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 那野がインターホンを押してしばらくの時間が経った。押してすぐに、返事はあって出た声は女の人だった。礼儀正しい控えめな声だ。その声に、少々お待ち下さいと言われたので、那野は現在少々待っている途中なのだが――――。

「少々ってどのくらいよ!」

 そう叫んだとたん先程の声が慌てたように謝った。

 いつの間にか門が開けられていて女の人が立っていた。その女の人は再びガバッと頭を下げた。そして謝る。その声は悲鳴のようで、悲鳴だった。

「すっ、すみません! 申し訳ありません! 那野様! お許しください!」

 深く、深く腰を曲げて、ひれ伏さんばかりの勢いで頭を下げられる。那野は突然のことに驚いて呆然とした。

 え、何よ何? 何よ、あたしってそんなに怖い? 那野は瞬時に自分の顔を触った。今、あたしどんな怖い顔をしてるのよ。ほぐれろ――! そう念じながら擦ってみた。ふと、頭を下げる女の人に目を向ける。あぁ、なるほど。

 那野は理解したというように頷いた。この時、考えが飛躍したことには気づかない。

 ああ、そういうことね。なるほど。なかなかの演技派じゃない。

 那野は手前勝手に解釈した。

「うむ、許してしんぜようぞ!」

「…………」

 返ってきたのは――――沈黙だった。いや、ここは返ってこなかった、と形容するべきだろう。

 目をまんまるくして見つめられる。女の人の周りだけ時間が止まっているようだ。


 あら? あらら?

 那野は我に返って頬に熱が集まるのを感じた。

 あ、らら? 違ったの? や、いやそうよね。普通に考えてそうよね。あたし、緊張してるのかもしれないわ。

 自分の心理状態を何とはなしに理解して、この状況をどう脱却しようか考え始めた。

 な、仲良くやろうと思ったのだけれど。ど、どう返せばよかったのかしら。

 対して呆然と佇んでいる女中とおぼしき女の人は気が抜けたようにポカンと那野を見つめていた。するとずいぶんと長く感じられる時間が経ってから、蚊の鳴くような声が聞こえてきた。

「…ぁ…」

「あ?」

「…ありがとうございます」

「え? あ、そんなそんな!」

 お礼を言われて那野は驚いた。何か、調子を狂わされる。

 な、何か本当よくわからん状況ね。あたしの間違った解釈に戸惑って、返事が遅れたのね。

 そう、思うことにした。

 本当、何かおかしなことになってしまったわ。那野はそう思いながらもこの女の人を気に入りかけていた。

 それでも、先の尋常なほどの謝り具合、説明がつかない。あたしの顔が怖かったせい…? 本当に? 

 そうだとしたら、あたしのガラスのハート、損壊の危機である。

 本当に、そのせいだろうか。何か、何か違うような気がしてならなかった、が、今の那野にその正体が分かるはずもなく、喉に小骨が刺さったままのような釈然としない状態で那野は促されるままに女の人の後について行った。







 家の中は外見以上に広かった。そして、なかなかどうして立派なものだった。いくつにも分かれる廊下は迷子になること間違いなしだ。あたしが保証しよう。

 那野は女の人に無言でついて行った。先ほど、空気が微妙になってからその空気はそのまま続いてしまっている。

 だから、突然発せられたこの言葉に那野は驚きを隠せなかった。

「那野様は…良い方ですね」

 えぇ! どこが! 那野はセミ少年を思い浮かべた。心の中で再び謝る。

「え、そんな。えっと、ふ、普通よ!」

「そんなことはないです! 申し訳なくて、本当に。怜様が…」

 女の人の肩は申し訳なさそうに縮められていた。

 それを見た那野は押し黙って考える。

 何、どうしたのよ。全然話が見えてこないわ。

 那野が戸惑っていると、どうやら那野がこれから住むことになる部屋についたようだ。女の人が立ち止まった。

「…こ、こちらです」

 震える声でそう言うと女の人は扉を横に、滑らせ…ようとした。

「…すっすみません。たてつけが悪くて…申し訳ありません」

 この人は何回謝るのだろう。あたしは、どうしていいかわからないわ。

「ちょっとかして」

 そう言ってあたしは扉に手をかけた。が、本当にびくともしなかった。

 それから、那野は再び全体重をかけて開けようとしたのだがその苦労も虚しく、ようやく、二人で力を合わせることで開けることができた。ある意味で、すごい扉ね。那野はそう思いながら部屋の中に入っていった。







 ***

 そこには、

「なっ…なっ…」

 絶句するあたしと、

「すみません、すみません、すみません」

 謝りたおす女中がいた。


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