の彼女は侯爵夫人代理として、グランヴィル家の卓を任されている。胸元には、リディアからもらった白い花の刺繍布が小さく畳まれて忍ばせてあった。
「侯爵夫人様のお考えですの?」
「はい。奥様はご静養中ですが、領地の暮らしや手仕事に深い関心をお持ちです。ご自身も刺繍をなさいますので、作り手の手が大切にされる形を望まれました」
その言葉は嘘ではない。けれど、すべてを語っているわけでもなかった。セシリアは、リディアが教えてくれた通り、隠すのではなく守る言葉を選んでいた。
昼を過ぎる頃には、グランヴィル侯爵家の卓の前には小さな人だかりができていた。高価な品ではない。だが、どれも手に取りやすく、使う人の姿が思い浮かぶ。特に白い花と蔦の模様を施した匂い袋は人気で、用意した数の半分が早々に引き取られていった。
「派手ではないのに、なぜか目を引くのね」
「奥様は、暮らしに馴染むものを好まれます。飾って終わるものより、毎日使えるものを、と」
セシリアがそう答えるたび、周囲の婦人たちは感心したように頷いた。病弱で姿を見せない侯爵夫人。けれど、領地の女性たちの手仕事を世に出し、作り手の名を残そうとする人。噂の中のリディア像は、少しずつ形を変えていった。
夕刻、慈善市が終わる頃には、グランヴィル侯爵家の品はほとんど残っていなかった。寄付金の額も予想を上回り、ロズウェル伯爵夫人は満足そうにセシリアへ声をかけた。
「よく務めましたね。奥方様にも、ぜひお伝えなさい。領地の手仕事は、王都でも十分に通じます」
「ありがとうございます。奥様も、領地の者たちも喜ぶと思います」
セシリアは深く礼をした。疲れてはいたが、胸の中には静かな熱があった。自分がうまく応対できたこと以上に、リディアが見つけた小さな価値が、多くの人に受け入れられたことが嬉しかった。
その夜、本邸へ戻ったセシリアは、すぐにリディアへ手紙を書いた。
『慈善市は無事に終わりました。匂い袋も肩掛けも、ほとんど引き取っていただけました。皆様、白い花の模様を褒めてくださいました。領地の女性たちの名前も、希望された方は添え札に記しました。リディア様の考えは、ちゃんと届いたと思います』
数日後、別邸に届いた手紙を読んだリディアは、長椅子の上でしばらく黙っていた。売れたかどうかよりも、作り手の名前が添えられたことの方が嬉しかった。リナの母も、あの若い母親も、きっと喜ぶだろう。
「では、次は材料を増やさないといけないわね」
メイが目を丸くする。
「また増やすのですか?」
「無理をしない範囲で、よ。続けられる形にしなければ意味がないもの」
その頃、王都では別の噂も生まれていた。
病弱で姿を見せない侯爵夫人は、ただ閉じこもっているだけではないらしい。領地の暮らしを見て、女性たちの仕事を拾い上げ、侯爵家の名で世に出したらしい。そうした好意的な噂に混じって、面白くなさそうに眉をひそめる者もいた。
「顔も見せぬ夫人が、ずいぶん評判を取るではないか」
そう呟いたのは、社交界の片隅でグランヴィル家の動きを眺めていた一人の貴族だった。彼の目は、慈善市の品ではなく、セシリアの立ち居振る舞いを追っている。
白い花の刺繍は、思いがけず人の目を集めた。だが、人の目が集まるということは、好意だけでなく疑念や猜疑心もまた近づくということだった。




