メリルのお手伝い~後編~
お腹も満たされ、睡魔に襲われるよりも先に午後の活動を始めようとレイトが立ち上がる。
「もっとゆっくりしてからでもいいのに」
「いや、このままだと眠くなっちゃいそうで。 ほら、その子みたいに」
レイトの視線の先には頭をぐらぐらと揺らすリリーの姿がある。
つい今しがたまで笑って、喋って、食べてと忙しかった人とは思えないほどの早さで船を漕ぎ始めた。
「この陽気だもの、眠くもなるわね。 リリーちゃん、横になるかい?」
「ん? だめ、だめ。 タヌキに食べられる前に収穫しなきゃ」
大きなあくびと伸びをしながら立ち上がり、両手で頬を叩いて気合いを入れた。
片付けをするメリルに先んじて午前中の続きを進める。
リリーはレイトが押す大きな木箱の台車とは別に一人でも運べる一輪車タイプの木箱で倉庫との往復を始めた。
そんな折、レイトは子供の楽しげな声が近づくことに気付き、ふと手を止めて振り返る。
そこには数人の子供達がリリーを囲むように連なって歩いていた。
片付けから戻ったメリルが目を細めながら嬉しそうにレイトに話し始める。
「広場にある孤児院の子供達ね。何日か前にリリーちゃんを連れてジュースとお菓子を差し入れに行ったときがあったのよ。ほんの少しの間一緒に遊んだらすぐに懐いてくれてね。何度かこうして会いに来てくれるのよ」
「へぇ~、そんなことがあったんですね」
「純粋な子だからね、波長が合うんじゃない? 子供達と」
確かにレイトの周りには大人ばかりで子供と接する機会はほぼ無く、小さな子と触れ合う姿を初めて目にする。
穏やかな眼差しと優しさに満ちた空間を前に、見ているこちらまで心が温かくなってくる。
「本当に優しくて素直ないい子だよ。あの子の過去に何があったかは知らないけどさ、今のあの子がああやって笑っていてくれれば、私はそれで満足よ」
メリルの母性に溢れた言葉とは裏腹に、レイトの心は複雑な想いに揺れていた。
メリルの言うように過去に囚われず、彼女の『今』を豊かに育てることが何よりも大切なことはもちろん理解している。
しかしそう思えば思うほど、胸の奥底には過去を知ることへの怖さが存在することも事実。
この先、強大な魔力を保持する者としての責任を説いていく身としては、いずれその『過去』にも触れなければいけないこと、向き合うことは決して避けては通れないことだと考えている。
さらにその結果の如何によっては、いくつかのパターンを考慮し、いつか来るかもしれないその日に備えておくことの必要性も感じている。
『過去』と『今』
自分が相反する両者のどちらにも関わる重要な役回りであることを改めて突き付けられる。
考えたとて腑に落ちる明確な答えなどあるわけもなく、物思いに耽っているといつもの大きく温かい手が背中を叩く。
「ほら、あんたがそんな時化た顔してたらリリーちゃん、笑っていられないでしょうが!」
いつの間にやらまだ起きてもいない出来事にあれやこれやとネガティブな思いを巡らせていたことに気付かされ、我に返る。
いつも見透かしたように勇気をくれる、文字通り救いの手だった。
「そんな顔してましたか…… す、すみません」
「色々心配だろうけどさ。 大丈夫よ、あんた達二人なら大丈夫! ささ、そんな時は目一杯手を動かすに限るって!」
豪快な笑い声が鬱蒼とした気分を晴らし、気持ちを切り替えて一心不乱に作業に没頭する。
すぐそばでは子供達も小さな手で、リリーと一緒にかごから木箱へとりんごを移すのを手伝ってくれている。
賑やかに作業は進み、気がつけばあっという間に午後の日は傾き始め、夕方に差し掛かろうとしていた。
作業はメリルが予定していたよりも大幅に進んだようで、お礼のアップルパイの包みを各々に手渡し、何度も感謝を口にする。
レイトとリリーは二人で子供達を広場まで送って行くことにした。
子供達の元気は衰えを知らず、道中も飛び跳ね、走り回っている。
「本当にずっと動き回ってるな。よほどリリーに会えたのが嬉しいんだろうね」
「そうかな? いつもこんな感じだよ? それにあれを見てるとこっちも元気になるんだよね」
「へぇ~、そんなもんか。リリーもお姉さんだね」
「そう。リリーはお姉さんなんだ」
燃えるように赤々とした夕焼けに背を押され、街道を下り、広場にある教会の前まで辿り着く。
門の前には子供達の帰りを待つ修道士さんが立っていて、こちらに気付くと頭を下げて会釈をする。
レイトはメリルに持たされたお土産を手渡し、リリーは子供達と『さようなら』の呪文合戦を繰り広げた。
教会を後にすると行きがけに背を照らしていた夕日は沈みかけ、茜色と紺色が混ざり合う空に星が瞬き出す。
「久しぶりにこんなに動いたら、さすがに疲れたな。夜ご飯は何か食べて帰ろうか?」
「うん! この前お土産で初めて食べた陳さんの餃子、おいしかったんだよね。また食べたいな」
「餃子いいね~。じゃあ陳さんのところで決まりだね」
脳が餃子に支配された途端、急に空腹感が増し、腹の虫が鳴り始めた。
広場から街道へ出ると通り沿いの店の看板や照明にも火が灯り、陳さんの店先を彩る連なった赤い提灯達が一段と目を引く。
すでに活気づいている店内へと暖簾をくぐり、調理場にいる陳さんに声を掛ける。
「こんばんは、陳さん」
「あら! いらっしゃい、レイトさん! ってことは…… やっぱり! リリーさんも一緒ね!」
「こんばんは! 陳さんの餃子が食べたくて来たよ!」
「えっ!? あたしの餃子を!?」
「前にお土産でもらったやつがおいしくて、また食べたかったんだってさ」
「そ、そんな…… か、感動ね! もう好きなだけ食べてってちょうだいよ!」
「じゃあ、ひとまず餃子とビール。あとりんごジュースも」
厨房が見えるカウンターに座り、急ぎオーダーを済ませるとリリーが不思議そうな顔でレイトに尋ねる。
「ビール?」
「あ~、ビールか。確かにリリーの前で飲むのは初めてだったかな。ビールはね、一日頑張った大人だけが飲むことを許される、ご褒美の飲み物なんだ。ただ、ビールを含めたお酒っていう種類の飲み物はね、興奮や幻惑系の魔法が微量に施されていて飲みすぎると危ないから、子供は絶対に飲んではいけないんだ」
「魔法の飲み物…… 飲んでみたいかも。頑張ったし、お姉さんだし」
「リリーはまだダメでしょ。 ん~、そうだなぁ... 黒いコーヒーがおいしく飲めるようになったらかな? ビールも苦いしね」
「えっ!? 苦いの? ……じゃあいらないや」
そんなやり取りをしているとすぐに飲み物と山盛りの餃子が運ばれてきた。
陳さんの餃子は肉と野菜が絶妙に配合された餡がぎっしりと詰まり、薄皮でパリパリに焼かれたわりと大きめのサイズである。
それがいつもの一人前の皿ではなく、大皿に溢れそうなほどの山盛りで目の前に現れる。
「す、すごいな…… いつもの三倍くらいあるぞ? 陳さん、これ……」
「今日はリリーさんのためにね、サービスね、サービス! あとこれも食べてみてね」
陳さんはカウンターに春巻きと炒飯、小籠包など続々と並べ始め、サービスと連呼する。
リリーがこの店に毎日通ったらあっという間に潰れてしまうかもしれない……
次から次へと出される品々を目を輝かせて眺め、香りを大きく吸い込み、口いっぱいに詰め込む。
まさに五感で堪能するリリーの大きなリアクションは一緒に食事をする者はもちろん、作り手をも幸せにさせる。
「メリルさん、喜んでくれて良かったね」
「日頃お世話になってるし、お手伝いできて良かったよ。仕事とはいえあの作業を一人でやるのはさすがに大変でしょ」
「ちょっとはお返しできたかな」
「あ、お返しで思い出した。メリルさんの困り事はまだ他にもあったでしょ。リリー、覚えてる?」
「えっとね、 何だっけ? メリルさんが困ってること…… あっ! ネズミだ! あとタヌキ!」
「そう! 害獣による被害だね。これを俺達の手で何か助けてあげられないかなって」
リリーが鼻息荒く立ち上がる。
「やっぱりすごいや、師匠! リリー、全然気がつかなかったよ」
「まぁ、一応そういう仕事だからね。 でもね、リリー。実はそれこそがこの仕事の一番大切な部分だと思うんだ。
どんなに素晴らしい魔力や生成スキル、知識を持っていたとしても、相手が望むことを正確に引き出せなければ何も進まない。
相手に興味を持ち、話をよく聞き、同じ目線に立って、寄り添い、共感する。
そこで初めてイメージが生まれるんじゃないかな」
「たしかに。師匠はさ、お話しやすい人だよね。リリーのことも助けてくれたし。 リリーにもできるかな?」
「できるさ! なにも特別なことじゃないよ。
相手に喜んで欲しいっていう思いを持っていれば、色々と見えてくることがあるから」
「ネズミとタヌキをやっつけられたら、メリルさんはきっと喜んでくれる……
やろう、師匠! リリーのりんご、守ってあげなきゃ!」
「リリー、まずは落ち着いて。 ちゃんと座って食事をしよう」
興奮のあまり席を立ち、大好きな食事の手が止まっていたことに気付いた。
二人であれやこれやとイメージを模索し、魔道具談義に花を咲かせながら食事が進む。
「ふぅ、もう食えん…… 食べ過ぎた」
「リリーもお腹がパンパンだ。 陳さん、やっぱり餃子おいしかったよ! 他のも全部!」
「それは良かったね、リリーさん。満足できました?」
「うん、もうお腹いっぱい。 あ! そしたら陳さんにもお返ししてあげようかな。陳さんは何か困ってることない?」
「困っていること?」
「何でもいいよ。もしかしたらリリーがお手伝いできるかもしれないから!」
「そうねぇ、困ったこと…… あ~、一つあったね」
「なになに? どんなこと?」
「リリーさんに微笑まれると胸が苦しくなるね。意識がね、飛びそうになりますよ。これは困ったね」
「ん? 何でだろ…… それはリリーの魔道具じゃなくて診療所に行ったほうがいいかもね。 お大事に、陳さん」




