帝国魔塔攻略部隊
昨晩よりもさらに丸く満ちた月が登り、辺りの闇を明るく照らし出す。
二人は次なる害獣避けを試しにりんご園へと向かっている。
「やっぱり夜になるとけっこうな数の獣達が動き出してるね。この辺りだけでも生命探知の反応がすごいよ」
「タヌキ達にも効くといいね、グールー。 ギャッズも十分怖かったけどさ」
「夜で回りに人もいないから、リリーが試しにやってみようか。もし実物が出ても俺が対処するから」
「うん! やってみるよ、召喚魔法」
魔導書を持つリリーの手に力が入る。
「じゃあここら辺にしようか。死神が出せたんだから大丈夫さ。あとは魔力を止めるタイミングだけ意識して」
「わかった! そばにいてくれるんだよね?」
「あぁ、すぐ後ろにいるから安心して」
空いた木箱に魔導書を置き、呼吸を整えると魔法陣に手をかざし、魔力を込める。
レイトの時と同様に稲光を伴いながら紺色に光る魔法陣が展開し、その中央から幻獣が姿を現し始める。
「そう、ゆっくりと魔力を強めていって」
レイトはリリーの背中を支えるようにそっと手を添え、耳元でアドバイスを送る。
リリーにとってその手から伝わる安心感は絶大なものだった。
「魔力から伝わる感覚と目の前の現物を捉える視覚を擦り合わせて。実体になる直前の間を感じとるんだ」
こくりと頷き、出力する魔力量に注意を払いながら感覚を研ぎ澄ませる。
幻獣の足先まで浮かび上がったところで、今まで感じていた手応えのようなものがふっと抜けたような違和感を感じ取った。
かざしていた手を下ろし、魔力を込めるのをやめる。
「いいタイミングだね」
添えていた手はリリーの肩を優しく叩き労った。
グールーはけたたましい声と共に大きな翼を羽ばたかせ飛び立つと、木々の上を旋回する。
「うん、魔力も魔法陣のところのままだ! やった! リリーにもできた!」
嬉しそうに振り返り、レイトの腕に飛び付く。
周辺の茂みがざわつき、何匹もの獣達が小道を挟んだ藪の方へと逃げ出していく。
レイトの生命探知でも結果は明らかで、蜘蛛の子を散らすようにあっという間に反応が激減していた。
「驚いた…… これは思っていた以上の効果だな。 リリー、もういいよ。グールーを戻そう」
「うん、わかった!」
午前中に見せたレイトの動きをそのまま真似ると、虚像と魔法陣は魔導書へと吸い込まれていく。
それにしてもリリーの勘の良さにはつくづく驚かされる。
マドラーも一月で完成させたのはあまりにも早かった。
初歩的な生成とはいえ、魔法に明るい駆け出しの生成師でも一年近くは要する。
レイトですら形になるまで三ヶ月がかかった。
今の召喚魔法に至っては一度だけ見せたものを練習も無しにやってのける。
天性といってしまえばそれまでだが、天井の見えない素質に末恐ろしささえ感じた。
「よし、じゃあ戻ろうか」
目に見えるほどの効果を実感し、次はこれをどう実装するか。
二人で話し合いながら月明かりに照らされた畦道を戻る。
店の近くまで来たところで突然レイトの腕がリリーの歩みを制止した。
「ん? どうした?」
「何かいるね…… お客さんでもない、嫌な気配だ」
リリーの手がレイトのシャツの裾をギュッと握る。
何かを察知したようにレイトが遠巻きに言い放つ。
「闇夜に紛れて待ち伏せとは…… 褒められた趣味ではないですね」
しばらくすると店の影となった暗がりから黒青毛の大きな馬体と共に初老の男が姿を現す。
「さすがは烈光様。腕は衰えてなさそうですな」
「その名で呼ぶのはやめていただきたい」
レイトには珍しい厳しい口調と険しい表情から、その男が招かれざる者だとわかる。
詰襟の隊服に黒いブーツとマントを羽織り、左胸に付けた銀の装飾が月明かりに反射する。
ミレーではまず見かけないこの出で立ちこそ、王都で軍と双璧を成すほどの力を持つ帝国魔塔攻略部隊の証であった。
十年以上に渡り左胸に同じ部隊章を付けて戦い続けた、レイトがかつて所属した部隊である。
隊服に身を包んだ男の名はボンド。
かつての同僚に当たるが、レイトは彼に対して懐かしさや再会を喜ぶような感情を抱かない。
むしろ嫌悪感の方が強く、できるならば顔も見たくはない相手であった。
「こんな時間に何の用ですかね?」
「久しぶりの戦友との再会で積もる話もあるでしょう?」
「あなたを友と思ったことが無いのでね。それにこちらもそれほど時間がないので……」
「手厳しいですな。 まぁ、ご挨拶だけでもと思いまして。実は三年程前、部隊に戻りましてね。また以前同様、殺伐とした毎日ですよ。
まさか私なんかが部隊に戻れるなんてね…… あなたならおわかりでしょうが? 今の部隊はそれ程までに人が足りていないようですよ」
「で? 俺にも戻れと?」
「相変わらず察しが良くて話が早い。助かります」
「全く興味のない話題ですね」
「悪くはない話だと思うんですよ。私程度でもかなりの好条件ですからね。烈光の二つ名を持つあなたならなおさらだ。余生はそこのお嬢さんとゆっくり…… なんて老け込むにはまだ早すぎるのではありませんか?」
嫌味を宿したボンドの鋭い眼光がリリーの姿を刺す。
「ボンドさん。あなたがどんな手を使ってここを見つけ、誰の命を受けて動いているかは知りませんが、何度来られても返事は変わらないですよ。部隊には戻りません、絶対にね。 それでも力ずくで来られるようであれば、こちらにも相応の覚悟はありますので」
レイトの瞳に熱が帯びた次の瞬間、周囲の草花や木々がざわめき立ち、ボンドの連れた馬が怯え嘶く。
レイトが外見ではわからない胸の内に、一瞬だけとてつもないほどの魔力を増幅させたのだった。
居合わせる二人もそれを感じ取ると、リリーはレイトの背中にしがみつき、ボンドは馬を静めながらレイトを睨み付けた。
「そのように上の者にお伝えください」
魔力を収めると、いつもの人懐っこい笑顔で伝える。
「烈光の名が泣きますぞ!」
「別に望んで得た名ではないのでね。泣こうが汚れようが構いません。どうぞお引き取りください」
「……ちっ」
ボンドは苦虫を噛み潰したような表情で馬の背に飛び乗り鞭を入れ、逃げ帰るように闇に消えていった。
「……行っちゃった」
「ふぅ、ひとまずは追い払えたかな」
「追い払ったんだね。タヌキと一緒だ」
言い得て妙なリリーの言葉に笑いが込み上げ、モヤモヤした気持ちを少しだけ晴らした。
店に入ると大きなため息と共にソファに沈み込んだ。
リリーは温め直したコーヒーをカップに入れ、レイトの分も一緒にソファまで運ぶ。
「ありがとう、リリー」
「うん。 さっきの師匠はちょっとだけ怖かったな。ちょっとだけね」
「あぁ、すまなかったね。ちょっと荒っぽいやり方になっちゃって……」
「あのタヌキの人は?」
「彼はボンドといってね、ずいぶん昔に一緒に仕事をしてたんだ。まぁ、隠すことでもないし、リリーにも知っておいてもらういい機会かもしれないね。少しだけ昔話をしようか」
ミレーから馬車で十日ほどかけて西へ行ったところに、この国の中心である王都ホライゾンがある。
そこには国を統べる王城があり、城内には司法や治安、財政、環境といった様々な政治の中枢機関が集まっている。
王城を中心に広がる街は行商人や冒険者など行き交う人も多く、貿易も盛んで、常に活気があり賑やかな繁華街である。
城の北側には厳重な警備を敷いた頑強な城門があり、その目と鼻の先には不穏な空気を纏い、雲すら突き抜ける高さの魔塔がそびえ立つ。
今でこそ少なくなったものの、過去には塔から溢れ出た魔物が街を襲い、逃げ出す事件も起こっている。
そのため魔物流出阻止と防衛の目的として、街はぐるりと高い城壁に囲まれている。
塔内は階層となっていてそれぞれの階にギミックやトラップが施され、多くの魔物や幻獣がうろつく。
上層階に向かうほどに魔物の強さやギミックの難易度が増し、攻略の行く手を阻む。
国の威信をかけ、魔塔の制圧を至上命題としているが未だ攻略には至っていない。
それどころか誰が何の目的で建てた塔なのか、何階層まで存在するのかすら掴めておらず、今なお謎が多い。
そしてこの魔塔を攻略することを専業とする組織が『帝国魔塔攻略部隊』である。
主に対外的な軍事や国内の治安維持を軍が主導し、塔に関する戦略や塔外の魔物や幻獣への対応は部隊が行うといった住み分けになっている。
今から十七年前。十六歳となったのを機にレイトはこの部隊へと入隊した。
父も隊員であったことから何の疑いもなく幼少期より憧れを抱き、研鑽を積み、少しずつ才能を開花させていった。
入隊より少し前にその父も残念ながら任務の途中で帰らぬ人となってしまう。
そんな経緯もあり、より強い想いがレイトを駆り立て、努力で夢を勝ち取った。
入隊前から座学・体技ともに成績優秀、魔力量も世代随一とあって部隊上層部からも一目を置かれる存在であった。
入隊後も噂に違わぬ実力を発揮すると、同期リーダーや小隊長を任され将来を有望視される。
その後もメキメキと成長し、入隊から二年という異例の速さでトップチームの前衛魔法使いとして抜擢された。
トップチームは魔法使いを始め、アタッカーやヒーラー、タンクなど各スキルの精鋭が召集され、攻略の最前線で活躍する。
二十人程度で構成され、階層の特徴を踏まえた選抜パーティーを編成し、メンバーそれぞれがいくつかの小隊を束ねる。
しかしながら上層階での戦いは熾烈を極め、昨日まで同じ釜の飯を食い、肩を並べて戦った仲間が命を落としていく姿を幾度となく目にする。
五年目を迎える頃にはすでに同期は半数以下に減り、トップチームのメンバーですら頻繁に欠員補充を余儀無くされる。
それでも一階層でも多く攻略し、歩みを進めることこそが志半ばで散っていった仲間達への弔いになると信じ、まさに命を削るような日々を送っていた。
光属性の魔法を放つその脅威的な強さは他者とは一線を画し、仲間や幹部から感服の念を込めて『烈光』の二つ名で呼ばれ始めたのもこの頃からである。




