↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢ですが、演技力SSSなので全部演技で押し切ります ~泣けば皆が騙されると思っていたら、本当に国が傾きました~  作者: カルラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/15

第八章「恋愛演技のはずでした」

ことの始まりは、セシルからの手紙だった。

晩餐会から数日後、彼女から茶会の誘いが来た。

二人きりで、という条件付きで。

私は少し考えてから、承諾した。

セシルの屋敷は、こぢんまりとしているが趣味のいい造りだった。

庭に季節の花が丁寧に手入れされており、主人の性格が滲み出ている。

応接間に通されると、セシルはすでに待っていた。

社交用の笑顔ではなく、少し張り詰めた顔で。

 

「来てくださってありがとうございます、フローラ様」

 

「誘ってくれたのはあなたよ。せっかくだから伺いたかったし」

 

茶が運ばれ、しばらく当たり障りのない話をした。

でもセシルの目が、ずっと何かを測っていた。

やがて彼女は、カップを置いて真っすぐにこちらを見た。

 

「フローラ様に、正直にお話ししてもいいですか」

 

「どうぞ」

 

「私は……計算して動いています。天然のように振る舞っていますが、全部考えてやっています」

 

来た、と思った。

でも顔には出さない。

 

「そう」

 

「フローラ様はとっくに気づいていますよね」

 

「最初に会ったときから、ね」

 

セシルが少し笑った。

社交用ではない、苦いような笑いだ。

 

「やっぱり。……フローラ様も、演じていますよね」

 

「ええ」

 

否定しなかった。

この子には通じないと思ったし、通じない嘘をつく意味もない。

セシルがため息をついた。

 

「晩餐会の夜、フローラ様を見ていて思ったんです。私は一生あの域には届かないって」

 

「そんなことないわ。あなたの天然演技は、かなり完成度が高い」

 

「褒めていただいても、あの場での立ち回りはできません。あれは……技術だけじゃなかった」

 

セシルは少し俯いてから、また顔を上げた。

 

「仲良くしてほしいんです、フローラ様と。敵じゃなくて」

 

「最初からそのつもりよ」

 

セシルがぱちりと瞬いた。

 

「……え?」

 

「あなたのことを、最初から嫌いじゃなかったわ。面白い子だと思っていた」

 

しばらく間があった。

それからセシルが、今度は本当に笑った。

計算の混じっていない、ただ嬉しそうな顔だ。

その笑顔を見て、私は少し安心した。

この子の奥には、ちゃんと素の感情がある。

それがわかっただけで十分だった。

問題はその帰り道に起きた。

セシルの屋敷から馬車で戻る途中、王宮に近い大通りを通ったとき、前方が騒がしくなった。

野次馬が集まっており、道が塞がれている。

聞けば、酔った男が絡んで揉め事になっているらしい。

馬車が止まった。

しばらく待っていると、騒ぎを収めに来た近衛の騎士が数人やってきた。

その中に、見知った背中があった。

アレクシスだ。

彼は無駄のない動きで状況を把握し、短く指示を出した。

騒ぎはあっという間に収まった。

さすがだと思った。

そのとき彼が馬車の方を振り返り、私と目が合った。

 

(……奇遇ね)

 

アレクシスが少し眉を動かした。

表情が変わらない人だが、眉だけは微妙に動く。

それがこの人の感情のバロメーターだと、最近わかってきた。

彼は馬車に近づいてきた。

 

「エーデルハイト嬢。こんな時刻にどちらへ」

 

「セシル様のところへ伺っていたの。帰り道でこの騒ぎに出くわして」

 

「しばらくかかる。迂回路を案内しよう」

 

「ありがとう」

 

彼が馬車の傍らを歩きながら先導してくれることになった。

夕暮れの大通りを、馬車がゆっくりと進む。

私はふと、窓から顔を出した。

 

「アレクシス様」

 

彼が視線だけこちらへ向けた。

 

「あの騒ぎ、あっという間に収めてしまったわね。さすがですわ」

 

「慣れているだけだ」

 

「いつもそうおっしゃるけれど、慣れてできることというのは、それだけ積み重ねてきた証拠じゃないかしら」

 

アレクシスが少し黙った。

 

「……そういう見方は、あまりされない」

 

「みんな結果だけを見るから?」

 

「そうだ」

 

「もったいないわね」

 

言ってから、私は少しだけ反省した。

これは演技ではなく、本当にそう思って言った言葉だ。

前世でも、努力の過程を見てくれる人間は少なかった。

結果だけで判断される——それは舞台の世界でも同じだった。

だから共感した。

でも彼にとっては、その言葉がどう聞こえたかまでは、そのとき考えが至らなかった。

屋敷まで戻ると、アレクシスが馬車の扉を開けてくれた。

降りながら礼を言おうと顔を上げたとき——彼の目が、いつもと少し違った。

表情は変わらない。

でも目の奥に、何か静かなものが宿っていた。

 

(……何かしら、この目)

 

少し気になったが、その日はそのまま屋敷に入った。

問題が起きたのはそれから一週間後だ。

王宮の廊下で、偶然アレクシスと二人になる機会があった。

用件があってのことではなく、単に廊下で行き合っただけだ。

でも周囲に誰もいなかった。

私はそのとき、少し試してみようと思った。

社交界での立ち位置をより安定させるために、騎士団長との関係を「好意的な知人」くらいに持っていくのは悪くない——そういう計算だ。

 

(軽めの恋する令嬢演技を入れてみようかしら)

 

大がかりなものではない。

少しだけ、ほんの少しだけ、好意があるような気配を滲ませるだけでいい。

私はアレクシスに近づいた。

 

「アレクシス様、先日はありがとうございました」

 

「先日とは」

 

「迂回路を案内してくださったこと。おかげで無事に帰れました」

 

「職務の範囲だ」

 

いつもの返し方だ。

私は少し微笑んで、視線を柔らかくした。

 

「職務でも、助けていただいたことは助けていただいたことですわ。……本当に、頼りになる方ですね」

 

声のトーンを少し落とす。

目線をわずかに上目がちにする。

これで「敬意と好意が混ざった眼差し」になる。

アレクシスが、止まった。

足が止まった、というより——全体が、止まった。

呼吸も含めて、一瞬そこで固まったような感じだ。

 

(反応した?)

 

私は少し驚いた。

無表情の人間というのは、こういう演技に反応しにくい傾向がある。

感情の動きが少ないから、外からの刺激が入りにくいのだ。

でもアレクシスは、明確に反応した。

彼はしばらく黙ってから、視線を少し外した。

 

「……それほどのことではない」

 

声が、わずかに低くなっていた。

(あれ)

私は内心首を傾げた。

声が低くなるのは、感情を抑えているときの反応だ。

それも、照れや動揺を隠しているときの。

 

(まさか、本気で受け取った?)

 

いや、でも軽い好意の演技を一回入れた程度で、そんなに動くものだろうか。

私は少し混乱した。

そのとき、アレクシスがまっすぐにこちらを見た。

 

「……一つ聞いていいか」

 

「なんでしょう」

 

「エーデルハイト嬢は、いつも本気で言っているのか」

 

「……何を、ですか」

 

「俺に向けて言う言葉が。努力を認める言葉も。頼りになると言ってくれた言葉も」

 

思わぬ直球だった。

私は一瞬、返す言葉を失った。

 

(え、この人、気づいている?)

 

いや、違う。

気づいているのではない。

気づいていないから、こそ、聞いているのだ。

「本気かどうか確認したい」と思うほど、その言葉が気になっている——つまり。

 

(……本気になってる?)

 

「……本気ですわよ」

 

私はとっさにそう答えた。

演技的に正しい返しだったかどうかは、正直わからない。

ただ反射的にそう言っていた。

アレクシスの眉が、わずかに動いた。

今度は眉を寄せる方向ではなく、少し上がる方向に。

彼は何も言わなかった。

ただ一礼して、その場を離れた。

私は彼の背中を見送りながら、脳内でずっと同じ言葉が繰り返されていた。

 

(えっ、重っ!?)

 

いや、重いというのは失礼かもしれない。

でも、軽い演技を一回入れただけで、あの反応は想定外だ。

計算が狂った。

マリーが廊下の端から駆け寄ってきた。

 

「お嬢様、今のは……」

 

「見ていたの」

 

「少し遠くから……お嬢様の演技が通じたのかと思ったら、お顔が珍しく困っていたので」

 

「困っているように見えた?」

 

「ええ、かなり」

 

私は額に手を当てた。

これは演技ではない。

本当に少し、困惑していた。

 

(騎士団長は騙されない、と思っていたのだけれど)

 

騙されていないのかもしれない。

騙されていないからこそ、ああいう反応になったのかもしれない。

どちらにしても——計算通りにならなかった相手というのは、前世を含めてほとんどいなかった。

屋敷への帰り道、馬車の中でずっとそのことを考えていた。

マリーは何も言わなかった。

珍しく、気を遣ってくれているようだった。

 

(次にあの方と話すときは、少し気をつけなければ)

 

そう思いながら、でも心のどこかに、小さな何かが引っかかっていた。

それが何なのか、このときの私にはまだわからなかった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。