記憶に残る魔法
ジャルダンに言われるがまま、手伝いをしながら作業を見守る。
その間にも寸胴鍋には様々な品が投入されるが、今のところまだ魔法は使われていない。
湯気で曇った窓から射し込む日の光が陰り始め、日暮れが近いことを告げる。
「あとはこいつを入れて二、三時間煮詰めればひとまず完成ですね。その間に飯にしましょうか。お前さん、料理の方の腕前は?」
「そうですね、いくらか覚えはありますが」
「そいつはいい! 母屋にある冷蔵庫の中身を好きに使って構わんから、何か振る舞ってくれませんかね? 初対面のお客さんに頼むことでもないですが。食う方はいいんですが作る方はどうもね…… いつもと違う味を欲すのですよ」
「お口に合うかはわかりませんが、自分の料理でも良ければぜひ。キッチンは母屋ですか?」
「んー、あるにはありますがほぼ使えませんな。片付けるのも億劫でね、専ら外で火を起こしてやってますよ」
「あぁ、わかりました。じゃあ外で準備させてもらいますね」
外に出て辺りを見回すと、休憩時に使った切り株の脇の地面に火を焚いた痕跡が残っていた。
「ふふっ、もはやここがダイニングキッチンってことかな。じゃあ野営もこの辺りに張ろう」
母屋に戻り冷蔵庫の中身を確認すると、ささっといくつかを手に取り、もう一方の手でかごに乗った野菜も選び取って早速準備に取り掛かる。
小屋の前に積まれた薪を使って火を起こし、鍋に湯を沸かす。
その間に慣れた手付きで野営の天幕を張っていく。
ザックの中から簡易的な作業台と調理具を取り出すと、小型のナイフで野菜を刻み、沸き始めた鍋に投入する。
元々料理好きで自炊することはあったが、この生活を始めてからは一段と腕を上げている。
旅の途中で出会った各地の料理や味を再現することが楽しみにもなっている。
これから作る鍋料理も以前立ち寄った町の料理店で食べたもので、店主に何とか頼み込んでレシピを教えてもらった。
土地の地産品である香辛料も譲ってもらい、ザックに常備するほど惚れ込んだ味である。
それを含めたいくつかのスパイスを混ぜ入れると、一瞬で食欲をそそる香りが一面に広がっていく。
匂いに誘われるようにタイミングよく工房からジャルダンが出てきた。
「予想以上にうまそうなのができそうですな! 匂いだけで腹が鳴り始めましたよ」
「そういえば冷蔵庫の中に毒のあるものはないですよね?」
「ははっ、それは大丈夫ですよ。さすがの私でもあの中には入れんのでね」
それを聞いて安心したレイトは燻製肉の塊を切り揃え鉄串に刺し、直火で炙り始める。
「もうすぐ出来上がるので少しお待ちください」
ジャルダンは切り株を挟んだ対面に座り、たばこをふかしながらレイトの作業をじっと見つめる。
「ふむ…… あながち間違ってはおらんですかね」
「えっ…… 何か?」
「いやいや。古い友人の言葉を思い出しましてね。料理と生成の感覚は近しい、と。完成形をイメージして素材を選び、組み合わせ、味付けにちょいと手を加えてやる。だから魔力を有する者で料理上手は生成魔法に通ずるし、逆もまた然りとね。まぁ、私の場合は生成はできても料理はからきしでしたから、よく言い合いになったものです。ただ、お前さんの手際の良さや手元を見ていると、言わんとしてることはわからんでもないな、と」
「ありがとうございます。でもたしかにまだ魔力も使ってないですし、一見すると料理と似ているのかなと思って拝見してました」
「魔力を込めるのは一番最後ですな。料理でいうところの仕上げの隠し味みたいなことですかね」
「なるほど! 分かりやすいです。こちらもちょうど今から仕上げの特製オイルを入れるところでした」
コトコトと煮込まれた鍋に自作の特製オイルを回し入れ、器に盛り付ける。
直火で焼いていた燻製肉からは見るからに旨そうな油が滴り、炭に放り込んでいたじゃがいもも程好く焦げ目がついてどちらもいい塩梅に仕上がった。
「お待たせしました。お口に合うといいのですが」
鼻腔を刺激する香辛料の香りを目一杯吸い込み、大口を開けて一口目を頬張る。
「……こいつは驚きました。お世辞抜きにうまい! こんなうまい飯にありつけたのは久しぶりです。この肉なんか酒が欲しくなりますね」
「あっ! 忘れていました…… ご挨拶代わりに用意してきた物がありまして」
ザックの中から町で買った手土産の酒を取り出し、ジャルダンに手渡す。
「なんとまぁ用意のいいこと…… 言えば何でも出てくるザックのようですな。しかも私が好きな銘柄のウィスキーって…… これはたまたまじゃないでしょう?」
「正直に言いますと、町にある食堂のご主人にジャルダンさんの話を聞いたところ、こちらを愛飲されてると伺いましたので」
「あぁ、そういうことでしたか。そんな律儀なお客さんは初めてですな。しかしこちらも後程最後の仕上げが残ってますからね。ひとまず味見の一杯だけにしときましょう」
気がつけば辺り一面漆黒の闇に包まれ、吹き抜けから見える夜空には満天の星空が広がっていた。
「時にお前さん、生成魔法に興味があると? 調合師か魔道具店にでもなられるおつもりで?」
「あ、いえ、将来どうこうまではまだ何も。ただ、町で話を伺ったお婆さんがジャルダンさんの魔法薬の話をされる時、感謝されながら本当に幸せそうな笑顔でお話されるんです。あぁ、こんな魔法の使われ方があるのかって。誰かのためになり、感謝される魔法。あるべき本来の姿というか、自分が求める魔法の形はこれかもしれないって思えたんです」
「その若さで相当鍛練された魔力をお持ちのようですからね。推し量るに余りある過酷な経験と研鑽を積まれてきたのでしょう。そんな賜物をどう使うかは自分しか決められないのですよ。やっぱり己の心次第ってことですかね。世の中にはそれを金や地位に換算する者もいれば、血に飢えた私欲のために使う者もいますよ。ただね、長い間魔法を生業とした同胞を多く見てきましたけど、私の記憶の中で輝く者は皆、自分以外の誰かのために腕を振るう者ばかりです。後世に名を残すなんて今さらこれっぽっちも思いませんがね、誰かしらの記憶や心に残るような、そんな魔法であれたならとは思いますかね。まぁ、隠居ジジイの戯れ言です」
「戯れ言だなんてそんな…… とても感動しました。おかげで腹も決まりました。ジャルダンさん、私を弟子にしてくれませんか?」
「ほぅ、急な話ですな」
「ようやく見つけたんです。女神様が特別に与えられたこの力の活かし方を。人を笑顔にできる生成魔法、ぜひ教えてください!」
「与えられた特別な力ですか…… ふふっ、おもしろい考え方をするもんですな。嫌いじゃありませんが」
ジャルダンは伸びた髭を撫でながら、しばらく思案顔で夜空を見上げる。
「じゃあ、交換条件といきましょうか。私の生成魔法を教える代わりに、飯を作ってくれませんかね?」
「料理を? それだけでいいんですか?」
「それほどのことですよ。まぁ、継承するような秘伝の奥義があるわけでもないですし、さっきみたいな地味な作業の毎日ですがね。そんなでも良ければお前さんが飽きるまで居たらいいです」
「ありがとうございます! 存分に学ばせていただきます! 料理もお任せください!」
「じゃあ頃合いですし、早速さっきのやつをささっと仕上げちまいますか。 酒も待ってますからね」
器に残った料理を掻き込みたいらげると、腰を上げ再び工房へと向かう。
煮えたぎる寸胴鍋の熱気で部屋の中はじめじめとまとわりつくような湿気がこもる。
ジャルダンは火を止め、濾し網で不純物を取り除いていくと、あっという間に大粒の汗が額に滲む。
粗方の雑物を取り終えると、柄杓に少量をすくい、透明な小瓶に注ぎ入れ、ランタンの光に透かしながら色合いを確認する。
「よし、こんなもんでしょう。じゃあ最後の仕上げといきますか」
一気に緊張感が増し、生唾を飲み込んだレイトの喉が鳴る。
右手に持った棒で液体をかき混ぜながら、鍋の上で左手を握り、力を込める。
拳を開き解放すると手の平に優しげな緑色の魔力が溢れ出し、そのまま鍋に注ぎ込まれる。
ゆっくりと撹拌される液体に魔力が混ざり、表面がパチパチと小さく弾け始めた。
しばらくするとボフッという湿った破裂音と共に鍋から白煙が立ち上る。
「うん、これが合図ですね」
ジャルダンは魔力を込める手を止める。
「このまま一晩寝かせたら朝には完成ですよ」
思いの外呆気ない終わり方に拍子抜け気味のレイトが尋ねる。
「これは何ができるんです?」
「こいつは塗り薬ですな。傷や火傷に効くんですよ。グレンリザードの肉を入れたでしょ? やつの再生力がキズをすぐに塞いで治してくれるんです。解毒の効果も付けてます」
「へぇ、万能薬ですね」
「麓の町の周辺にジャックリーフという厄介な植物が自生してましてね。森の入り口や畑、畦道なんかにも普通におるんですわ。こいつの葉がなかなかに鋭利でしてね。さらに癖が悪いことに微量の毒まで備えとるんです。子供も大人もしょっちゅうこいつに悪さされてましてね。常設の診療所も医者もいない町で、処置の遅れが大事に至ることもありますのでね。あの町の常備薬みたいなもんですかな」
「すごい…… あの町ではジャルダンさんの魔法がしっかり根付いてるんですね。その優しさや想いが人々の心に伝わって、拡がって、記憶に残っていく。とても素敵なことです。自分の魔法もそうありたいです!」
開け広げた窓からは涼しげな夜風が軽やかに吹き込んで、部屋にこもった熱とじめついた空気をさらっていくと、レイトの心までもより一層晴れやかにさせた。




