メリルと幸せの魔法
善は急げだ。
誰かに見られて妙な詮索をされたり、変な噂が立つ前に『弟子を取った』という既成事実を、関わりがありそうな人達へ先に公表してしまおう。
保身の策が頭を駆け巡る。
「天気もいいし、ちょうど午後は時間も空いてるから散歩がてら町を案内しようか?」
そう提案するとリリーはコクリと頷いた。
レイトがテーブルの食器を片付けている間、リリーはぐるっと周囲を見渡し、それほど広くはない室内を観察し始めた。
キッチンには調味料や液体の入った小瓶が並べられ、壁には大小のフライパンや鍋、調理器具が掛けられている。物は多いが整頓されていて乱雑な感じはしない。
テーブルのすぐ脇にはラグマットの上に茶色の革製のソファと木製のローテーブルが置かれている。
とりわけリリーの目を引いたのは、ソファの後ろにある壁際の棚に陳列された様々な魔道具達であった。
そこには値札のついた物であったり、お客さんの名前の札がついた品、見るからに壊れているような物などが所狭しと無造作に置かれている。
どれも一見しただけでは何に使う、どんな道具かすらもわからない物ばかりで、他人に言わせればいわゆる『がらくた』と呼ばれる部類の品々である。
リリーは席を立ち、がらくた達を興味津々に見て回る。
ひとしきり道具を見終え、室内に視線を戻すと木製の青い扉と緑色の扉があり、もう一つ扉の無い部屋があることに気付いた。
そこは普段レイトが魔道具を生成する工房として使っている部屋だった。
研究や開発もすべてそこで行う。
誘われるかのように部屋の入り口から、そっと中の様子を伺う。
『魔法陣術式図解集』『エデル召喚魔法について』『古代文明時代におけるピレスティ術式の研究解読』
一般の人が見てもちんぷんかんぷんであろう、多くの書物や文献が本棚から溢れてこぼれ落ちている。
試験管や汚れたままのビーカー、火にかける青銅の大きな鍋、天秤といった様々な実験器具。
枯れた植物の葉の束、色鮮やかな光石、何らかの骨らしきものやごつごつした石ころなど、見たことの無い素材があちこちに混在し散らかっていて、お世辞にもキレイな部屋とは言い難い。
「ここは?」
「ああ、その部屋は魔道具を作る工房だよ。研究資料やら書物が多くて散らかってるけどね」
テーブルを拭き終えちらりとリリーを見ると、彼女は好奇心いっぱいの瞳で工房を食い入るように眺めていた。
「もうすぐ終わるからさ、好きに見ていていいよ」
長い銀髪が机の上の本に触れて、ふぁっと埃が舞う。
リリーはうずうずした気持ちになり、散乱した魔法陣の書物に指を伸ばした。
分厚い書をペラペラとめくり、他にも気になる書物を物色するように部屋中を眺めまわす。
「ここ、いいなぁ、 すごくいい……落ち着くなぁ」
ガラス窓から差し込む陽射しが、埃っぽい工房の宙に舞う塵をキラキラと照らす。
「よし、お待たせ。 じゃあ行こうか」
扉を開け外に出ると陽射しが直撃して思わず目を細める。
店先を左方向へ進むと、町の広場へ続く小道が始まる。
道中にまず会わせておきたい人が真っ先に思い浮かんだ。
メリルだ 。
彼女は独り身のレイトをいつも気にかけ、作った食料品を届けてくれたり、外出中に突然降られた雨から洗濯物を避難させてくれたり、何かと世話を焼いてくれる町の人気者である。
ご近所さんということもあり、リリーが滞在する間に最も頻繁に会うことが予想される人物で、まず真っ先に『弟子』を紹介し、余計な詮索の芽を摘んでおきたいと考えたのだ。
小道から逸れ、甘い香りが立ち込めるりんごの木々をすり抜ける。
「メリルさんはこのりんご農園を営んでいるんだ。 さっき飲んだりんごジュースを作ってくれた人だよ」
レイトが教えるとリリーはキョロキョロと瞳を輝かせ、初めて味わったあの美味しさを思い出しながら、工房とはまた違った好奇心で果樹園の景色を夢中になって見入った。
木々の向こうにメリルの白い自宅が見えてくる。
自宅の前に簡易的なスペースを作り、そこでりんごの直売や加工したお菓子などを売っている。
木製テーブルには山盛りの真っ赤なリンゴと色とりどりのお菓子、透明な瓶に入ったりんごジュースが並んでいた。
メリルはちょうどテーブルの準備をしていたところで、レイトの姿を見つけると大きく手を振った。
「はい、こんにちは! あんた元気でやってる?」
レイトの肩をバンバンと叩く。
相変わらず声の大きい豪快なおばちゃんだ。
レイトのすぐ後ろを隠れるようにして立つリリーに気づくと、メリルの目が興味心できらりと光った。
「あら? 今日は可愛らしいお嬢ちゃんを連れてるのね。 お客さんとご一緒に?」
レイトはすぐさま予定通り、今日から『弟子』を取ったと伝える。
住み込みで雇った『弟子』で頻繁に顔を合わせるだろうから紹介に来たと伝える。
メリルは目を丸くして驚き、ぽかんと開いた口元とは裏腹に、頬がみるみる赤らんでいく。
「あ、あんた、こんな若くて可愛らしいお嬢ちゃんを弟子にって。しかも一緒に暮らすって……あらやだ、そんな、 だ、大丈夫かい?」
……ほら、思った通り、この反応だ。
明らかによからぬ想像をしているのが目に見えてわかる。
やっぱり最初に話しておくべき人はこの人で正解だったようだ。
だがいつものように親身に心配してくれているのも伝わる。
「ええ、困ったらいつもみたいにご相談させてもらいますよ」
そんなやり取りの傍らで、リリーはテーブルのリンゴの山やカラフルなお菓子に釘付けでこちらの話はそっちのけだ。
「りんごと、 ジュースと…… おいしいのは ……メリル。 メリルが作る、 お菓子も」
ぶつぶつ独り言を呟きながら売り物を眺める。
メリルはリリーがリンゴやお菓子に夢中になっている様子を見て、温かい笑顔を浮かべた。
「お嬢ちゃん、リンゴ好きかい?」
その問いかけにリリーは目を輝かせ、恥ずかしそうにうつむきながら小さな声で答えた。
「リリーはりんごジュースが、一番おいしい……一番大好き」
「リリーちゃんっていうのね! うれしいねぇ、おばちゃんが作ったジュースを褒めてくれて」
メリルは顔を綻ばせながら近くのテーブルから焼き立てのリンゴパイをそっと持ち上げ、リリーに手渡した。
「あと、これ持って帰りなさい。さっき焼けたばかりだから」
リリーはメリルに負けないくらい口角を上げ、パイから立ち上る甘くて芳醇な香りを胸一杯に吸い込み、幸せそうに目を細めた。
「あんたも何か困ったらすぐ言いに来てちょうだいよ?」
「あ、ちなみになんですけど……」
続けてリリーの記憶障害のことも小声でそっと耳打ちした。
「まぁ、そうなの……」
メリルは少しの驚きを見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「じゃあなおさら力になれることがあったら遠慮なく言ってちょうだい! ご近所なんだから!」
再びレイトの肩をバンバンと叩く。
その強く叩く手から大きな優しさと安心感を感じる。
手を振り見送るメリルに軽く会釈をして、元来たリンゴの木々の隙間へと戻っていく。
「メリルのこれ、 これもすごくいい匂いだ」
リンゴパイの包みを大事そうに両手で抱える。
「お礼はちゃんとしたかい?」
リリーはキョトンとした顔でこちらを見上げ、しばらく沈黙した後に小さく首を傾げた。
「何かをもらったり、うれしいことをしてもらったら『ありがとう』って伝えるんだ。そうすると相手も嬉しくなる。 みんなが幸せになる呪文みたいなものかな?」
「呪文、 ……幸せの魔法」
またぶつぶつ始まると途端に包みをレイトに預け、踵を返しリリーが走り出す。
「えっ⁉ お、おいっ!」
驚いて呼び止めようとするのも間に合わず、リリーはメリルのいるテーブルへ一直線に向かっていった。
メリルのそばで何やら話し始め、その途端にメリルの豪快な笑い声が風に乗ってここまで届いてきた。
こちらへ戻ってくるリリーに 「どうした?」と問いかける。
頬をほんのり赤らめ、自慢げに両手を広げて言った。
「うん、魔法使ってきたよ。ふふっ、やっぱりリリーにも魔法使えるんだ!」




