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「えっと、掃除は…」

「すみません!」

 即答である。

「あの…」

「……れ、怜様のお言いつけで…。すみません」

 申し訳ないってこういうことか…。那野は何となく理解した。

 箪笥(たんす)のところまで行き那野は指でこすってみた。大量のホコリが指にくっついた。

 何センチあるのよ。このホコリ…。

 ため息が出そうになるのをなんとか堪える。

 継母まがいのことを言おうかとも思った。けれど――――――。

「だ、だいじょうぶよ! あたし、汚い()きだし…!」

 汚い()きって何よ。我ながら呆れた。

 こう言った那野だったが、実際はかなり――キレていた。しかし、この人にキレても仕方がない。

「なるほど、歓迎されてないってわけね」

 否定しない女の人を見ると、本当みたいだ。しかし、あまりに非道(ひど)くはないか。

 扉を開けたとたんぶわっとホコリが舞うなんて。何年使ってないのよ!

「わ、わたしもここまでホコリがあるとは……い、今すぐ掃除いたします!」

 嬉しかったが、最後に付け加えられた申し出は声が裏返るほどに、恐怖がにじんでいた。そうなると、掃除させる訳にはいかない。掃除したとがめを受けるのは女の人だろう。

「掃除道具かしてくれるかしら」

「…そんな!」

「いいの。場所を教えて」

「…わたしが持ってまいります」

「いいの。あたし教えてくれさえすれば取りにいくから」

「…ですが!」

「いいの」

 那野は繰り返した。

「……那野様はやっぱりいい方―――」

「それ!」

 那野は女の人の言葉を遮った。

「その、様ってやめて。あたしそんな大層なもんじゃないわ。そして、勘違いしないで。あたしはけっしていい奴なんかじゃない。断じて、そう言えるわ」

「…ですが」

「お願いよ」

 那野は頭を下げて、そう言った。

「あ、頭を、頭を上げてください! …な、那野さん」

 那野は頭を上げた。

「どこにあるの、えっと…―――」

「…も、桃花です。当家につかえる女中でございます」

「よし、桃花! 教えなさい」

「はっ、はい!」

 このとき、那野は初めて女中ないし桃花の笑顔を見た。







 桃花はこの広い屋敷で那野が迷わないようにと懇切丁寧に掃除用具の置き場所を教えた。ここまで汚れているとモップが要りそうだ。

 道のりがそこまで複雑ではないとわかると、那野は密かに安堵した。

 それにしても、怜さんはなんのつもりだろう。あたし、何かしたか? いやいや、会ってもいないし。

「いきなり嫌がらせとはね…」

 那野の肩はあきらかに下がっていた。歩き方も心なしか威勢がない。

「これから、どうなるのかしら…」

 那野は不安を隠しきることが出来ずに、いつのまにか口に出して呟いていた。







「かわいそうにねぇ、不安でいっぱいだろうに、何年も使われていなかった部屋をあてがうなんて…。怜様は相変わらずだねえ」

「…そうよねえ。あまりにもひどいわ。桃花に押し付けちまったけど、桃花にも悪いことしたねえ」

 ヒソヒソと、声がする。別に盗み聞きしたかった訳じゃない。しかし、調理場の前を通ったときに聞こえてしまったのだ。那野の心は変に静まっていった。気持ちの悪いくらい感情の起伏がおさまっていくのを感じる。

「また、ダメじゃないのかい。すぐに音を上げるかもしれない。だって三回目だろう?」

「…まだわからないよ。けどまぁおやじ様も怜様に何も言わないんじゃねえ。きっとそうなるだろうよ。あたしだってそうさ」

「あんたはそもそも無理だよ」

 そして笑い声が響いた。

 うそでしょ、三回目? そんなに?

 ――――――…聞いてないわよ! あたし…

 那野はショックを隠せなかった。

 ――――あたしが初めてじゃないのね。

 那野の肩は岩石を乗せているかのように、さらに下がっていた。


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