出会い
その出会いは突然で 眩しくて、 愛おしくて……
君に出会えて人を愛することを知った。
その出会いは必然で 優しくて、 温かくて……
あなたに出会えて人を想うことを知った。
春の陽気に包まれた気持ちの良い晴天の昼下がり。
レイトは午前中に来店したお客さんの対応を終え、依頼書をまとめ店内の片付けを始める。
店とはいっても小さな家に住居と工房を兼用しているため、お客さんとのやり取りは必然的にリビングでの対応となる。
突然の来店の場合、食事中であればテーブルに食べかけの食事と一緒に商談をすることも多々ある。
今のところそれについての苦情もないし、まぁ良しとしている。
ここでお客さんの依頼を聞き、工房で魔道具を開発・生成し、寝室で寝起きする。
何よりもレイト自身がこの小さな空間を気に入っている。
しばらくすると再び入り口の扉がノックされた。
先程のお客さんが忘れ物か何かで戻られたのだろう。
「あれ? お忘れ物でしたかね?」
そう話しながら扉を開けるとそこには静かに君が立っていた。
背中に浴びる春の陽射しが銀色の長い髪を輝かせながら……
眩い光と相まってまるで女神様かと思わせるほどの美しさを纏う少女に目を奪われる。
少女は入口に佇み、瑠璃色の瞳がレイトをじっと見据えている。
時を奪われ思わず足を止めてしまったレイトがようやく声を絞り出す。
「え……えっとー、 お客さん、 ですかね?」
少女からは特に返事もなくただただこちらを見つめている。
レイトはさらに一歩踏み出して問いかける。
「えーっと、何かお困り事です?」
すると少女はほんのわずかに無言でコクリとうなずいた。
ひとまず戸惑いながらも店内へと案内し、リビングのテーブルへ誘導した。
少女はちょこんと椅子に腰かけると、店内をゆっくりと見渡し始めた。
「お名前を伺っても?」
「……リ、リリー」
俯き加減で小さくそう名乗った。
店内の様子を観察しながら、小さな唇が微かに動き出した。
「あの…… ここは……お店?」
「ああ、うちは魔道具店なんですよ。 お客さんの依頼を受けてお役に立つような道具を作って差し上げるんです。 ちょっとだけ魔力を使ってね」
瑠璃色がわずかに濃くなる。
銀髪を耳にかけながら魔力という言葉に反応し、好奇心で体が少し前のめりになる。
「魔道具店、魔法の道具……作るお店。リリーにも、作れるかな……」
「⁉ ……ん? い、今なんて?」
「魔法の道具…… リリーも、作りたいな……」
耳を疑った……
生成自体、誰でも彼でもできるものではなく、魔力を有し、それをコントロールしつつ、最低限の生成魔法のスキルと知識が無ければ成しえない技術である。
もちろん時には大きな危険を伴うケースもある。
それを突如現れた少女がやりたいという。
戸惑い、声も出せず唖然としているとリリーの腹の虫がグゥーと鳴った。
特に表情は変えないが体は正直だ。
虫の音は止まずグゥ――っと繰り返し響き、レイトがクスッと笑う。
「お困り事ってそういうことだったか。 ちょうど昼食前だったし、良かったら一緒に食べますか?」
リリーの瞳が一瞬で輝きを増し、顔色がパッと明るくなるのをはっきりと見て取れた。
「え、いいの? 食べる、食べる!」
椅子から少し浮き上がるような姿勢になる。
リリーのあまりにも素直すぎる返答に思わず顔がほころんだ。
なんとも言い表せぬ独特の雰囲気。女神のごとき輝きとたどたどしい口調、感情表現の乏しさが奇妙な魅力となってつい見入ってしまう。
「ではすぐに準備しますのでちょっとお待ちくださいね」
すぐさま準備に取り掛かると、取り急ぎ鍋に残った今朝作ったばかりの野菜スープを火にかける。
隣の冷蔵庫からはりんごジュースの瓶を取り出し、グラスと一緒にテーブルへ置いた。
柔らかな食パンを二切れほど丁寧に皿に切り分ける。
温められたスープからは湯気がゆらゆらと立ち昇り、店内に優しい香りが広がっていく。
「出来合いのものでお口に合えばいいのですが」
こうして二人初めての不思議な食事が始まった。
目の前に並べられた料理を興味深そうに見つめる。
温かいスープの湯気に顔を近づけ、香りを嗅ぐように鼻を少し動かす。
「わぁ、いい匂い。食べるの、久しぶり……」
小さく呟きながら食パンを手に取り、慎重に一口サイズに千切る。
「久しぶりって、 食事、取られてなかったのですか?」
「わからない……わからないけど、なんだか体があったかい。食べるの、あったかくなる。」
食事を前にした喜びと何か懐かしい記憶が混ざり合ったような複雑な色を浮かべる。
「んー、それは美味しい、ってことで受け取って良いのかな?」
食パンを噛むたびに幸せそうな息遣いが漏れ、スープを一口飲んでからは満足げに目を細め思わず声が出る。
「ん~! そう、それだ!おいしい。こんなおいしいもの、食べたことないかも」
「そいつは良かった! そんなに喜んでもらえて作った甲斐がありましたよ!」
両手で持ったスープカップを大切そうに抱えながら、食パンを更にもう一口頬張る。
「こんなおいしいもの、本当に久しぶり……。もっと食べたいな」
初めて自分から『もっと』という言葉を口にしたことに気づき、少し驚いた表情を浮かべる。
「ああ、いいですよ。鍋にもう少し残ってますので、せっかくだし全部食べちゃってください」
スープ鍋を覗き込むように身を乗り出し、両手を軽く握りしめる。
「本当? こんなにおいしいスープ、全部食べてもいいの? 全部?」
食パンを次々とスープに浸し、幸せそうに口に運ぶ速度が少し早くなる。
余程お腹がすいていたんだな。
そう思わせるほどの食べっぷりの良さに作り手としては気分が上がる。
リリーはグラスを両手で包むように持ち、薄黄色の液体が揺れる様子を瑠璃色の瞳でじっと追っていた。
一口含むと瞬時に目を見開き、唇が輝いた。
「こ……これは何⁉」
レイトは驚いて眉を上げた。
「え? ただのりんごジュースですけど、なにか⁉」
するとリリーは前のめりになり、興奮で声が弾んだ。
「こんな甘くておいしい飲み物、生まれて初めてだ!」
グラスを胸に抱え、もう一口飲み干すと、恥ずかしそうにレイトを見上げた。
「これももっと飲んでもいい?」
思わず噴き出しそうになり、口元を押さえた。
「ジュースもおかわりどうぞ、遠慮なく。そのりんごジュースはお隣のメリルさんというご婦人が手作りされているのをいただくんですよ、 美味しいですよね?」
おかわりのグラスを受け取り、好奇心と興奮で大きくなった瞳でグラスの中のリンゴジュースを名残惜しそうに見つめる。
「メリルさん、ジュース……手作り、りんご」
小さな声で独り言をぶつぶつと呟き反復している。
「こんなおいしいのがあるなんて……すごい、 すごいな」
レイトはリリーがジュースを楽しむ姿をじっと見つめた。
会話の端々に感じる違和感と彼女の様子から察するに、本当の困り事はもっと大きな問題だと勘づいた。
おそらく記憶障害。
医師ではないから詳しいことはわからないが、触れれば崩れるかもしれない繊細な陶器のような少女の心が心配だった。
しかし迷いを超えて、レイトは慎重に言葉を選んだ。
「リリー、君は食事を『久しぶり』と言ったけれど、普段は何をしているのかな?」
低く落ち着きのある優しげな声音で話を始めた。
リリーはグラスを握ったまま問いかけに瞬きを繰り返し、戸惑う幼子のように唇を噛みしめる。
「わからない……。ずっと、何もしてない……気がする。お腹が空いたり、眠ったり、歩いたり……」
「どこから来たかも?」
「わからない……覚えてない」
小さく溜息をつき、俯きがちにグラスを両手で握りしめる。
「魔道具を作りたいって、 もしかして魔法を使えたりするの?」
グラスを握る手が少し強くなり、瑠璃色の瞳が一瞬だけ鋭く光る。
俯いていた顔をパッと上げた瞬間、銀髪が静かに揺れる。
「魔法……使えるかもしれない。わからないけど、 使えそうかなって」
「どうやってここまで着いたの?」
「ん~、おでこのところに、黄色いのがいてさ。それがリリーのことを呼ぶんだ。で、呼ばれるほうに近づいていくとさ、黄色いのがどんどん大きくなっていくの。そしたらそこの扉のところに着いた」
……衝撃だった。
それはまさに魔力探知を言語化した表現だった。
しかも普段は生成時にしか使わない自分の魔力か、置いてある魔道具から発するごく微量の魔力を探知できていたという事実。
魔力探知自体、ベテランの魔法使いでさえ一朝一夕で扱える魔法ではない。
こんな若い少女がなぜ?
「今はおでこの光はどうかな?」
「今はなにもない、何色でもないや」
それはつまり戻るところもわからない、ということに繋がるか……
「リリー、ここにいてもいいのかな?」
初めて見せる弱々しい表情でレイトの目を覗き込む。
困っている人を無下にできない性格から湧き上がる感情と、年頃の少女を一時的にとはいえ家に匿うことへの後ろめたさが胸の中で激しく葛藤し、深く息を吸い込む。
それにうっすらと見せた彼女の底知れぬ魔力の片鱗がレイトの好奇心をくすぐっている。
しばらく沈黙が流れた後、レイトは決断した。
前者の思いが勝り、優しい眼差しでリリーを見つめながら口を開いた。
「わかりました。ひとまず数日の間はここでゆっくり休んでください。もしかしたら何か事故があって、誰かがあなたを探しに来るかもしれないですし」
リリーの表情がぱっと輝き、不安で曇っていた瞳に希望の光が宿った。
しかし続けてレイトは少し俯き加減になり言葉を繋ぐ。
「ただ大人には世間体というものがあってね…… 私としても立場があるので。とりあえず今から私のことは『師匠』と呼んでください」
少女を匿っているという現実を『弟子を取った』という体で正当化し、後ろめたさを消し去りたいという浅はかな意図が見える。
「わかった。師匠…… 師匠ね」
午後の陽射しが店先のガラス窓を通して部屋いっぱいに広がり、空気中の塵をキラキラと輝かせる。
「そんなことより師匠、その世間体っていうのもおいしいの? 今すぐ食べられる?」




