第19話:世界の管理者は、最愛の王妃へ
最終話です
アステリア王国の完全な清算から、数ヶ月が経った。
かつての、魔法の借金で膨れ上がっていた歪な世界は、今やエルディアが主導する健全な魔力銀行システムによって、驚くべき速さで再構築されている。
今夜は、その立役者である私の功績を称え、そしてエルディアの新時代の幕開けを祝う大規模な祝宴が催されていた。
「……ふぅ。やっぱり、こういう場所はまだ少し肩が凝るわね」
私は豪華なダンスホールを抜け出し、一人でバルコニーへと出た。
夜風が、火照った頬を優しく撫でる。
見上げれば、雲ひとつない夜空に満月が輝いていた。かつてアステリアの窓際で、絶望しながら見上げていた月と同じものだとは、到底信じられないほど、今の私に見える景色は澄み渡っている。
あの日、私はボロボロの法衣一枚で国を追われた。
けれど今の私は、エルディアの民から世界の管理者と敬愛され、宝石よりも価値のある信頼という名の資産を手にしている。
(……人生の帳簿は、付け方次第でこんなにも変わるものなのね)
感傷に浸りながら、手にしたシャンパングラスを月にかざした。
「一人で何を計算しているんだ? リゼット」
不意に背後から聞こえた、聞き慣れた、そして私にとって今や世界で最も心地よい響きを持つ声。
振り返ると、そこには祝宴の主役であるはずの、アルリック陛下が立っていた。
月光を背負った彼の髪が輝き、その立ち姿は神話の英雄のように美しい。
「陛下…。主役がこんなところにいて、よろしいのですか?」
「主役なら、私の目の前にいる。君がいない宴など、私にとってはただの非効率な時間の浪費だ」
陛下はゆっくりと歩み寄り、私の隣で手すりに手を突いた。
彼の纏う清潔で知的な香りが、夜風に乗って鼻腔をくすぐる。
「リゼット。君がこの国に来てから、エルディアは変わった。民は希望を持ち、魔法は正しく巡り、国力はかつてないほどの最高益を更新し続けている。君という『資産』を手に入れたことは、私の人生で最大の成功だ」
「……お褒めいただき、光栄です。私も、陛下という最高の投資家に出会えたからこそ、今の私があると思っています。私たちは、最高のビジネスパートナーですね」
私は冗談めかして笑い、彼にグラスを向けた。
……けれど。
陛下は私のグラスを取る代わりに、私の手首をそっと、しかし逃がさない強さで掴んだ。
「……陛下?」
「ビジネスパートナー、か…。リゼット、君はどこまで計算高いのか、それとも自分の価値に無頓着なのか」
陛下の瞳が、これまでにないほど真剣に、そして深い熱を帯びて私を射抜いた。
彼は私の手からグラスをそっと取り、テーブルに置くと、両手で私の肩を抱き寄せた。
「私は、君をただのビジネスパートナーにしておくつもりはない。そんな『契約』で君を縛っておくには、私の独占欲はもう限界を超えているんだ」
心臓が、跳ね上がった。
これまでのどんな監査業務よりも、どんな複雑な数式よりも、私の頭を真っ白にさせる言葉。
「陛下、それは……」
「リゼット。私は、君のすべてを買い取りたい。君の知性も、その美しい瞳も、時折見せる年相応の笑顔も。他の誰にも1MPすら分かち合いたくないほど、私は君を愛している」
アルリック陛下が、私の前に跪いた。
一国の王が、ただ一人の女性の前に、誇りさえも投げ打って。
彼は私の右手をとり、その指先に、月光を凝縮したような大粒の魔晶石が埋め込まれた指輪を添えた。それは、世界中のどんな財宝よりも透明で、強固な真実の愛の裏付け。
「リゼット。私の元へ、王妃として来てほしい。君の人生という名の帳簿を、一生かけて私が守り、最高の結果を出すことを約束しよう。この投資の成功報酬は、君と共に歩む未来だ」
見上げた陛下の顔は、これまでの冷徹な王の仮面を完全に脱ぎ捨てた、とびきり甘くて、切実な男の顔だった。
(……ああ。もう、計算なんてできない)
私の脳内にある精密な計算機が、心地よいエラー音を鳴らして停止する。
合理性? 効率?
そんなものは、この溢れ出す幸福という名の「過剰利益」の前では、何の意味も持たなかった。
「…陛下。そのプロポーズ、受諾しない理由は、一文字も見当たりません」
私は、零れ落ちそうになる涙を堪えながら、最高の笑顔で答えた。
「私の人生の全権、陛下に委譲いたします。その代わり、私の愛はかなりの『高金利』になりますけれど、よろしいですか?」
「望むところだ。一生をかけて、利息もろとも君に溺れさせてもらおう」
アルリック陛下が立ち上がり、私を力強く抱き寄せた。
重なる影。触れ合う唇。
大ホールから漏れ聞こえる祝福の音楽が、遠くで私たちの門出を祝っているようだった。
無能と捨てられた会計士の物語は、ここで終わる。
そして明日からは。
世界で最も賢く、そして世界で最も愛される「魔力会計王妃」の物語が始まるのだ。
「計画的なご利用を…なんて、陛下にはもう必要ありませんわね。…ふふ、大好きです、アルリック」
夜空に輝く月は、私たちの新しい帳簿の最初のページを、眩しいほどの白さで照らし出していた。
――私の人生、これから先も、ずっと『最高益』で間違いなしね。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました
自己破産や借金の話ができたので満足です
次はどぎつい思想もの書きたい
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◇◇◇「愛が無い関係」なんて誰が決めたのですか?◇◇◇
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◇◇◇婚約破棄されゴミとして押し付けられた侯爵令息、スパダリな私に全力で溺愛されて聖者として覚醒する〜今さら「息子を返せ」と言われても、もう遅いですわよ?〜◇◇◇
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