光と闇
新兵から事のあらかたを聞き及んだレイトはすぐに事態の重大さを理解し、大至急城門に小隊を召集させた。
万が一に備え、数人のヒーラーにも帯同を願い出て塔へと向かう。
魔力探知を展開したレイトを先頭に入口を過ぎるとすぐに、前方から慌てふためくボンドが小隊の前まで駆け戻ってきた。
息も絶え絶えに助けを乞う彼をレイトは蔑んだ目で見下ろす。
「他の者達は?」
「え? い、いや、私も命からがらだったもので……」
しばらく経つと奥の暗がりから新兵達も次々に転がりこんでくる。
フォンの指令を守り、五人全員なんとか無事に出口まで辿り着いた。
隊員達が新兵を介抱する中、レイトはボンドの目の前で膝を折り、顔を近づけてなおも問い掛ける。
「なぜ上官のあなたが新兵よりも先にここへ辿り着くのです?」
「そ、それは……」
言い訳を口にするよりも早く金色の魔法の帯がボンドの体を締め上げ、自由を奪う。
「な、何をされるのです! レイト様!」
「言い訳は全て終わってから聞くとしよう。誰かこの者を地下牢まで」
抵抗するボンドをさらに強く締め上げ、数人の隊員が引きずりながら連行していった。
すると一人の新兵がレイトの前にひれ伏し、泣きながら懇願してきた。
「レイト様…… 自分のせいで隊長が…… 申し訳ございません。 どうか隊長をお助けください……」
「ああ、任せておけ。 みんなよく生きのびてくれたな。フォンに伝えておくよ。あとはゆっくり休め」
新兵の背に手を当て、労いの言葉を掛けると咽び泣く声は一層大きく響いた。
魔力探知で確かにフォンの魔力を感じるが、明らかに弱くなりつつある。
「ここからは一刻の猶予も許されない。一気に向かうぞ!」
レイトの号令のもと、十数人の隊員が全速力で塔内を駆け上がる。
入り組んだダンジョンのような階層でも何度も上層階へと行き来しているレイト達にとってはもはや慣れた道で、しばらく行くとついにフォンの姿を目視で捉えた。
小部屋の入口を封鎖するように両手で防御魔法を展開し、魔物を部屋の中に閉じ込めた状態で耐え凌いでいた。
血溜まりが広がる地面に両膝を着き、ほぼ意識もないままバリアを張り続けている。
「フォン! よく耐えたな! お前のおかげで全員無事に帰還したぞ!」
駆け寄ったレイトの声になんとか目を開き、反応を見せる。
「……レ、レイトか…… おっせぇ~よ……」
うっすらと笑みを浮かべ、安堵したのかそのまま再度ぐったりと意識を失った。
フォンの防御魔法が解けた瞬間、獣魔人が部屋の外に出てくるよりも一足早くレイトが部屋の中に入り込み、獣魔人の注意を引く。
その隙に数人の隊員がフォンを安全な場所まで移動させ、帯同したヒーラーが大至急回復魔法を施す。
防御魔法を展開したもう一人のヒーラーを先頭に残りの隊員も部屋の中に入り、獣魔人を挟み打つように押し込める事に成功した。
事前に打ち合わせた動きでもなく、いくつもの修羅場をくぐってきたレイト達の阿吽の呼吸を以てしてこそ出来る芸当である。
前後左右から人数をかけた物理攻撃を浴びせている間に、レイトの詠唱と共に金色の魔法陣が七つ出現する。
この姿こそが烈光と称される由来であるように、見惚れるほどの美しい輝きを放つ。
次の瞬間、獣魔人を取り囲んだそれぞれの魔法陣から同時に強力なエネルギー砲が放射される。
七方向からの同時攻撃に逃げ場はなく、轟音と共に被弾した獣魔人は断末魔の咆哮を上げ、灰となっていった。
歓喜の勝鬨が上がる中、レイトは急ぎフォンの容態を確認する。
「どうだ?」
「傷も深く、かなり厳しい状態です…… 私達の回復魔法では意識レベルも上がってきません。パネラ様の最上位回復魔法でないと難しいかもしれません……」
「わかった。ありがとう」
レイトはフォンの体を抱え起こし、背中に背負い立ち上がる。
「レイト様、我々が担架に乗せて城まで……」
言いかけた隊員を笑顔で制する。
「フォンに担架は似合わないからね。俺が背負って行くよ」
背中の傷痕を隠すように自分のマントをフォンに纏わせ、ずっしりとした重みと温もりを感じながら階層を下っていく。
魔塔の出入口を抜け、城門まで来ると門の脇には先程の新兵達が待機していた。
レイトの姿を見つけると全員が心配そうに駆け寄って来た。
「レイト様! 隊長はご無事で?」
「もちろん無事さ。 さすがに疲れて今は眠っているけどね」
「あ、失礼しました。どうしてもお二方にお礼をお伝えしたくて。助けて頂いて本当にありがとうございました。お二方のような隊長になれるよう、救って頂いたこの命に掛けて精進します!」
「ああ、期待して待ってるよ。皆で切磋琢磨し、助け合い、一人前になってここまで上がって来い」
「はい! ありがとうございます!」
歩き出したレイトの後方で新兵達が頭を下げて見送る。
「フォン、聞こえてるだろ? お前の背中も想いもちゃんと届いてるよ、次の若い世代に……」
城内ではすでに一報を聞き付けたパネラが待ち受けていた。
「レイトくん、ご苦労様。あとは私達が引き継ぐわ」
「お願いします、パネラさん」
「全力は尽くすわ。ただ、先発の一報を聞く限り、正直なんとも言えないわね。酷だけど最悪も想定しておいてちょうだい」
長い髪を翻し、パネラは医務室へと向かった。
ここに身を置く者として常に最悪は想定しているし、今までだって似たようなケースで多くの仲間を見送ってきた。
いつもより心臓の鼓動が大きく胸を叩き、焦燥感に飲み込まれそうになる。
「……イト様、 レイト様!」
隊員に呼ばれていることすら気付けないほど動揺を隠せない。
「あぁ、すまない。どうした?」
「ナルディ様がお部屋の方でお待ちです」
「わかった。すぐ行くよ」
冷静を装い、すぐさまナルディの部屋へと向かう。
部屋に着くと事務作業をしていたナルディは手を止め、他の隊員達に席を外させ、レイトと二人きりの空間を作る。
「どうだ? フォンの容態は」
「パネラさんが言うには最悪も想定しておけ、と……」
「そうか…… 痛手だな」
「はい」
「すまなかった。異変に気付いてやれず……」
「いえ、それは自分も同じです。フォンだけが不審な動きに気付いていたようです」
「さすがだな。相変わらず周りがよく見えている。 何としてでも回復してもらわんとな」
「えぇ」
「部屋まで呼んだのは他でもない今回の件についてだが、実はつい先程まで新兵達とボンドへの聞き取りを行ってな。攻略戦の最中に見つけた宝箱を個人的に回収するために休養中のザリーの名を騙り、自分の顔と名を知らぬ若い新兵を欺いて召集し、私欲のために彼らの命を危険に晒した。概要はそんなところだ」
「有事の際に新兵を盾にでもと考えたのでしょう。撤退時もいの一番に出てきて、新兵は置き去りでしたからね」
「とんでもねぇ下衆野郎だな。まぁ追放処分には変わりないが。ただ、少し引っ掛かるんだよな。 レイト、お前今回の件どう見る?」
「どう、とは?」
「まぁ、奴の金と名声に対する執着心は見上げたもんだよ。それでいて頭もキレる。元々評判も良くない。こんなに都合の良い人材がいるかね?」
「話が全く見えませんが…… ボンドが何か話したんですか?」
「いや、これはただの俺の勘だがな。裏で奴を転がしてる黒幕がいるんじゃねぇかってな」
「黒幕? そんなまさか…… じゃあフォンはそいつに狙われたってことですか? あり得ない! あいつが人に恨まれるような奴じゃないって、ナルディさんだって知ってるでしょ?」
「落ち着け、レイト。 そりゃ知ってるさ。入隊からずっとお前達二人を弟のように可愛がってきたんだ。でもな、こんなすぐにばれる杜撰なやり口を、奴のような老獪な切れ者が企てたとは思えないんだよな…… 言いたくはねぇが、長いことここにいると見たくもねぇクソみたいな世界が見えちまうこともあるんだ。直接フォンを狙ったわけじゃない。今回はたまたまフォンだっただけで、お前でも俺でも良かったんだとしたら……」
「え…… どういうことです?」
「この国はさ、良くも悪くも魔塔のおかげで成り立ってんだ。魔塔攻略を名目に世界各地から優秀な人材をかき集める。強大な軍事力を常に増強してるわけだ。国もそれを盾に外交を優位に進める。隣国からしてみたら脅威でしかないんだよ。突出しすぎる脅威は敵を生む。そしてその脅威は紛れもない俺達なのさ」
「つまりは我々の戦力を削ぐためにどこぞの国か組織が追放すら受け入れるほどの対価でボンドを釣ったと?」
「今回の件がそれに起因するものと決めつけるわけではないがな。そういう姑息な謀が過去にも無かったわけではない。ただ、事実として今の俺達にはどうすることもできない、そんなくだらねぇ世界があるってことは覚えておけ」
「ナルディさん…… 俺達はただ国を思って、民のために戦ってるだけなのに…… そんなのって……」
「あぁ、馬鹿らしいよな。でもな、レイト。今は、だ。今はまだ抗う術も相手すらわからないけどよ。いずれ俺達の手で変えなきゃならねぇ。そん時はもはや戦う相手すら変わっちまうかもしれないけどな」
その後は多くを語らず、核心を隠すような物言いにレイトは困惑しながら自室へと戻った。
長く部隊を牽引し、上層部からの信頼も厚いナルディの地位だからこそ見える世界と、そこですら見えない深い闇があるのかもしれない。
ざわめく心が疲弊した体をさらに重くする。
寝付きの悪いそんな夜中、懸命の治療も虚しく、フォンが静かに息を引き取った。




