烈光と相棒
「そういえばあの人も師匠のこと、烈光様って言ってたね?」
「もう除隊して何年も経つのに今更呼ばれるとはね。二つ名なんて少なくとも俺にとっては苦い記憶の一部でしかないけど、彼にとっては喉から手が出るほど欲しい名誉なんだろうな……」
「苦い記憶?」
「そうだね、部隊にいた頃の思い出は嫌なことばかり思い出すからさ。でもその経験があったから今の想いが生まれたのも事実だし。だからリリーにも知っておいてほしいんだ。君の師匠の魔法に対する想いを……」
リリーがカフェオレのカップをテーブルに置くと、レイトは話の続きを始める。
階層制圧に明け暮れるとある日。
なかなか攻略の糸口を見つけられず、数か月もの時間を要していた階層をついに鎮圧することに成功した。
この時の選抜パーティーには二つ名を持つメンバー四名が満を持して初めての揃い踏みとなった。
アタッカー『炎撃』のナルディ
ヒーラー『蒼醒』のパネラ
タンク『静壁』のクオン
ウィザード『烈光』のレイト
隊内でもトップの実力を誇る四人の出撃とあって、凱旋帰還の際は部隊や城内はもちろん、街中までもお祭り騒ぎのような歓喜に沸いた。
「さすがの活躍でしたね~、烈光様」
「茶化すなよ、フォン。 まぁ、今回はだいぶお前に助けられたからな。恩に着るよ」
「烈光様にそこまで言っていただけるなんて、光栄であります!」
「おい、フォン! やめろって」
屈託のない笑顔でレイトとふざけ合い、フォンと呼ばれる彼はレイトの数少なくなった同期の一人である。
苦楽を共にしてきた信頼できる友としてだけでなく、実力も備えた良き相棒としてレイトが率いる小隊の隊長を勤める。
彼の専門は後衛魔法でどちらかといえばヒーラーに近いスキルだが、遠隔攻撃やバッファーもこなせる器用さを持ち合わせる。
「ナルディさんもうちに欲しいって褒めてたよ。これでいよいよフォンもトップチーム入りかな」
「いやいや、俺が上がっちまったら誰がレイトの背中を守るんだよ? それにまだ隊を仕切れるほどの奴も育ってないしな」
「確かに今フォンに抜けられるとかなりキツいよな。 まぁ、どこの隊も若手育成に頭を抱えてるみたいだよ。 でもさ、フォン。もしそんないい話が来たら隊や俺の事なんか気にしないでくれよ? 一度きりのフォンの人生だからさ」
「わかってるって。ただな、レイト。上に上がることだけが名誉じゃないぜ? お前の背中を任されることも若い奴を預かることも、俺にとっちゃ十分やりがいのある大役だよ。話が来たとして、それがいい話かどうかは俺自身が決めるさ。安心しろ」
フォンの手がレイトの肩をポンと叩く。
そしてその肩を少しだけ引き寄せ、小声で耳打ちする。
「それよりもレイト。二、三ヶ月前にクオンさんのところに配属になった初老の男、わかるか?」
「あ~、白髪交じりで隻眼の…… たしかボンドとか言ったかな?」
「あぁ、そいつだ。ちょっと気になる動きをしててさ、少し探ろうと思ってる。ひとまずお前の耳には入れておこうと思って」
「気になる動き?」
「まぁ、俺の気のせいならいいんだけどさ」
「わかった。あまり無茶はするなよ?」
「ああ。何かあればすぐに伝えるよ」
夕方から行われる凱旋報告の準備でレイトの周りが慌ただしくなり始めると、二人は城門の前で別れた。
城内に消えるレイトの姿を見送ると、踵を返し塔の入り口へと向かった。
「フォンさん!」
声をあげ駆け寄ってきたのは小隊の若い新兵だった。
「どうした? 今日はもう解散したはずだが?」
「先ほどクオン様の隊の方から声を掛けられまして、残敵の討伐に向かうから手の空いてるものは加勢しろと……」
「残敵討伐? そんな話は聞いてないが……」
「他の小隊から指示を受けるなんて今までなかったので困惑しまして。自分達は上官の指示を仰ぐと断ったのですが、別の隊の新兵を数人引き連れて行かれました」
「別の隊の新兵だって? クオンさんとこのガズリが?」
「いえ、ガズリ隊長ではなかったです。ご年配の方ではありましたがお名前までは…… 眼帯をされた白髪交じりの方なんですけど」
「そうか…… そうしたら君に頼み事をしてもいいかな?」
「あ、はい! なんなりと!」
「大至急城内に戻ってレイトにこの旨を伝えて残敵討伐の詳細確認をとって欲しい。俺は一足先に現場へ確認に向かう」
「わかりました!」
駆け出す新兵の背中を見送るとフォンの表情が一段と険しくなる。
恐らく討伐指令なんて出ていない。
仮に何かのミスで自分に指令が届いていなかったとしても、隊長でもない隊員が他の隊員を募って討伐に出ることなどまずあり得ない。
嫌な予感がする。
フォンは急いで魔塔へと駆け出す。
塔の入口を守る衛兵に確認するとやはり五名ほどの新兵を連れた隊長が特命任務として残敵討伐に向かったとのこと。
「隊長の名と風貌は?」
「ザリー様です。 右目に眼帯をされた」
フォンの予感が確信に変わる。
ザリーは確かにパネラの隊の隊長だが、以前の攻略戦で重傷を負い、一年近く療養中で戦列を離れている。
ボンドが人の名を騙り、新兵を巻き込んで何かを企んでいる。
「急を要する。門を開けてくれ」
「え? フォン様お一人で!?」
「ああ、大丈夫だ。すぐにレイトが追ってくる。新兵の命がかかってるんだ!」
フォンの鬼気迫る圧に押され、衛兵が門を開けるとすぐさま塔内の闇へと消えていった。
ボンドが使った魔力の微かな名残を頼りに、できるだけ気付かれないよう足早に追跡する。
最短ルートでいくつかの階層を登ると、ようやく一行の背中を捉えた。
人数も衛兵が話した通りの総勢六名が確認でき、ひとまず一人も欠けていないことに胸を撫で下ろす。
すると彼らは一つの扉の前で立ち止まると、ボンドの指示を受けた一人の新兵が扉を開け、様子を伺うように中に入っていった。
部屋の探索に経験の浅い新兵を先陣に立てること。
道中も己を中心に新兵が囲むように歩を進めること。
その全てが隊規から逸脱した長らしからぬ行為であり、むしろ意図的に新兵を盾として使っているようにしか見えない。
こみ上げる怒りを抑えながら一行に歩み寄る。
「お前達、ここで何をしている!」
突然響いたフォンの声に一同泡を食って振り返る。
「ボンドさん、説明してもらおうか?」
「い、いや、まさかフォン隊長自ら討伐に出られるとは思ってもみませんで……」
「答えになってないな、ボンドさん。ここで何をしているかを聞いているのです」
「あの、今回の攻略戦で選抜メンバーの方々は大層お疲れだと思いまして、私共で残敵を駆逐するくらいのお手伝いをと……」
「ほう? それはご立派な心意気ですな。だが隊長でもない平隊員であるあなたが単独で塔内に入ることは隊規違反では? ましてやザリーの名を騙り、入隊間もない新兵を勝手に募ってまで入り込むにはそれなりの理由がおありですよね?」
新兵達はお互いに顔を見合わせ、動揺の色を隠せない。
恐らく隊長のザリーだと信じこんでいたのだろう。
そんな姿を横目に、彼らが入ろうとしていた部屋の中に目を向けると、奥にいくつかの宝箱が見えた。
「ボンド…… 貴様、まさか私欲のために彼らを欺いて駆り出したのか?」
「い、いえいえ…… 滅相もない。たまたまです」
「もういい。言い訳は戻ってから聞く」
「フ、フォン隊長! 今回の戦利品は全てあなたの取り分で構わない。どうか穏便に済ませてはくれぬだろうか?」
「盗品の金品で俺を懐柔しようってか? ……救いようのない外道が。甘く見られたもんだな」
振り返り、ボンドの胸ぐらを掴もうとしたその時である。
部屋に入った新兵のすぐ後にある宝箱から強大な魔力が探知に掛かる。
魔力探知を持ち合わせない他の六人は気付いてもいない。
「おいっ! トラップだ! すぐに部屋を出ろ!」
何が起きているのか理解すらできていない新兵があたふたしている間に、宝箱から紫の稲光とともに獅子の顔を持った獣魔人が姿を現した。
「う、嘘だ…… なんでこんな低階層に獣魔人が……」
ボンドの顔から血の気が引いていく。
新兵を間合いに捉えた獣魔人は携えた長剣を振りかぶり切りつける。
「くそっ、間に合わない!」
フォンは目一杯腕を伸ばして新兵の隊服を掴むと、自分の位置と入れ替わるように引っ張り上げた。
「くっ! ギリギリ間に合ったか。怪我はないな?」
「は、 はい、自分は…… しかし、隊長が……」
間髪入れず獣魔人の二撃目が襲い掛かるが、フォンが振り向き様に防御魔法を展開し耐え凌ぐ。
しかしその背中には大きな斬撃の痕が残っていた。
「構うな! 総員撤退だ! お前達は来たルートをそのまま戻れ! ボンド! すぐにレイト達が駆け付ける。それまで二人で耐えきるぞ!」
重傷を負いながらも懸命に指示を出すが、真っ青な顔をしたボンドは皆を置き去り、我先に逃げ出した。
「ふっ、そういう奴だったよな。 お前達! 急いであいつについて行け! 退路はあいつが良く知ってるだろうから迷わずに出れるはずだ。見失うなよ!」
「しかし! 隊長は……」
「急げ! これは上官命令だ。一人も欠けることは許されない! 全員無事に魔塔を脱出せよ!」
フォンからの檄を受けた青年達は涙ながらに駆け出していった。
「ふぅ、あとはこいつをどうするか……」
展開した防御魔法を破るかのような強烈な斬撃を受ける度に、背中に衝撃が走り、足下に血だまりが広がっていく。
「へへ、こりゃ我慢比べだな、魔人さんよぉ。 頼むぜ~、レイト……」




