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完成とご褒美

 家に戻ると早速召喚魔法に取りかかるのかと思いきや、意外にも工房に入りいつものマドラー生成を始めた。

「いつもの練習から始めるんだ? 忘れずに偉いね」

「うん、こっちがまだ完成してないからね。それに師匠からアドバイスもらって、今日はなんだかいける気がするんだ!」

「アドバイス?」

「そう、『誰かの何かのために』って。このマドラーはさ、師匠が苦いのを飲めないリリーのためにって作ってくれたじゃない? じゃあリリーは誰のために完成させるんだろうって。

今までは完成させることに必死だったんだけどさ、その先を()()()()することにしたんだ。

リリーと同じように黒いコーヒーが飲めない人のためにって。たぶん孤児院の子供達は飲めないでしょ? あとはメリルさんにも聞いてみよう」

 伝えたい想いはリリーの心にちゃんと届いている。

そう思えただけで胸が熱くなり、自然と手がリリーの頭をポンポンと撫でた。

挿絵(By みてみん)

「あ! 魔法がうまくなる魔法! そうか、最初からこれをかけてもらえば良かったんだ! ありがとうね、師匠! 見てて、今日こそいけるよ!」

自信満々のご機嫌な笑顔を向ける。

毎日欠かさずやってきた作業だけあり、慣れた手つきで準備をすると、レイトが見せたお手本をなぞるように丁寧な仕事が進んでいく。

バーナーの火を吹き消し、いよいよ鬼門の魔力注入のところまで来るとリリーは一度大きく深呼吸をし、改めて完成後のイメージを固め、想いを込める。

右手から赤い魔力が湧き始めると、リリーの瞳は鮮やかな深紅に染まり、たなびく銀髪にも紅の筋が浮き上がる。

集中力を高め少しずつ注ぎ込んだ魔力は飴色に混ざり合い、小さく爆ぜながら輝きを増していく。

初めて破裂させることなく無事に乗り切ると、鍋を台に置いて両手をかざし、硬化の魔法を施す。

沸き上がる水蒸気のなか、お手本の記憶と指先の感覚を頼りに最後の形成作業を行う。

宙で指を踊らせ、おおよその当たりが付いたところでレイトの顔を見上げる。

そばで見ていたレイトは優しい笑顔で小さく頷いた。

両手を広げ勢いよく打ち合わせると、水蒸気は逆再生のように鍋に集まり消えていく。

鍋底には少しだけ柄の曲がったマドラーがキラキラと光っていた。

「できた! できたよ、師匠! 見て見て!」

鍋底をレイトに見せつける。

「ついにできたね~」

すでに用意していたカフェオレのカップをリリーに手渡すと、出来上がったばかりのマドラーでゆっくりとかき混ぜ、口に含める。

「やった! リリーのもちゃんと甘くなる! 師匠も飲んでみてよ」

湯気からもアンバー特有の香りがしっかりと広がり、普段は滅多に口にしないカフェオレをすすると、優しい甘さの中にこだわりのコーヒーの旨味が確かに感じられた。

「うん、おいしい! ちゃんと溶け出してるよ。成功だね、リリー」

「師匠が魔法をかけてくれたからだね。ありがとう」

「いや、リリーがしっかりとイメージできたからだよ。魔力を込める前に何を思った?」

「ん~、孤児院の子供達の驚く顔と喜ぶ顔を思い浮かべたかな」

「うん、それだね。そこに気付けたから成功できたんだ。よし、じゃあ早速見せに行こうか! 子供達に」

リリーは目を輝かせ自作のマドラーを見つめる。

孤児院には小さな子供もいるため、レイトの提案で今回はコーヒーではなくホットミルクを用意して向かうことにした。

「師匠のやつに比べたらちょっと曲がっちゃってるけどさ、初めて出来たこれはみんなにプレゼントするんだ!」

「取り合いで喧嘩にならなきゃいいけど」

「コツも掴んだし、すぐにまた作って持っていくよ」

嬉しそうに飛び跳ねながら街道を下っていく。


 孤児院に到着し、修道士に経緯を話すと驚いた表情を見せたが、喜んで中へと通してくれた。

食堂へ案内されるとリリーに気付いた子供達が一斉に駆け寄って来る。

それぞれの手にカップを持たせ、リリーを中心にぐるりと囲むように円になって座らせた。

レイトが全員のカップに持参したホットミルクを注ぎ入れると、まずは一口だけ飲ませ、何の変哲もないホットミルクであることを確認させる。

挿絵(By みてみん)

円の中心にいるリリーが飴色に輝くマドラーを取り出し、それぞれのカップをかき混ぜて回る。

最後のカップを混ぜ終え、リリーの合図と共に一斉に口に含むと驚きが入り混じった歓喜の声があがる。

子供達の素直な反応にリリーも満面の笑みを浮かべる。

「よかった。喜んでくれて」

「イメージ通りだったかい?」

「うん、驚いた顔と喜ぶ顔とおいしい顔。イメージした通りだったよ」

「それはステキなことだね。リリーの想いが子供達にちゃんと伝わったってことさ」

「そうだね、ステキなことだ。嬉しいね」

たくさんの小さな笑顔一つ一つを眺め、じんわりと胸が温まっていくのを感じる。

ひとまず取り合いにならないようマドラーは修道士に託し、子供達に別れを告げ、孤児院を後にした。


 晴れやかな気持ちで広場に戻ると並んだ露店の一軒から声を掛けられる。

「あ! レイトさん! お久しぶりです」

「あぁ、マルセルさん。こちらに来られてたんですね。変わらずお元気そうで」

声を掛けてきたのは肉問屋のマルセル。

王都に店を持ち商売しているが、行商として各地を回り、不定期にミレーの街も訪れる。

その目利きは確かなものでクレイや陳さんの店はもちろん、この街の料理店の多くは彼を懇意にしており、ミレーの肉料理が押し並べて旨いのは彼の功績といっても過言ではない。

レイトとは王都にいる頃からの仲で、ただの料理好きの域を超えて個人的に難解な注文をしたりもする。

自身もそれを腕が試されていると粋に感じ、全力で応えようとするプロ根性を持ち合わせた職人である。

レイトはマルセルの視線が明らかにリリーに向かい、気に掛けるような表情をいち早く察知する。

「あぁ、実は少し前に弟子を取りましてね」

「あ、なるほど。そうだったんですね! それで、弟子とはどっちの方の?」

「どっちの? いやだなぁ、魔法の方に決まってるじゃないですか!」

「いやいや、レイトさんの腕前なら()()()の方の弟子もあるかなと思っちゃって…… 失礼しました。

申し遅れました、お嬢さん。私、肉屋のマルセルといいます。昔からレイトさんには良くしていただいておりまして。今後ともどうぞご贔屓に」

「あ、 えっと…… リ、リリーです」

レイトの横でもじもじと伏し目がちに挨拶をする。

「ちょうど良かった、レイトさん! 前に依頼されたゴルヴィードの肉、少量ですがようやく手に入りましてね。あとでお声掛けに行くところだったんですよ」

「本当ですか!? ついにですね!」

「なかなか手強い案件でしたがね…… 場所は企業秘密で言えませんが、久々に凄腕の狩猟スキルを持ったハンターと繋がりましてね。ゴルヴィードに関しては彼に依頼すればもう少しご提供できるようになるかもしれませんよ」

ゴルヴィードは豊かな森にしか生息しない野生動物で、俊敏な動きと警戒心の強さから実物を目にすることすら難しいとされている。

食材としてのポテンシャルも相当なもので、その希少性と狩猟の難易度から素材としてもなかなかお目にかかれない垂涎の逸品である。

「それは嬉しい情報ですね。でもそんな貴重なもの、自分が頂いても良いんですか? 欲しがる店は山ほどありそうですけど……」

「まぁ、こちらもプロですからね。ご依頼の熱量とせっかくの素材を活かす腕を持った方を優先にご提供させてもらってますんで。もし今回レイトさんと会えなければ、クレイさんのところに卸させてもらおうと思ってたところです」

さすがの商売上手である。近しいクレイの名を出されたら譲りたくない気持ちが生まれることをよく理解している。

「もちろん頂きますよ。弟子の初めての魔道具が完成したお祝いにちょうど良いですしね」

「おぉ! そいつはめでたいですね。じゃあせっかくですので私からもお祝いってことで気持ち程度ですがお安くさせてください。あと新作のソーセージもおまけで付けときますんで」

レイトは代金を支払い、商品の包みを受け取ると軽い挨拶を交わしマルセルと別れる。

「そんなにおいしいお肉なの?」

「あぁ、俺が今まで食べた肉の中でも三本の指に入るかな。昼飯もまだだったし、自慢しがてらクレイのところで早速焼いてもらおう」

急ぎ足で広場の人混みを抜け、街道へと向かう。


昼時のピークを過ぎ、店内は比較的落ち着いた様子で席もまばらに空いている。

クレイの姿が見えないことを確認すると、客席を素通りして直接厨房に向かった。

「クレイ、いる?」

「おぅ、旦那か。どーしたよ?」

「これ、すぐに焼いてよ。塩胡椒とニンニクで」

「ん? 何だこれ!? ゴルヴィードじゃねーか! もしかしてマルセル来てんの? なんでいつもうちより旦那のとこが先かな~……」

頭を抱え、天井を仰ぎ悔しがるクレイ。

レイトが見たかった光景である。

「夜に自分で焼こうかとも思ったんだけど、待ちきれなくてね。俺が知ってる一番の腕利きに任せようと思ってさ。リリーの初めての魔道具完成祝いだから」

「そんなことなら話は別だ。俺が心を込めた最高の焼き加減で出してやるさ! リリーちゃん、ちょっと待っててな!」

驚くほどの変わり身の早さで、鮮やかな赤身に程よくサシが入ったキレイな肉の塊を丁寧に捌いていく。

空いていた席に座り調理を待っていると、五分もしないうちに食欲をそそる香りを放つステーキを運んできた。

「旦那、こいつは極上だわ…… リリーちゃんのお祝いじゃなきゃマルセルをどついてるところだ」

「リリーが頑張って完成させたご褒美のゴルヴィードのステーキだ。食べてみて?」

切り分けられた一切れを口にした瞬間、リリーの目が大きく開かれ、至福の表情を浮かべる。

「本当においしいね、これ! 今までのお肉の中で一番おいしいや」

「でしょ? いいタイミングで手に入って良かったよ。 うん、やっぱり旨い! 焼き加減も最高だ」

「っく~! やっぱ悔しいな…… 他にもいい素材隠し持ってないか、ちょっとマルセルんとこ行ってくるわ」

飛び出して行くクレイを尻目にご褒美の昼餉を堪能する。

挿絵(By みてみん)

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