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試作品

 翌朝、キッチンで眠い目を擦りながらコーヒーを淹れるレイト。

リリーの謎についてあれこれと考え、死神とのやり取りで興奮し、覚醒したままの脳では眠れるわけがなかった。

当の本人は布団からはみ出し、大の字で寝ている様子が見える。

「やっぱり丸見えはまずいよな…… 後で布でも吊るし掛けるか」

工房の入口を気にしながらも冷蔵庫を開け、卵とハム、野菜をいくつか取り出す。

何種類かの葉物の野菜をキレイに洗い、水気を取り、ボウルにさっと手でちぎり入れる。

熱したフライパンに少量の油を注ぎ、ハムを並べる。

パチパチと油が跳ねる音とコーヒーの香りで至福の朝時間が始まる。

フライパンには卵を落とし入れ、ボウルには手作りの特製ドレッシングを回しかける。

主役はゼン爺さんの食パン。

贅沢に厚く切り分け、トースターで焼き始めると嗅覚の至福は最高潮に達する。

この期を逃さず、鼻の利くかわいらしい小動物が目覚めたようで、巣から這い出てきた。

「やっぱりだ。おいしい匂いで目が覚めたら、もうおいしいが出来上がってる!」

「おはよう、リリー」

「ん?」

「あ、おはようか。『おはよう』は朝に会う相手に今日一日、災いなく、ステキなことが起きる呪文だね」

「へぇ、いい魔法だね。おはよう、師匠」

「それにしてもさすがだね。匂いを嗅ぎ付けて起きてくるなんて」

「うん。夢の中でも師匠がご飯作ってたんだ。そしたらおいしい匂いがして、目が覚めたら、本当に師匠がおいしいの作ってた。これもすごい魔法かな?」

「そうかもしれないね」

 ……それはただの食いしん坊でしょ……

心の声は口にせず、プレートに料理を取り分ける。

「よし、じゃあ準備をして朝食にしよう」

リリーは布巾でテーブルを拭き、冷蔵庫から牛乳とりんごジュースを取り出し、グラスを用意する。

「リリーはコーヒー、飲む?」

「うん。甘くて茶色いやつ」

レイトはカップを二つ用意し、盛り付けたプレートと一緒にテーブルへ運ぶ。

ハムエッグとサラダ、トーストとコーヒー。

レイトのお気に入りの朝食セットで、これだけで朝からテンションが上がる。

昨日と同じように二人向かい合って座り、食事を始める。

「金色のトロトロはいっぱい入れてね」

リリーのカップには例によって、蜂蜜と牛乳をたっぷりと注ぐ。

こぼさないように蜂蜜を注ぎ入れる作業を目の前で眺め、ニンマリと笑顔を浮かべる。

挿絵(By みてみん)

「これ入れたほうが絶対おいしいのに、師匠は黒くて苦いまま飲むんだよね。なんでだろ?」

「この苦味とか香ばしさがおいしいんだよ。リリーも大人になったらわかるかもね」

レイトがマドラーでかき混ぜ、リリーにカップを渡す。

「そのくるくるする棒でかき混ぜたら、全部甘くておいしいのになっちゃえばいいのに。水とかも全部さ」

リリーはトーストにかぶりつきながら、ぼそっと呟いた。

レイトはその言葉を聞くと視線を宙に向け、考えを巡らせる。

「なるほど、これならいけるかも……リリー、ステキなアイデアだよ」

「ん?」

「作れるかもしれない。甘くなるマドラー」

「本当に!?」

椅子から立ち上がると、テーブルの角に手を掛けてピョンピョンと飛び跳ねる。

「落ち着いて、リリー。食事中だから」

たしなめられ座り直すも、興奮が押さえられず前のめりでレイトに尋ねる。

「どうやってやるの? 魔法使うの?」

「ああ、もちろん魔法を使って作るんだけど。思った通りにできるかはやってみないとわからないね」

「リリーにもできる?」

「そうだね、それほど難しくはない合成だから、最初の練習にもちょうどいいかもしれないな。

食べ終わったら早速やってみようか? リリーの作る最初の魔道具になるかもしれないね」

瑠璃色が一層鮮やかになり、満面の笑みで喜びが溢れ出す。

 片付けを終え、二人は早速工房でマドラー作りに取り掛かる。

「まず大切なことはイメージかな。こういう効果を求めるために、どんな素材を組み合わせて、どんな形を形成して、どういう魔力の注入が必要か。今回で言えばかき混ぜると甘くなる効果だね」

リリーは真剣な顔でレイトの話に聞き入る。

「今のリリーに必要なのは豊富にある素材をたくさん覚えること。素材が持つ効果だったり、組み合わせだったり、生成方法だったり。この知識の土台があって初めてイメージができる。あとは生成の時に重要な魔力の微調整だね。

知識とイメージと魔力の調整。この三つをひたすら繰り返して練習していこう」

「うん、わかった。いっぱい覚える」

「ひとまずおれがイメージしたやつを試しに一つやってみようか」

レイトは工房内を見渡し、がらくたともゴミとも見える素材の山の中を物色し始める。

しばらくの間がさごそと探しているとようやくお目当てのものが見つかった。

「これだ、これだ。よかった、見つかって」

レイトの手には黄金色の石のようなものが光る。

「それは?」

「これはアンバーの結晶だよ。こいつを溶かして蜂蜜とパレルの花の種を混ぜ合わる。熱の魔力をほんの少しだけ注入して、最後に硬化の魔法で固める。うまくいけばこれで完成かな」

「すごいね、師匠。もう完成までイメージしてるんだ」

「イメージだけはね。でも施す魔力量は実際にやりながら変えていくから、そこは経験が必要だね」

レイトは年季のはいった小さな銅の鍋にアンバーの結晶を入れ、火にかけ始める。

「あれ?これも少しおいしい匂いがする」

「そうなんだ。アンバー自体に甘い香りがあるからね。味と一緒にこの優しい香りも付けられたらと思ってさ」

リリーは目を輝かせ、鼻息荒く鍋を凝視する。

すると結晶が溶け始め、ふつふつと泡が生まれだした。

「じゃあ、リリーにも手伝ってもらおうかな。鍋のアンバーを焦がさないように今のこの状態をキープするから、様子を見ながら下の火を出し入れしてくれるかい?」

「わかった! やる、やる!」

レイトも焦がさないよう鍋を揺らすと、黄金色の液体は玉のように鍋底を転がる。

その玉に蜂蜜を注ぎ入れ、粉々に刻んだパレルの花の種をまぶす。

「その粉は?」

「これはパレルの花の種で、食材の劣化を防ぐ作用があるんだ。直接口に含むようなものを作るときにはよく使う素材だね。天然素材だから安心だし」

「パレルの種……食べ物、安心…… アンバーは、キレイで茶色……溶ける、焦がしちゃダメ」

いつものように宙を見つめ、ぶつぶつと独り言を反復する。

「よし、そろそろ仕上げかな。リリー、火は消しちゃって」

バーナーの火をフッと消すと、すぐに鍋底に視線を戻す。

レイトは左手で器用に鍋を回し、艶やかな黄金色の液体を転がすと右手を鍋の上に掲げる。

グッと拳に力を込めたあと、ふっと開いた手のひらから真っ赤な魔力が溢れ出した。

ゆらゆらと揺らぐ赤い魔力を液体の玉にそっと注ぎ込む。

レイトの額から汗の雫が頬を伝い、緊張感を漂わせる。

リリーも息を呑み、作業を見守る。

挿絵(By みてみん)

真っ赤な魔力は次第に小さくなり、レイトの手の中に消えていった。

台に鍋を置き、両手を開いて鍋にかざす。

鍋から水蒸気が上がり、中を確認することができなくなった。

レイトの指は宙で何かを操るように繊細な動きを見せる。

その動きが止まり、開いた両手を鍋の上でパンッと叩き合わせると、広がっていた水蒸気が一気に鍋に吸い込まれ消えていった。

鍋底には先程まで液体の球だったものが、飴色をした長いスプーンのようなマドラーに形を変えていた。

「……し、師匠! これ、できた? 完成?」

興奮したリリーがマドラーとレイトの顔を交互に見つめる。

「完成だね。硬化まで終えたからもう触れるよ」

リリーは恐る恐る指先で突っつく。

熱くも冷たくもなく、完成したマドラーを手に乗せて眺めた。

ベッコウ色が鮮やかに輝き、一見しただけでは高価なマドラーとしか見えない。

「外見は思い通りの仕上がりだ。あとは実際にかき混ぜてみて、ちゃんと甘くなるか確認しよう」

リリーは大急ぎでキッチンに走り、余ったコーヒーをカップに注ぐ。

テーブルの上にカップを乗せ、ゆっくりとマドラーをコーヒーに沈めると、くるくるとかき混ぜ始めた。

するとコーヒーの芳醇な香りの中にアンバー特有のウッディな甘い香りが立ち上る。

「師匠! ちゃんとさっきのおいしい匂いがするよ!」

レイトは冷蔵庫から牛乳瓶を取り出し、コーヒーに注ぎ入れる。

リリーはそのままかき混ぜ続け、液体は優し気な茶褐色に変わっていく。

「さあ、リリー。最終確認の味見をして」

リリーはマドラーを置き、両手でカップを持ち上げると、グイっと口に入れた。

大きな目をさらに大きく見開いて、驚きと喜びを含んだ笑顔が弾ける。

その表情が生成の成功を物語る。

「すごいよ、師匠! 牛乳入れてかき混ぜただけで、いつもの甘いコーヒーだもん! しかも一回目で!」

リリーは改めてマドラーを手に乗せ、上から横からと舐めるように観察する。

「その成功した試作品はリリーにプレゼントするよ」

「ホントに⁉」

「あぁ。日常で使いながら耐久度や持続効果を検証して、改良点を加えて、最終的にリリーが自分で完成品を作るんだ。

これは依頼ではないし、いっぱい失敗したって構わない。練習も兼ねて急がず、ゆっくりとね」

「リリーが、 完成させる……」

マドラーを見つめる瑠璃色の瞳に強い決意が宿る。

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