ジャルダンという男
木々の隙間から時折射す木漏れ日が苔むす地表を鮮やかに照らす。
森へ入った時から魔力探知を研ぎ澄ませ、微かに感じる魔力を頼りに歩みを進める。
「これじゃ一般の人は辿り着けないよな……」
いくつかの分かれ道もあり、魔力探知無しでは迷い混んでしまうほどの道のりである。
なぜ敢えてこんな深い森に住まうのか?
考える程に興味が尽きない。
歩き始めて数時間が経過し、魔力探知の色も濃くなった頃、突如ぽっかりと木々が開けた吹き抜けのような空間が現れた。
青空から降り注ぐ日の光を集め、一際眩しく映るその場所に溶け込むように丸太造りの小さな小屋が建っている。
「恐らくここで間違いないかな」
逸る気持ちを押さえながら小屋へと進み、戸を叩こうとした時だった。
「ほう、良く練られた魔力をお使いだ。お前さん、迷い人では無さそうですね。何かご依頼ですかな?」
レイトは驚いて振り向いた。
好奇心で気は昂っていたものの、警戒を緩めることは一切無かった。
にも関わらず、気配すら察知できずに背後を取られた。
こんな経験は初めてだった。
「あ…… 突然押し掛けて申し訳ないです。自分はレイトと申しまして…… 旅の途中であなたの話を耳にして……」
あたふたと来訪の意図を伝えると、白髪の老人は軽快に笑う。
「すまないね。久しぶりの客人だったもんで少々悪戯を仕掛けさせてもらいましたよ。手練れの者ほどお前さんのような反応をするのが楽しくてね。ジジイの道楽と思って許してください」
「い、いえ…… まだまだ精進が足りなかったようです」
「まぁ、せっかくこんなところまで来てくれたんですから。コーヒーの一杯くらいもてなさないとバチが当たりますね」
戸を開け、案内された小屋の中は足の踏み場も無い程に散らかっていて、客を招き入れる場所など見当たらない。
「そうか、あそこも埋まっちまったか…… じゃあ、まだ日も高いし外で一服しようかね。すまんが外の切り株のとこで待っててくださいよ」
振り返ると確かにテーブルになりそうなほどの大きな切り株が見える。
戸を離れ、切り株の脇に腰を下ろすと改めて確認するように周囲を見渡す。
緑に埋もれて全く気付かなかったが小屋の奥にもう一回り小ぶりな小屋が存在した。
さらに空を見上げ、目を凝らすとうっすらと魔法陣が展開されている。
「え!? 結界が張られている?」
「ほぅほぅ、それも見えますかね」
振り向くと両手にカップを持ったジャルダンが目を細めてレイトを見つめていた。
「あれはもしかして結界ですか? 随分と大きな魔法陣が……」
「あ~、そんなもんですね。ほら、この場所だけ木々も無くぽっかり広がってるでしょ? ここ、以前は大型飛龍の巣だったみたいでたまに戻ってくるんですよ、奴ら。地場が発する特有の魔力があるみたいでね。でももう私のお気に入りの場所だから、戻られても困っちゃうんですよね。だから奴らに感知されないように魔力遮断の結界を張ったんですけど…… そんな結界を以てしてもこともなさげな顔でここまで辿り着き、常人には見えないはずの結界の魔法陣まで目視できる、と。お前さん、何者だい?」
「なるほど。確かに珍しく探知しづらい色だとは思ったのですが、そういった理由でしたか。 自分も魔法を生業としてきましたが、その在り方に疑問を感じ、今一度見つめ直す旅をしております。その最中に麓の町で魔法薬の話を耳にして、そんな魔法の活かし方に感銘を受け、作り手であるジャルダンさんに直接お会いして話を聞きたい思い、伺った次第です」
「ふむ…… お前さん、どこぞの国の傭兵か部隊の出ですかな?」
「えっ…… なぜそれを?」
「へへっ、これもジジイの悪趣味です。別にだからどうだとか、過去を検索するつもりもないですよ。仕事柄の癖でね、人の話し方や姿勢、雰囲気、機微の一つ一つから相手のことを勝手に想像してしまうんですよ。まぁ、お前さんは分かりやすい方ですかね」
狐につままれたように言葉も出ず、固まってしまった。
出会ってからいくらも経たぬ間に、全てを見透かされたような不思議な感覚を覚え、圧倒的な力を前に敬服の念を抱いた。
直感的にこの人から教えを乞いたいと思った。
「あの…… 決して作業の邪魔にならないようにしますので、生成作業を側で見させていただけませんか?」
「別に構わんですよ。ただこの時間からだと完成は晩を超えてしまいますが?」
「差し支えなければこの辺りにでも野営を張らせていただければ、と」
「まぁ見ての通り家の中はあんなですし、離れの工房もあれと変わらんですから。野営でも良ければゆっくりしていってくださいよ」
タバコを燻らせながら人懐っこい笑顔を見せるジャルダンにこちらも自然と笑顔になる。
「ありがとうございます!」
「こいつを吸い終わったら早速始めますか」
「はい! お願いします。その前に一つだけ…… なぜ町からも離れた森の中でやられているのですか?」
「ん? そりゃ理由は色々ありますがね。この辺りは薬草やら素材やらが多く取れるのですよ。さっき話した地場の魔力の影響でしょうな。物作りには格好の場所なんですよ。
あとは身を隠すのに都合がいいからです。善きにつけ悪しきにつけ、強い魔力は人を呼ぶ。できれば余生は静かに暮らしたいですからね」
「じゃあこの結界の目的は飛龍だけではないと?」
「まぁ、そうなりますわな。まれにそれすらも掻い潜るお前さんのような特異な強者もおりますし。幸いお前さんには他意を感じないがね、時に飛龍なんかよりも人間の方が余程恐ろしいものです」
「たしかに…… 本当にそうですね」
ジャルダンの言葉に深く共感したレイトは天を仰ぎ、空に掛かる魔法陣を見つめ物思いにふける。
「よし、ぼちぼちやりますかね」
ジャルダンが腰を上げ、離れと呼んだ小屋へと向かう。
戸を開けるとこちらも母屋に負けず劣らず散らかっている。
「こんなだけど一応工房でしてね。邪魔な物は適当に寄せて座ってくださいよ」
見渡す限り書物や文献が散らばり、液体が入った瓶、薬草など得体の知れない物が溢れかえっている。
書物の多くは魔法薬学や生成魔法の魔導書と生成に必要な素材が載った分厚い図鑑、過去の研究に関するものばかりである。
それらの一部をペラペラとめくり読むうちにふと気付いた。
「あれ? 魔法薬だけでなく、魔道具もお作りになられるんですか?」
「あぁ、必要な物は作りますよ。薬も道具もやり方はさほど変わらんですから。『人が欲すものは人の手で生み出せる』っていうのが信条でしてね」
「人が欲すもの…… どんなものでもですか?」
「その欲の深さにもよりますがね。本気で思ったものならば作れると信じてます。時間は掛かるかもしれませんがね。まぁ、実際に作るかどうかは別問題ですけど」
「ん? どういうことです?」
「そうだねぇ、例えばよくあるのは不老不死だとか若返りとかですかね。生涯をかけて本気で挑めば作れるかもしれません。でもこれはダメです。万物の理をねじ曲げるような欲は災いをもたらします。作れないのではなく作らないのですよ」
「なるほど。そういうことですね」
「実際に薬や物が完成してこの手から離れ、誰かの手に渡ります。そこに私自身の姿はなくともそれ自体が私の魔法であり、意思であると思えば、周りに及ぼす影響にさえも責任を持たなければいけません。そう考えると作り手に最も必要なのは技術よりもそこを見通せる心の目かもしれませんな」
その言葉がレイトの心に深く突き刺さる。
「ほれ、ボサッとしてる間に湯が沸きました。そのゼゼの葉を取ってください。お前さんの目の前にあるその葉っぱよ」
慌てて目の前にあった葉の束を手渡す。
「あと、吹きこぼれないようにこいつでかき混ぜといてください」
「えっ? わ、わかりました」
木の枝を削って作ったであろう自家製の棒を手に取り、寸胴鍋を丁寧に混ぜ始める。
立ち上る湯気と共にゼゼの葉由来と思われる透き通った清涼感のある香りが部屋中に立ち込める。
「いい香りですね」
「でしょう? 鼻も通るし、頭もすっきりと冴えるんですよ。そいつをさらに煮詰めるとより香りが凝縮されたいいエキスが取れるんです。天然素材だから危険な副作用もないですし」
部家の角にある山をゴソゴソと物色しながら、ジャルダンが自慢気な顔を覗かせる。
物を漁る度に山が崩れ、散らかりは拡がるばかりだが本人に気にする様子は見られない。
それどころかこの状態でも探し物のおおよその場所は把握しているようで、次から次へと山の中から素材を引き当てていく。
「よし、こんなもんですかね。じゃあ混ぜるのは代わりますよ。お前さんはこの乾燥肉の塊をすり潰して粉状にしてくださいよ。すり鉢と削り石は右後ろの棚の中だったかね?」
言われた通り後ろにある棚を開けると大きなすり鉢と使い込まれた削り石があった。
「で、この干し肉を粉状にですね。ちなみに何の肉なんです?」
「グレンリザードっていうトカゲのモンスターの尻尾ですな。やつらの再生能力は重宝するのですよ。ただ、体に毒を持ってましてね。乾燥させても残るから解毒の薬草と合わせて使わんとちっと危ない。だから直接口に含んだり、粉を吸い込んだりしないように気をつけてくださいよ」
味見をしようと一欠片つまんだレイトの手が口に入るすんでのところで止まった。




