メリルのお手伝い~前編~
窓から射し込む日の光が眩しく、熱を帯び始めたある日の朝食後。
パァァ――――ンッ‼
何かが弾ける乾いた炸裂音と共に工房から白い煙が立ち上る。
リビングのレイトは特段驚きもせず、コーヒーをすすりながらお客さんから預かった魔道具の手入れを続けている。
しばらくすると煙の中から煤だらけの顔をしたリリーが現れた。
「今日も派手にやってるね~」
「……今日はイケると思ったんだけどな。ダメだったか……」
タオルで顔を拭きながらレイトの対面に座る。
死神を召喚したあの日以降、一つわかったことがある。
リリーの瞳と髪の一部が深紅に染まるのは、どうやらリリーが魔力を解放した時に起きる現象らしい。
そして時間の経過とともにまた元の色へと戻る。
今では本人もその事象について認識はしたものの、もちろん理由もわからず、残念ながら記憶の復元とまでは至っていない。
魔法を使った練習の度、毎日のように色の変化は起こるが、それ以外体調の悪化など差し迫った異変も特に起きないので、二人の中では魔法を使うときには当たり前に起こることとして気にも留めなくなっていた。
「魔力の微調整って本当に難しいね。ゆっくり込めてるつもりなんだけど…… ちょっと力が入っただけですぐ破裂しちゃうんだ」
「最初に比べれば上達してるさ。最初はドッカァァ――ンッ‼‼ だったもんね」
レイトがクスクスと思い出し笑いをする。
「このまま続けたら家が壊されると思ったくらいだし。一か月でここまで抑えることが出来てるんだから。上出来だよ」
「う~ん……でももっと早く完成させたいからな~、マドラー」
「焦らずだよ、リリー」
「うん、わかってる」
席を立ち、キッチンでコーヒーを淹れて、冷蔵庫の牛乳と混ぜ合わせ、例のマドラーを持って戻ってくる。
椅子に座るといつものようにカップを凝視しながらマドラーでかき混ぜる。
「本当にすごいよね、師匠のマドラー。毎日使ってもずっと甘いもん。見た目もきれいだし」
「まぁ、一発目の試作品にしては思いの外出来が良すぎたかな。でもリリーにはこれを超えるマドラーを作ってもらわないとね」
「これを超えるものなんて…… いじわるだな~、師匠は」
穏やかな笑顔を見せながらリリーもコーヒーをすする。
「うん。いつも通りおいしいや。師匠が淹れたコーヒーを、師匠が作ったマドラーで混ぜると世界一おいしいコーヒーになるんだ。師匠はコーヒー屋さんにもなれるね」
「うれしいこと言ってくれるね」
「あ! あとりんごジュースが無くなったから後でメリルさんのところへ行ってくるね」
「あ~、そうだった。ありがとう。助かるよ」
さすがに一か月も生活すればキッチンでの動きや二人の会話にも慣れが見え、余計な遠慮もなく、リリーがここでの生活に馴染んできたのも垣間見える。
「メリルさんのところから戻ったら、お昼は久しぶりにクレイのところで食べようか?」
「わかった。おしゃべりに夢中になって遅くならないように気を付けるよ」
リリーが来てからりんごジュースをもらいに行くのはリリーの仕事になっている。
リリーの元気な姿を頻繁に見せることが、心配性のメリルを安心させる材料になっているような気がして、なんとなくそのまま続けてもらっている。
メリルもリリーを可愛がってくれていて、行く度にお菓子や服などのお土産を持たせてくれたり、しょっちゅう一緒にお茶を飲みながら長い時間おしゃべりをして帰ってくることもある。
おかげでこの一ヶ月の間でリリーの話す言葉も増え、会話自体に落ち着きのようなものが出てきた。
お互いに冗談を言い合ったりも出きるようになっている。
ただ、何か余計なことまで吹き込まれていないかだけが心配の種ではある。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい。よろしく頼むよ」
鼻唄を歌いながら空瓶を持って出ていく小さな背中を見送る。
魔法だけでなく、何気ない日常の中でリリーの成長を感じることが嬉しくて、思わず口許が緩む。
ほどなくして並々と注がれたりんごジュースの瓶を両手に持ったリリーが戻ってくる。
「おっ? 今日は早かったね?」
「うん。なんかすごい忙しそうだったからね、メリルさん」
その背中にはまた大量の衣類が詰まっているであろう布地を背負っていた。
「またいっぱいもらっちゃった。かわいいお洋服」
「ありがたいけど…… 工房に収まりきるの?」
「うん。工房には少しだけね。他のは屋根裏の物置きへ置くようにしてるよ」
……教えたはずは無いが、いつの間に屋根裏の存在を知ったのだろう?
このペースで増えていったら魔道具店ではなく、古着屋の看板が必要になるかもしれない……
あとで行きがけにお礼がてら、それとなく服は減らしてもらうよう、うまいこと伝えるとするか……
「よし、じゃあ行こうか」
扉を開けて外に出ると、鮮やかな新緑が優しく目に飛び込む。
「今日は暖かくて散歩日和だな」
レイトは両手を上げ、大きく伸びをしてから歩き始める。
その後ろを早くも何を食べるか思案しながらリリーがついて歩く。
甘い香りが漂い始めると木々の向こうに収穫をしているメリルの姿が見えた。
脚立に乗り、手際よくりんごを収穫し、肩に掛けたかごに入れていく。
近くまで寄り、声を掛ける。
「こんにちは、メリルさん。 また洋服を頂いたようで…… いつもありがとうございます」
「はい、こんにちは。いいのよ、どうせ娘が着なくなって置いてった服なんだから。気にしないで」
「今日は一段とお忙しそうですね?」
「そうなのよ。収穫のお手伝いさんが急に具合が悪くなっちゃってね。朝からバタバタでリリーちゃんと茶飲みもできなかったわよ。
それより二人揃ってお出かけかい?」
「うん。クレイのところにお昼ご飯を食べに行くんだ」
リリーが嬉しそうに返事をする。
「あら、いいじゃない。楽しんでおいでよ、リリーちゃん」
「……いや、クレイの店、今日は休みだったかな。行くのは明日にしようか、リリー」
レイトの突然の言葉にリリーは驚き、小首を傾げる。
「まぁ、でもちょうど良かった! 今日はあまりにも天気がいいから、体を動かしたい気分だったし」
レイトがシャツの袖を腕まくりしながらリリーに目配せをすると、意図を汲み取ってくれたようで満面の笑みで頷く。
「うん! そういえばリリーも今日は何だか動きたかったんだ。 メリルさん、お手伝いさせてよ!」
「え⁉ せっかくの二人でお出掛けでしょ?」
「いいの、いいの。今日はもう二人でりんごを収穫するって決めたんだ。脚立とかごは倉庫の方?」
レイトは半ば強引に手伝いを始め、メリルに遠慮する余地を与えなかった。
簡単な手解きを受け、メリルのすぐ隣の列から始める。
レイトが脚立に乗ってりんごを収穫し、かごがいっぱいなったら下にいるリリーに渡し、新しい空のかごを受け取る。リリーはレイトとメリルからりんごの入ったかごを受け取り、一つ一つ丁寧に木箱の台車に乗せていく。一本の木を終えると隣の木に移動し、りんごを積んで重くなった台車をレイトが押して進んでいく。
「三人だと進みも早くて本当に助かるわ。ありがとうね。今やってる木が終わったらお昼ご飯用意するから、もう一踏ん張り頼むわね」
ご飯の言葉を聞いて二人の作業ペースが一段と早くなる。
山積みになった台車を押しながらメリルの自宅の前まで戻ってくると、一足先に戻ったメリルが木陰に大きな布を広げ、昼食の準備をしてくれている。
「お疲れ様! ありがとうね。すぐに用意できるから先に台車を倉庫にぶち込んで来てくれるかい?」
二人で台車を押し、自宅裏にある倉庫に向かう。
そこは作業道具が保管されていたり、収穫したりんごの貯蔵庫にもなっていて、選別の作業などもそこで行われている。
リリーが倉庫の引き戸を開いた瞬間、大きな声をあげる。
「うわぁーーっ!! 何!? なんか出てきた!」
レイトは一瞬身構えたが、よく見るとネズミの群れだった。
「大丈夫、大丈夫。ただのネズミだよ」
「はぁ~、びっくりした…… 何かと思った」
胸を撫で下ろしながらメリルの元へと戻ると、敷物の布の上にはたくさんのサンドイッチと豚肉のソテーや鳥の唐揚げなどのおかずがところ狭しと広げられていた。
「さぁ、あがって! お腹いっぱい食べてちょうだい」
お腹を空かせていた二人は敷物にあがるなり、早速取り分け、食べ始めた。
「うん! おいしいよ、メリルさん」
「ありがとうね~、リリーちゃん。どんどん食べな」
「うん、どんどん食べるよ。なんかさ、外でみんなで食べるご飯は楽しいね」
リリーは両手にサンドイッチを持ちながらご満悦の表情だ。
「そういえばさ、メリルさん。さっき倉庫を開けたら結構な数のネズミが逃げ出て行きましたよ。もしかしていたずらとかされてます?」
「そうなのよ…… だいぶ暖かくなってきたせいか、ここ最近急に増えちゃって。中でも外でも悪さするのよ、あの子ら」
「さっきのネズミ達が悪いことするの?」
「ひどいときは木箱の半分くらいはかじられて、売り物にならなくなっちゃうのよ。最近じゃ外でもタヌキやらイタチやらが夜な夜な木に登って悪さしてるみたいだし…… 困ったものよね~」
「メリルさんのりんごはおいしいから、動物達もみんな食べたくなっちゃうんだね」
「まぁ~、この娘ったら…… いつも嬉しいこと言ってくれるわね。でもね、このまま放っておいたらリリーちゃんの食べる分まで無くなっちゃうわよ?」
「それはダメ! 絶対ダメだ!」
見事な慌てっぷりを披露すると、メリルの豪快な笑い声が辺りに響き渡り、昼餉は一段と賑やかに華やいだ。




